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きみの役に立ちたいんだ

※本編です。シリアスな内容になっておりますのでご注意ください。

 ログインした後、昨日と同じように俺は先輩の部屋に訪れた。


 コンコンコンと、軽い調子でノックをすると、先輩の声が聞こえた。

 俺は声が聞こえた事にひどく安心した。……正直に言うと、もう先輩は俺の目の前に現れないのではないか、とも考えていたからだ。


 一声かけた後、部屋に入る。


 先輩は入ってきた俺をじっと見つめてくる。……あー、お早うございます。今日は護衛のほう、よろしくお願いしますね?


「……うん。よろしく。……そうだ。昨日は悪かったね。僕だけ言いたいことを言ったら、勝手に消えちゃって。君も迷惑だっただろう?」


 そう言って先輩は目を細め、笑顔を作る。


 外見は明るい感じに取り繕ってはいるが、雰囲気は昨日と同じだ。元気が無いように感じる。


 いえいえ、迷惑なんて。そういう時もありますよ。人間、生きてりゃ色々あるでしょうし? ……まぁ、明るくいきましょうや。


「うん、それもそうだね……ありがと」


 おちゃらけた感じに言葉を返してみるが、先輩の様子は先程と全く変わった様子はない。……困ったな。


 こんなに元気が無い先輩見たことないんだよななぁ……。どうしたものか……。


 ……そうだ。先輩、まだパスファ様が迎えに来るまで時間があるんですよね。なんで、どこかに遊びにでもいきませんか?


 とりあえず、何かしながら考えよう。

 黙って悩んでいるよりかは、ずっといいはずだ。


「時間って……どれくらい? ちょうど、僕もきみにお願いしたいことがあったんだ。時間があるのなら、それにつき合って欲しいんだけど」


 よかった。先輩も乗って来てくれた。


 時間の方は大丈夫ですよ! パスファ様にお願いすれば用事が終わるまでは待ってくれるでしょうし!


 何をすればいいんですか? 買い物ですか? それとも修行? あ、暗殺っていうのも、選択肢にはありますぜ!


 俺はなるべく明るく振る舞ったつもりだった。

 それが項をそうしたのか、先輩は小さく笑う。


「ふふっ……、そんな面倒なことじゃないさ。言うならば、ちょっとした運動ってところだね。……ちょっと肩借りるよ」


 先輩はいつもの様に、するするっと俺の体を駆け上がり、肩に乗った。


 いつもと同じその様子に、俺は少しホッとする。


 それで、どこに行けばいいですか? どこにいても迎えに来てくれるはずなので、どこでも大丈夫ですよ?


 俺がそう質問すると、先輩は静かに口を開いた。


「そんなに遠いところじゃ無いよ。……地下の闘技場に向かって。そこでやりたい事があるんだ」


 ……と、言いますと?


 俺は嫌な予感がした。というか、闘技場に行ってやることなんて一つしか無い。


「僕と、戦ってほしい」


 先輩はまるで、覚悟を決めたように、ハッキリとそう言った。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 クラン地下闘技場。


 主にメンバー同士の私的な決闘に使われ、使用する際には、必ず使用許可をとることが決まりとなっている。


 観客を呼び込み、収益を得る為だ。レベルの高いPLが暴れまわる光景はエンターテイメントとして人気なのだ。


 けれども、今日はこの広い闘技場には観客は一人もおらず、物言えぬ寂しさがある。


 今ここにいるのはたった一人と一匹。


 距離をとって向かい合う俺と先輩だけだ。


「ルールはシンプルにいこう。反則は無し、何をしてもいい。『プレゼント』の能力も『ギフト』の能力も使っていい。一度死ぬか、降参した方の負け。ただし、『帰還』での離脱は無し。……これでいいかい?」


 先輩は淡々と説明をした。

 この前の先輩とグレーシー様が戦った時と同じルールだ。


 つまり、どちらかが死ぬまで殺し合えばいいんですね? ……了解です。

 いいですね、俺好みのルールですよ。


「そうなの? じゃあ、試合開始の合図は君に任せるよ。どんなタイミングでも、距離でもいいぜ? ハンデとしてくれてあげる」


 先輩は魔法での戦闘がメインだ。

 だから、あまり距離を取ると俺が不利になると思って、ハンデを提案したのだろう。


 ふふふ……なめてもらっちゃあ困りますよ。このまま始めさせてもらいます。お互いにフェアにいきましょうぜ?


「……わかった。後、最後に一つお願いがあるんだけど、構わないかい?」


 何ですか? 別に構いませんが……。


「この勝負で負けた方は、相手の言うことを何でも一つ聞くって言うのはどうかな? 賭けるものがあった方が、時間潰しとは言え、緊張感があるだろ?」


 ……?


 なんだろう。先輩らしくない感じの発案だ。

 けれども、俺にとっては別に断る理由もない。基本、俺は先輩のお願いなら何だって聞く覚悟である。


 なので、俺は先輩の提案に乗った。


「ありがとう。今から勝つのが楽しみだ!」


 そう言って、先輩が笑った。

 今日初めて見る、ちゃんとした無理の無い笑顔だ。……どうやら、俺の心配は杞憂だったらしい。

 思う存分、楽しんでもらおう。


 それじゃあ、いきますね?



 よーい……。スターt



 瞬間、目の前の世界、自分の身体が固定された様に動かなくなった。


 いや、違う。


 目の前のこねこはいつもと同じように前足を上げて魔方陣を展開している。……不味い!


 『パスファの密約』!


 『密約』を使えるPLは時間が止まっている中でも意識を保つ事ができる。そして、自分も『密約』を使う事で、時間停止状態を解除する事できるのだ。


 神技の発動と共に、身体の自由が戻ってくる。しかしながら、俺の判断は遅すぎた。


「『マジック・レーザー』ァ!」


 その場から移動し、目の前に魔法での土壁を作り上げる。しかし、一度発動した魔法は避けることができない。


 俺は先輩の魔法を食らってしまった。


 HPの約20%が今の攻撃で吹き飛んだが、壁で視線を切ったことで追撃は飛んでこない。攻撃魔法は敵ターゲットがいなければ発動すらできない。範囲攻撃魔法もだ。


 ……さて、どうするか。


 俺は治療用ポーションを取り出し、それを飲みながら次の行動を考える。


 壁を作りながら先輩に近づく……いや、次の障害物にたどり着く前に先輩の魔法が飛んでくる。

 穴を掘って下から攻める……駄目だ。そのくらい先輩も想定内だろう。

 ランダムテレポートで先輩に接近……は、したくないな。一か八かは最後の手段にとっておきたい。


 なら……。と、俺はアイテムボックスから閃光手榴弾……いわゆるスタングレネードを取り出した。


 こいつを使うのは久しぶりだ。これなら先輩の裏をかく事もできるだろう。

 それに、こうやって作戦を考えているのも無駄な行動ではない。


 きっと痺れを切らした先輩は俺を狙いに移動するはず。それに合わせて壁を作り、俺の戦いやすい地形に変えればいいのだ。


 俺はスタングレネードのセーフティを解除する。そして、壁の端により、そこから先輩がいた方向に向けそれを……。


「にゃ? ここはどこかにゃ?」


 投げようとしたのだが、聞きなれない声が聞こえて、慌ててそちらに振り替える。


 そこには、名も知らぬニャックがいた。

 何故自分がここにいるのかわからない、と言うようなとぼけた顔をしている。

 俺も、なんでこんなところにニャックが? と疑問に感じたが、すぐにその答えがわかってしまった。


 そのニャックを中心にして、巨大な魔方陣が足元に広がる。……そうか! ターゲットがいないのなら、作ればいいだけの話……!


 先輩はニャック召喚の魔法を使用し、俺を巻き込める位置にターゲットを用意したのだ。……俺の考えなんてお見通しだと言いたいのだろう。


「『マジック・ストーム』!」


 広がった魔方陣は俺の足元にまで広がっていた。

 咄嗟にそこから待避しようと壁から飛び出し、先輩に向かってスタングレネードを投げる。


 魔法の発動と、グレネードの炸裂はほぼ同時だった。

 激しい光と、炸裂音。吹きすさぶ暴風が会場全体に轟く。


 そんな中を、俺は顔を隠しながら先輩に向かって接近する。


 『マジック・ストーム』の範囲はかなり広い。だから、さっきの様な戦法を続けられたら先に倒れるのは俺のほうだ。


 従って、俺にできる最良の選択は、やられる前にやる! これしかない……!


 魔法をもろに食らって、かなりHPが削られたが、スタングレネードもしっかりと効果があったようで、先輩は目を抑えて悶えていた。


 しかしながら、その効果もすぐに解けてしまった様で、すぐに俺に向かって魔法を使おうと構える。


 後十数メートル程。そんな先輩の反撃を確認した上で、俺は回復魔法を使いながら先輩に突撃する。


 ここまで来たら押しきれる。そういう判断だった。


「っく……『マジック・レーザー』!」


 先輩はお得意の魔法で俺を仕留めにかかろうとするが、もう遅い。


 スタングレネードで足止めできたのは一瞬だったが、その一瞬で俺は先輩の元まで接近する余裕ができた。


 俺は身体を回転させ、大鎌を振りかぶる。


「そ、んな……」


 接近した勢いに乗って、大鎌の切っ先はこねこの脳天に目掛けて振り下ろされた。




 ……が。




 その刃は標的に当たる寸前で動きを止めていた。


 死なないことを不思議に感じた先輩は、ゆっくりと目を開けて、その状態を確認する。


 そして、消えそうな声で、どうして……、と呟いた。


 ……先輩。

 すいません、俺……貴女を殺すの無理みたいです。


 俺は笑顔を作り、大鎌をアイテムボックスにしまう。

 そして、両手を上げた。


 降参、降参ですよ。俺の負けです、先輩。どうぞ何なりと、俺に命令してください。


 俺の言葉を聞いて、先輩はポカンと、口を半開きにして呆れた様な顔をしている。


 別に、最初からこうしようとしていた訳では無い。本当に、勝手に攻撃を止めてしまったのだ。


 しばらく呆れていた先輩だったが、すぐにハッとして、顔を怒りに染めて大声で叫んだ。


「きみは……きみはふざけているのか!? 手を抜いている癖に、更に僕に情けをかけようとするのかい!?」


 とても苦しそうな声をしていた。


 ……先輩、俺は手を抜いてません。俺は全力で立ち向かったつもりです。それに、最初に言ったでしょう? フェアにいこう、って。


「神技を使わないのがフェアだって!? 冗談じゃない! しかも、きみは僕に合わせて神技を使ったな!? 『リリアの祝福』も『フェルシーの天運』も使わなかったのはそれが理由だ! 使っていれば魔法なんて怖くなかった癖に……ふざけるな!」


 それは……俺が他の神技を使うのを忘れていただけですよ。


「嘘をつけ……! きみが忘れるわけ無いだろう……! そうやって手を抜いて、僕が弱くなったとでも言いたいのか!?」


 俺は驚いて目を見開く。


 先輩の目からは、いつの間にか涙が流れていた。……違います! 本当に違うんです!


「いいや、知っていたさ! もう僕がきみより弱くなってしまっていた事なんて! きみが僕よりも強くなっていた事なんて! なのに……何で手を抜くんだよ……それじゃあ最初から対等だなんて言えないじゃないか……」


 違うんです……。俺は先輩に、対等な条件で勝ちたかったんです……。『プレゼント』に頼って勝つんじゃなく、同じ条件で勝ちたくて……。


「やっぱり、全力じゃ無いんじゃなかったのかい……?」


 俺は顔を背けた。


 そうかも、しれません……。

 でも、俺は先輩に止めを差すことができませんでした。きっと、これは俺が全ての神技を使っていても同じ事だったはずです。


 俺には……先輩を殺す事はできません。


 先輩は、俺の言葉を聞いて悲しそうな顔をした。


 その後、お互いに何を言っていいのかわからず、少しの間、沈黙が流れていったが、やがて先輩の口が開いた。


「……ツキトくん、僕はね、きみに勝ってこう言ってやりたかったんだ」


 先輩の言葉は震えていた。

 目の端に映るこねこの目からは、先程よりも大きな涙が零れ落ちている。


「まだまだだなって、これじゃあまだ僕の事が必要だろう? って……」


 俺はそんな様子の先輩に何を言えばいいのか、いまだにわからない。


「ツキトくん、僕は……きみの役に立ちたいんだ」


 先輩は、初めて出会った時と同じ言葉を、俺に向かって言った。


「いつの間にか、それが僕の目標になっていたんだ。きみを強くして、目標を達成させるのが僕の目標になったんだ。……けど」


 俺は先輩を両手で持ち上げた。

 手の中のこねこはずっと泣いたままだ。まるで、駄々をこねる子供のようだった。


「きみはもうすぐ目的を叶えてしまう……。これからきみの隣には、女神様が居るようになって、僕の居場所なんて無くなってしまうんだ。……なぁ、頼むよ。女神様達のところになんていかないでさ、ずっと僕と遊んでいようよ……お願いだから……何でも言うことを聞いてあげるから……だから……」


 先輩は涙でぐちゃぐちゃになった顔で俺を見つめてくる。


「大好きなきみの側に、居させておくれよ……」


 先輩……。


 俺はそんな様子の彼女を見ていられず、優しく抱き締めた。小さなこねこは俺の胸に顔を押し付けて嗚咽を漏らしている。


 きっと、俺は知らず知らずの内に、先輩を傷つけていたのだろう。きっと、俺は最低なクソ野郎なのだろう。


 けれども。



 ……すいません。



 今回だけは、先輩の言うことを聞くわけにはいかなかった。俺は女神様達の元に行かなくてはならない。


 足元に魔方陣が広がった。


 目の前にはいつの間にか、パスファ様が立っていて、俺達の様子を優しく見守っていた。

 そして、俺の考えを察した様で、静かに頷く。


 先輩も魔方陣に気付き、何かを言おうとしていた。


 だが、それを聞き終わる前に、俺の目の前は真っ白に染まっていくのだった。


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