現れた者
『東区域がテロリストの攻撃により消滅! 繰り返す! 東区域がテロリストの攻撃により消滅! 待機している人員は速やかに戦闘へと参加せよ!』
建物内部に放送が鳴り響いている。
潜入したクランの様子は、慌ただしいものだった。
「急げ! 向こうの国からのテロリストだ! 攻撃されている!」
「街まで巻き込み攻撃するとは……! 卑劣な奴等め……!」
「敵は噂になっていた犬耳娘『ガン・ドッグ』らしいぞ! 撃ち取れば二つ名間違いなしだ! 気合い入れていこーぜ!」
おう! という掛け声と共に、重たそうな機械の装備をガチャガチャとならしながら、サイボーグ達が廊下を走って行く。
騒がしい奴等だ。……にしても、まさかチップにも二つ名付いていたとは、今まで聞いたことが無かったわ。
立派になっちゃって……。
「本当に最近の話らしいで? 破壊工作とか諜報活動を積極的するようになってから、やっとでうちの斥候班が侵入している事に気付いたって言うんやから、アホやよねぇ」
まぁ、うちは最初から戦争をする前提でクランを運営していたってのもあるからな。こっちの奴等とはスタートが違う。……よし、そろそろいいな。
俺は全員が去った事を確認すると、アークの能力を発動させて、隠れていた部屋から廊下に移動する。
このクランの廊下は狭く、武器を振り回して戦う事を想定していないようだ。銃火器を多用するPLが多いからだろう。
なので、俺も今は拳銃を装備して廊下を前進していた。
アークの能力を使って、幻術により敵の横をスルーしながら進んでいくのだが……、どうしても、抜けられない見張りはいる。
「ストップや、ツキトはん。……前進経路に仁王立ちしている奴がおる。動く感じは無いみたいやな……」
廊下の曲がり角から、前進経路の様子を伺ったアークがそう言った。
格納庫までは、まだ幾つかの区域を抜けなくてはならない。
もしも、ここで見張りを殺してしまえば、死に戻りして俺達の存在が露見するだろう。できれば、それは避けたいのだが……。
他の道も無い。壁を壊して進むのも論外だ。テレポートの魔術で飛んで見てもいいかも知れないが、どこに出るかがわからない。
俺が騒ぎを起こし、敵の注目を俺に向かせ、ケルティを先に行かせるというのも手だが、爆弾の数に問題がある。
それならアークに爆弾を持たせて先に向かわせるという手もあるが、アークは補助がメインで、戦闘魔法をそれほど習得していない。
……さて、どうしたものか。
「ツキトはん、幻覚を見せるから近付いてもらってもええやろうか? 5分くらいなら時間稼げるで?」
いや、幻覚が解けたら俺達の侵入がバレる。それじゃあ殺すのと変わらない。
「なら、ツキトはんの『パスファの密約』で時間を止めて前進するのはどうや? 確実やで?」
それはいい案なんだけど……、マップをみる限り警備がここだけっていうのは考えづらいんだよな。
それに、戦闘以外で神技を使うのは嫌なんだよなぁ……。
「じゃあどうするん? 時間も限られているで?」
そうだなぁ……。
……。
ところで、俺達普通に会話しているけど、バレてないの? これ?
「大丈夫やでー。音声も誤魔化しておるから、いくら大声出しても問題あらへん……」
そう言って、ケラケラとアークは笑っているが、確かに扉の前の兵士が何かに気付いた様子はない。……成る程、それなら。
アーク、俺にいい考えがある。
「ええ……それフラグちゃうん……?」
ニヤリと良い顔をした俺に、アークのダメ出しがはいった。……コイツめ、後でもふってやる。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『総員に告ぐ! 敵の増員が確認された! 全勢力をもってこれに対処せよ! 繰り返す! 全勢力をもってこれに対処せよ!』
辺りにそんな声が鳴り響いた。
先程の放送と同じ様に、スピーカーから聴こえたように感じる。
見張りさんは少し首を傾げていたが、扉から離れてチップ達への対処に向かった。……よし、素直な奴で助かったな。
「幻聴で移動させたのはええけど……、味方と合流したらバレるんちゃいます? あまり変わらないような……」
アークは心配そうにそう聞いてきた。
いや、向こうは乱戦になっているだろうし、確認するような事もしないだろ。
死んでから合流する場合とは全然違うさ。
「うーん……本当に大丈夫やろうか……?」
どうやら、アークはいまいち心配なようだ。まぁ、まだ格納庫までは距離があるから、安心できない気持ちはわかる。
……一応、まだ考えはある。
けれども、格納庫直前にならないとできない方法だ。少し待ってくれ。
「……了解や。信用しとるで、ツキトはん」
そう言って、アークは尻尾をフリフリした。……誘ってやがる。
能力のクールタイムを兼ねて、アークをもふり倒したあと、俺達は前進を再開した。……泣くなって。気持ち良かっただろ?
それで、途中に何人か見張りが居たが、同じ様に放送の幻聴を聞かせてやると、全員が持ち場を離れてくれたので、楽なものであった。
途中、ケルティからもチャットで連絡があり、向こうも少しづつではあるが、格納庫に近付いているらしい。後数分で到着するようだ。
幸いな事に、見張り以外の敵兵士と出会う事もなく、後ろから追いかけられるような事もない。
途中武器庫や金庫など、気になる部屋も幾つかあったが、泣く泣く諦めた。……アークがあの金があれば借金を返せるのにと、呟いていたが聞かなかった事にした。
そして、すんなりと、格納庫前の扉まで来ることができたのだが……。
「……これ、アカンやつちゃうん?」
扉の前の見張りは、合計で5名だった。
アークの能力は2~3名にまでにしか使うことができないらしい。なので、この人数は確実に戦闘になってしまうそうだ。
……よし。
アーク、プランBでいくぞ。
「いや、聞いとらんけど? なにそれ?」
そういえば言っていなかった。
俺は来た道を少し戻って、無人の部屋に入る。
その後、肩からアークをおろして、目の前に爆弾、もといプチヒビキを並べていく。
「えーと……なにするつもりなん?」
アーク、俺が持っている爆弾を全てお前に預ける。……それで、お前だけ格納庫に侵入してほしい。
「それはええんやけど……ツキトはんはどうするん?」
俺はアイツらをここで殺そうと思う。
多分だけど、格納庫にも敵兵士がいると思うんだ。想定していた以上に警備が厳しいしな。
侵入者が俺一人だと思わせればこっちのもんだ。殺した後は、俺が全員相手にしてやる。……どうよ? いけそう?
俺がそう聞くと、アークはコクりと頷く。
「いけるで。ケルティはんと合流して爆弾を仕掛けるさかい、ツキトはんも気をつけてな?」
おうよ。
それじゃあ、俺がアイツらを殺した後に扉を開ける。その隙に侵入して爆弾を設置してくれ。……行ってくるわ。
俺はアークの返事を聞かずに、部屋を飛び出した。俺の足音に気づいていたようで、5人と向かい合った時には既に銃口を向けられてしまっていた。
「撃て」
5人のリーダーと思われる人物が冷静にそう言った。
それと同時に、俺も『フェルシーの天運』を発動させる。
炸裂音と共に射撃が開始されるが、肝心の銃弾は俺を避けるような軌道を描き、足元や天井に弾痕を残す。
敵は少し慌てた様子を見せたが、銃が効かないと判断して、直ぐ様ナイフを装備しようと構えを変えようとした。
その隙に俺は一気に接近する。
そのまま銃を乱射した。
牽制の為に滅多矢鱈に撃ちまくったのだが、先程とは逆に、俺の銃弾は全て敵の体にへと命中する。
その負傷のお陰で敵が武器を取り落とした。……いまだ!
更に俺は一気に距離を詰め、全員の頭に向かい、丁寧に一発一発、銃弾を撃ち込んでいった。
成る程、自分には命中補正がつくわけだ。『フェルシーの天運』、呆れるほどに便利なスキルである。
全員がミンチになった事を確認して、俺は扉を開けた。
重い扉をゆっくりと開けると、広い空間に出る。そこには整頓して戦車や戦闘機が並べられていた。
それと。
扉から現れた俺を取り囲むように、銃を構えた兵士が並んでいた。先程の倍以上の数がいる。
……本当に、思っていた以上に厳重な警備ですね。
銃を構えていた兵士の一人が、俺を睨みながら口を開く。
「動くな。動いたらうt」
俺は動いた。
アイテムボックスから大鎌を装備し、兵士に向かって、斜めに武器を振り抜く。
すると、敵は避けることもせずに、するりと抜けていく刃を受け入れた。
その後に俺が大鎌を構え直したのにも関わらず、誰も動こうとしない。
そんな彼らの指先が引き金を引いたのは、攻撃をくらった兵士がミンチになってからだった。
あまりにも行動が遅すぎる。
俺は次々とパニックになった兵士の首を切り落とし、床の染みに変えてやった。
「な、なんで銃が効かないんだよぉ!?」
すると、生き残った最後の兵士が両手を上に上げて叫ぶ。……いつか聞いたような台詞だな。
それにしても、なんで銃が効かないのかときたか、ふむ……。
俺は銃を取り出して、残り物に向かって銃口を向けた。避けるのには充分な距離である。
ビクンと体を震わせる彼に向かい、俺は静かに口を開いた。
……今からお前を撃つ。だから避けろ。
「……はぁ!? ふざけんな!? 避けれる訳が……」
銃声がなった。
飛び出した銃弾は性格に彼の額に着弾し、辺りに脳漿を撒き散らした。
その様子をみて、俺は思わずため息をつきそうになる。……まさか、こんなにも弱っちぃ連中だとは思わなかった。予想外だ。
俺はウィンドウを開き、チップにチャットを送る。
格納庫に到着。ケルティ及びアークの作業終了次第、回収頼む。……と。
おそらく、既にアークは作業を始めている。ケルティも既に格納庫に潜入、もしくは近くに来ているはずだ。
俺の残った仕事は、格納庫に戻ってくる敵を殺すことだ。
しかし、あんまりにも弱すぎて、チップ達がこちらに敵を追い込んでくるかもしれない。そうなったら少し困るな。
と、思っているとチップから返信がくる。……さて、どうかな? ……!?
『チップ 敵接近中! 警戒しろ! 速い!』
明らかに慌てている文章に、目を丸くする。
俺は舌打ちをして、扉に向かって大鎌を構えた。
出入り口はここにしかない。ならば、この場所から入ってくるはずだ。入って来た瞬間に首を刈ってやる。
しかし、待つこと数分、なにかが走って来るような足音は聞こえない。気を張っているせいで、嫌に心臓の音が大きくきこえた。……心配しすぎだろうか?
と、思った瞬間。
ドアの位置から数メートル離れたところの壁が何かの衝撃で吹き飛んだ。
しまった、と思いそちらに武器を構えると、なにかが飛び出してくる。
現れた何者かが、ロングソードを俺に向かって振り下ろしてきた。
俺は舌打ちをすると、大鎌の刃でその一撃をいなし、後方へと距離をとった。
「ぼくの一撃を避けるなんて……、卑怯なだけでは無いようだな」
落ち着いて、現れた襲撃者の姿を確認する。
……そして俺は、えっ、と思わず声を漏らしてしまった。
そこにいたのは、頭にサークレットを付け、右手に盾を装備し、左手にロングソードを携えた軽戦士の少年。
マントをなびかせるその姿は、ある職業を思い出してしまう。
誰もが一度は夢見る英雄。幼き日の憧れ。
目の前に現れた存在は、嫌になるほど、俺の中の『勇者』と呼ばれる者の姿に酷似していたのだった。
・『勇者』
そんな職業はない。しかし、もしも存在するのならば、それは祝福を受けた、聖なる者なのだろう。人々に敬われ、愛される……そんな人間。だからきっと、その称号に職業は関係ないのだ。




