貴方は誰を求めますか?
目を開けると、俺は大きな両開きの扉の前に立っていた。
少し後方へ下がり、その建物が何かを確認する。
教会だ。
サアリドの街に向かう道に建ってある、ボロボロの教会、あれを綺麗にしたような作りに思えた。けれども、大きさはこちらの方がずっと大きい。
周囲にはキラキラと光る白いもやが立ち込めており、どんな場所なのかはわからない。
……どうして、俺はこんな場所に呼ばれたんだ?
「あぁぁぁぁぁ……鍵は……鍵は掛けていた筈なのにぃぃぃぃぃぃ……」
気がつけば、先輩が俺の服に張り付いて悲しみの声をあげていた。あのまま付いてきてしまったらしい。
……ドンマイです、先輩。あと、ありがとうございました。元気でました。
俺はそう言いながら先輩をなでなでする。もふい。
「うっさい……。もう僕はここから動かないからな……」
どうやら拗ねてしまったらしい。それと、先輩はしょっちゅう鍵をかけ忘れているので、本当に鍵を掛けていたのかは謎である。
もしかしたら、見られていると興奮するのかもしれない。えっちだぁ……。
と、もふもふしていたら、思考が煩悩に支配されそうになっていた。
いかんな。
近くにパスファ様がいるだろうから、早くここに連れて来られた理由を聞かないと。……この中かな?
俺は目の前の扉に手をかけ、ゆっくりと内側に押し込む。
扉を開け、目に飛び込んで来たのは荘厳な空気が感じられる教会だった。
白く、清潔な空間で、窓からはキラキラとした日の光が差し込んでいて、思わずため息が出てしまうような空間である。
「おっ? 来たのかニャ? みんな待っていたのニャ」
そう言いながら、扉のすぐ近くに立っていたフェルシーらしき誰かが声をかけてくる。
らしき、というのはいつもの様子とはかけ離れた雰囲気をしているからだ。
いつものバニースーツの様な服装はどこへやら、純白のローブを身に纏って女神の姿をしている。
誰だ……てめぇ?
「ニャッニャッニャッ……、これこそがミャアの真の姿……言うならばスーパーフェルシーってところだニャン」
そう言いながら、フェルシーはスゴ味のあるポーズをする。イラつくどや顔だ。
なるほど……中身は変わらないのな。
そう言うと、フェルシーはニヤリと笑う。
「ふっ……その通り、アホなのニャ」
俺とフェルシーは熱い握手を交わした。リリア様の話を聞いていたので、もしや思考回路が正常に戻ったのかと期待したが、そんな事はなかった。
「フェルシー。何をしているのですか? 早くツキト様を案内なさいな」
教会の奥から声が聞こえた。
そちらに目を向けると、祭壇の前にリリア様が立っていた。
そして、その後ろに並ぶように他の女神様達も並んでいる。
……皆さん、勢揃いでどうしたんです?
そんな事を考えながら、俺はフェルシーに手をひかれて、リリア様の前まで連れて来られた。
リリア様はいつも通りの柔らかな微笑みをしている。
「ようこそいらっしゃいました。……フェルシー、貴女は下がって待っててください」
そう言われて、フェルシーは俺の手を離し、カルリラ様の隣に移動しる。その時にカルリラ様と目が合い、ニコリと笑顔を贈られた。
「……さて、ツキト様。いきなりお呼びだししてしまって申し訳ありませんでした。……あれ? 子猫さんも一緒なのですか?」
俺はリリア様に視線をもどした。
そうですよ? いきなりパスファ様に拉致られたので……。
そう言うと、パスファ様はさっと顔をそらした。その様子をリリア様はじとっとした目で見ている。
「……それでは、何故ここに呼ばれたかは知らないのですね?」
まぁ……そう言うことになりますね。
さっき、パスファ様から軽く聞いたけど、よく分からなかったし……。
「そうですか。では、一つづつ説明していきましょう。……左手を出してください」
俺は言われるがままに、自分の左腕をリリア様に差し出した。リリア様はその手を、自らの小さな両手で包み込む。
その時に、俺は自分の左手にはめられた2つの指輪をみる。
『教会の指輪』と『浮気者の指輪』。
まさか、リリア様が俺をこの場所に呼んだ理由は……。
「『聖母のリリア』の名において、私が貴方を導きましょう。……私は、貴方の旅路を祝福します」
リリア様はそう言い終わると、『浮気者の指輪』に口付けをした。
そうだ、リリア様は他の女神様達が信仰をすることを認めてくれたのならば、自分の信者にしてあげても良いと言っていのだ。
『浮気者の指輪』にはめられた6つの宝石が目映い光を放つ。全ての女神様の信者になった証なのだろう。
そして、俺の目の前にメッセージウィンドウが表示された。
『『浮気者の指輪』の開封条件が満たされました! プレゼントを開封しますか?』
!
きた! 遂にこの時が!
俺はこの場で膝を付いて喜びを叫びたい気分になったが、抑えた。
この瞬間を迎えるために、カルリラ様に何度殺された事か……喜びもひとしおと言ったところである。
「ツキト様。貴方はこれまで女神達の為に働き、よくその身と心を捧げてくれました。……なので、その功績を讃え、貴方に新しい力を授けましょう」
リリア様の言葉に頷くと、俺はプレゼントを開封した。
すると、どうやっても取れることのなかった2つの指輪がするりと指から抜けて、空中を漂う。
リリア様がそれに手をかざすと、2つの指輪は融解し、混ざり合ってゆく。
そして、それは光を放ちながら再び2つの指輪の形をとり、俺の手の中にゆっくりと落ちてきた。
手にとって確認すると、2つの指輪はどちらも同じ見た目をしている様だった。様々な色を映す宝石が1つ埋め揉め込まれている。
しかし、良く見ると、片方の指輪には内側に何か文字の様なものが書き込まれていた。
「前にも言いましたが、貴方には『ギフト』を差し上げられない変わりに、強い『プレゼント』を用意しました。今日はそれを受け取ってもらう為にお呼びしたのです」
それが……これなのですか?
俺が指輪を見ながらそう聞き返すと、リリア様ゆっくりと首を横に振る。
「いいえ……。その指輪の片方が貴方の物なのは確かです。しかし、もう片方の持ち主は……貴方が選ばなければなりません」
その言葉に、俺は驚き、目の前に並んでいる女神様達の顔を見渡した。
皆、どこか恥ずかしそうに頬を赤くしている。リリア様も普段と変わらないように見えるが、いつもより頬の赤色が強い様に見えた。
「まさか、本当に全員が貴方を認めるとは思っていませんでした。できるとしても、もっと長い時間がかかると思っていたのですよ?」
そして、違和感を感じて左手を見ると、いつの間にか片方の指輪が薬指にすっぽりと収まっているではないか。
俺の手の中には、まだ指輪が1つ残されている。
しがみついていた先輩も、驚いた様な顔をして俺を見上げていた。先輩も察してしまったらしい。
「さぁ、貴方は誰を求めますか? 共に戦う仲間? 手を取り合う友人? それとも、話し相手や遊び相手ですか? 母親というのもありますが。……もしかして、一番欲しいのは……」
まさか、俺の『プレゼント』の真価は、全ての女神様を信仰できる事ではなく……。
「花嫁……とか?」
女神様と……結婚できること?
・き、緊張してきた……。




