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兄弟のケジメ

 周囲では『猫派』と『犬派』メンバーが乱戦を繰り広げていた。俺の近くにも流れ弾が飛んできて、地面に弾痕ができる。


 その中で、俺とヒビキの戦いが始まった。


 俺が大鎌を振るうと、ヒビキはそれを避けようとはせず、片腕で刃を受け流し、俺の懐へと潜りこんだ。


 ヒビキは手を手刀の形にし、俺の腹めがけて鋭い突きを繰り出してくる。

 身体を回転させ、その攻撃を避けつつ、俺はもう一度大鎌の一撃をお見舞いした。


 攻撃を避けられ、体勢を崩したヒビキは大鎌を避ける事ができず、まともに右腕に刃が当たる。


 すると、陶器が割れるような音と共に、ヒビキの右腕は地面に落下した。


「『サモン』」


 ヒビキが魔法を唱えると新しい人形が現れる。すると、自らの右腕を取り外し、ヒビキの破損した腕と交換して姿を消した。


 『プレゼント』のデメリットで回復魔法が使えないと聞いていたが、そうやって回復していたのか……。


 思った以上に厄介だ。


「どうしたのさ? いつもだったら一撃で決めにいくのに、少し慎重過ぎやしない?」


 黙れ、カス。

 そんなことより先輩はどうした。その猫耳はなんだ。……あの人に、何をした。


 ヒビキは俺の言葉に、口元を隠しながらクスリと笑った。そして、妖しげに微笑む。


「なに言ってるのさ? わかっている癖に。……スッゴい良い顔してたよ。あのみーさんが、あんな絶望した顔をするなんて、思い出しただけでゾクゾクするね」


 俺は足に力を込め、全力で踏み出した。

 しかし、大降りの攻撃は簡単に避けられてしまう。


「そんな怒るなんて……、自分の物を傷物にされたのがそんなに嫌だった? それなら誰にも盗られないように何処かに閉まっておけばよかったんだ。もう遅いけど」


 俺は攻撃の手を休める事なく大鎌を振るい続ける。しかし、ヒビキは後ろに下がりながらそれをヒラリヒラリと華麗に避けた。


 ヒビキは余裕そうな表情を見せながら、新たな人形を召喚し、俺を取り囲む。

 足を止めて大鎌を凪ぎ払うが、胴体と下半身に切り裂いても、上半身だけで俺へと向かってきた。


 すぐさま向かってくる人形達の腕を切り落とそうとするが、ずしりと大鎌の刃が重くなる。


 確認すると、切り落とした人形が大鎌にしがみついていた。


 俺は舌打ちをすると、人形がしがみついたままの大鎌を、這ってくる人形達に何度も振り下ろし、それらを粉々に打ち砕いていく。


 助けて、と声を漏らす個体もいたが俺には関係無い。その頭を踏み潰した。


「良い感じにキレてんじゃん。そんなに、みーさんをボクに盗られたのが嫌だったんだね。きっと、みーさんに言ったら喜ぶと思うよ?」


 ヒビキはそう言いながら更に人形を追加で召喚した。先程よりも数が多く、種類も大小様々である。


 この瞬間だ。


 そう判断して、俺は『パスファの密約』を発動させた。


 俺以外の物体の時間が停止する。


 同時に『カルリラの契約』も発動させ、更に魔法で能力を上乗せさせた。


 時間が停止しているこの間に、全ての人形を壊す。今の俺にならそれができるはずだ。


 コイツは越えてはいけない一線を越えてしまった。

 まさか無理矢理、先輩を苗床にするなんて思っていなかった。

 『パラサイト・アリス』の寄生攻撃は精神的にくるものがある。あんなことを先輩にさせたことは、絶対に許すことはできない。


 そして、こうなったのはヒビキを放置していた俺の責任でもある。


 だから……俺はコイツを殺さなければならない。


 発動『キキョウの進軍』。


 神技を発動させ、俺は大鎌を振るった。

 大鎌の刃から飛び出した斬激が雨のようになって、『犬派』メンバーや召喚された人形達へと降り注いで行く。


 多くのPLや人形達はその形を崩壊させ残骸に成り果てた。


 だが。


 目の前にいる、ヒビキ本人には少しの傷もなく、先程と変わらずにそこに立っていた。


 バカな! これで斬れない訳がない!


 俺はヒビキに向かって大鎌を振り下ろす。

 何度も、何度も何度も。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も……何度でも!


 しかし、大鎌の切っ先は、一ミリたりともヒビキに傷をつけることができなかった。


 そうか、『リリアの祝福』。

 コイツも神技を使えるのか……!


 その事実に気付いた瞬間、時が動き出す。


 それを合図にしたかのように、ヒビキが俺の腕を掴んだ。不味いと思ったが、振りほどくことができない。黒霧になって逃げるのも遅すぎた。


 万力の様な圧力が腕にかかり、ミシミシとゾッとするような音がそこから聞こえてくる。


「『パスファの密約』は使わせた。もう時は止められない。このまま殺してあげ……!?」


 ヒビキはそう言いながら俺の腕を力強く引っ張り、バランスを崩した。

 どうしてそうなったのかわからない、そう言いたそうにヒビキの顔に焦りが走る。


 俺は咄嗟に、捕まれた自分の腕を肩の根元から切り落としたのだ。

 それと同時に腕を引いてしまった為に、バランスを崩して体勢がよろけた。


 その隙を見逃さず、俺はヒビキの腕ごと、その胴体を横凪ぎに一閃する。


 『リリアの祝福』の効果は終わっていたらしい。ヒビキの身体はバラバラになって地面に落下……。


「っく……『サモン』!」


 しなかった。


 召喚された人形が落下するヒビキを受け止め、俺から距離をとった。

 そして、ヒビキの頭部を取り外すと、自分の物と入れ換えてしまう。……そんなんありかよ。


「『密約』に合わせて『祝福』を発動できたときには、勝ったと思ったんだけどね。一筋縄じゃいかないみたいだ」


 黙れ、てめぇは先輩の前に引きずり出して、泣きながら土下座させてやる。


 俺は『リジェネレーション』の魔法を使い、切断した腕を再生させようと試みる。

 徐々に再生していくが、ゆっくりとした速度だ。この隙をヒビキは待ってはくれないだろう。


「そう? それは楽しみだね……『サモン』」


 まだ残って……!?


 ヒビキが魔法を使った瞬間。

 何かが天を覆い、俺に影を落とした。


 何事かと天を仰ぐと、そこには巨大なヒビキの顔があった。

 それは間違いなく、ヒビキが巨人から新しく生成したと言っていた人形なのだろう。

 

「安心しなよ。巨人(コイツ)のステータスはこの個体よりも弱い。これの魅力は……」


 ヒビキが言い終わる前に、巨大人形の服の間から大量の人形達が沸きだしてきた。……まさか、コイツは。


「大量の人形を運搬できることさ。これでいちいち召喚する手間が省ける。……さて、戦闘用残り89体。全員相手にしてもらおうか?」


 降りてきた人形達が綺麗に整列していく。

 その動きは、正に統率された軍隊の動きのようで、美しさすら覚えた。


 そんな、人形達の先頭に立つヒビキは満足げに俺を見つめている。


 もう勝ったつもりなのだろうか?


「どうした兄貴? 笑えよ? ここから逆転に持っていくのがお前の得意技だろ? ボクは全力を出したお前に勝ちたいんだ」


 何を言い出すのかと思えば……。


 俺は深いため息をついて、静かに両手を上にあげた。……アホらしい、そんな事の為に先輩を巻き込んだのか?


 悪いが……俺はお前の為に戦う気は無い。


 その言葉を聞いて、ヒビキの顔から笑みが消えた。


「ボクの為……? 何を言って……」


 お前、俺が先輩と仲良くしているのがそんなに気にくわなかったのか? 俺と全力で戦いたかったとか言ってるけど、違うだろ?


 ただお前は、構って欲しいだけだよ。


 そう言って、俺は魔方陣を展開させた。


 生き残ったPL、人形達が空を見上げる。

 そこに展開されていた魔方陣は『ペットショップ』に所属しているPLなら一目でわかる物だった。


 全てを巻き込み発動する、最上級魔法『メテオ・フォール』。

 先輩のお気に入りの魔法だ。


「……兄貴、悪足掻きはやめてくれ。魔術師でもない、その修行もしていないお前が、それを発動しても対した威力は出ないだろ。そんなものは、下らないだけだよ」


 ヒビキの顔はつまらなそうに、冷たい表情を見せた。……まぁ、そうだろう。きっと、ヒビキが描いていた未来は、俺が全力で足掻き、ギリギリで負ける姿だった筈だ。



 でも……。



 そんな未来はあり得ないんだよなぁ?



 俺はニヤリと笑い、ヒビキに見せつけてやった。


「……は?」


 天空に展開していた魔方陣が重なる様に2つに増える。……いや、更に4重、8重と重なり増えてゆく。


 発動……『グレーシーの追約』。


 魔法を使用した際、更にMPをつぎ込むことにより、威力の向上と、連続発動が可能になる『魔神のグレーシー』の神技だ。


 魔法の威力が弱いのなら……死ぬまで打ち続ければ良い。そうだろう?


「死ぬまでって……この魔法の効果範囲は兄貴だって知っているだろう!? そんな終わり時は望んでいない! ボクは……!」


 ヒビキは何かを必死に叫ぼうとしているが、俺にはそんな事はどうでもいい。もう発動は終わってしまった。


 まぁ、気にすんな。……皆で死のうぜ?


 それがヒビキにそう言うと、魔方陣から大量の隕石が降り注ぎ、俺の目の前を真っ赤に染め上げていくのだった。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 数分後。


 魔方陣は消え去り、後に残ったのは降り注いだ隕石の残骸だけだった。


 戦場として使っていた草原はみる影もなく、草木は燃え落ち、辺りで残火が燃えている。


 戦場の近くに設営していたテントも燃え落ちており、全員死んでしまったのだろうか? ……よく分からない。


 あれだけあった人形達の残骸も、今は隕石の下敷きになって一体も見当たらなかった。


 ……本体を除いて。


「くっそ……! 本当に、やりやがった……!」


 隕石の残骸の中より、ボロボロになりながらヒビキが這い出てきた。


 その姿は酷いもので、メイド服は全て燃え落ち、人形の身体が剥き出しになっている。

 四肢も左腕のみを残して砕け散っていた。

 頭部も半分潰れており、痛々しいものだ。


「みんな……死んだのか……」


 しばらく。目の前の光景に呆然としていた様だが、キッと表情を入れ換えると、残った左腕を使い這って移動しようとしている。


 しかし、数メートル進んだところでその腕もガゴっという音を出して外れてしまった。


「なんだよ……結局ポンコツじゃないか……」


 ヒビキは悔しそうに顔を歪めた。それは諦めにも似たものであり、先程の様な気力は感じられない。


 さて、どうした弟よ?

 お前の望んだ結果は得られたのかな?


 俺は這いつくばっているヒビキの前に現れると、そう問いかけた。


「あ、兄貴!? 何で生きてるんだ! お前も巻き込まれた筈……!」


 『メテオ・フォール』は、敵と味方、発動者自身を巻き込んで発動する魔法だ。本来ならば、俺も隕石に巻き込まれ死んでいなければおかしいのだ。

 だから、ヒビキの反応は正しい。


 ……何でだろうな? 運が良かったんじゃないのか?


 俺がそう言うと、ヒビキは眉間に皺を寄せて怒りの表情を見せる。

 何をしたのかわかったのだろう。

 その上で、その可能性に気付かず、俺が自爆の為に魔法を使ったと考えた自分に、むかっ腹を立てているに違いない。


 『フェルシーの天運』。


 フェルシーが常時発動させている、どんな攻撃でも回避できるようになる神技である。

 少し不安はあったが、俺は全ての隕石を掻い潜り、範囲外へと逃げおおせる事ができたのだ。


「あぁ……、ボクの負けなのかよ……。畜生……勝てるはずだったのに、勝てたのに……」


 そう嗚咽を漏らすヒビキを俺は担ぎ上げた。……悪いが、お前には先輩に頭を下げてもらわないといかん。このまま連れていくぞ。


 ……ヒビキに寄生された先輩は、きっと心を痛めているに違いない。


 あんなもの、耐えられるのがおかしいのだ。自分の腹を割いて異物が這い出てくる姿を見たら、誰だって普通じゃいられないだろう。


 ヒビキの姿は見せない方が良いのだろうが、コイツには意地でも詫びを入れさせる。……それが兄貴としての責務だ。


「……兄貴、ごめん……」


 そう考えていると、ヒビキがポツリとそんな事を言った。


 ……黙れ、謝るのは俺じゃない。お前は先輩に頭を下げろ。


 俺はそう言って足を踏み出す。


 すると、ヒビキの頭部から何かが地面に落ちてしまった。



 ………………猫耳?



 なんだろうと思い、目を向けたのだが、そこにあったのは、以前先輩がヒビキから貰ったと言っていた猫耳カチューシャだった。


 俺はヒビキの頭部を確認する。


 そこには猫耳なんて生えていなかった。……あれ? ちょっと待って、まじで待って。ヒビキ君、これどういうこと?


「いや、どうもこうも……ボクが女の子に酷いことする訳がないだろ? 兄貴を騙すために、みーさんには一旦ログアウトしてもらったんだ……。騙してごめんね?」


 ヒビキの様子は嘘を言っている様には思えない。


 つまり……全部お前が俺と戦いたいが為の狂言だったって事なのか? お前もおかしな事はしていないし、先輩も無事なんだな!?


「まぁ……そういうことになるね。もうすぐみーさんもログインし直して来ると思うよ?」


 そ、そうか。よかった……。


 俺の身体から力が抜けるのがわかり、担いでいるヒビキが急に重たく感じた。


 ヒビキを地面に下ろすと、俺もその隣に寝転んだ。……なんか、怒ったからかわからないが、いつも以上に疲れてしまったような気がする。


 早く先輩来ないかな……。


「……兄貴、それ本気で言ってる?」


 とりあえずは先輩の元気な姿を見たい。というか、お前が無駄に心配させたんだよ。冗談でもやっていいことと、悪いことがあるからな?


「あ、ごめん。……でも、兄貴も相当疲れているみたいだな。ボクも疲れたよ……」


 それな。


 あー……もう寝ちまうかな。俺は先輩が来るまで一歩も動かないぞ。動かすなら殺せー。


「殺せー」


 そう言って二人でじたばたしていると、誰かが頭の近くにいる気配がした。


「ツキトくん……きみって奴は……」


 聞きたかった声が聞こえた。


 先輩!? 戻ってきたんですね! いや~よかった無事みたいで! 心配したんですよ!


 ……あれ?


 皆さんお揃いで……どうしたんです?


 俺は起き上がり、先輩の声が聞こえた方に向き直った。

 すると、そこにはクランメンバーが勢揃いしており、俺達を鬼の形相で睨んでいる。……これは不味い。


「言わなくてもわかると思うけど、全員、きみの攻撃で消し飛んだんだよねぇ。きみはどうケジメを付けてくれるのかなぁ……?」


 先輩がガチでキレていらっしゃる。


 身体中から汗が吹き出した。……不味い、ホントに今回ばかりは不味いぞ!?


 神技も使い果たした。捧げ物も全部家に置いてきている。逃げるためのMPもさっき全て使いきってしまった。


 もう……手の打ち所が……ない……。


 それでも俺は、必死に言い訳を考えようとしたが、先輩は俺の口が開く前に叫ぶ。


「かくほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?


 俺とヒビキは殺到するPLに取り押さえられてしまった。



 捕まった俺達兄弟は、処刑室に運ばれる。


 そして、抵抗虚しく、ギロチン台に固定されてしまうのだった……。


・『メテオ・フォール』

 周囲に甚大な被害を出し、地形さえも変えてしまう超強力な魔法。地形を元に戻すのも大変なので連発しないでほしい。特に街中はやめて。


・ケジメ

 斬首刑が始まるらしいよ? 楽しみだね。

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