性癖で人を語ってはいけない
反省会を終えた次の日、改めて演習を執り行うこととなり、俺達は前と同じ『猫派』テントに集まっていた。
「どうだい? 今度はもっとまともにな戦いになりそうかな?」
椅子に寝そべっている先輩が俺を見上げながらそう聞いてきた。
……多分、大丈夫じゃないですかね? 俺が教えれる事は教えたつもりですし。アイツらも結構真面目でしたから。
タビノスケとチャイム君は真剣に話を聞いてくれた。あの様子ならば、前よりも面白いものが見れるのではないだろうか?
「ツッキーさん、本当に私達もこっちでいいの? いざ呼ばれても、そんなに大した事はできないんだけど……」
肩にアークを乗せたシーデーが不安そうに俺に問いかける。
この2名については、前日の演習で目を見張るほどの活躍を見せてくれた。というよりも、トラップ生成の能力と、姿を消す事のできる能力が戦場では純粋に強い。
その能力に頼りきりになられても困るので、この二人は特別枠としてテントに来てもらったのだ。
「せやで、うちら単体じゃ、大したことなんもできひんのやけど、ホントにええんか?」
いいんだって。
というか、本番では存分に活躍してもらう予定だから、今のうちに休んでてくれよ。
それに、こうやって見る側になって気づくこともあるだろうから、しっかりと研修していってくれよ。
そう言って俺はウィンドウに目を向けた。
『犬派』は地図を広げて今回の作戦を確認している。基本は前の動きと変わらない様だ。
そして問題のタビノスケ率いる『猫派』なのだが……。
『みんな~ 今日のライブも盛り上がって行くよ~!』
『うぉおおおおおおお! にゃんこり~ん! かわいいよ~!』
うん、前と変わらずにライブを楽しんでいるようだ。一応無駄な行動じゃないからいいんだけどさぁ……。
ケルティも呆れた様子でそれを見ていた。
「ツキト、アイツらホントに大丈夫なの? 私としてはもっと真面目にやって欲しいというか、勝つ気が無いように見えるというか……」
ごもっともなご意見である。
タビノスケが昨日の反省会で覚えた事を親衛隊に普及しているとは思うのだが……。いかん、不安になってきた。
「なんか不安そうな顔してない?」
あ、いや。大丈夫だよ? きっとうまくやってくれるさ。
ところで、ワカバの奴はどこ行ったんだ? 姿が見えないんだけど?
「ああ、ワカバならライブを見に行って出ていってしまったぞ? 時間になれば戻って来ると言っていたな」
俺の質問に、部屋の奥で亀甲縛りにされていたミラアが答えてくれた。……ちなみに自分で自分を縛ったらしい。器用な変態である。
そうか、ロリコンだもんな。仕方ないな。
「ツキトくん、意外にワカバくんに対して甘いところあるよね? きみもロリが好きなの?」
先輩、あれをロリと言わないでください。アイツはロリの姿をしていますが、中身はロリコンですから。
まったくの別物なのですよ。そして俺はロリコンではありません。幼女を見ても興奮しません。
「そこの違いがわかる辺り、ロリコン疑惑が浮上したんだけど? ヒビキくんと言い、きみ達兄弟節操が無さすぎじゃないのかな?」
先輩が俺の事をじとーっと見つめてきた。……ち、違うんです。そんなおかしな性癖は持ち合わせていないんですよ。
俺はやんわりと否定した。大丈夫、先輩ならきっとわかってくれるはず……。
「性癖の話と聞いて」
そう言いながらテントの中にヒビキが入ってきた。帰れ。
「あ、ヒビキくん。今君のお兄さんの性癖の話をしていたんだけど……何か知らないかな?」
先輩、お願いですからやめてください。俺が死んでしまいます。お願いだからやめて。
「兄貴の性癖ですか。申し訳ありません、この場所では話せない事ですね」
やったぁ。うちの弟がまともになったぞ。これで俺の明日も安泰だぁ。
「えー……? じゃあ場所変えたら?」
「それならいいですよ? ちょうど、ボクもみーさんとお話がしたかったので、ちょうどよかったです」
安泰じゃなかった。
先輩は椅子からヒビキの肩にへと移動した。……せ、先輩、本当に俺の性癖を聞き出す訳じゃ無いですよね? ヒビキも冗談だよな? さすがに、そこまで自分の事を話した記憶は無いからな?
俺は焦りながら二人に確認する。
すると、ヒビキはにっこりと笑ってこう言ったのだ。
「実家のパソコンのデータは消しといてあげたよ。よかったね、兄貴」
俺は絶望し、膝から崩れ落ちる。
二人が去った後、テントに俺の絶叫が響き渡ったのだった。
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先輩が帰って来る前に、演習は始まってしまった。
『犬派』は前と同じように防御陣地を構築している。前と違うところは、魔法の攻撃をしながら同時進行で作業をしている点だ。
そして……『猫派』なのだが……。
『にゃああああああああああああああああああああああああああ!!!』
タビノスケが速攻で『憤怒』のギフトを発動させ体を巨大化させる。同時に、周囲の複数名のPL達も身体を膨張させた。猫要素を忘れてないあたり、律儀な奴である。
『俺達はロリコンじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』
完全にバーサーカーと化していた。
ロリコン扱いでもされたのだろうか? 凄い怒気を放っている。
そして、『猫派』は敵陣にへと向かって、突っ込んでいった。……またかよ! 昨日の反省会をクソも活かしてねぇ!
「ツキト……やっぱり駄目じゃん……」
呆れを通り越して、ケルティは笑っていた。
い、いや! 待ってくれ! もしかしたら何か考えがあるのかもしれない!
そうだ! シーデーとアークは何か聞いていないか?
俺は僅かな希望を胸に二人に振り替える。……が。
「突撃してから考える、って言っとったで? 一応、タビノスケが攻撃を引き受けるらしいんやけど……」
「フラッグの奪取とりんりんを守る事を優先させるって言ってたよ」
ほぼ作戦なんて無いに等しいって事か……。
俺ががっくりと肩を落としていると、戦場に動きがあった。
『犬派』が構築した壁の間から数名のPLが飛び出したのだ。おそらくフラッグを回収するための人員だろう。
『死ぬでござるぅぅぅぅ!!』
怒りに取り憑かれたタビノスケの一撃が『犬派』メンバーに迫る。
しかし、タビノスケの触手は『犬派』陣営から飛んできた銃弾により千切れ飛んでしまい、その攻撃は不発となった。
『撃て撃て撃て! 弾が無くなるのは気にするな! こちらに接近される前に、敵のHPを削るのだ!』
チャイム君の指示が飛んだ。
壁の間から狙撃兵達が『猫派』メンバーを狙い撃っている。
攻撃をされる前に素早く身を隠しており、打ち返される事を意識した動作をしている事がわかる。逐一移動を挟みながら攻撃をしているので、居場所を特定されることもない。
昨日よりも、遥かに訓練された動きになっている事が一目でわかった。
『みんなー! 頑張ってぇ! 『ショック・ストーム』!』
しかし、隠れる隙を狙ってりんりんが魔法を発動させた。
『犬派』陣地で衝撃が弾け少なくない数のPLが吹き飛んだ。しかも、衝撃の魔法の追加効果が発動し、魔法を食らったPLはフラフラと足元がおぼつかない。
『うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??』
更に、『犬派』の陣営から叫び声が上がった。
タビノスケの狂気散布により発狂してしまったのだろう。辺りに銃弾をばらまいている。
『くっ……! すまん!』
チャイム君が発狂してしまったPLに近づき、素早く首を切り裂いた。
良い判断だ。無駄に被害が出るのを抑えることができた。
そしてその様子を見て、これが『猫派』陣営の作戦なのだろうと理解する。
スキルや魔法、『プレゼント』による状態異常を使った制圧が目的なのだろう。
だからこそ、タビノスケは直ぐ様身体を巨大化させ狂気の発症を狙い、りんりんは魔法と魅了でダメージを与えながら機能停止をしようとしているのだ。
……だが、それだけで突破できるほど『犬派』は甘くはない。
最初に飛び出した『犬派』メンバーの一人がフラッグを手にする。
それを狙っていたようにタビノスケの触手が迫るが、彼に攻撃が当たる前に、その姿が消えてしまった。
『犬めがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
タビノスケの怒号が響いた。
昨日の反省会で上がった、紐と首輪を使ったPLの引き寄せをやられたのだ。これで『犬派』に戦力が追加されてしまう。
『よくやった! 攻撃に巻き込まれない様、陣地の奥に戻るのだ!』
『了解です、会長! しばしお待ちを!』
フラッグを持ったPLが陣地の奥へと逃げていく。そして、充分に距離を取った後、彼は地面にへと、それを突き刺した。
その瞬間、何かがそこから走り抜けて行く。
召喚した本人も誰が召喚されたのかわかっておらず、辺りをキョロキョロとしていた。
召喚されたそれは、チャイム君の制止もはねのけ、タビノスケの目に前にへと飛び出してしまった。
『くたばるでござぁぁぁぁぁ!!』
容赦無く、刀をもった多数の触手が迫る。
しかし、迫り来る触手を全て避けると、それはタビノスケの中に突っ込んでいった。
そして、タビノスケの絶叫が響き渡る。
タビノスケの身体を突き破る様にもう一度姿を表したそれは、あっという間に彼をバラバラに解体してミンチにしてしまった。
見ているだけで寒気が走るような行為を、ヒビキは平気でやってのけたのだ。
「相変わらず凄い事してはりますなー……ドン引きやで……」
少し怯えるようにアークが口を開いた。
おう。俺の弟だからな。……にしても、やたら動きが良いな。
アイツまた人形のステータスを更新したのか?
「うえぇ……。ということは、誰かが犠牲になったんだな……。可哀想に……」
ワカバがげんなりとした様子を見せた。いまだにヒビキに対しての苦手意識は消えないらしい。
俺はワカバの肩をポンポンと叩き励ました。
その間に、ヒビキは向かってくる『猫派』メンバーを殴り、蹴り、穿ち、投げ殺している。
その動きには一切の迷いがなく、一つ一つの動きが正確かつ力強い。
今まで見てきたヒビキの動きの中で、最も優れていると俺は感じた。
しかし、それと同時に、とある疑問が頭の中に浮かんできた。
アイツ……誰を苗床にしてあの個体を作ったんだ?
考えていると、カメラがヒビキに寄った。
……!
見えてしまったそれに、俺は目を見開く。見えてはいけないものが、あってはいけないものがそこにあった。
そして、沸き出る感情を吐き出すように叫ぶ。
ミラア! 今すぐに俺を会場に飛ばせ! 早く!
すると、ミラアは不思議そうに首を傾げた。
「ん? いや、ランダムに飛ばさないとルールが変わってしまう……が、この前の続きをしたいのか? それなら良いだろう。私が邪魔したのは確かだしな」
ウィンドウを見ると、ヒビキの猛攻を掻い潜り、『猫派』の陣地にフラッグが運ばれていた。
「それにタイミングもいい……行ってくると良い」
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俺は『猫派』の陣地に転移した瞬間、ヒビキに向かい駆け出した。
ヒビキぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
そう叫びながら、『猫派』メンバーを屠っているヒビキに襲いかかる。
振り下ろされた大鎌をヒビキは片腕で受け止め、受け流す。
切り落とせなかった事に驚きつつ、後方にへと距離をとった。
「やぁ、兄貴。来てくれると思ったよ」
てめぇ……。それは真面目に言ってるのか?
俺がそう言うと、ヒビキは嬉しそうに顔を歪めた。
「もちろん、あの時は邪魔されたから、今日は全力で殺し会おう。……こうすれば絶対に来ると思ったんだ。だって兄貴はこういうのだいっ嫌いだろう?」
ああ、嫌いだよ。だいっ嫌いだ。……だから、そんなもんは消してやる。
俺は大鎌をヒビキに向け構えた。
対するヒビキも、構えをとり臨戦体勢に移行する。
そんな至極楽しそうな顔をしているヒビキの頭には、
黒い猫耳が生えていたのだった。
・『パラサイト・アリス』
冒険者ヒビキのプレゼント。他者に人形のパーツを埋め込み、寄生する事で、宿主の身体の中で成長させることができる。寄生主の特徴が成長過程で加わり、人形は体外に排出される。ここにいる冒険者で、黒猫って言えば……。




