第1回『わんにゃん大戦争』終了~お前ら、後で処刑室な?~
一応、俺達が考えていた演習の流れを確認しておこう。
演習で使われる会場の大きさは、サッカー場を一回り大きくしたくらいの広さになっている。
障害物は無く、ただのだだっ広い草原に二つの陣営が、陣地を構えているわけだ。
つまりは、お互い相手に丸見えなのである。
だからこそ、開始一発目は魔術師による遠隔攻撃の撃ち合いから始まるだろう。
その中を近接職業が敵陣地に斬り込んでいき、フラッグの奪い合いになるか、殲滅戦になるか……と、予想していた。
しかし、『犬派』の動きは違った。
『総員! 壁生成、発動せよ!』
チャイム君の号令で『犬派』陣地を隠すように地面が盛り上がり、壁ができあがった。
攻撃魔法は敵の姿が見えなければ発動することができない。
なるほど、魔法の撃ち合いの被害を削減する作戦か。しかし、これでは攻撃に転じる事が出来ずに、フラッグを先にとられてしまうだろう。
そして、それに対抗する『猫派』の動きは……。
『親衛隊━━━━突撃ぃぃぃぃぃぃ!!』
やりやがった。やんなっつったのに。
りんりん親衛隊長、触手生物タビノスケが隊員と一般メンバーを引き連れ、敵陣地に向け特効を仕掛ける。
陣地には、数名がりんりんの護衛として残っているのみである。
しかも、りんりんは未だにライブを続行していた。
……うん、まぁ、予想はしてたよ?
「ツキトくん、ちょっとアイツらに渇を入れてきてよ。一回殺さないと理解してくれないみたいだ……」
まずい、先輩がご立腹でいらっしゃる。
そりゃそうだ、自分の陣営が負けそうになってんだもの。しかも、自分が出れないからフラストレーションが溜まる溜まる……。
このまま戦場に出たら敵味方関係無く、皆殺しにしそうなんだよなぁ……。
先輩、安心してください。
そろそろ、りんりんの『プレゼント』の効果が出てくる頃です。『犬派』の陣営は大変な事になると思いますぜ?
りんりんの歌には敵に魅了の効果を付与し、同士討ちさせる効果がある。今回のような乱戦にはかなり有効なはずだ。……見た目はあれだけど。戦場でライブって、もろあれだけど。
決してふざけている訳では無いということを約束しますよ。
「……そうなの? なんか『犬派』のみんなは異常なく穴を掘って通路を作ってるんだけど?」
いやいや、まさか。
ちゃんと能力の範囲内に入ってるんですから、一人くらいは魅了され……て無いですね。あれぇ?
『急げ! 奴等に接近される前に塹壕を作り上げろ! 足の速い者はフラッグの奪取へ向かうのだ!』
チャイム君は何一つ変わらず指示をだし続け、愛好会の皆様は精々と身体を動かしている。
な、何故だ!?
いつもつるんでいる仲間だからと言っても行動が統制され過ぎている!
というか、壁作って姿を隠しながら塹壕を構築するとか誰の入れ知恵だ?
流石におかしいと思い食い入る様にウィンドウを観察する。
すると、『犬派』の陣地内に幾つかの血溜まりを発見した。それを見て、何故魅了の攻撃が効いていないのかがわかった。
アイツら、発症したと判断した瞬間に自害してやがる。
『っく、チャイム会長! 後は頼みました! ぐふ……』
しかも全く迷いが無いときた。……なんだよ、こっちも大概狂ってるじゃねぇか。
ちなみに、死んだPLは場外ですぐに復活させられる。研修をしてもらい、意見を貰う為だ。
……話しを戻すが、狂っていても『犬派』には統制された指揮系統がある。
まずいな……このままでは『猫派』は圧倒的に不利だ。そろそろ俺達の誰かを呼び出してほしいのだが……。
と、思っていると『犬派』の一人が、もう少しでフラッグに手が届く位置にいるのが見えた。
それを陣地に持ち帰られると、クランの殲滅能力に特化した奴等が現れてしまう。
ゼスプは全体魔術、ドラゴムさんは薙ぎ払いレーザー、ヒビキなら人海戦術で制圧できる。
他のPLでも、メレーナなら能力で他のフラッグを手の中に持ってこれるので、戦力を一気に強化できるし、ビルドーなら敵全員の攻撃を一斉に受けても死にはしないだろう。
そして、チップについては……もしかしたら、この状況で呼ばれるのは最もヤバイ人材かもしれない。
陣地が出来上がりつつあるこの状況で、完全な指揮系統と戦場を逐一確認できる能力が噛み合った場合、戦略的に勝つことは不可能になる。
……しかし、その状況をひっくり返せる人材がいるにはいるのだが、戦いが始まってから姿が見えない。
そう考えを巡らせているうちに、『犬派』のメンバーの一人が最初のフラッグを手にした。
会場のカメラが一気にそのPLに向いたようで、ウィンドウに様々な角度で彼が映されている。
しかし、その瞬間、彼はバラバラに切り裂かれてしまった。
テントの中でおおっ、と小さく歓声が上がる。
刀を握った数本の触手が延びてきて、彼の事を切り裂いていたのだ。
タビノスケの能力は遠距離の敵に対し、近接武器による攻撃ができる事である。
カメラの撮影範囲が元に戻ると、会場のど真ん中に陣取り、フラッグを回収しにくる『犬派』を迎撃しているタビノスケの姿が映し出された……が。
若干、様子がおかしい。
『策を立てられたのならばぁ……! それごと叩き潰して見せるで候う……にゃああああああああああああああああ!!』
申し訳程度の猫要素やめーや。
そんなツッコミも虚しく、タビノスケの身体に変化が起きる。
触手の一本一本が大きく、隆々と膨れ上がってゆく。そのせいでタビノスケの身体は数倍の大きさに膨れ上がってしまった。
ギョロリと、いつもは隠れている一つ目が露出し、『犬派』のメンバー達を睨み付け……。
『「このケモナーどもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」』
タビノスケの怒号がテントにまで響いてきた。
身体の増大、気性の獰猛化……間違いない、『憤怒』のギフトを自分自身に使用して暴走状態になったのだ。
『憤怒』のギフトの効果はステータスの一時的上昇と混乱、狂気の状態異常の付与。後者のデメリットは魔法耐性が高いのなら対して効果は無い。
上手く使えば、かなり有効的な『ギフト』である。
『理性を捨てたか……! よく聞け! フラッグの回収は後だ! これより攻めに転じる! 魔術師は塹壕より、接近する敵を一掃せよ!』
チャイム君の号令により、『犬派』の陣地から魔法が発動された。
発動したのは範囲魔法がメインであり、突出している『猫派』のメンバー達はそれに巻き込まれ、被害を受ける……はずだったのだが。
どういうわけか、魔方陣は『猫派』陣地、りんりんの足元において発動していた。
『キャー! りんりん、こわーいにゃーん!』
りんりんはあざとい感じにそう叫ぶが、そのままライブを続行している。
そして魔法が発動し、『猫派』陣地は炎や氷、稲妻によって阿鼻叫喚の地獄にへと変わら……なかった。
魔法の効果が終了し、視界が晴れると、そこには先程と変わらぬ様子で躍り続けるりんりんと、ボロボロになりながらも立ち上がり、りんりんを応援する親衛隊の姿があった。
いきなりの命令違反と攻撃の効果の無さに、チャイム君は驚きの表情を見せるが、すぐに気づいた様で新たな指示を出す。
『ま、魔術師はそのまま攻撃を続けろ! これより白兵戦へと移行する! 前へ! 前へ! 前へ!』
りんりんの『プレゼント』には、自分がライブをしている間は自分にターゲットが集中する能力と、自分へのダメージを味方に分散する能力がある。
近接職ならターゲットを切って普通に攻撃をすればいいが、魔術師はそうはいかない。ターゲットをしなければ魔法は発動できないというデメリットがある。
『犬派』は壁を作り魔法を封じたが、『猫派』は囮を使うことで魔法を封じてきたのだ。
こうやって、予想していた流れとは違うが、やっとで近接戦闘が始まる。
そして、ここからが見処になると予想する。
バディ行動や後方からの射撃支援、または自滅を前提とした特効攻撃、魔物を大量召喚して戦場をかき乱すのも大いにありだ。
それに、『犬派』はこれからタビノスケの遠隔攻撃をくぐり抜けながら戦わなければならない。ただ突っ込んでも突破する事は不可能だろう。
だが、チャイム君が何の考えも無しに兵を動かしているとは考えづらい。きっと、何かしらのアイデアを持っているのだろう。それを是非見せて欲しい……!
と、ニヤつきながら見ていたら、『犬派』のメンバーが壁を越えた瞬間━━━━。
大爆発が起き、チャイム君を含めた『犬派』メンバーが吹き飛んだ。
……はい?
俺は目を丸くする。
爆発音と衝撃がテントまで伝わってきたので相当の威力である。何台かのカメラが吹き飛ばされた様で、ウィンドウには関係の無いものが映り込んでいる映像が多い。
なんだ? 何が起きたっていうんだ?
そうやって俺が慌てていると、ケルティの姿が消えた。どうやら『猫派』の誰かがフラッグを奪取したらしい。
『猫派』の陣地を映しているカメラ映像に注目すると、召喚されたケルティを迎えているPLがいた。
トラップ使いのPLシーデーと、幻術や撹乱を得意とする狐のPLアークだ。
ようやく『猫派』の切り札が姿を現した。
シーデーのトラップは威力が大きいが、相手がかからなければ、意味がない。しかし、一度発動した時の効果範囲と火力は特大魔法に匹敵するものがある。
そこで、姿を見えなくできるアークと組む事で、工作活動に勤しんでいたのだろう。
彼らの活躍のお陰で、『犬派』の前線は崩壊。チャイム君も満身創痍の様で、上半身だけになりながらも、指揮をとろうとしている。
しかしながら、そんなところを暴走してるタビノスケが見逃すはずもなく、チャイム君は伸びてきた触手にからめとられ、そのまま圧殺されてしまった。
その後、ケルティとアークがバディを組み、敵陣地にへと侵入。
チャイム君の次の指揮官を決めようと揉めている間に、姿の消したケルティが陣内で大暴れした事で『犬派』の残党が白旗を上げた。
これにより、一回目の演習は『猫派』の勝利に終わったのだった。
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さて、反省会でもしようか?
俺と先輩は今の戦いで活躍した『猫派』のメンバーをテントの位置に呼び寄せていた。
りんりん、タビノスケ、シーデーにアークである。
「前提として聞きたいんだけどさ……どこからどこまでが予定していた作戦だったのさ? 僕としてはただの偶然が重なっただけに見えるんだけど?」
そうだよお前ら、先輩の言うとおりだよ。
特にタビノスケ、俺、お前に無理に突っ込むなって言わなかったっけ?
俺は元のサイズに戻ったタビノスケに問い掛けた。
「ツキト殿~、違うんでござるよ~。あれは敵が初手に魔法を打ってこなかった場合の動きなのでござる」
「そうだよツキトっち! りんりん達が何も考えていないおバカさんだって言うの!? プンプン!」
タビノスケに加えて、りんりんも自分達が作戦通りに動いていた事を主張してくる。
成る程、敵の動きを見てから作戦を変更したと……、ならアーク。お前とシーデーが単独で動いていたのも作戦通りか?
「大体そうやで? 当初の作戦では魔法の撃ち合いをしている中で、わてらが前に出て罠をしかけるちゅう作戦やったんや」
じゃあ、なんで敵の防御陣地の前に罠を仕掛けたんだよ? あれじゃあ、籠城されたらこっちが不利になる。あの状況ならフラッグの周りに罠を仕掛けるのがベストだ。
シーデーなら、わかるだろ?
俺がそう聞くと、女装子は目線を逸らしながら答える。
「わ、私もそれは思ったんだけど……作戦を聞いた限り、味方を巻き込む作戦だったんだよぅ。だから何時もより強力にしたんだけど……」
味方を、巻き込む……?
俺と先輩はじろりとタビノスケに視線を向けた。
「タビくん、他の作戦はどういう感じだったのかな?」
「よくぞ聞いてくれました、みーさん殿! 拙者達は死も恐れぬりんりん殿の親衛隊! 魔法を撃ちながら突撃が基本でござる! よって最後の壁を打ち破る為に、シーデー殿に地雷を設置してもらったのでござるよ!」
つまり、相手が攻めて来なくとも、自分達で地雷を発動させ、敵の前線を吹き飛ばす気だった様だ。
無茶苦茶な作戦である。
というか、他の作戦はどんなのがあるんだよ。
ちょっと聞くけど……相手が守りを固めたら?
「突撃でござる!」
相手が罠を仕掛ける前に突撃してきたら?
「突撃でござる!」
相手が陣地にテレポートしてきt……。
「突撃でござる!」
……駄目だ、こいつ何も考えていない。
恐怖が無いことは利点のはずなのに、根本的な作戦が何一つとして存在していない。
「『マジック・レーザー』」
「ござぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そして先輩がぶちギレてタビノスケを消し飛ばした。……しょうがねぇよ、今回の演習の意味を理解してないんだもの。
「ツキトくん、ちょっとコイツらに戦術指導してやって。……ついでに『犬派』のチャイムくんにも」
了解しました……。
確かに、コイツらがこんなんでは、チャイム君が最後に仕掛けた白兵戦も、考え無しの行動に思える。なんてこった。
ちゃんと作戦練ってこいって言ったのになぁ……。
呆れてしまった俺と先輩は、タイミングを図った様に一緒に仲良く、ため息を吐くのだった。
・塹壕
地面を掘って作った防御を目的とした溝や通路。遠距離武器はもちろん、魔法から身を隠す為にも使える。
・ため息
まぁ、ドンマイ。次頑張ろう。




