少女の物語
これはなんて事のない、一人の少女のお話です……。
私は元々、なんの変哲もない普通の村娘でした。
朝起きたらご飯を作り、昼には畑に行き、作物を育て、夜になったら静かに眠る生活をしていました。
そんな生活を、母と二人で繰り返す日々でした。
楽しいか楽しくないかと聞かれたら、楽しい生活とは言えない生活だったでしょう。
けれど、母と一緒の生活はとても幸せな生活でした。
私は、こんな生活が永遠に続いていく。そう考えていました。
けれど、ある日のことです。
私がいつも通りに畑に行くと、木陰に誰かが倒れていました。
その方は真っ黒な外套でその身を包んでいたので、他所から来た冒険者ではないかと思い、安否を確認するため近付いたのです。
……もしかしたら流行り病ではないかと、そんな考えが頭をよぎったので。
私はその方を起こそうと体を揺すります。
それで目が覚めたのでしょう。
行きよい良く飛び起きると辺りを見渡し、ここは何処か、と聞いてきたのです。
私は、ここが辺境の村であり、私の畑であること、そこで貴方が行きだおれていたことを説明しました。
それを聞くと、水がのみたいと言われたので私は自分が持っていた水筒を手渡しました。すると、まるでこれを飲まなければ死ぬんじゃないかと思うほど勢い良く水を飲みだしました。
その時。
ちらりと見えた横顔に、私の胸が大きく高鳴ったのです。
端正な顔立ちをしていました。鋭く、意志の強い目をしていて、そこから美しさと頼もしさが感じられ、私は……その……恥ずかしいのですけど……。
恋に……落ちました……。
ああっ!? どうしたのですかツキト様!? いきなり倒れてしまって!?
え? つらたん? よくわかりませんが、何かあったのですね!?
……なんです、パスファ? 仕方のないこと?
あ。
ご、誤解しないでください! 私はその方と手を繋いだ事もありません! むしろ今となっては逆の感情しか持っていないのです!
その行き倒れていた方こそ、『嫉妬』の邪神だったのですよ!
……と、最初に言ってしまいましたが、そういうことです。
今でも思います。なぜあの時に首をはねておかなかったのかと……。
そんな馬鹿だった私はその方を家に招きました。お腹が空いていると思ったのです。
案の定、朝の残りを出すと嬉しそうに食べ始めました。
その食事が終わると、その方はこうきりだしました。
私は輪廻を司る神である。私を助けてくれたお前に褒美をやろう。……何がほしい?
そう聞かれた私は迷った後に、こう答えました。
それでは、しばらくこの家にお泊まりください。男の方が手伝ってくれたらとても助かります。……と。
……流石に私をお嫁さんにしてくださいみたいな事は言えませんでしたよ。
私だって常識の一つや二つ持ち合わせています!
話を戻しますね? ……その日から3人での生活が始まりました。
母も大いに喜んでいました。
私は、今までの同じような毎日が、まるで輝く様な美しいものにへと変わっていくように感じていたのです。
しかし、そんな生活も終わりを告げました。
あの方が帰らなければならないと言い出したのです。
その時、あの方は私に共に来てほしいと言ってくださいました。
ですが、私は母を残して行くことは出来ないと言って断ってしまったのです。……父にも置いてかれた母を、私は見捨てる事ができませんでした。
彼は残念そうな顔をしていました。
そうして、私は自分の思っていたことを伝える事も出来ずに見送ったのです。……これで終われば、このお話しはどこにでもある少女の恋の話で終わったのでしょう。
けれど、そうはならなかったのです。
その出来事から数日後、母が死にました。
朝に起こしにいったらベッドの中で冷たくなっていたのです。
体を悪くしていた訳でも、老いていた訳でもありません。本当に、急に死んでしまったのです。
私が驚きと悲しみに沈んでいると、あの方が目の前に現れこう言いいました。
これで、私の元に来てくれるね? ……と。
私はわかってしまいました。
この方が母を冥界に連れていってしまったのだと……。
間接的ではありますが、私の軽率な行動のせいで母を死なせてしまったのだ、と……。
私は懇願しました。
何でもします。
私を好きにしていただいて構いません。ですから母を生き返らせてください。
そう言って泣きついたのです。
しかし、あの方は無理だと言いました。
冥界に落ちた魂を現世に戻すことは出来ない。……だが、お前が私の元で死神となると言うのなら、会わせてやってもいい。
私はそれを聞いてすぐさまその手を取りました。
こうして、私は死神と呼ばれる存在になったのです。
ただ、母に会って一言謝りたい。
その想いだけで私は様々な生物の魂を刈り続けました。
その仕事をしていく内に、あの方……『嫉妬』の邪神が何故私に近付いたのかもわかりました。
『嫉妬』の邪神は眷属として多くの死神を育成していたのです。そして、私もその内の一人であり、奴のお気に入りのコレクションなのだと理解しました。
だって、いろんな種族の女の子達が死神として選ばれていたんですから。どういう考えで私が見初められたのかも簡単にわかりました。
そんな奴の元で働くのは、嫌悪の感情しか沸きませんでしたが、私は母に謝る為に魂を刈り続けました。
そして、長い時間をかけ私は母と再会することができたのです。
しかし、母の口から飛び出したのは、私に向けての憎悪と恐怖の言葉でした。
当たり前です。
目の前にいた私は、既に人の姿では無くなっていたのですから。
まるで死人の様になった私の姿に母は恐怖し、私が自分の娘だということがわかったら、自分を冥府に落とした原因である私に罵詈雑言を浴びせてきたのです。
優しかった母も、長い時間の中で全く違う物に変わってしまったのでしょう。
私は、この時に、壊れてしまいました。
怒りや悲しみ、後悔やいろんなもので、私の中がぐちゃぐちゃになっていったのです。
そして、復讐を決意しました。
母の命を奪い、私の想いを踏みにじり嘲笑った『嫉妬』の邪神を殺してやろうと決意したのです。
私は手始めに、奴が力を分け与えていた同僚の死神達を皆殺しにし、その力を奪いました。……彼女達も奴に騙された犠牲者でしたが、その時の私にはそんな事はどうでもいいことだったのです。
そして、奴を甘い言葉で拐かし、油断したところで首を切り落としました。
とても簡単な事でした。
私だけを見てほしい。他の女達なんてどうでもいいから、私だけを愛してほしい。
そう耳元で囁いただけで、奴は隙だらけになりましたから……。
奴を殺し、死神としての力を全て奪ったあと、私は地上へと戻りました。
何もかも忘れて、あの時の生活をやり直したい……そう、思ったのです。
ですが、私が『嫉妬』の邪神を殺してしまった事で、運命は動き出してしまいました。
他の邪神達による、地上を巻き込む戦いが始まってしまったのです。
原因は『嫉妬』が死んだことによる危機感だったのでしょう。邪神達は自分の力と立場を守るべく、眷属を連れて戦争を始めました。
そのせいで、地上は荒れに荒れてしまいます。
人々は隠れるように生活し、獣は消え去り、自然は荒廃しました。
まさか私の行いがこんな結果をもたらすとは、全く思っておらず、私は崩れ落ちてしまいました。
しかし、激しい絶望の中で、私は思ったのです。
神なんて、碌な奴がいないんだな。……と。
そうして、私は武器を取りました。
全ての神を殺すために。世界を元の形に戻すために。
その後、私は神を越えるため、機械の研究に没頭していたキキョウと出会い、共に神殺しの旅を始めます。
リリア達と出会ったのも、その旅の途中でした。……あの時は、本当に自分の目の前の敵を殺す事しか考えていませんでした。
後は、リリアの言ったとおり。
私とキキョウはリリアの家で暮らし始めました。……あの時は無茶をしていましたから、休める場所がほしかったのかもしれません。
そして、みんなで食事をしたり、グレーシーの相手をしている内に、私の心も徐々にですが穏やかになっていきました。
全ての神を殺し終わった時には、私は以前の様に笑えるようになっていました。
……結局、邪神が現れ人々の生活を脅かしているのは私のせいなのです。
私がなにもしなければ、世界は穏やかにまわっていたのでしょう。
けれど、私はもう後悔しません。
キキョウやリリア達に出会い、私は救われました。だから、もう後悔などしません。
……ですが、女神となり、地上の者に直接手を下すことができなくなってしまいました。
復活した邪神達をこの手で殺すことができなくなってしまったのは、とても口惜しい事です。
パスファが皆様にお願いしたのは知っていますが、私からもお願いします。
どうか、あの邪神達を私達の変わりに打ち倒してください。
この世界のために……。
・……




