その微笑みは変わらず
※今回のお話は、これまでのお話を読んだ方のみご覧になることをオススメします
洞窟の壁に張り付いている赤黒い粘菌、怠惰の《マザーラット》。
魔法が効かず、延々とネズミを産み続ける化け物だ。
そんな粘菌に向かって、俺は大鎌を振り下ろした。根を張っている壁ごと切り裂くと、瞬時に身を翻し、後方へと距離をとる。
どうだチップ、何か変わった事はあるか?
「いや。何も変化がない、HPも減っている訳じゃないし、ステータスにも変動は無いみたいだ……」
っち、斬撃も効かないってことかよ……厄介な相手だな。
俺は歯噛みした。
先輩の魔法が通じないという衝撃的な出来事はあったが、俺達は臆することなく攻撃を続けている。
しかし、《マザーラット》は身体を修復させ、先程と変わらぬ様子でネズミを産み出し続けていた。
「……ものは試しだ。おいメイド、ちっこいのを特効させるがいいか?」
ワカバが身体に張り付かせていたぷちメイドを手に取る。何をするのか察したメイド人形はコクリと頷いた。
よしっ、と言って、ワカバは大きく振りかぶってぷちメイドを粘菌に向かって投げつける。……ちょ! 伏せろ!
俺は周りに呼び掛けた後に姿勢を低くする。
飛んで行ったぷちメイドは、粘菌に着弾した瞬間にカッっと光を放ち、爆発した。
こちらに被害が出ることはなかったが、目の前が砂煙に覆われ視界が奪われる。
どうなった!?
「……駄目だ! 地形は変わったみたいだけど、《マザーラット》自体にはダメージは入っていない! しかも新しいネズミが産まれてる!」
砂煙が薄くなってくると、その中に何かの影がちらついた。
「『イヤーアタック』!」
すかさず先輩の魔法が炸裂し、周囲を揺るがす程の衝撃が放たれた。
見えていた影はすぐにミンチになる。
産み出されたネズミは簡単な魔法でもすぐに死ぬような脆弱な敵だ。いくら沸いて来ようと敵ではなく、苦戦を強いられている訳では無い。
本体の《マザーラット》が倒せないという点を除いては。
《マザーラット》の行動は単純なものだ。その無敵の耐性を持って、自分の子供を産み続ける。ただ、それだけの敵だ。
しかし、殺せないという事実に、俺達は焦燥感を感じずにはいられなかった。
「僕達の攻撃が全く効いてないのはまずいね……。ツキトくん、何か妙案は無いかい? こういう時に何か思い付くのがきみの役目だと思うんだけど?」
すいません先輩、必死に考えて思い付いたのが死ぬまで殺し続ける事なんですよ。
神技でなんとかできるかとも思いましたけど、突破口は無さそうですね……。
俺は必死に思考を巡らした。
今まで使ったことの無い神技はいくつかある。
パスファ様の残る神技は敵の補助効果の解除。使えると思ったが、チップが言うには今の状態は補助効果とかそういうものでは無いらしい。
キキョウ様は創作に関するもので、フェルシーは幸運の底上げ、グレーシー様のは魔法の補助……。
どれもこの状況をひっくり返せそうな物はない。
アイテムを探ってみるが、使えそうな物はなさそうだ。
……『神殿崩壊』で吹き飛ばしてもらいましょうか?
完全に、他人任せのお手上げ状態であった。リリア様へのセクハラも辞さない覚悟である。
「ツキトくん、それは最終手段にしよう。シバルさんも後方で食い止めてくれているようだし、時間の余裕はある。……僕としてはできれば自分達の手でなんとかしたいのだけれど」
なんとか……できますかね?
俺はついつい苦笑いを浮かべる。
そんな中でチップが口を開いた。
「……みー先輩。わかった事があります」
冷静にそう言ったチップの手にはショットガンが握られている。……さっき、見てただろ。物理攻撃も通用しないぞ。
「いや、違うんだ。さっき、アタシが『キキョウの進軍』を使おうとした時なんだけど……」
さらっと神技を使えることを漏らしやがった。
「神技を選択した瞬間にウィンドウの警告が流れた。『PL ツキトを攻撃しますか?』って……」
キキョウの進軍は使う武器により、多少効果が変わる神技だ。
俺のような近接攻撃で使った場合は斬撃が飛んで、敵全体を攻撃する。
そして、チップのような銃撃攻撃ならば、敵を確実に撃ち抜くレーザーになるはずなのだが……。
俺を狙うかの警告文が出たということは、そもそも、目の前の粘菌は敵として狙う事ができないオブジェクトらしい。
「つまり、あのぶよぶよは本体じゃ無いのかい……?」
先輩が驚いた様に声を漏らす。
……核の様な物がどこかにあるって事か。
チップ、どこにあるかわかるか?
「わからない……。けど、いつ攻撃すれば良いのかはなんとなくわかる。ネズミを産み落とした瞬間、そこに撃ち込んでみる」
チップがショットガンを構えた。
自分が狙われていることがわかったのか、粘菌の発泡が激しくなる。
「……今だ」
泡が弾けそうになった瞬間、チップの指が静かに引き金を引き、劇鉄が落ちた。
発射された複数の銃弾は正確に膨れ上がった泡に導かれ、着弾した。同時に全ての泡と中身の肉片が飛び散り、粉々に弾ける。
ネズミを産み出す事を阻止された粘菌は大きく脈動し、壁から剥がれ落ちた。
……これは俺の推測だが、チップはある時期以降に『プレゼント』を開封していたらしい。
チップの射撃は命中制度が異常……というより、全ての弾丸が軌道を変えながら敵に導かれる様になった。
だからこそ、こいつがいる戦いでは無謀に敵の懐へ突っ込む事ができる。信頼できる腕前だ。
しかし、今回ばかりは相手が悪かった。
「やった! 狙い通り……!?」
チップが嬉しそうに声をあげるが、粘菌の動きは止まらない。
それは徐々に一つの球体を作り上げていく。警戒しながら観察していると、粘菌は巨大なネズミの様な姿にへと変貌した。……第2形態ってやつかな?
《マザーラット》は姿が変形し終わると、甲高い声を上げる。
すると、どこからともかく大小様々な大きさのネズミ達が現れ部屋を埋め尽くした。
自分の味方を召還する『サモン』の魔法だろう。本気で俺達を殺しに来たようだ。
しかし、ネズミ達に動きは無い。俺達をじっと見つめている。……どうしたんだ?
「女神の尖兵……か。面倒だ……」
《マザーラット》が口を開き言葉を発した。
俺達は驚き、そのグロテスクな姿に視線を集中する。
「私はただ……子供を産んでいただけなのに……産む以外は何もしなかったというのに……それさえ許されないか……女神め……」
そう言うと《マザーラット》はころりと地面に横になった。
「私は……なにもしない……ただ産み……増やす……それだけ……」
突如、《マザーラット》の腹が膨れ上がる。
嫌な予感がして俺は叫んだ。……チップ! 撃てぇ!
「くっ……!」
炸裂音が響き、《マザーラット》の膨れ上がった腹部に銃弾が命中する。
だが、そこから人型をした肉でできた生物が這い出して来た。その人型の腹部からはヘソの緒の様な管が《マザーラット》に伸びている。銃弾のダメージを受けている様子は無い。
「さぁ……愛しい我が子らよ……飯だ……食ら……え」
《マザーラット》はそう言い残すと、力無く目を閉じた。
同時に、産まれたばかりの人型が叫びを上げる。
来るか!?
俺達は身構えたが、人型とネズミ達はビクンと身体を震わせると、それ以上動かない。
……今すぐにでも襲いかかって来そうなものなのに、どうしたのだろうか?
「良いじゃねぇか。大量のNPC……ちょうど手駒が欲しかったんだよなぁ!」
今まで黙っていたワカバが叫んだ。……まさか!?
「部屋中に、赤い糸……?」
チップの言葉を聞いて目を凝らすと、ワカバの両手から赤い糸が部屋中にへと伸びており、そのすべてがネズミ達にへと接続されていた。
「『紅糸』……発動完了だ。おれはNPC相手なら負ける気はしないんだよ! はははははは!」
ワカバは楽しそうに口元を釣り上げて笑っている。……コイツ自分が有利になると調子に乗るタイプだな?
『紅糸』は自分よりレベルの低いNPCを操作できる能力の他に、許可を得た相手からレベルを吸収する能力があった。
おそらく、ワカバはメイド人形のレベルを吸収したのだと思われる。……それなら。
ワカバ! ソイツら全員動かせるか?
「ああ! どうする? このまま同士討ちでもさせるか!? それともこのまま動きを止めておいても良いぞ? 今まで手こずった分、返してやろうぜ!」
ワカバの『紅糸』は強い敵でも、操るとまではいかないが、しばらくは動きを止める事ができるらしい。一度食らったからわかる。
「でもツキトくん、どうするの? 《マザーラット》は魔法も物理攻撃も効きにくい様だけど……」
先輩の言う通り、《マザーラット》は俺達の攻撃に対して高い耐性があるようだ。……だから、少しずつ、確実に、削りとっていくしか無いだろう。
……よし、ワカバ、そのネズミ達にこう指示しろ。
飯だ、食らえ。
俺の言葉に皆、目を丸くしたが、ワカバだけはニンマリと、顔を歪めた。
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終わってみれば、あっさりとした最後だった。
操られたネズミ達は、身動きのできない人型に一斉に群がり、肉片一つ残さずにそれを食いつくした。
食べている途中でも身体を大きく成長させていくので、腹が満たされる様子は見られず、続けて《マザーラット》も補食された。
「今度こそ……終わりか……」
そんな言葉を残し《マザーラット》が絶命すると、ウィンドウが現れる。
『クエスト『寝たきりねネズミを叩き出せ』がクリアされました(以降は冒険者ギルドでクエストの再受注が可能です)』
という記載がされてあり、俺達はお互いに労をねぎらい、教会へと戻ってきた。
「ありがとうございました! 神父様! まさか、地下にこんなに大きなダンジョンが出来ていただなんて……」
シスターさんがシバルさんに向けお礼を言い、報酬を渡している。
俺と先輩はその様子を少し離れた場所で見ていた。
元々シバルさんが受けた依頼なのだから、報酬は彼に渡して良いだろう。
チップとワカバもそれに納得して、報告の為に先にクランにへと帰って行った。
そもそも、俺達は邪神を倒しに来たのだから、目標は達成している。これで良いのだ……。
「とは言ってもさ、今回良いところ無かったよねぇ、僕達。もうちょっと、かっこよく活躍したかったなぁ」
そう言って、先輩は俺の肩の上でため息を吐いた。
まぁまぁ、そんな時もありますよ。
もしかしたら、もっと楽な倒しかたがあったかも知れませんしね。
次頑張りましょう?
「ふふっ、そうだねぇ。そう言えば、他の邪神は見つかっているのかい? 後3つ残っているんだろう? 僕も『ギフト』欲しいんだけど……」
俺と先輩のプレゼントには、まだギフトが追加されていなかった。
おそらくは残りの3柱のいずれかを倒せば『ギフト』を得ることができるのだろうが……。しかし……。
「少し、お時間良いですか?」
俺が考え込んでると、いつの間にか目の前にリリア様が立っていた。いつもと変わらない微笑みで俺の事を見ている。
「うわっ! ビックリしたぁ!」
先輩はいきなり現れたリリア様に驚いた様で全身の毛を逆立て、俺の頬にすり寄った。……もふい。
「ふふ……申し訳ありません。驚かせてしまいましたね」
いえいえ……どうぞお構い無く……。
「少し、ツキトさまとお話したいことがあったのです……お時間を貰っても?」
その時、俺の心臓がドキリと跳ねた。
まずい、嫌な予感が……。
俺は咄嗟に協会の出口に顔を向けるが、リリア様はその動きに反応して俺の目の前に回り込んだ。相変わらずの目でも追えない高速移動だ。
「……その反応、やはり気付いているのですね?」
……うっ、いや、その。
「え? ツキトくん、きみ、また何かしたのかい?」
俺が言い淀むと、すかさず先輩が俺の顔を見てくる。……い、いやいやいや、別に何も。
「誤魔化すのが、下手なのですね……」
リリア様は残念そうな顔をすると、魔方陣を足元に展開した。それは俺の足元にまで範囲が届いている。
しまった。
「……場所を変えましょうか。ここでは他の方の目がありますから」
リリア様は変わらぬ微笑みでそう言った。……えっと、俺達はどうなるんですね?
俺が慎重にそう聞くと、リリア様は落ち着いた声でこう言った。
「何もしませんよ? ……ですが、真実に気付いてしまった貴方とはお話をしなければなりません。……そうですね。移動する前に改めて自己紹介をしましょうか?」
魔方陣から光が発せられた。
身体を動かそうとするが、何かに拘束されたように、少しも動かすことができない。
異常に気づいたシバルさんがこちらを見ている。
せめて、先輩だけでも……!
「私の名前は『聖母のリリア』。この世界を統治する女神達の長であり……」
だが、そんな俺の思いも通じず、俺の身体は徐々に消えていく。
くっそ……。
「前時代の管理者、最後の邪神、《強欲のリリア》と呼ばれていた存在です」
俺が最後に見たのは、何一つとして変わらない。
可愛らしい、リリア様の笑顔だった。
・……ノーコメント。




