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輪廻のカルリラ

 廃墟の教会。

 見るも無惨にボロボロになった天井から光が差し込み、女神達の石像を照らしている。

 それぞれの女神の特徴を精巧に表している石像は、埃まみれになりながらも神々の荘厳さを保ち、そこに佇んでいた。

 そして、俺は前にはカルリラ様の石像の前に立っている。


 おお……、ふつくしい……。


 その姿を見てため息を漏らす。

 恐らく等身大のその石像は、あのPVに出てきたカルリラ様の魅力を存分に再現していた。

 美しいショートカット、憂いを帯びた儚げな表情、田舎娘の様な穢れ無き素朴さ、そして、あの一瞬の映像だけではよくわからなかったが意外に女性らしい体つき……。

 先輩、俺、シャワー浴びてきた方が良いですかね?


「いや、なにアホな事言ってんのさ。それ身を浄めるって意味じゃないよね? いやらしい意味を含んでいるよね?」


 ち、違いますよ?

 何か、汚い体で女神様の前に立つのは失礼じゃないですか。

 神様に対してそんな失礼な事できませんよ~、こう見えて結構信心深いところあるんで、自分。


「さっき教会の玄関を鶴嘴でぶっ壊した人間がそれを言うと、君の信心深さってのがよくわかるなって。僕は思うけどね」


 まぁ、それは仕方がなくって奴ですよ。

 カルリラ様の信者になるための必要な犠牲が彼だったのです。帰りには無事なもう片方のドアも後を追わせてあげましょう。


「言動がこの世界に馴染んできてるね。僕の洗脳……、もとい教育が染み付いているようで僕はほっとしてるよ」


 ふふふ……、俺は空気を読めるタイプの人間ですからね、順応性が高いんですよ。

 雰囲気でゲームクリアまでいけるのが俺です。褒めても良いんですよ?


「はいはい、凄いからぱっぱと信者になっちゃいな。像の前で祈ると確認のウィンドウが出るから、それ操作して終わりだよ。後、女神様から一言貰えるから信者らしくブヒるといい」


 了解ですブヒ。

 ……取り敢えず、二礼二拍手一礼で良いですブヒか?


「どう考えても西洋がモデルの神様に和式って。……まぁやってみたら? 反応するかも知れないブヒよ?」


 突っ込みがいないと締まりませんね、このやり取り。

 それじゃ、失礼しまして。

 二礼……、二拍手……。


 俺は目を閉じた後、二回頭を下げて柏手を二回打った。


 だが、二回目の拍手の瞬間。


 俺は一瞬だけ目眩に似た感覚を味わう。

 これが決定のウィンドウが出た感覚なのだったのだろうか?

 俺は手を合わせたまま、ゆっくりと目を開けると━━━━。


 全く見覚えの無い光景が広がっていた。


 今、俺が立っている場所は何処かの家の狭い廊下の様だった。木で出来た壁と床は暖かさがあり、薄暗い廊下だが、何故か不安というものが感じられない。

 壁には一つだけランプが下げられており、ぼんやりと周囲を照らしていた。

 その灯りに照らされて幾つかの部屋のドアが見え、灯りの届いていない一番奥の部屋からは光が漏れている。

 後ろを確認すると、この家の出口らしきものがある、どうやらそんなに大きい建造物では無いようだ。

 何故ここに来たのかはわかららないが、もしかしたらこのまま帰った方が良いのだろうか?


 下手に動くと何が起きるかわからないのがこのゲームの恐ろしいところ。

 正直言うと死ぬのは嫌だ。

 別に痛いからとか苦しいとかでは無い、五感があるとはいえ、その辺りは調整されている。


 俺が死にたく無い理由は、『Blessing of Lilia』にはデスペナルティが存在しているからだ。

 レベルが低い内は免除され、死んだ後に残るのはPLの肉塊のみだが、ある一定のラインを越えるとランダムに自分の持ち物を失い、さらにステータスが少し下がってしまう。

 そして、先程のニャックとの戦闘で俺のレベルはそのラインを超え、5レベルになっていた。


 そんな事もあって、俺は少し慎重になっている。いや、慎重になることは悪いことではない。

 どんなゲームでも安定ルートを行く事が一番の近道なのだ。運要素が強かったり、思い付きで進むと痛い目に合うということは、偉大な先人達が証明している。


 だから先輩のアドバイスに従っていたんですね。


 すでに、カルリラ様の信者になるという道から大きく外れてしまったガバは気にしてはいけない。

 とにかく戻ってから先輩にこの現象のことを聞けば良いのだ。慌てる事じゃない。

 俺はゆっくり出口に向け歩きだ━━━━。


「誰かそこに居るのですか?」


 せない……。

 やっぱり駄目じゃないか。

 俺は振り返り、女性らしい声の聞こえた方向に目を向ける。

 明かりが漏れて居た部屋から、誰かが顔を出してこちらを見ていた。

 その顔は明かりの逆行でよく見えない。


「もしよかったなら、お顔を見せてくださいな? 誰かが訪ねて来てくれるなんて、久し振りですもの。お茶くらいならお出ししますから」


 穏やかで優しい声だった。

 その声からは敵意なんていうものは微塵も感じられず、純粋に訪ねて来てくれたことが嬉しいという事がわかる。

 そんな様子だったので、俺はつい二つ返事で、はい喜んで、と返す。


 ……おいおい、帰るんじゃ無かったのか。少し慌てるとこれだよ。

 きっと俺は、自分で思っている以上にちょろい人間なのだろうなぁ……。


「本当? それでは部屋まで来てくださる?」


 まぁ、嬉しそうだからいいかな。

 女性はドアを完全に開け放ち、部屋の中へと入って行った。

 その時、真っ白な鳥の羽の様なものがちらりと見え、トクン、と胸がなった。


 そうだ。

 俺はカルリラ様の像に祈り、ここに来たのだ。


 速る気持ちを落ち着かせながら、ゆっくりとした足取りで廊下を進む。

 俺はすぐに部屋には入らず、入り口から中の様子を伺った。

 始めに目に入ったのは暖炉で 、その炎が部屋全体を優しく照らしている。部屋から漏れていた明かりはこれだったのだろう。窓には暗闇が映り、今が夜だという事がわかる。

 そして暖炉の灯りが照らしている部屋の家具は多くなく、全て古いように思えた。

 壁際に本がぎっしりと詰まった本棚と、それとは対照的に空きが目立つ食器棚。部屋の中央にはそんなに大きくないテーブルがあり、上には花が生けてある花瓶と、ポットとカップが用意されていた。


「どうぞ? 遠慮なさらないで? この椅子に座ってください」


 そう言ってテーブルの側に立っていた天使の様な翼を生やした少女が、いや━━━━。


 『輪廻のカルリラ』。


 間違いなく、本人が俺に向かって椅子を差し出してくれている。


 俺はあまりの出来事にパニックになりながらも、礼を言ってその差し出された椅子に座った。


「ハーブティーは大丈夫ですか? 今から読書をしながらお茶を飲もうとしていたの。今から貴方のカップも用意いたしますから少し待っててくださる?」


 は、はい。

 いつまでも待ちますので……。


 俺の言葉にニコリと笑顔を見せると、カルリラ様はカップを棚から取り出し、俺の前に置くと、ポットからお茶を注ぐ。

 甘く、眠りを誘うような香りが鼻の中を満たした。

 カルリラ様は自分のカップにもそれを注ぐと、こちらの顔を見つめて柔らかく微笑んだ。


「初めまして、定命ならざる冒険者様。私は『輪廻のカルリラ』と呼ばれ、女神達の末席に置かせて頂いている者です。貴方の御名前は?」


 憧れのカルリラ様を目の前にし、今ならあの狂信者の気持ちが完全に理解できる、そう俺は感じていた。


・ガバ

 ゲームプレイ中、うっかりミスや油断により予定とは違う行動をとること。チャートは守ろうね。


・輪廻のカルリラ

 輪廻転生、農業や生活等、人の営みを司る女神。死んでも生き返る事ができるのは彼女の慈悲である。

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