女装子『シーデー』ちゃんと行く、ドキドキ新人研修
飲み会後の話をしよう。
と言っても、一度ログアウトしていたので、人伝に聞いた話である。
パスファ様とグレーシー様は昼前に起床し、クランの酒場で昼食をとっていたらしい。
すると、数名のPLがグレーシー様の信者になりにきたのだとか。
グレーシー様は二つ返事でそれを承諾。嬉しそうな笑顔であったそうな。PL達の目は悲哀に満ちていたらしいが……。
昼過ぎになったらお二方は帰って行った。そのときのグレーシー様は、随分と柔らかな顔で、最初にクランに来たときとは別人に見えたらしい。
それで、俺がログインしてきたのなら、後で顔を見せて欲しいと伝えるよう、グレーシー様に言われたそうだ。
俺の記憶が確かなら、昨日の内に信者にはなっていたはずなのだが……。何か用事でもあるのだろうか?
表情が柔らかくなっていたと言うのなら、それなりにスッキリしてもらったと思うのだけれども。
なんだろうなぁ……。どう思うよ、焼きそば屋?
「知らないのにゃ。けど、お土産の焼きそばは御二人とも嬉しそうに受け取っていたのにゃ~。……ホイ旦那、焼きそば一丁あがりにゃん」
お、サンキュー。
俺は焼きそば屋から話を聞き終えると、朝飯を受け取った。
会いに来いと言うのに『キクリの耳』で話をするのもどうかと思うし、できれば直接会いに行きたい。
しかし、これからクランの仕事があるのでそれが終わってからになるだろう。
……そういうことで、良いですかね? グレーシー様。
『う、うむ。御主が暇になったら来るがよい。妾は待っておるからな』
試しに聞いてみたら返事がきた。
……よし。この感じは殺されないパターンだ。とりあえずは安心ってところだな。
ホッと胸を撫で下ろし、俺は酒場を後にした。
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「はーい! 『魔女への鉄槌』の新入生の皆さーん! これからクラン本部の案内と説明会をするよ! それと、この子はクランの飼いウサギ、月兎のつっきー君です! はい、ごあいさつ!」
うん! わかったよシーデーお姉さん!
みんなー、ボクがつっきー君だよ。何でも質問してね!
ウサギさんモードの俺がシーデーの腕の中で挨拶をすると、最近クランに加入した新規メンバー達がパチパチと拍手をした。
今日の仕事は新人研修だ。
シーデーと共にクラン内を巡り、施設を紹介するのが主な仕事で、同時に『ペットショップ』の各生産部署に入りたいかどうかも確認する、大事な任務である。
この愛らしい姿の理由は、俺の正体を隠す為だ。
なんか俺の姿を見るだけでびびっちまう奴が多いらしいので、施設案内の時にはこの姿でないといけない。……なぜだ。
それと、優秀そうなPLを見定めるのも俺の仕事なんだが……。
「シーデーさん、かわいいな……」
「あのウサギさんってNPCなのかな、名前見えないね?」
「あれ? NPCは白く名前がでるんじゃ……」
「ここがクランなのか……ここから俺の冒険が始まるんだな」
……駄目だコイツら、腑抜けしかいねぇ。
シーデーが女装している事にすら気付いていないとか、何処に目を付けているんだか。ツッコミどころだろうが。
見れば、ドラゴンやらスケルトンやらスライムやら……、見た目だけは立派で、どうやってここに辿り着けたのか不思議なもんだ。
そう思っていると、シーデーが説明を始める。
「それじゃあ最初に……私達がいるここが、クラン本部のロビーです! 受付や酒場、各種売店があるね。ここはクランメンバー以外の人でも利用できるんですよ!」
ちなみに、1階はロビーの奥に『ペットショップ』の工房がある。
鍛冶や洋服、魔法用品等を製作し生計を立てているクランメンバーで常に賑わっている。
クランに加入すれば、職人達に直接制作を頼む事も出来るのだ。
「この場所はみんな知っていると思うから、説明もほどほどにして、次は工房に行きたいと思います! ……この場所について質問はありますか?」
シーデーが新規達に質問すると、一番前にいた戦士風のPLが手を上げた。
威圧感のある顔をしている。
「……シーデーさんだったか? 悪いが俺はそんなのに興味は無い。それに生産は『ペットショップ』とかいう『魔女への鉄槌』の下請けの仕事だろ? 俺達はそんなとこに入る気は無いぜ? なぁ?」
ソイツは後ろを見て他のPL達に視線を送る。
すると、少なくない数のPLが笑いながら同意した。……コイツら脳筋か。
「で、でも、2つのクランは協力して、今まで成長してきたんだよ? それに、『ペットショップ』にはみんなお世話になってるから……」
「だから! そんなん俺達は聞かなくていいって言ってんだよ! わかんねぇかなぁ!?」
「ひぃっ!?」
あーあ……格下相手にシーデーが怯えている。
これでは、仕事にならないではないか。……可哀想だが、仕方がない。
シーデーお姉さん! みんな『ペットショップ』には興味無いみたいだし、『魔女への鉄槌』に関係する施設を見せようよ!
他の施設はみんなが見たくなったら見れば良いのさ! ね?
俺はシーデーの顔を見て愛嬌を振り撒いた。
するとシーデーの顔は、真っ青になる。
おいおい、お前には何もしていないだろ?
……いや、達磨にしたり、電気で焼き殺したりしてたわ。そんな奴がこんなこと言ってたら怖いな。ごめん。
「なんだよ? そっちのウサギの方がよくわかってんじゃねぇか。案内役失格だな!」
「うぅ……ごめんなさい。そ、それじゃあ2階に案内します……」
シーデーは少し落ち込みながら、階段へとくそ生意気な新規達を案内するのだった。
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「えっと、気を取り直して……。2階は訓練場です。向かって左側が魔術師の訓練、右側が近接戦闘の訓練場になっています。『魔女への鉄槌』の戦闘員さんが多く利用する施設ですね。……見学していきますか?」
先程よりもテンション低めにシーデーが説明する。
しかし、新規メンバー君達はシーデーをなめきっているらしく、返事さえしなくなった。
俺達が案内する前に、勝手に部屋の中に入って行ってしまう。
はぁ……、本当に……。
「ツッキーさん、大丈夫かなぁ。私、最後まで上手くできる気がしないよ……」
シーデーが情けない声で弱音を吐いた。
たっく大丈夫だって、胸張っていけよ。予定通りにやれば良いのさ。……準備は、終わっているんだろ?
「うん……」
よし、オッケーだ。……じゃあ俺達も中に入ろうぜ? 失敗の責任は全て俺が持ってやるよ。
お前は好きにやってくれ。
「わ、わかった。私、頑張るね!」
おう、その意気だ。
シーデーはやる気を出し、新規メンバー達の後に続いた。
そして、近接戦闘の訓練場……俺達が道場と呼んでいる、ケルティの根城に入る。
そして、目を見開いた。
新規メンバーの人数が先程よりも減っており、彼らの足元にはPLだったミンチが散らばっている。
そして、近くには完全変態を終え、臨戦態勢をとったケルティが立っていた。後ろには、フロイラちゃんと、いつぞやのメスコボルトちゃんがいて、こちらを警戒している。
おそらく、自分のハーレムに降りかかる火の粉を、ケルティは振り払ったつもりだったのだろう。
俺達を見つけると、不思議そうに質問してきた。
「……あれ? シーデーじゃん。コイツらなんなの? 見ない顔だから殺しちゃったけど。……もしかして、新人研修中だった?」
そのとおりだよ、ケルティお姉さん! やっちゃったね!
ケルティの姿に怯えている新規メンバーの前で、俺は可愛らしさをアピールした。
こう見えてケルティは空気を読める良い女、突発的なネタ振りにも対応してくれる。
ほら、俺のアホみたいな姿にも顔色一つ変えない。
「……あ! そうだったんだ! ごめんね~! てへっ!」
負けずに可愛さアピールされた。
しかし、ケルティの今の見た目は、御世辞にも人間とは言えない状態になっており、とても可愛いとは言えない。……勝ったな。
「う……うわぁあああああああ!!!」
そんな姿を見て、新規メンバー君達が逃げ出した。
まぁ、目に前で人が肉片になって飛び散ったら、逃げ出したくもなるか。この流れも意味わかんないだろうし。
……だが、もう遅いのだけどな。
本当に可哀想な奴等だよ……。アイツらは。
2階に来た時点で逃げ道なんて無くなっているのに。
「な、なんだ!? 下への階段が塞がっている!?」
「なんなのこの金網……さっき地面から生えて来たわよ……?」
階段の方から騒がしい声が聞こえてきた。
俺達が向かうと、階段を塞いでいる金網をガチャガチャと揺らしている馬鹿が居る。
俺の大鎌でも破壊できないこのトラップを、お前らが突破できる訳がない。
「なんでっ……! なんでだよっ……!? ただの新人研修じゃないのかよ……クソっ!」
あれ?
よく見たら金網を揺らしているのは、最初の戦士君じゃないか。面白いやつだなぁ。
「それ『ダブル・クリエイト』っていう私の能力なんです。トラップを作れるんです。……というか、逃げちゃだめですよ、もう! ……えい!」
シーデーは片手で戦士君の首根っこを掴むと、無理矢理金網から引き剥がした。……うわ、骨が折れる音がしたぞ。
実は、予め逃げることの出来ないようにシーデーが罠を貼っていたのだ。ここから逃げ出すには、魔法を使うか、死ぬしかない。
「それじゃあ、次の部屋に行きますね? こちらが魔術師の方々の訓練場です……ポイっと」
シーデーは訓練場の扉を開け、戦士君を投げ入れた。
部屋の様子が見え、新規メンバー達が悲鳴をあげる。……無理も無い話だ。
魔術師達の修行は熾烈を極める。
何故ならば、死ぬことが前提の修行になるからだ。
魔術師達は訓練を受ける前に、自分のMPを全て空っぽにしなければならない。
MPが空の状態で魔法を使うと、MPの代わりにHPを消費して魔法を使うことになる。同時にMPもマイナスの値になり、下限無く下がってゆく。
しかし、この時、僅かにだが取得経験値が増加するのだ。MPがマイナスになればなるほど、HPの減り具合と経験値の上昇率が上がるのだ。
よって、死んだ時が一番、経験値の伸びが良い。
魔法を一発打つ、ミンチになる、魔法で復活させてもらう、魔法を打つ、ミンチになる……。
これを繰り返すのが、魔術師の修行だ。気が狂っているとしか思えない。
そんな事をしているので、この部屋の中は常に赤黒く汚れており、至る所に死体が転がっていた。
いくら掃除してもとれない鉄臭さが充満している、地獄となっているのだ。
そんな部屋の中に入れられた戦士君の顔は、一瞬にして崩壊した。
先程の強気な顔はどこかに消え失せ、口からは助けを求める声を絞り出している。
それを確認して、シーデーは扉を閉めた。……いい性格してるわ、コイツ。
「残念! みんな修行に夢中で入れないみたい! ねぇ? つっきー君?」
うわ、良い顔。
さっきの事根に持ってたな、こいつぅ。
うん! そうだね、シーデーお姉さん。じゃあ後は3階だけだけど、どんな部屋があったかなぁ?
俺は空気を読んで、流れの軌道修正をすることにした。
だが。
……かりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかりかり。
先程閉めた扉を、爪で引っ掻く様な音が聞こえてきた事で、新規メンバー君達は顔面蒼白となってしまった。……うるせぇな、黙って魔法の的になってろ。
「もうつっきー君ったらぁ、3階には会議室と、学習室があるじゃない! 今日は学習室での説明会が終わったら、研修はおしまいだよ?」
シーデーは、そんなものは聞こえないと言わんばかりに、笑顔を作った。
パッと見では性別がわからない彼の笑顔は、普段なら可愛いという感想で済む。
しかし、今は恐怖を煽るだけの材料でしかない。
「それじゃあ学習室まで行こうか! 私はそこまで連れて行ったら、次の担当の人に引き継ぐからね!」
そう言うと、新規メンバー君達は全力で3階にかけ上がって行くのだった。
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いよう。
クソども。
担当者の、ツキトだ。よろしく。
俺が人間の姿に戻り、そう言って自己紹介をすると、新規メンバー君達は一斉に部屋の出口に殺到した。
「出して! この部屋から出して!」
「すいませんでした! もう調子に乗りませんから! お願いだからぁ……」
「こんなの……こんなの新人研修じゃない!」
「なんで死にたいのに死ねないんだよ……、自殺もできないなんて……」
コイツらは勝手に3階に上がると、学習室になだれ込んだ。
そして、最初のふざけた態度を忘れてしまったかのように、行儀よく背筋を正して椅子に座ったのだからお笑いぐさである。
ちなみに、この部屋の仕掛けはかなり手の込んだものだった。
入り口はシーデーのトラップが設置されており、魔法を使っても脱出できない様になっている。
そして、床には回復魔法が発動するトラップが敷き詰められていて、自殺もできやしない。
つまりここから出るには、金網越しに微笑んでいるシーデーにトラップを解除してもらうしかないのだ。
こんなことになるなんて、微塵も思っていなかったのだろう。この間抜け共はシーデーをなめきっていた。
「実は、今までの施設案内は、ちゃんと私の指示を聞くかどうかのテストも兼ねていたの。……それで、君達は言うことを聞かないみたいだから、こうやって閉じ込めることにしました! ごめんね?」
シーデーは、その性格故に目立つ事が少ないが、中々有能な部下だ。
こちらの意図を理解し、仕事をしてくれる。……たまに失敗はするが。
「説明会が終わったら出してあげるから、今はツッキーさんの言うことを聞いてね? じゃないと、私みたいにバラバラにされるよ?」
シーデーが優しくそう言うと、新規メンバー君達は俺に振り替える。
俺は大鎌を肩に担いでにっこりと笑顔を作った。
すると、あれだけ騒いでいた奴等が、素直に席に着いた。しかし、皆一同に震え、助けを乞う目をしている。……まったく、失礼な奴等だ。
あー、とりあえずだ。
本来ならば、3階は入れないんだよ。この階層、使わないアーティファクトが置いてあったり、各人の『プレゼント』の資料とか保管していたりするしな。
何かイベントがない限り、一般メンバーは3階には入れないんだ。
それと、本当だったら1階で工房巡りをしたら、そのまま同じ階の学習室で、説明会をやる予定だったんだよ。
つまりこの部屋にお前らがいる理由は、言うことを聞かない馬鹿用のコースに切り替わったからだな。
そもそも、ここ学習室じゃないし。
それじゃあこの部屋は何かって?
ああ、そういえば、部屋の貼り紙も変えていたんだったな。
それじゃあ、最初の説明はそれにしようか。
ここの正式名称はな……。
『処刑室』っていうんだよ。
絶叫がクランに響き渡った。
今日もクラン本部は平和である。
それと、説明会の内容は普通の事を教えてやったつもりだ。
そりゃあ、コイツら新規メンバーだし、優しくしなきゃ。
ね?
・魔神のグレーシー
この世界の魔法の管理者。その気になれば、敵対する相手の魔法を完全に封じる事も出来るのだが、基本的に慢心しているのでやらない。普段は本に囲まれた部屋で研究に没頭している。身の回りの世話は使用人任せ、家事スキルが低い。お酒とドライフルーツが好き。
・焼きそば
……なんだろう、これ。美味しい、確かに美味しい、けどなにか納得できない。変に癖になる味だわ……。




