表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/123

酒にのまれし者達

「ふむ、これは……悪くないの。だが、なんなのじゃ、この敗北感は……」


 焼きそばを食べたグレーシー様が難しい顔をしている。

 食べる前は、こんなもの食えるかと散々文句を言っていたが、一口食べると表情が先程より柔らかくなった。


 そうなんですよね。

 何故か普通にウマイんですよね、その焼きそば。


 ジャンキーでもない、昔、家で食べたような味なのに、何故かやたらと美味しく感じる不思議な焼きそばである。


 ちらりと厨房に目をやると、焼きそば屋のニャックと目が合った。俺は何も言わずに小さく頷くと、焼きそば屋は親指を立て良い顔をする。……お前、輝いているよ。後、ビール追加で。



 飲み会が始まって1時間が経った。


 今のところ異常はない。

 パスファ様が絡み酒を始めた位だ。

 先輩も特におかしくなっていることは無く、ほぼジュースのワインを飲んで、気分だけ盛り上がっている。


 今回の主役であるグレーシー様も徐々にではあるが、態度が柔らかくなってきている。飲み物もビールからウィスキーに変わっていた。


「『浮気者』~、さっきから全然飲んでないじゃ~ん。飲めよ~、じゃんじゃん飲めよ~」


 飲んでますよ~、ほら新しいビール手に持ってるじゃないですか~。ほら、さっき来たばかりなのに減ってますよ~。


 俺は手に持っているジョッキの中身をパスファ様に見せる。ジョッキには7割位中身が入っていた。


 ちなみに、俺はまだ2杯目だ。ジョッキを一切テーブルに置かないことで、ずっと飲んでいる様に見せている。あまり飲みたくない宴会で使えるテクニックだ。


 ちなみに、周りは何も考えずに飲んでいるのでそんな事には気付かない。


 うまい事立ち回らなければ……。


「あれぇ? あんまり飲んでないように思ったんだけど? ま、いっか。……ところでさ『浮気者』は最終的に誰を選ぶの~?」


 さっそく難問がやって来た。

 というか、これあれだわ。パスファ様のいつものカルリラ様弄りだわ。俺に浮気発言させて、俺を殺させるやつ。


 ……最終的な信仰先って事ですかね?


 俺は慎重に口を開いた。

 今までなら、浮気発言をすると後でカルリラ様に呼び出されていたのだが、最近はどこからともかく包丁が飛んでくる様になったのだ。つまり、少しの失敗も許されない。


「ん? ……そうそう! まぁ、『浮気者』は全員信仰するつもりなんだろうけどさ。その中で一番は誰? って話ぃ」


 そう言ってパスファ様はビールをあおり、次の飲み物を頼んだ。


 俺はその様子を見ながら落ち着いて口を開く。


 そりゃあもちろん、カルリラ様ですよ? 元々俺は、カルリラ様だけの信者でしたし? 他の女神様を信仰したのは必要だと思ったからですよ。


 俺は事実をそのまま言った。これは嘘ではない。本当にそういう感じだし……頼む、なにも飛んでくるなよ?


 …………。


 少し警戒したが、何も起きる様子は無い……セーフ!


 と。安心していたら、予想外のところから批判が出る。


「御主! 妾の信者になりたいと言っていたではないか!? さっきの言葉は嘘じゃったのか!?」


 しまった、グレーシー様を忘れてた。

 さっきパスファ様が信者候補って事で紹介していたんだった。


 そして、なにか鉄の様なものを研ぐ音が頭の中に響いてきた。……次の発言で、俺の運命が決まる。


 しかし、先輩が居るので最悪死んでも生き返ることができる。何も問題は……。


「ヒック……ツキトくん。なんか気持ちよくなってきたんだけどさぁ……なんかしたぁ?」


 先輩の顔はとろーんとして眠そうだ。明らかに酔っている。


 おい、問題が発生したぞ。どういう事だ?

 俺は焼きそば屋に目線を向けた。


 おもいっきり首をブンブン振っている。

 アイツは良い仕事をする奴だ。中途半端な事はしないはず。

 つまり、あのジュースで薄めたワインで、ここまで酔っ払ったらしい。……先輩酒弱すぎだろぉ!?


「う、うう……何故、なにも言わんのじゃ……。誰にでも手を出す『浮気者』でさえ、妾の信者にはなりとう無いと言うのか……? うう……うぇ~……」


 俺が困惑していると、グレーシー様がいきなり泣き出した。あの冷たそうな目はどこへやら、今はポロポロと涙を落としている。


『誰にでも、手を出す……?』


 カルリラ様、違うんです。

 そんな訳、無いじゃないですか。俺がグレーシー様の信者になりたいのは、純粋に強くなりたいからなんです。下心なんてありません。


 それに見てください。このグレーシー様の姿を。自分のキャラを忘れる程に泣きじゃくってるんですよ? ……カルリラ様がよかったら、グレーシー様を信仰してあげたいんですけど。可哀想なんで。


 グレーシー様はテーブルに突っ伏し嗚咽を漏らしていた。


 パスファ様は信仰するよう俺に絡んでくる。そんなに俺がカルリラ様に殺されるのが見たいか……!


 そして、頼りの先輩はお腹を見せながらゴロゴロしていた。


 酷い有り様だ。殺されてもいいから、こんな飲み会は断ればよかった。


『わぁ……本当に大変な事になっていますね。グレーシーったら、そんなに悩んでいたなんて……』


 どうですかね? 1人でも信者が増えればグレーシー様も喜ぶと思うのですが……。


『うーん……そうですね。あまりにも不憫なので、信者になってあげてください。下心も無いみたいですし』


 よし、許可が下りた。流石カルリラ様だ、お優しい女神様である。


 ……下心と言えば、グレーシー様は雰囲気とは違って慎ましい体型をしている。背は高めなんだけどね。スタイルは良さそう……。



 スコン。



 床に何かが落ちたので目を向けると、そこには一本の包丁が深々と突き刺さっていた。……違うんです、誤解なんです、下心なんて無いんです!


『あ、すいません、落としてしまいました。ふふふ』


 ……よし。この反応は下手なことをしなければ見逃してくれる感じだ。流石カルリラ様優しい。


 そうとなれば、さっさとグレーシー様の信徒になってしまおう。カルリラ様の気が変わる前に……!


 俺は覚悟を決めると、グレーシー様に声をかける。


 グレーシー様! 許可をもらったので是非信者にしてくれませんか!? できれば早めにお願いします!


 俺が心より懇願すると、グレーシー様はむすっとした顔を上げ、じとっとした目で俺を見つめてきた。


「嘘じゃー……。そう言って妾をからかう気なのじゃー……」


 ふむ、これは相当拗らせてる御様子だ。

 どうすっかな? 何か自信を持たてせあげれればいいんだけど……。あ、ゼスプと目が合った。


 ……そうだ!


 グレーシー様! 自信を持ってください! うちのクランはメンバーが多いんで貴女の信者も結構いるはずですよ!


「本当かのぅ……?」


 勿論です! ほら! そこの顔色の悪い魔族とか! 見た感じ貴女の信者ですよ?


 そう言って俺はゼスプを指差す。


 アイツは魔族で魔導兵という純正の魔法使いだ。

 もちろん信仰先はグレーシー様のはず……!

 

 しかし、そんな希望も虚しく、ゼスプは顔を反らした。


「悪い、オレ、フェルシー信者……」


 このセクハラもふ魔族がぁぁぁぁぁぁ!! 動物要素があれば何でもいいのか貴様はぁぁぁぁぁぁぁ!


 って、そんなことはどうでもいいんだよ!

 誰か! 誰かグレーシー様を信仰している奴はいないのか!? こんだけいるんだから1人くらいはいるだろ!? 頼む! 名乗りを上げてくれ!


 俺は配置についているクランメンバーを見渡して問いかける。

 すると、何人かがポツリポツリと口を開き始めた。


「え、みーさんから信仰してもメリット無いって聞いてたけど?」


「グレーシー様信仰するくらいなら、パスファ様を信仰したほうが良いとか言ってたよね……」


「正直、見た目が普通すぎて……」


「個性が……無いよね……」


「普通の魔族だもんな」


 そうか、コイツら女神様と関わってないから、その恐ろしさを知らないんだな。不敬な発言ばかりしやがって。


 そして、どうやらビギニスートの悲劇を忘れてしまっているらしい。……これからはしっかり教育しなければ。


 ……は!


「わかった……わかったぞ……。つまりはその『みーさん』とやらが妾を貶めていたのじゃな……!」


 俺は心臓が早鐘を打つのを感じながら、振り替えってグレーシー様の顔を見る。


 鬼の形相……ではなく、ぷくーっと頬を膨らませ、怒った顔をしていた。……キャラが完全に崩壊していますが大丈夫ですかね?


「黙るのじゃ! とにかくみーさんとやらを妾の前に連れてこい! 決闘じゃ! 完膚なきまでに叩き潰してやるのじゃ!」


 ヤバイ、このままではいろいろと滅ぶ……。

 くっ……、仕方がない。こうなったらあの手でいこう。


 俺はゴロゴロしていた先輩と、寝落ちしていたパスファ様を抱きかかえる。

 そして、グレーシー様に向かい合い、膝を床に付き、進言した。


 グレーシー様、御提案があります。


「……なんじゃ?」


 闘技場に、行きましょう。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 ……ということがあったんですよ。

 貴女が寝落ちしている間に。


「へ~……。つまり、余計な被害を出さない様に地下闘技場に移動したと……んぐんぐ」


 俺達はクランの地下にある闘技場に来ていた。

 観客席はクランメンバーで埋まっており、これから始まる決闘を今か今かと待ちわびている。


 ここはいわゆるトレーニングルームの機能を有している施設となっていて、幾ら暴れても範囲外に被害は及ばないし、死んでもすぐに復活する。


 流石に、グレーシー様も一回先輩と戦えば落ち着くだろう。申し訳ないが、先輩には女神様の機嫌をとってもらいましょうか。


「ぷはぁ! ……に、しても良いのかなぁ? 『ロータス・キャット』との一騎打ちとか、わたしは絶対に御免なんだけど」


 貴女、まだ飲むんですか? いいんですけど。

 ……まぁ、先輩には一回死んだら、そこでおしまいって伝えておきましたし。すぐに終わりますよ。


 俺は闘技場のリングに目を向けた。

 リングの上では、先輩とグレーシー様が向かい合い、決闘開始のゴングを待っている。


「そういう意味じゃ無いんだよねぇ……。これ見て、さっきもらった」


 何ですか……って、これは!?


 パスファ様が見せてくれた物は、写真だった。


 だが、写っているものはリリア様ではなく、少し前に俺が覗き見していたパーフェクト状態の先輩である。


 パスファ様への贈り物は、写真や日記等の旅の記録だ。つまり、パスファ様の持っているそれは、先輩の自撮り写真ということになる。……幾らですか?


「あげないよ? 実はさ『ロータス・キャット』はわたしの信者の中でもかなり模範生でね。これも、わたしがお願いして撮ってもらったの物なのだよ……。にしても、可愛いよね」


 本当ですね。たまりませんよ。

 ……それにしても、流石先輩です。俺の知らない間に、それほど信仰を深めていたとは。


「コツコツとやってたんだよ。定期的に写真や日記を贈って来たりしてね。……で、つい最近かな? 許可をだしちゃった」


 許可?

 なんのです?


 俺が質問すると、パスファ様はニヤリと笑う。……絶対に良からぬ事を考えている顔だ。


「ふふっ……言っておくけど、君の相方は、強いよ?」


 ……まさか。


 カーン!


 俺がとある事に感付いた時には、既に遅かった。

 ゴングの合図と共に、会場中を埋め尽くす様に大量の魔方陣が展開された。

 そして、その一つ一つからは莫大な力が込められている。


 見たことの無い魔方陣……おそらく全てグレーシー様が展開したものなのだろう。


「見るが良い! これが魔神の力であるぞ! 何もできずに、悔やみながら死んでいくが良いのじゃ! ゆk」




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 勝敗は決した。


 リングからゆったりとした動きで、グレーシー様が立ち上がる。

 その顔は、困惑と恐怖が混ざり合った様な顔をしていた。


 観客達も何が起きたのか理解できていない様で、ざわざわとしている。


 そりゃそうだ。

 今の出来事を説明できる奴なんて、そうはいない。


 魔方陣が一斉に消滅したと思ったら、グレーシー様がミンチになっていたのだ。本人でさえ、何が起きたかわかっていないだろう。


「『浮気者』はわかっただろう? いやぁ、一方的だったね。グレーシーも最初に防御に回れば、勝ち目が合ったのに。あははは!」


 パスファ様は楽しそうにケラケラ笑っていた。


 ……ええ、わかりましたよ。


 ですが、先輩が『パスファの密約』で時間を止めているうちに、グレーシー様を仕留めるなんて、夢にも思いませんでしたがね。


 グレーシー様の魔法が発動する瞬間、先輩は『パスファの密約』を発動させたのだ。


 他人が時間を止めても『密約』が使える者は、何が起きていたのかを観測できるようで、俺達には先輩の動きがよく見えていた。


 先輩はゼスプが作った超高威力魔法や、通常の上級魔法を時間が許す限り連打。


 最初の打ち合わせなど、どこへやら。


 容赦なく、グレーシー様をミンチにした。


 それにしても。

 まさか、先輩が神技を使う許可をもらっていたとは思わなかった。


 そりゃあ、神技は信仰を深めれば誰にでも使えるスキルなのだから、俺以外のPLが使っていても何ら問題は無いのだが……。


 先輩が使えるとなったら話が変わってくる。

 一般PLとのレベルが違いすぎるのだ。これじゃあ誰も先輩を止められない。


「ごめんね~。僕の勝ちだよ? 気がすんだら飲み会の続きしよう~? ふぁああ……」


 先輩はそう言うと、あくびをしながら、ふらふらとした足取りで闘技場を去っていった。


 グレーシー様は黙ってその様子を見送っている。


 どうやら、状況を飲み込むのに時間がかかっていたようで、先輩の姿が見えなくなった後、膝から崩れ落ち、声をあげて泣いていた。……これは酷い。


 どうしようかと迷っていたが、横をみるとパスファ様は行ってこいとジェスチャーをしている。



 ああ、後始末は俺の仕事って事なんですね……。



 その後、俺はグレーシー様の愚痴を、彼女が寝落ちするまで聞いてあげた。あまりにも不憫すぎて、何故か最後の方は俺も一緒になって涙を流し、頭を撫でてあげたり、抱き締めてあげたりもしていた。


 しかし、ここまで残念な女神様も珍しいな……。よいしょっと。


 俺はカウンターに突っ伏して寝ていたグレーシー様を優しく抱きかかえ、そっと寝床に運ぶのだった。






 ちなみに、女神様と『魔王』の世紀の一戦という事で、あの決闘はネット配信されていた。


 勿論、リングの上で号泣していたのもバッチリと撮られていたそうな。


 いったい世間は、彼女をどこまで追い詰めれば気がすむのだろうか……。


・Zzz……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ