酒にのまれし者達
「ふむ、これは……悪くないの。だが、なんなのじゃ、この敗北感は……」
焼きそばを食べたグレーシー様が難しい顔をしている。
食べる前は、こんなもの食えるかと散々文句を言っていたが、一口食べると表情が先程より柔らかくなった。
そうなんですよね。
何故か普通にウマイんですよね、その焼きそば。
ジャンキーでもない、昔、家で食べたような味なのに、何故かやたらと美味しく感じる不思議な焼きそばである。
ちらりと厨房に目をやると、焼きそば屋のニャックと目が合った。俺は何も言わずに小さく頷くと、焼きそば屋は親指を立て良い顔をする。……お前、輝いているよ。後、ビール追加で。
飲み会が始まって1時間が経った。
今のところ異常はない。
パスファ様が絡み酒を始めた位だ。
先輩も特におかしくなっていることは無く、ほぼジュースのワインを飲んで、気分だけ盛り上がっている。
今回の主役であるグレーシー様も徐々にではあるが、態度が柔らかくなってきている。飲み物もビールからウィスキーに変わっていた。
「『浮気者』~、さっきから全然飲んでないじゃ~ん。飲めよ~、じゃんじゃん飲めよ~」
飲んでますよ~、ほら新しいビール手に持ってるじゃないですか~。ほら、さっき来たばかりなのに減ってますよ~。
俺は手に持っているジョッキの中身をパスファ様に見せる。ジョッキには7割位中身が入っていた。
ちなみに、俺はまだ2杯目だ。ジョッキを一切テーブルに置かないことで、ずっと飲んでいる様に見せている。あまり飲みたくない宴会で使えるテクニックだ。
ちなみに、周りは何も考えずに飲んでいるのでそんな事には気付かない。
うまい事立ち回らなければ……。
「あれぇ? あんまり飲んでないように思ったんだけど? ま、いっか。……ところでさ『浮気者』は最終的に誰を選ぶの~?」
さっそく難問がやって来た。
というか、これあれだわ。パスファ様のいつものカルリラ様弄りだわ。俺に浮気発言させて、俺を殺させるやつ。
……最終的な信仰先って事ですかね?
俺は慎重に口を開いた。
今までなら、浮気発言をすると後でカルリラ様に呼び出されていたのだが、最近はどこからともかく包丁が飛んでくる様になったのだ。つまり、少しの失敗も許されない。
「ん? ……そうそう! まぁ、『浮気者』は全員信仰するつもりなんだろうけどさ。その中で一番は誰? って話ぃ」
そう言ってパスファ様はビールをあおり、次の飲み物を頼んだ。
俺はその様子を見ながら落ち着いて口を開く。
そりゃあもちろん、カルリラ様ですよ? 元々俺は、カルリラ様だけの信者でしたし? 他の女神様を信仰したのは必要だと思ったからですよ。
俺は事実をそのまま言った。これは嘘ではない。本当にそういう感じだし……頼む、なにも飛んでくるなよ?
…………。
少し警戒したが、何も起きる様子は無い……セーフ!
と。安心していたら、予想外のところから批判が出る。
「御主! 妾の信者になりたいと言っていたではないか!? さっきの言葉は嘘じゃったのか!?」
しまった、グレーシー様を忘れてた。
さっきパスファ様が信者候補って事で紹介していたんだった。
そして、なにか鉄の様なものを研ぐ音が頭の中に響いてきた。……次の発言で、俺の運命が決まる。
しかし、先輩が居るので最悪死んでも生き返ることができる。何も問題は……。
「ヒック……ツキトくん。なんか気持ちよくなってきたんだけどさぁ……なんかしたぁ?」
先輩の顔はとろーんとして眠そうだ。明らかに酔っている。
おい、問題が発生したぞ。どういう事だ?
俺は焼きそば屋に目線を向けた。
おもいっきり首をブンブン振っている。
アイツは良い仕事をする奴だ。中途半端な事はしないはず。
つまり、あのジュースで薄めたワインで、ここまで酔っ払ったらしい。……先輩酒弱すぎだろぉ!?
「う、うう……何故、なにも言わんのじゃ……。誰にでも手を出す『浮気者』でさえ、妾の信者にはなりとう無いと言うのか……? うう……うぇ~……」
俺が困惑していると、グレーシー様がいきなり泣き出した。あの冷たそうな目はどこへやら、今はポロポロと涙を落としている。
『誰にでも、手を出す……?』
カルリラ様、違うんです。
そんな訳、無いじゃないですか。俺がグレーシー様の信者になりたいのは、純粋に強くなりたいからなんです。下心なんてありません。
それに見てください。このグレーシー様の姿を。自分のキャラを忘れる程に泣きじゃくってるんですよ? ……カルリラ様がよかったら、グレーシー様を信仰してあげたいんですけど。可哀想なんで。
グレーシー様はテーブルに突っ伏し嗚咽を漏らしていた。
パスファ様は信仰するよう俺に絡んでくる。そんなに俺がカルリラ様に殺されるのが見たいか……!
そして、頼りの先輩はお腹を見せながらゴロゴロしていた。
酷い有り様だ。殺されてもいいから、こんな飲み会は断ればよかった。
『わぁ……本当に大変な事になっていますね。グレーシーったら、そんなに悩んでいたなんて……』
どうですかね? 1人でも信者が増えればグレーシー様も喜ぶと思うのですが……。
『うーん……そうですね。あまりにも不憫なので、信者になってあげてください。下心も無いみたいですし』
よし、許可が下りた。流石カルリラ様だ、お優しい女神様である。
……下心と言えば、グレーシー様は雰囲気とは違って慎ましい体型をしている。背は高めなんだけどね。スタイルは良さそう……。
スコン。
床に何かが落ちたので目を向けると、そこには一本の包丁が深々と突き刺さっていた。……違うんです、誤解なんです、下心なんて無いんです!
『あ、すいません、落としてしまいました。ふふふ』
……よし。この反応は下手なことをしなければ見逃してくれる感じだ。流石カルリラ様優しい。
そうとなれば、さっさとグレーシー様の信徒になってしまおう。カルリラ様の気が変わる前に……!
俺は覚悟を決めると、グレーシー様に声をかける。
グレーシー様! 許可をもらったので是非信者にしてくれませんか!? できれば早めにお願いします!
俺が心より懇願すると、グレーシー様はむすっとした顔を上げ、じとっとした目で俺を見つめてきた。
「嘘じゃー……。そう言って妾をからかう気なのじゃー……」
ふむ、これは相当拗らせてる御様子だ。
どうすっかな? 何か自信を持たてせあげれればいいんだけど……。あ、ゼスプと目が合った。
……そうだ!
グレーシー様! 自信を持ってください! うちのクランはメンバーが多いんで貴女の信者も結構いるはずですよ!
「本当かのぅ……?」
勿論です! ほら! そこの顔色の悪い魔族とか! 見た感じ貴女の信者ですよ?
そう言って俺はゼスプを指差す。
アイツは魔族で魔導兵という純正の魔法使いだ。
もちろん信仰先はグレーシー様のはず……!
しかし、そんな希望も虚しく、ゼスプは顔を反らした。
「悪い、オレ、フェルシー信者……」
このセクハラもふ魔族がぁぁぁぁぁぁ!! 動物要素があれば何でもいいのか貴様はぁぁぁぁぁぁぁ!
って、そんなことはどうでもいいんだよ!
誰か! 誰かグレーシー様を信仰している奴はいないのか!? こんだけいるんだから1人くらいはいるだろ!? 頼む! 名乗りを上げてくれ!
俺は配置についているクランメンバーを見渡して問いかける。
すると、何人かがポツリポツリと口を開き始めた。
「え、みーさんから信仰してもメリット無いって聞いてたけど?」
「グレーシー様信仰するくらいなら、パスファ様を信仰したほうが良いとか言ってたよね……」
「正直、見た目が普通すぎて……」
「個性が……無いよね……」
「普通の魔族だもんな」
そうか、コイツら女神様と関わってないから、その恐ろしさを知らないんだな。不敬な発言ばかりしやがって。
そして、どうやらビギニスートの悲劇を忘れてしまっているらしい。……これからはしっかり教育しなければ。
……は!
「わかった……わかったぞ……。つまりはその『みーさん』とやらが妾を貶めていたのじゃな……!」
俺は心臓が早鐘を打つのを感じながら、振り替えってグレーシー様の顔を見る。
鬼の形相……ではなく、ぷくーっと頬を膨らませ、怒った顔をしていた。……キャラが完全に崩壊していますが大丈夫ですかね?
「黙るのじゃ! とにかくみーさんとやらを妾の前に連れてこい! 決闘じゃ! 完膚なきまでに叩き潰してやるのじゃ!」
ヤバイ、このままではいろいろと滅ぶ……。
くっ……、仕方がない。こうなったらあの手でいこう。
俺はゴロゴロしていた先輩と、寝落ちしていたパスファ様を抱きかかえる。
そして、グレーシー様に向かい合い、膝を床に付き、進言した。
グレーシー様、御提案があります。
「……なんじゃ?」
闘技場に、行きましょう。
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……ということがあったんですよ。
貴女が寝落ちしている間に。
「へ~……。つまり、余計な被害を出さない様に地下闘技場に移動したと……んぐんぐ」
俺達はクランの地下にある闘技場に来ていた。
観客席はクランメンバーで埋まっており、これから始まる決闘を今か今かと待ちわびている。
ここはいわゆるトレーニングルームの機能を有している施設となっていて、幾ら暴れても範囲外に被害は及ばないし、死んでもすぐに復活する。
流石に、グレーシー様も一回先輩と戦えば落ち着くだろう。申し訳ないが、先輩には女神様の機嫌をとってもらいましょうか。
「ぷはぁ! ……に、しても良いのかなぁ? 『ロータス・キャット』との一騎打ちとか、わたしは絶対に御免なんだけど」
貴女、まだ飲むんですか? いいんですけど。
……まぁ、先輩には一回死んだら、そこでおしまいって伝えておきましたし。すぐに終わりますよ。
俺は闘技場のリングに目を向けた。
リングの上では、先輩とグレーシー様が向かい合い、決闘開始のゴングを待っている。
「そういう意味じゃ無いんだよねぇ……。これ見て、さっきもらった」
何ですか……って、これは!?
パスファ様が見せてくれた物は、写真だった。
だが、写っているものはリリア様ではなく、少し前に俺が覗き見していたパーフェクト状態の先輩である。
パスファ様への贈り物は、写真や日記等の旅の記録だ。つまり、パスファ様の持っているそれは、先輩の自撮り写真ということになる。……幾らですか?
「あげないよ? 実はさ『ロータス・キャット』はわたしの信者の中でもかなり模範生でね。これも、わたしがお願いして撮ってもらったの物なのだよ……。にしても、可愛いよね」
本当ですね。たまりませんよ。
……それにしても、流石先輩です。俺の知らない間に、それほど信仰を深めていたとは。
「コツコツとやってたんだよ。定期的に写真や日記を贈って来たりしてね。……で、つい最近かな? 許可をだしちゃった」
許可?
なんのです?
俺が質問すると、パスファ様はニヤリと笑う。……絶対に良からぬ事を考えている顔だ。
「ふふっ……言っておくけど、君の相方は、強いよ?」
……まさか。
カーン!
俺がとある事に感付いた時には、既に遅かった。
ゴングの合図と共に、会場中を埋め尽くす様に大量の魔方陣が展開された。
そして、その一つ一つからは莫大な力が込められている。
見たことの無い魔方陣……おそらく全てグレーシー様が展開したものなのだろう。
「見るが良い! これが魔神の力であるぞ! 何もできずに、悔やみながら死んでいくが良いのじゃ! ゆk」
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勝敗は決した。
リングからゆったりとした動きで、グレーシー様が立ち上がる。
その顔は、困惑と恐怖が混ざり合った様な顔をしていた。
観客達も何が起きたのか理解できていない様で、ざわざわとしている。
そりゃそうだ。
今の出来事を説明できる奴なんて、そうはいない。
魔方陣が一斉に消滅したと思ったら、グレーシー様がミンチになっていたのだ。本人でさえ、何が起きたかわかっていないだろう。
「『浮気者』はわかっただろう? いやぁ、一方的だったね。グレーシーも最初に防御に回れば、勝ち目が合ったのに。あははは!」
パスファ様は楽しそうにケラケラ笑っていた。
……ええ、わかりましたよ。
ですが、先輩が『パスファの密約』で時間を止めているうちに、グレーシー様を仕留めるなんて、夢にも思いませんでしたがね。
グレーシー様の魔法が発動する瞬間、先輩は『パスファの密約』を発動させたのだ。
他人が時間を止めても『密約』が使える者は、何が起きていたのかを観測できるようで、俺達には先輩の動きがよく見えていた。
先輩はゼスプが作った超高威力魔法や、通常の上級魔法を時間が許す限り連打。
最初の打ち合わせなど、どこへやら。
容赦なく、グレーシー様をミンチにした。
それにしても。
まさか、先輩が神技を使う許可をもらっていたとは思わなかった。
そりゃあ、神技は信仰を深めれば誰にでも使えるスキルなのだから、俺以外のPLが使っていても何ら問題は無いのだが……。
先輩が使えるとなったら話が変わってくる。
一般PLとのレベルが違いすぎるのだ。これじゃあ誰も先輩を止められない。
「ごめんね~。僕の勝ちだよ? 気がすんだら飲み会の続きしよう~? ふぁああ……」
先輩はそう言うと、あくびをしながら、ふらふらとした足取りで闘技場を去っていった。
グレーシー様は黙ってその様子を見送っている。
どうやら、状況を飲み込むのに時間がかかっていたようで、先輩の姿が見えなくなった後、膝から崩れ落ち、声をあげて泣いていた。……これは酷い。
どうしようかと迷っていたが、横をみるとパスファ様は行ってこいとジェスチャーをしている。
ああ、後始末は俺の仕事って事なんですね……。
その後、俺はグレーシー様の愚痴を、彼女が寝落ちするまで聞いてあげた。あまりにも不憫すぎて、何故か最後の方は俺も一緒になって涙を流し、頭を撫でてあげたり、抱き締めてあげたりもしていた。
しかし、ここまで残念な女神様も珍しいな……。よいしょっと。
俺はカウンターに突っ伏して寝ていたグレーシー様を優しく抱きかかえ、そっと寝床に運ぶのだった。
ちなみに、女神様と『魔王』の世紀の一戦という事で、あの決闘はネット配信されていた。
勿論、リングの上で号泣していたのもバッチリと撮られていたそうな。
いったい世間は、彼女をどこまで追い詰めれば気がすむのだろうか……。
・Zzz……




