『ギフト』
「パスファちゃんのプレゼント教室、はっじまっるよー!」
クランの会議室の中にパスファ様の元気な声が響いた。
撮影している事を知って、ノリノリでポーズを決めるパスファ様は、先ほど俺を惨殺したとは思えないアホさを滲み出している。
『なー。やっぱりミャアと同じニャ』
フェルシーも同じ意見らしい。……ドンマイパスファ様。
俺はログインした後、クランの酒場に3人で予約を取った。
夜からということを伝えると、快く承諾してくれたので、俺は構えた大鎌をアイテムボックスにしまう。……予約できるなら最初からやれや。
そして、先程死んで落としてしまったアイテムを回収しにいこうとしたとき、クランチャットが流れてきた。
『みーさん 幹部は会議室に集合してね。パスファからプレゼントと邪神について説明があるよ! 放送もするから、クランの皆も見てね!』
ちなみに幹部の面子はいつもの会議に出席しているメンバーである。
もちろん俺も入っているので、すぐに会議室に足を運んだのだが……、皆、女神様の個性に動揺してしまっている。
そうか、普通のPLは女神様と直接顔を合わせることは殆ど無いのか。
じゃあ、しょうがないな。……皆、現実を見るんだ。これが俺達が信仰している女神様なんだよ。アホなんだ、すまない。
「おっ『浮気者』、また殺されたいのかい?」
そして殺害予告が飛んできた。
くそっ、最早俺に表現の自由は無いらしい。
「まぁ今は許そうか。ところで夜の予約はできたかい?」
ええ、勿論ですとも。
焼きそばもりもり食べ飲み放題コースを予約をしました。代金は全て俺が持ちますので大丈夫です。
「なにそのコース? まぁただ飲みできるならいいかな。……それじゃあ説明していこうか、メモの用意はいいかい?」
そう言ってパスファ様はチョークを手にとり、黒板に講義の内容を書き始める。
『プレゼント』と『ギフト』について、だ。……『ギフト』?
「まずは君達の『プレゼント』について説明しようか。君達はその力の事をどこまで知っているかな?」
その質問に対して、1人のPLが手をあげた。
ケルティだ。
少し険しい顔をしていた。前作PLだからこそ、気になるところがあったのだろう。
「……おっぱいを、触らせてもらっていいですかね?」
何も考えていなかった。
流石ケルティだ。女神に臆する事などあるわけがない。
「後でねー。……じゃあ説明をしていくけれども、開封の話は伝わっているかい?」
『プレゼント』は開封してこそ本当の能力が発揮される。
その事はすでにPLの一般常識となっている。その内容を説明する先輩の猫動画が配信されたからだ。
主に先輩の可愛らしい猫ムーヴが見所の動画だったが、その動画からPL達の自分の開封条件を探す日々が始まったと言っても過言ではない。
だが……チップとヒビキの新しい能力が追加された事で状況は変わった。
「君達の中にも新しい能力が『プレゼント』に追加された者がいると思うけど、それを『ギフト』と言うんだ。というか、そう呼ぶ事にした」
『ギフト』……か。
「この能力についてなのだけど、『プレゼント』がわたし達、女神の力を分け与えた物だとするのなら、『ギフト』は前時代の神々の力だ。出所が違う」
パスファ様、質問です。
『憤怒』の奴は俺達がその力を奪ったと言っていましたが……?
「うん、その通りさ『浮気者』。でも、それについては後で説明するよ。前時代の神々……いわゆる邪神達は遥か昔に私達が討伐、封印したのだけれども、最近になって力を取り戻してきたみたいなんだ」
原罪を元にしたと思われる6柱の邪神達。
フェルシーに取り憑いていた『憤怒』も邪神の1柱だったらしい。……まぁ厄介な奴だったな。
「それで、自分の力を受け入れる事ができそうな器に接触、徐々に侵食していき、この世界に復活しようとしているみたいだね」
その話を聞いて思い出したのは、このサアリドに存在した美食ギルドの長、《ウルグガルド》の事だった。
確かチップの能力でステータスを確認した名前は……暴食の《ウルグガルド》だったはずだ。
つまり、アイツも邪神の依り代になっていたのだろう。
「君達も過去に接触していたはずだよ? その証拠が『イヌワシ』と『アリス』の能力だ。……できればどういうものか、こっちに来て説明してもらってもいいかい?」
パスファ様はそう言うと、チップとヒビキに目を向けた。
それに気付いたらヒビキは何も言わずに席を立った。しかし、隣の席に座っているチップに動きは無い。
チップ……?
なんかチップの顔がトロンとしていた。……おい、チップ。呼ばれているぞ? 前行って来いって。
呼び掛けると、チップは眠たそうな目で俺に顔を向けた。
「え……? どうしたの……?」
お前大丈夫か?
若干素が出てるぞ?
「あ、大丈夫……大丈夫……。少し体調が悪いだけ……、それでどうしたの?」
よく見ると目の焦点が合っていない。
明らかに、何かの状態異常にかかっている。なんだろう? 混乱かな?
パスファ様が前に出てきて、お前の『暴食』について説明してほしいんだってさ。
ほら、肩貸してやっから、立てるか?
「いい……自分でいく……」
そう言ってチップはフラフラとした足取りで、黒板の前まで移動した。……どうしたんだ、アイツ?
「なんか『イヌワシ』は体調悪そうだし……、先に『アリス』からお願いしてもいいかな?」
パスファ様の言葉を聞いてヒビキはコクりと頷いた。
「まず最初に謝罪を……、この場にマスターは来ておりません。ただいまビギニスートで大事な仕事をしておりますので、代わりに私から説明します」
そう言って、メイドはペコリと頭を下げる。……うちの弟にしては大人しいと思っていたが、そういうことだったのか。
ヒビキの能力『パラサイト・アリス』で作った人形は個々の意思を持っており、その意識は、ヒビキが好きに交代する事ができる。
便利な能力だ。
「マスター……ヒビキの手に入れた『怠惰』の力なのですが、これは味方のステータスの上昇率が向上する能力です。ある時期から私達の力は飛躍的に強くなりました」
ある時期というのは、ビギニスートでワカバを倒した時ぐらいだろう。あの辺りからヒビキの人形達はどんどん強くなっていった。
そして、遠慮なく俺を苗床にするようになった。時たま弟の目が怖い。
「マスター本人の上昇率は少し低下してしまったので、パーティーを組んで戦うPL向けの能力だとマスターは言っていました……以上です」
メイドさんはもう一度ペコリと頭を下げて自分の席に戻っていった。
「ありがとう『アリス』。……じゃあ次は『イヌワシ』の番なんだけど、君、大丈夫かい?」
前に立っているチップの様子は変わらずだ。今にも倒れそうとまではいかないが、フラフラとして危なっかしい。
「ん……、大丈夫……です。えーと『暴食』なんだけど、食事で貰える経験値がかなり多くなってる。デメリットはすぐにお腹が減って食べ物を食べたくなる事……後……」
チップは俺をじっと見つめてきた。
どうした? なんかした?
何も言わずに見つめてくるので、俺は不安になった。
先程から体調が良くないようなので、おかしな事をしないように目を離さないでおくと、その口から涎が垂れる。……ん?
「人間種族の肉を食べると更に能力が上がる……」
俺はあわててアイテムボックスからメロンパンを取り出す。そしてチップに近付き、その口に無理やりパンをねじ込んだ。
チップ! さっきからぼうっとしてると思ったら! 変なもん食ったせいじゃねぇかよ!? というか、俺をそんな目で見るな!
爆弾発言が飛び出した事により、会議室がざわつく。
先輩も食料が無かった時にはよく食べてたからそんなに問題は無いっちゃ無いけれど……、いや、人間種族が人肉食ったらヤバいわ。
そう思っていたら、こねこの先輩が前に出て来て声をあげる。
「ハイハイ! 騒がない騒がない! アイテムとして食べれるんだから、その辺は個人の自由だよ!」
流石、主食が人肉だった事はある。倫理観が違う。
確か、同じ種族の肉を食べると、混乱や発狂の状態異常が発生するデメリットがあるはずだ。
けれど、今その症状が出ているということは、この部屋に来る前に食べたということだろう。
……ちょっと待て。まさか……。
俺はとある不安に襲われた。聞くのは恐ろしいが、聞かなければ今後の生活に関わってくる。
チップもちょうどメロンパンを食べ終わった。先程と比べると、しっかりとした顔をしている。
「ふぅ……ごちそうさま。あ、言っとくけど好きで食べた訳じゃないぞ! 空腹状態になると勝手に持っている食料を食べちゃうんだよ……」
その言い分はわかった。
でもチップ、質問があるんだがいいか?
「……なんだよ」
お前……誰食べた?
「え、っと……」
俺が質問をすると、チップは顔を赤くして、マフラーで顔を隠してしまった。……おい、待て、何故そこで恥ずかしがるんだ。やめろ、俺の予想を的中させるな、頼む。
「ツキトの死体が落ちてたから……つい、な?」
イヤァァァァァ!?
さっき死んだ俺の死体、やっぱり食ってやがった!
そう言えば、農場で死んだときの俺の残骸、お前が回収してたよな!? お前初犯じゃ無いだろ!
「か、勘違いすんなよ! アタシ、お前の死体しか食ったこと無いから!」
勘違いのまま終わりたかった!
隣人がまさかの食人鬼だったことに、俺は絶望した。
チップはまだまともな方だと思っていたのに……乱射癖があるだけだと思っていたのに……何故こうなった。
「ちょっと、チップちゃん。流石にツキトくんだけ食べるのはどうかと思うよ?」
ああ! 先輩がまともな事を言っている! まさか相対的に先輩の倫理観が良くなるなんて! ……だけ?
「実はまだあるんですけど、みー先輩もどうですか?」
俺の死体ストックされてた!?
「後でもらうよ。でも、ツキトくんだけじゃなくてパンとか魚も食べようね?」
そして俺、食料として見られてた。……なんて事だ。いつにもまして常識が通用しねぇ。
「……次に進んでいいかい?」
あ、はい。
パスファ様が俺達の様子を見て、呆れた顔をしていたので、大人しく自分の席に戻った。
ついでに、チップには俺が作ったパンを幾つか手渡しておく。……食べ物は俺が用意するから、腹が減ったら俺に言えよ?
「うん……むぐむぐ……」
よし、これで少しの間は大丈夫だろう。これからは食料を切らさない様にしなければ……。
「さて、二人が『ギフト』を手に入れた方法なんだけれども……。実は『プレゼント』には倒した邪神を封じ、その能力を奪う力がある……というか、あったみたい」
パスファ様は難しい顔をしていた。
ん? あったって、どういう事ですか?
「なんかさぁ、リリア様が勝手にそういう機能をつけていたらしいんだよね。わたしも邪神が復活してきているなんて知らなかったし」
リリア様が? なんでそんな機能をつけたんです?
「さぁ? でも邪神の力は厄介だからね、君達に倒してほしいんだと思うよ? 邪神の意識が覚醒しないと、私達は手出しができないからね……」
確かに、女神にまで手を出してくるような奴だ。その存在はこの世界にとっても脅威となるだろう。
けれども、なんでチップとヒビキにしかその能力が現れていないんですかね?
ヒビキがいつ『怠惰』の邪神を倒したのかはわからないですけど、《ウルグガルド》を倒した時には、俺とケルティもいたはずなんですけど……。
「ん~……多分相性の問題だと思うよ? 『イヌワシ』は食べるのが好きみたいだし、『アリス』は集団で戦うから……かな?」
そういえば、『憤怒』を倒して『ギフト』を手に入れたPLは近接職が多かったな。
戦い方や生活習慣で貰える『ギフト』が決まって来るのだろうか?
「『ギフト』についてはこんなものかな? ……ところで、わたしからお願いがあるんだけれどいいかな?」
そう言うと、パスファ様は一度深呼吸をして、俺達の顔を見渡す。
「君達冒険者には、この世界に潜んでいる邪神達を討伐してもらいたい。アイツらが覚醒しきったら、手が付けられなくなる可能性が高いんだ」
『暴食』と『憤怒』……。
俺が直接戦ったのはこの2柱だけだったが、どちらもかなり厄介な相手だった。
『暴食』もあの時点ではかなり高い能力を持っていた。もしもあのまま放置していたら、大変な事になっていただろう。
そんな奴らが後3柱いるのだ。
「奴らの力は君達にとっても大きな力になると思う。よろしく頼むよ? ……それじゃあ講義を終わります!」
最後にパスファ様は笑顔を作って、講義を終えた。
思えば、邪神の登場により、メインストーリーが大きく動いたのでは無いだろうか?
ようやく俺達はこのゲームの攻略を始めることができるのだ。
……少し楽しくなってきたな。
俺はそんなことを考えながら、周りに気付かれない様にニヤリと笑うのだった。
「パスファ様……こちら約束の物になります……」
あれ? メイド人形がパスファ様に何か渡してる……いや、あれ中身ヒビキだな。
今帰って来たのか?
「ふふふ……良い仕事するじゃないか。これで日々の生活に潤いができるってもんだよ。……ああ、リリア様……」
そしてパスファ様が悪い顔をして、それを受け取る。
……まさかヒビキの奴、パスファ様に頼まれてビギニスートでリリア様を盗撮してたのか!?
あ、ヒビキの奴こっち見た。
やめろ、ドヤ顔をするな。お前のやってる事は犯罪だからな? 頼むからこれ以上罪を重ねないでくれよ……。
俺は何を言っても止まらない弟に落胆し、深いため息をついた。
・講義は終わりましたが、飲み会があるので留守にします。
~お酒が好きな女神様~




