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ボーパルバニー~月の兎は首を刈る~

「くっ……! 来い! ニャック! あの女神(アバズレ)を殺せぇ!」


 キキョウ様が俺達の救援に来てくれてから、戦いの形成は逆転した。フェルシーの様子からは余裕が消失し、顔には汗が浮かんでいる。


 フェルシーの能力により、黒服ニャック達が大量に召喚される。

 彼らは身体の部位を増殖させながら肉の化け物へと変わって行った。見上げる程に巨大に成長すると、化け物の触手による攻撃が始まったのだが……。


「はははは! そんなもので私は止まらん! 粉微塵になるがいい!」


 キキョウ様は翼を使って飛び上がり、剣を振るう。剣からは斬撃が発生し、化け物達を切り刻む。

 斬撃が届かなかった化け物に対しては、ショットガンからレーザーを発射し焼き殺していた。……それ、とんでも兵器だったんですね。


 自分が作りだした光景を見て、キキョウ様は満足げに微笑む。


「うむ! 久々の戦場(いくさば)だが、いい調子だ! ……それに比べ、お前はどうした? 『憤怒』の? 昔より弱くなったか?」


 その挑発にフェルシーの顔が再び怒りに染まった。……コロコロ表情が変わるなコイツ。何かが乗り移ってるのは、何となくわかるけど、本質的に変わっていないんじゃないか?


 そんな事を考えていると、フェルシーが動いた。

 フェルシーは黒服を召喚しながら、俺達から距離をとる。化け物へと変わった黒服達は、まるで壁のようだ。……まだ余力があるのかよ。


「む? お前達、どうした? 『憤怒』に止めを刺しにいかないのか?」


 キキョウ様はゆっくりと俺の目の前に降りてきた。なぜ俺達が戦いに行かないのかわからないようで、不思議な顔をしている。


 いや、その、聞きたいことが沢山あるんですけど……。それに答えてもらってからでもいいですかね?


「無理だな。私がここに居るのは、リリア様から『憤怒』を倒す手助けをせよと命を受けたたからだ。それ以外の事は知らん……おっと」


 キキョウ様は迫り来る触手に気付き、大剣を振るった。

 当然の如く斬撃は飛び、敵を細切れにしていく。……すげぇ、通常攻撃が範囲攻撃になってんのかよ。無双の名前は伊達じゃないな。


 って、そんな事はいいんですよ。俺はその『憤怒』について聞きたいんですけど……。


「ん? それについてはパスファかカルリラに聞いてくれ。私は奴等と戦っていただけだから、あまり詳しくないのだ」


 真顔でそういうのだから、本気でそう思っているのだろう。……意外に脳筋なんだな、キキョウ様。


 わかりました、それじゃあその話は後にしますが……。俺達はフェルシー……キキョウ様の言う『憤怒』に攻撃が当てられなくて困っていたんですよ。何かいい案ありませんかね?


 そう聞くと、片手間に化け物を屠りながら、俺の質問にキキョウ様が答える。


「そうなのか? ……恐らくアイツは、フェルシーのスキルを常時発動させて、運良く攻撃を避けているはずだ。だから、万回攻撃すれば一度位は当たるだろう」


 解決策がまさかのゴリ押し!?


 もっと何かスマートなやり方は無いんですか? そんなグダグダな解決策嫌なんですけど……。


「そうか? ……なら話は簡単だ。叩き起こせ」


 ……はい?


「お前、『キクリの耳』で女神と会話ができるだろう? それで、寝ているフェルシーの意識を叩き起こすのだ!」


 そんな無茶苦茶な!?


 キキョウ様の案はできるかもどうかもわからない、ぶっ飛んだものだった。……他に案が無いからやるしか無いのだが。


「さぁ、お喋りはおしまいだ。……お前達! さっきも言ったが私が道を切り開く! 貴様らが『憤怒』に止めを刺すのだ!」


 キキョウ様はそう叫ぶと、ショットガンを構える。すると、銃口の先に光が集まっていくのがわかった。

 どう見てもチャージショットです。本当にありがとうございます。


 チャージが終わると、キキョウ様はニヤリと笑い、叫んだ。


「さぁ! 逝けぇ!」


 それと同時に、極太のレーザーが発射された。それは目の前を光の本流で埋めつくし、全ての化け物を消滅させてゆく。


 ……雑な作戦だと思う。

 現れる雑魚をキキョウ様が倒している間に、俺達が突貫して首を取ってこいと言うのだ。


 俺が呼び掛けて、フェルシーの意識を呼び覚ますというのも、できるかわからない。


 ……しかし。


「ツキトくん」


 俺が振り替えると、そこには皆が集まっていた。

 先輩がしゃがみこみ、俺に語りかけてくる。


「もう、やれることも限られているみたいだし、やるだけやってみようよ?」


 先輩が笑った。

 にへらっとした、全く邪気のない子供のような笑顔だ。少なくとも、この状況を悪くは思っていない。


 そして、他のメンバーも同じ気持ちらしい。覚悟を決めた目をしている。


 ……仕方ない。


 俺は思考を放棄した。できる事をする、それだけだ。


 ……先輩。俺が『憤怒』を殺します。是が非でもアイツの首を刈り取りますので、サポートお願いしますね?


「うん! 頼りにしてるよ!」


 俺はその言葉を背に、『憤怒』に向け飛び出した。後ろ足に力を込め、少しでも前に進もうとする。


 そして、伝わるかもわからない声を、フェルシーに向け俺は叫ぶ。


 おい! アホ女神! 目ぇ覚ませ! 迷惑かけるのもいい加減にしろや!

 このままじゃ、いつ勝てるかわかんねぇんだよ! 聞いてんのか! オラ!


 『憤怒』が黒服を俺の目の前に召喚した。変化はしないので、そのまま俺の邪魔をするつもりなのだろう。


 だが、俺はそのまま前進した。


 その行動を肯定するように、後ろで銃声が聞こえ、目の前の黒服の頭が吹き飛んだ。

 チップの射撃だろう。この程度なら、なんなく処理してくれる。


 俺は止まる気は無い。

 後方の仲間を信じて、前進し続ける。


 おい! またお前の眷属が死んだぞ! 黙って見ている気か!? 早く目を覚まさないとニャックが絶滅すんぞ!? なんか言え! アホ!


 目の前に巨大な黒服達が現れる。あの化け物程では無いが、十分なプレッシャーだ。

 しかし、現れた瞬間にぷちヒビキ達が黒服に飛びかかり━━爆発した。


 おそらく、シーデーに改造してもらい、ぷちちゃんを爆弾にしたのだろうが、躊躇無く自分の分身を自爆させる、その精神がわからない。……何も見なかった事にしよう。とにかく道は開けた。


 え~と……。他に何か言うことあったかな……? 取り敢えず目を覚ませ! アホー! アホ女神ー! アホー!


『……ウルセー! アホアホ言うニャ!』


 !

 本当にきた! 確かに、今、頭の中にフェルシーの声が聞こえた!


 意識があるのは確認できたが、また黒服達が召喚される。身体の主導権は戻っていないようだ。


『あ、雑魚はこっちにおまかせー。

 がおー「( ・ω・)「』


 目の前の黒服達が消える。

 ビルドーが能力を使って、敵を移動させたのだろう。手前の敵しか引き寄せる事ができないが、今の俺にとっては十分ありがたい。


 俺は更に『憤怒』との距離を詰めた。


『え……今コレどうなってるのニャ? うわ、身体の自由効かないし。もしかして、ミャア取り憑かれてるニャ?』


 そうだよ! お前のスキルを使われてるせいで、攻撃が当たんないんだよ! 何とかしてくれ!


 また黒服が表れ、化け物へと変貌する。

 化け物は触手を伸ばして俺を掴みとろうとしてきた。……だが、後方からのレーザーと魔法で、すぐに肉の塊は消滅した。

 キキョウ様や先輩達も的確に支援してくれる。


『あー、最近調子が悪かったのはそのせいだったのかニャ。原因がわかって安心したニャン。ふぁあ……安心したら眠くなってきたのニャ』


 寝るな! 頼むから、何か解決策を……!


『ん~……スキルを使えなくすればいいのかニャ? だったらミャアの神技で封じてしまえばいいのニャ』


 『フェルシーの約束』か!


 敵のスキルを封印し、自分のスキルとして使用できるフェルシーの神技。

 その考えは無い訳では無かったが、俺は今まで、フェルシーに捧げ物をした事が無いので、神技を使えなかったのだ。


 しかし、この緊急事態なら……。


『あ、ポイント足りてないニャ。残念』


 通常営業かい!?


 そ、そうだ! 俺、お前にポーカーで勝った時に貰った、絶対命令件あったよな!? あれを使う! だから一回だけ使わせてくれ!


『あ、そう言えば、そんなのもあったのニャ。ん~……オッケーニャ! 『約束』一回分ポイントあげるから、うまく使うと良いのニャ!』


 よっしゃあ! ありがとう! アホ女神様!


『ニャはははは! もっと崇めると良いのニャ! ……て、あれ? もしかして、このままだとミャア殺されるんじゃ……』


 そんな察しのいいフェルシーは放っておいて、俺は更に前へ前へ進む。

 あともう少し、思いっきり踏み込めば奴の首元にへと届く……!


「させぬわ!」


 だが、『憤怒』は翼をはためかせ、飛び上がった。

 先程は、身体を黒霧に変え接近することが出来たが、もう『カルリラの契約』は使えない。


 というか、ここまで来てまだ逃げるか……!


 そう心の中で毒突くと、フワリと身体が持ち上ががる。そして、地面から足が離れてしまった。……おう!? 俺飛んでる?


「はっはっは! さぁ、あの邪神の元まで参りましょうぞ! 我々には女神様の加護がついております故!」


 シバルさん!?


 気がつけば俺は、猛禽類に捕まった小動物の如く、フクロウに運ばれてフェルシーにへと向かっていた。

 近付くにつれ、触手の攻撃が激しくなるが、なにかに阻まれる様に俺達に被害を与えることはない。


「これが『リリアの祝福』! 絶対防御ですな! このまま突っ込みますぞ!」


 『リリアの祝福』、リリア様の神技である。効果はダメージ効果を全て無効にすることのできる、守りの力だ。


 迫り来る触手をものともせず、シバルさんは飛んで行き、『憤怒』の姿が現れた。

 俺達の姿を目の前にし、その顔は怒りに歪む。


 よう! その首よこせぇ……! 


「き、貴様ぁ! ニャック! 私を助けろっ……!」


 俺と『憤怒』間に黒服が召喚される。

 盾のつもりなのだろうが、その程度では意味がない。


 俺はボロボロになっている爪を伸ばす。そして、召喚された黒服ごと、『憤怒』に向け大爪を振り抜いた。……が。



 バキン。



 黒服に当たった瞬間、爪が根本から折れた。そのせいで、『憤怒』には俺の攻撃は届かない。


 黒服は爪が突き刺さった事により絶命する。その様子を見て『憤怒』は満足げに笑っていた。


 ここまでの苦労を嘲笑うかの様に。


 攻撃は届かず、武器は失われた。そんな、無様な姿を去らした俺達を楽しそうに見ている。


 ……だが、これでいい。

 俺は目を細め笑った。

 もう俺達の邪魔をするものはもういない。


 ああ、それだよ。

 その油断した顔が見たかったんだよ!


 発動! 『フェルシーの約束』!


「!? 馬鹿な! 使えるはずが……!」


 俺が叫ぶと『憤怒』は分かりやすく動揺した。それが本気なのか、演技なのかはわからなかったが、俺はシバルさんから『憤怒』に向かって飛びかかり、その肩にしがみつく。


 ここまで接近できたということは、問題なくスキルは発動したらしい。


 俺はそれを確認すると、『憤怒』に対し、鋭い前歯を見せつける。


 あっ、という顔をしたときには既に、俺の身体は動いていた。


 『憤怒』が取り憑いているフェルシーの細い首に噛みつく。

 俺は頸動脈を正確に捉えた事を確認した。口にドクドクという脈動が伝わって来る。


 顎に全力を込め、前歯を食い込ませた。

 口の中に鉄のような嫌な味が広まるが、さらに力を込めてゆく。


 『憤怒』の絶叫と、許しを乞う声が響いているが、そんなものは俺の耳には届かない。


 前歯を食い込ませたまま、身体全体に力を込める。そのまま身体をごと首を振りきり━━前歯で首を食いちぎった。


 瞬間、致死量の血液が、その首から吹き出す。


 飛び出す様に力を込めていたので、反動で俺は空中に投げ出された。落下していく中、絶望に染まった『憤怒』の顔が見える。


 真っ青になり、目に涙を浮かべ、悔しそうに顔を歪めていた。


『ぎゃあああああああ!!?? 本当にやったのニャ!? くっそ、覚えとくニャ! 次会ったら絶対に泣かせてやるのニャ~!! ニャッ、ニャッ、ニャ~!』


 フェルシーの叫び声が頭の中に響くと、『憤怒』が宿っている身体が弾けた。それはミンチとなり地面へと降り注ぐ。


 俺は勝ったことを確認し、安心して地面に向け落ちていった。


 が、地面に衝突する直前に、誰かに受け止められる。驚いて受け止めた人物の顔を確認すると、可愛らしい笑顔があった。


「お疲れ様! やったねツキトくん! ……ところで、女神の死体はレアだから、ちゃんと回収しようね?」


 先輩は俺を労うと共に、にっこりと、いつもの作業を命じてきた。

 外見はどうみても美少女だが、中身は変わらない。ぶっ飛び外道こねこのままである。


 先輩はぶれない。

・……はうぁ!? フェルシー! アイツめ! やっと目が覚めたぞ! って……うわ、冒険者の状態がしっちゃかめっちゃかになってる。めんどくさいなもう……。え? フェルシーのイベント期間中? ……じゃあそれ終わってから何とかするよ。あーあ、またリリア様に怒られる……。


・え? 『憤怒』について? ああ……それなら、カルリラに聞いた方が早いから、そっちに聞いてね~。


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