憤怒の《フェルシー》
状況を整理しよう。
俺達は21階層、フェルシーのいる空間へと足を踏み入れた。
そこは床には大きな魔方陣が描かれており、奥には棺桶がおかれている。何か意味があるのかも知れないが、俺にはわからない。
そして、性格が変貌したフェルシーは俺達に向け、大量の黒服ニャック達を放ってきたのだった。
「ビルドー! 魔法防御お願い!」
迫りくる黒服ニャックを前に、先輩は叫んだ。
それに対して、ビルドーはそう言われるのを予測していたかのように、前に飛び出す。
そして装備した二つの大盾を床にへと打ち付ける。すると、俺達を覆うように半透明なドームが出現した。
『オッケーd(^-^)』
うざい顔文字もついてきた。準備は良いらしい。
「よし! ゼスプ、全体に耐性付与! 殲滅するよ!」
「わかりました! 『エレメンタル・フルアーマー』!」
ゼスプが魔法を使うと、全身に淡く光る膜が発生する。……あれ? なんでさっきから、魔法の攻撃力じゃなくて、自分達の防御ばかり上げているんだ?
まさか。
俺が気づいたときには、空間の天井には巨大な魔方陣が展開されていた。
見覚えがあるものだ。俺の記憶が正しければあれは……。
「いくぜ? 『メテオ・フォール』!」
ウサギの俺を抱えた先輩が、魔法を放つ。
敵味方を関係無く巻き込む、マップごと殲滅ができる、先輩の最強魔法『メテオ・フォール』。
味方にもダメージは入るが、その威力は地形を変えるほどの強力だ。
魔方陣から現れた隕石は容赦なく部屋全体に降り注ぎ、黒服達が爆散してゆく。
俺達にも多少の被害は出たが、すぐにゼスプによって回復魔法が使われ、全体の治療が行われた。
隕石の落下が終わり、部屋全体に砂煙が巻き上がっている。……普通なら、これで終わるのだろうけれど。
徐々に砂煙が晴れていくと、そこには凄惨な光景が広がっていた。
至るところに黒服達の残骸が転がっており、生き残っている者はいない。
一人を除き……。
「こんなものか! この程度なのか!? 全力でかかってくるがいい!」
フェルシーの叫びが聞こえた。やはり、一筋縄ではいかないようだ。その怒りの表情からは先程の一撃が、一切効いていないように見える。
「やっぱり、様子がおかしい……。ツキトくん、君が会いに行ったときもあんな感じだったのかい?」
確かにあんな感じの雰囲気は出していましたが……。もう少しアホな奴だったはずなんですがね。
「そうだよね。フェルシーはアホな女神なはずなんだけど……」
公式でアホとは……。
救いがないですね……。
「ちょっと!? みーちゃんもツキトも緊張感無さすぎじゃない!? 一応あんな格好でもレイドボスだよ!?」
俺と先輩がフェルシーについてまとめていると、ケルティが飛んできてまともな事を言ってきた。
だってさ~。見てみろよあの格好、アホだぞ、アホ。
顔を激怒したように歪めているとは言え、その服装は元のフェルシーと変わっていない。
改めて説明をすると、バニースーツのウサギ成分を、猫の成分で書き換えただけである。
つまりはネコスーツだ。相変わらず良い食い込みをしていた。
あんなのにシリアスな雰囲気を出されても笑うしかないだろ? そう思わないかね? レズツムリさん……。
「レズツムリ!? それ私の事!? うわっ、否定できないから怖い! と、とにかく、今チップちゃんが敵の性能を確認してるから、それから作戦を……」
女神の性能?
レズツムリ、お前は何を言っているんだ。前作PLなら女神のチート性能は知っているだろ? こっからは耐久戦だ。こっちが尽きるか、あっちが音をあげるの勝負だろ?
「違うんだって! フェルシーは特別なの!」
あぁ? どういう事だ?
チップ。アイツのステータスはどうなってる? そこまで言うなら、それに合わせて作戦をたてよう。情報をよこせ。
「えっと……確認したんだけどさ、信用しろよ? ……アイツ、レベル1みたいなんだけど……」
は?
その言葉に、全員が唖然とする。
相手のステータスを確認できる能力をもっているチップが、そんなつまらない冗談を言う意味がわからなかった。
何言ってんだ、このワンコは。
先輩。バカ犬に何か一言。どうやらパニクっているようです。
「え、もしかして原作通りなの? ヤバイ、詰んだかも……」
チップの報告に先輩の顔が曇る。どうやら、厄介な性能をしているらしい。……え、マジなんですか?
「フェルシーはレベルは低いけど、攻撃を避けまくるんだ……。魔法でさえ避けてくる。後、スキルを使って来るかどうかが問題なんだけど……」
先輩は悩んでいるようだ。
すると、メレーナが先輩の肩を叩き、ニヤリと笑う。
「なら、試すしかないねぇ! チップ! 私を飛ばせ! アイツの臓物抜き取ってやるよ!」
「えぇ!? でも触っただけで死にそうだし、そこまでしなくても……」
「いいから! それと、こねこ様! もしもの時は復活よろしく!」
指示通り、チップはウィンドウを操作しメレーナをフェルシーの目の前にテレポートさせる。
メレーナを敵の懐に潜り込ませ、確実に殺す。二人がやるいつもの連携技だ。
「!?」
急に現れたメレーナにフェルシーは身構えた。
だが、メレーナの動きの方が早い。
「遅いんだよ! 発動! 『いたずらティターニ……』」
手を伸ばしたメレーナの動きが止まった。あの殺す事を生業としている女が、敵を目の前にして動きを止めるなんてあり得ない話だ。
なんだ? どうした、メレーナ!? 返事を……。
俺が叫ぶと同時に、メレーナの身体が弾ける。 そんなバカな、何かをしたようには見えなかったぞ!?
「ははははは!! 素晴らしい能力だ! 相手の身体の一部を盗めるとはなぁ!」
そう言って笑うフェルシーの手の中には、赤黒い何か、肉塊の様な物が握られていた。
俺にはそれが、人間の心臓に見えた。
「……っ! 『パーフェクト・リターン』! どうだった? 何かわかったかい?」
先輩は復活の魔法を使用した。すると、メレーナが俺の目の前に現れる。お前、なにされたんだ?
「っち……、やっぱり原作通りだったねぇ。『フェルシーの約束』だ。アイツの神技だよ」
『フェルシーの約束』?
そういえば、信仰したは良いものの、どんなメリットあるのか確認して無かった。……何できるんですか? 先輩?
「『約束』は、スキルの封印とラーニング効果だよ。……不味いね、スキルの『プレゼント』を持っているPLは下がった方がいい。みんな! 体制を取り直して!」
先輩が指示を出すと、全員が動く。
ビルドーは更に前に出て大盾を構える。メレーナや先輩、ケルティ、フロイラはその後方に移動した。戦闘能力が低いPLもその後ろに隠れる。
ドラゴムさんとゼスプは前に出る。ドラゴムさんが守っているのならば、ゼスプは大丈夫だろう。
そして、問題児が大きく動いた。
「『サモン』!」
ヒビキは一体のウサミミメイドを呼び出す。
すると、そのメイドのスカートの中から大量のプチメイドが現れた。全員にウサミミが装着されている。
ウサミミメイドを指揮官とするプチウサ部隊だ。
「行け!」
プチウサ部隊はヒビキの号令の元、一斉に飛び出し、フェルシーへと向かっていく。
一体一体の速さは凄まじく、一瞬でフェルシーの元にたどり着いた。続いてウサミミメイドの拳がその喉元に迫る。……だが。
「甘い! 来いニャック共!」
新たに現れた黒服ニャック達により、その攻撃は遮られてしまった。
「『怠惰』の力はこんなものか!? ならば見るがいい! これが私の『憤怒』の力である!」
メイド達の拳を止めた黒服達が叫び始めた。……この感じ、アイツか?
黒服達の身体は大きく泡立つと、新たな腕や足、頭を増やしながら膨れ上がっていく。間違いなく、19階層で戦った肉の化け物だ。
「クソっ! 人形が食われた……!」
後方からヒビキの悔しそうな声が聞こえた。ヒビキの能力は敵を即死させる事ができるが、射程が短い。
人形のパーツがあの中にあるのなら能力を発動させ、戦力を補填できるのだろうが、下手をするとやられてしまう。
「やるしかないな!」
チップが前にでた。
今のチップは大型犬の姿になっているが、その背には鞍のような機械がついており、そこから伸びるアームの先に銃が装着されている。あれで射撃ができるのだろう。
今装備されているのは、ロケットランチャーの様な武器だった。……え、そんなのもあるの?
「くらえ!」
空間を震わせる轟音を響かせ、弾頭が発射された。
肉の化け物はそれを叩き落とそうと、増殖させた触手を伸ばす。
しかし、弾頭はそれを掻い潜るように軌道を変えながら、フェルシーへと飛んでゆく。
そして、フェルシーに着弾し、爆炎が舞い上がった。
「やった! アタシの一人勝ち……!?」
その瞬間、化け物のうちの一体が爆散する。
煙が晴れると、そこから無傷のフェルシーが現れる。……ダメージの肩代わりか!
「一撃で強化したニャックを倒すか! 『暴食』の方は仕上がっているようだな! だが……全く足りん!」
フェルシーは更に黒服を召喚し、化け物へと変換する。
ただでさえ、厄介な敵が尽きること無く現れるのは厄介だ。……ゼスプ!
「ああ! 『コラプション・スワンプ』!」
化け物達の足元の床が消え去り、大きな毒沼が出現する。そこから水で出来た手が伸びてきて、周りの敵を引きずり込んでいった。
相変わらずの威力で、化け物達は沼に入った瞬間に融解し始める。
フェルシーにもその手が迫るが、翼をはためかせ、空中で器用に避けている。
この魔法はしばらく機能するタイプだ。
フェルシーが黒服を召喚しても引きずり込見続けいるので、攻めるのならば今がチャンスだろう。
俺は先輩の腕の中から降り、フェルシーに向かって駆け出した。
「ツキトくん!」
先輩に声をかけられたが、振り替えること無く、俺は『カルリラの契約』を発動させ、身体を黒霧に変える。
その状態のまま、俺は回避行動を続けているフェルシーまで近付いた。隙を見計らい、体を再構築する。
「……! 貴様はぁ!」
どうやら、フェルシーは俺の事に気付いたらしい。俺は目を細め笑って見せた。
よう? また勝ちにきたぜ?
体を回転させ、爪を振るう。しかし、フェルシーは一気に翼をはためかせ、俺から距離をとった。
俺はそのまま神技を発動させる。
『キキョウの進軍』。
斬撃を飛ばし、攻撃する事ができる広範囲の攻撃技だ。体勢を崩している今なら当てる事ができる……!
俺の爪から放たれた斬撃はフェルシーへと真っ直ぐに向かって行く。それをフェルシーは避けるようとはしない。
よし! そのまま……!?
斬激がその首もとに届く瞬間、斬撃が消滅した。俺が驚いて目を見開くと、フェルシーはニヤリと顔を歪ませた。
「忘れたか? ……『フェルシーの約束』だ!」
そう言ってフェルシーは右手を振るった。そこから斬撃が飛び出す。間違いない、『キキョウの進軍』を奪われた。使った後にもスキルを無効にして、使用できるとは思わなかった。……くそっ!
とっさに身体を黒霧に変え、その斬撃を避ける。俺はそのまま、先輩の元へと戻った。
畜生、本当に厄介な相手だ。どうにかして弱点を見つけなければ……。
そこから俺達とフェルシーの耐久戦が開始。シーデーとアークが協力し、防衛ラインを構築。化け物をトラップによって押し留め続けた。
それでも抜けてくる敵は、ケルティが高速で迎撃、他の近接職もそれに続く。
チップと魔法職はフェルシーに向かって攻撃をし続ける。
肉の化け物については、着実に数を増やしていった。全体攻撃で数を減らしても、すぐにフェルシーがニャックを召喚し、戦線を押し返してくるのだ。
隙を見て、シーデーが随時トラップを作ってくれてはいるが、突破されるのは時間の問題となっていた。ゼスプのMPも尽き、ポーションで回復させながらギリギリ戦えている状態になっている。
他のPLも徐々にではあるが消耗し、動きに精彩を欠き始めてきた。俺の攻撃に顔色一つ変えなかったシバルさんでさえ、今は地面に倒れている。
先輩も、魔力の反動により身体が傷つき、吐血しながら戦っていた。途中で何回も俺達を蘇生させ、MPを大量に消費したためだろう。
しかも、後数回しか『パーフェクト・リターン』は使うことができないそうだ。
俺達は確実に追い詰められていた。
「くっ、『マジック・ストーム』!」
先輩の魔法により、魔力の嵐が巻き上がった。化け物達は嵐に巻き込まれ、続々とミンチにへと化して行く。
今出現していた化け物はこれで全て全滅した。
「ごほっ! ハァハァ……、取り敢えず、一段落かな……?」
先輩の口の端から血が溢れている。能力のおかげで死ぬ事は無いが、その顔には疲労の色が見てとれた。
先輩、少し休んでください。少しなら俺だけでも……!
「ぅ……、ごめんねツキトくん……。でも、今戦えるのは……」
俺は辺りを見渡す。
皆、疲れきっており、まともに立っているPLの方が少ない。
「はっはっは! どうした!? 初めの威勢はどこへいった?」
楽しそうに笑うフェルシーの声が響いた。
口元を歪めてニヤニヤと笑うその顔は、いやに腹立たしい。
「女神から力をもらってもその程度とは聞いて呆れる。しかし、女神達の前座としては楽しませてもらった! お前達の絶望を足掛かりに、わが復讐は始まるのだ!」
更に大量の黒服が召喚され、化け物へと姿を変えていく。そして、奴等を倒す力は俺達には残っていないだろう。
それでも、俺は先輩の前に立った。
「健気だな……。だがそれも終わりだ……死ね」
フェルシーの号令で、化け物達が罠を押し潰しながら前進してきた。
俺は爪を伸ばし構える。それにはヒビが入っており、限界を迎えようとしていた。しかし、殺せなくともいい。
触手が迫って来る。アイツらに対して、先輩はまた魔法を使うだろう。最悪でも、その発動までは時間を稼ぐ……!
来いやぁぁぁぁぁぁぁ!!
俺は触手に向け、爪を振り下ろした。
「その意気や良し! 流石私の信者だ!」
その瞬間、凜とした声が響いた。
それと同時に、化け物達は切り刻まれ、肉片となり絶命する。
何が起きたのかはわからなかったが、俺はとある言葉を思い出していた。
『私達も力を貸しますから……』
イベントが始まる前、カルリラ様は確かにそう言っていた。
俺は声の聞こえた方向に振り向く。
「だがしかし、揃いも揃って……なんだその様は! 立ち上がれ! 敵に武器を向けろ! 戦う意思を示せ!」
右手には大剣、左手にはショットガン。白銀の鎧に、長い金髪。凛々しい顔には大きな傷が走っている。そして背中には女神達特有の白い翼が生えていた。
「露払いはこの『無双のキキョウ』が勤める! 逝け! 冒険者達よ! お前達が神を殺すのだ!」
その言葉で身体に力が入り、先程までの疲労が全て抜け落ちた。見るとこの場にいる全員、先に来て、やられたニャック達まで立ち上がる。
これがキキョウ様の能力なのだろう。
俺はフェルシーに向きなおり、睨み付けた。
キキョウ様の登場により、その表情には焦りが見える。
ようやく、ようやくチャンスが巡ってきた。ここからが本当の戦いだ。
さぁ、覚悟を決めろ、フェルシー。今度はお前が絶望する番だぜ?




