深淵に集う者達
「まったく! これじゃ、こそこそしていた僕が馬鹿みたいじゃないか! ちょっとどんな反応するか楽しみにしていたのに!」
薄暗い洞窟に先輩の声が響く。
アイテムボックスから取り出した玉座に座った先輩に俺は怒られていた。
黒髪の美少女に怒られるのは嫌な気分じゃないが、自分の名誉の為に俺は口を開いた。
だってー仕方ないじゃないですかー。
先輩が女の子って知ってましたしー、年齢も高くないなーって見積りはあったんですぅー。
俺が先輩の前にお座りして反論すると、先輩はじろりと俺を睨みつけた。……ご褒美かな?
「はー!? じゃあ聞かせてもらおうか? いつからだよ! いつからそう思っていたんだよ!? 僕はそんな身バレするようなヘマはしてませんよーだ!」
いつからって……、取り敢えず、サアリドについて『魔女への鉄槌』に加入した辺りには、なんとなく察してましたかね?
それを聞いた先輩は、足を組み直し頬杖を付いた。
「ふーん! そんな様子無かった癖に! なに適当な事を……」
男とは皆ハーレム願望を持っているものだと、俺は先輩にそんな事を言ったと思ったんですけど、忘れました?
ピクッと先輩の身体が震える。
覚えているようだ。
その時に何も言って来なかったんで、ああ、女の人なのかな、と。男ならゼスプみたいに反論しますし。
「……じ、じゃあ、イメージ通りっていうのは?」
先輩、クランができたときのパーティーで酒飲みまくって、酔っ払ったじゃないですか。
初めて飲むとか言ってましたし、あんだけガブガブ飲んで暴走するのを見たら、酒を飲んだ事のない歳か、飲まない生活をしていると人かな、と。
でも酒飲まない生活している人なら、ジュースを飲むでしょうし、二十歳前後の方がしっくりくるなと思ってました。
「でも服装とか容姿とかは……」
うちの弟が服を買いに来た先輩達の話を、幸せそうに話していましたので……。
この機能美を感じさせる黒いドレスも、ヒビキの趣味だというのはわかっていた。
特にスパッツを履かせている辺りに、強い拘りを感じる。ニーソとスパッツの間から見える肌色が、こう……ね?
後でアイツには、お小遣いあげに行かなきゃ……。
「つまり、イメージ通り……」
まぁ、身長と体型以外は。
ここまで話すと、先輩の顔が恥ずかしそうに赤く染まった。
「……変態」
そしてご褒美を投下してくる。やったぜ。
決して顔には出さないが、俺は心の中で歓喜した。
「君はこねこの僕を通して、そこまで観察してくる様なド変態だったんだね……? チップちゃんやドラゴムにもセクハラをかましたって聞いたし……。君は性別がメスなら、なんだっていいのかい!?」
なぁ!? ち、違います。違うんです、先輩。よく聞いてください。
チップの件につきましては、事故です。先輩もお酒の怖さは知っているでしょう?
全部酒が悪いんです。
そしてドラゴムさんをもふったのは、油断を誘う為です。ああやって、精神的に揺さぶりをかけなければ、勝てない相手だと判断したのですよ。
……そういう感じで良いですかね?
「完全に言い訳じゃないか! なんで君の『プレゼント』がそんな名前なのかハッキリしたよ! ……このケダモノ! そんな万年発情期だからウサギにされちゃうんだぞ!」
くっ……!
このままでは、また冤罪が増えてしまう……! やはり『浮気者の指輪』を開封し、名前を変える事は急務だ。
これ終わったら最後の女神様に、会いにいこう。そうしよう……。
「ああ! 今、違う女の子の事を考えていたな!? 僕が目の前に居るのに! やっぱり『浮気者』じゃないか!」
何故バレたし。
「言っとくけどね、僕だって君の事を見ていたんだからな! 何さ、カルリラ様カルリラ様って言っている癖に、いろんな子にデレデレしてさ! たまに遊んでくれたと思ったら、ヒビキくんと遊びに行ったり、パスファに殺されてたりするし……」
それ、不可抗力なんですよ。すいませんね。
……そういえば、先輩何か忘れていませんか?
「なにをさ……」
先輩はヒビキから俺の恋愛事情を聞いていましたね? 恥ずかしながら、俺は生まれてこの方、恋人というものがいたことが無いのですよ……。
つまり、いくら俺がセクハラ行為を働こうが、女の子と一緒にご飯食べたり、遊んだりしようが、男女の仲にはならないのです。
何故なら、俺にそういう好意を、持つ女の子は、い、いないから……。
あれ? 涙が出てきたぞ? おかしいなぁ……事実を言っただけなのになぁ……。ハハハ……。
「ふーん。……でも、それほんとの話?」
勿論です! これについては追及しないでいただけると、俺は大変嬉しいのですが……。
「はぁ……わかったよ、もう……。じゃあ、このイベントが終わって、元の姿に戻ったらどこかに連れて行ってよ? それで信じてやる。イベント期間が終わるまではこの姿らしいから、少し後になるけど……」
それで誤解が解けるのなら是非とも!
流石先輩だ、俺の事をよくわかってくれている。
そうだよ、浮気っていうのは、心に決めた相手がいるにも関わらず、他の子に色目を使ったり、手を出したりする事を言うのだから、根本が間違っているんだ。
大丈夫だ、俺は後ろめたい事はしていない……。
と、俺の冤罪が証明された辺りで、目の前にウィンドウが現れた。
新しく突破してきたPLだろうか?
『PL『チップ』のパーティーが20階層に到達しました。
合計到達ニャック数 83』
おお、チップか。
確かパーティーの面子は、ヒビキとシーデー、それにシバルさんだったっけ? ……癖の強いパーティーだな、おい。
シーデーは女装をしているPLで、シバルさんは壮年の名誉リリア狂信者だ。
それにヒビキが加わるので、癖が強過ぎて共に行動する人物には相当なストレスがかかるだろう。
すまんな、チップ。バランス的にこうするしか無かったのよ……。
部屋に現れたのは、大量のニャック達と、疲れきった様子の大型犬と大蜘蛛。そして楽しそうな顔をしているメイド人形と、その肩に乗っているフクロウだった。
……誰が悪いのか大体わかったぞ。
「やぁ兄貴、とみーさん。こちらは問題なく到着しました。ニャック達は数体死んでしまいましたが……大丈夫でしょうか?」
「うん……ヒビキくん、明らかに疲れているワンちゃんがいるんだけど、そっちは大丈夫?」
流石の先輩も見逃せなかったらしい。
おーい、大丈夫か、チップ? それと……シーデー、かな? うちの弟がごめんね?
俺がそう言うと、大型犬になったチップがフラフラと近づいてきた。
そして、俺を潰すように、俺に顎を乗せてくる。
チップはそのまま身体を地に伏した。何てことだ、俺、枕にされている。
「すごいのを見ちゃった……」
ああー……ごめんな。
ウサギさんの身体でよければ、いくらでも使っていいから、ゆっくり休んでけよ。
「……ありがと」
そんなやり取りをしていると、大蜘蛛もフラフラと近づいてくる。デフォルメされた可愛げのある蜘蛛さんだ。
「ツッキーさぁん……酷いよぉ……あのメイド頭おかしいんじゃないのぉ……?」
あー、やっぱりシーデーか、お前。
悪いな、アイツ弟なんだよ、ホントにごめんね?
「責任とって~。私も休ませろぉ~」
そう言いながら、シーデーも俺に乗ってきた。弟の責任くらいは俺がとろう。
「はっはっは! 人気ですなぁ! ぼくも休ませてもらいたいのですが、これでは割り込む隙がありません。うらやましい限りだと、言っておきましょう!」
そう言いながら、フクロウが俺の顔の前に降り立った。
ああ、シバルさんですか。
すいませんね、うちの弟の面倒を見てもらって。どんなおかしいことをしていましたか?
「何もおかしな事なんて! ぼく達は彼がいなかったらここにはいませんでした。彼が先程の化け物をなんとかしてくれなかったら、我々は全滅していましたよ!」
おお、あれを弟が……。
ちなみにどうやって?
「内側から巨大な人形で突き破ってですな! あの化け物のエネルギーを吸い付くして、成長したそうですぞ?」
なんだよ、しっかりやらかしてるじゃねぇか。他人のトラウマ作るなってあれほど言ってんのに……。
「だって、大きな相手に能力使ったこと無かったし。今回でボクのバリエーションに巨人型と超巨人型ができたよ。万々歳だね」
お前って奴は……はっ!
気が付いたら、すぐ側に先輩が立っていた。……どうしたんです?
「チップちゃん、ツキトくんの枕は柔らかいかな……?」
え、シカトされた。
こっわ、先輩、こっわ。
「……誰? って、もしかしてみー先輩!? ええ!? うそ、可愛い! 可愛い!」
そう言うと、チップは起き上がり、先輩へと襲いかかる。
体格差がそんなに無いせいで、じゃれついていても襲われている様にしか見えない。
「わっ! や、やめなよ、ホントに犬みたいになってるじゃないか!?」
チップは尻尾を振り回し喜びを表現している。犬として見ても、可愛い部類に入るんだよな、コイツ。
「いいじゃないですかー。こんなに可愛い子だったなんて聞いてなかったんですよぉ。あ、アタシの事、もふっていいですよ? もふっても」
これこれ、チップちゃんや。
先輩が困っているではないか。やめて差し上げろ。
「そ、そうだよ。それに! 君はツキトくんに色々されちゃったんだろ!? そんな奴と仲良くする通りは……」
「してませんよ~。そんな事より、なんで女の子って教えてくれなかったんですか? イベント一息ついたら、一緒に街で遊びましょう?」
少女と犬、ほほえましい光景である。
徐々に人が増え、混沌としてきたこの空間において、ここだけ別ゲーみたいだ。
こっちは、蜘蛛に捕食されそうになっているウサギ、って感じで、いつも通りなのだが。
と、思っていたら先輩はチップを振り払い、俺を抱き上げた。
そのまま、玉座に戻ると俺はぬいぐるみのように抱き締められる。……悪くないな、これ。
「とにかく、いま来た君達に状況を説明するよ、いいかい?」
先輩はそう言うと、びっと、この空間の奥にある巨大な扉を指差した。
「あの奥が21階層になっているのだけれど、あの扉はニャックにしか開けられないそうなんだ」
それで先輩達は足止めをくらってしなったそうだ。流石に10匹だけじゃ無理だったらしい。
「そして、あの扉を開くのに必要なニャックの数は100体、入れるPLは12名まで。まだPLもニャックも数が足りないから、待ちぼうけだね」
後17体か……。
「みーさん、少しよろしいですか?」
説明を聞き、ヒビキが先輩の前に出てきた。
「どうしたのさ? 改まって?」
先輩、やめた方がいいですよ? どうせ録な話じゃないです。どうせSS撮ってもいいですかとか聞いてくるんですよ。
「いや、さっきの階層で戦った奴について……」
真面目な話だった。びっくりだよ。
「ああ、アイツ? ……色々とおかしかったね。僕が言えるのは、これがフェルシーの仕業とは思えない。もしかしたら、僕達は何か得体の知れないものを相手にしているのかも知れないね」
前作PL達全員、心当たりが無い出来事が起きているのか……。
カルリラ様も不穏な事を言っていたし、厄介な事にならなきゃいいけど。
「それで考えたのですが、恐らく、この世界は『リリアの祝福』の完成版を元にしているのではないでしょうか?」
「結局更新しなかったっていう完成版? 確かに……それなら僕らが知らないっていうのも納得できる」
?
何の話してるんです? ちょっと今作からやってる俺達にもわかるように、教えてくれませんかね?
「前作『リリアの祝福』は未完成なのですよ! 途中で制作が終わってしまったのですな! フリーゲーム故、そういうこともあります」
そう言ったのは、ヒビキの肩に戻ってきたシバルさんだ。
未完成?
俺がそう言うと、先輩が答える。
「そう、戦争が終わって、これから主人公が新しい冒険に旅立つ、ってところで終わってたんだよ。やってる時は、ストーリーやんなくても面白かったから、僕は気にして無かったんだけどね。今思うと、語られなかった話や設定を見れなかったのは残念かな」
つまり、俺達は前作PLもしらない世界に足を踏み入れようとしていると? なんか楽しくなってきましたね。
「ボクとしても面白くなってきたかなと思います。……ところで、SSは撮ってもいいですか?」
「ダメ!」
先輩はそう言って俺を持ち上げ顔を隠した。そのためのウサギさんだったんですね。
「みーさん、少しお話が……」
俺がヒビキの魔の手から先輩を死守していると、ゼスプが女性に運ばれてやって来た。
俺と同じように抱きかかえられている。
「もう少しでケルティちゃん達もくるらしいわよ? ニャック達も沢山連れて来るって言ってたわ」
ゼスプを抱えている女性は、そう言って朗らかに笑っていた。
ほわほわの栗色の髪が印象的で、全体的にふわっとしている人だ。歳は20代後半というところだろう。
服装はファーが沢山付いたドレスの様な物を来ている。
どう見てもドラゴムさんだ。間違いない。
「皆が揃ったら、あの扉を開けましょう? 私も頑張るわ!」
そう言って拳を握るドラゴムさんは、やる気に満ち溢れていた。可愛い人だな、この人。
「ツキトくん、今なに考えてたのかな……?」
ひぇ!?
何も考えてませんよ? 誤解です先輩……あ、いだだだだだだ!? そんなギュッとしないで!? 出ちゃいますよ!? 中身出ちゃいますからぁ!?
その後、すぐにケルティが20階層に到達した。
パーティーメンバーはケルティ、フロイラ、そして……何故か狐の姿のままのアークであった。
アークについては能力で姿を人から狐に変えているらしい。流石化け狐である。
ここまで来るのも、厄介な敵は幻覚で惑わし、ニャックだけ回収してスルーしてきたそうな。
そういう理由で、PLは二人だけだったのにも関わらず、あまり消耗している様には見えなかった。
そして、ニャック達が100匹を越えたら、変化が起きる。
ニャックの一匹が前に出て来て、ペコリと俺達に頭を下げたのだ。
「冒険者さん! ここまで連れてきてくれてありがとうにゃ! 今からフェルシー様の封印がかかった扉を開けるから待っていてほしいにゃ! ……おめーらぁ! 準備はいいいかにゃ!?」
その言葉を合図に、ニャック達全員が鶴嘴をもった。
……まさか。
「いけにゃ~!」
指示を出したニャック以外全員が扉に向かって突撃した。そして、鶴嘴を遠慮なく扉へと振り下ろす。
少しづつではあるが、扉は破壊されているようだ。
まさか、そんな物理的な方法で解決するとは……。
「冒険者さん」
ん?
「みゃあ達は今のフェルシー様が別人の様に感じるのにゃ。前はもっと優しかったのにゃ。いじめられたりはしたけれど、今みたいな酷いことはしなかったのにゃ」
ニャックの目からは涙が溢れていた。
……ごめん、後ろの採掘現場がシュールで、その気持ちは、ちょっと共感できませんね。
「きっと話せばわかってくれると思うのにゃ。……だから、みゃあ達は先に行くのにゃ。もしみゃあ達がダメだったら……」
扉が音を立てて崩れた。
その向こうには、更に奥にへと空洞が続いている。
「そのときは、フェルシー様をよろしくにゃ」
そう言い残し、扉の向こうへとニャック達は進んでいった。
まるで決死隊の様な彼らを見送った俺達は、きっと全員が同じ事を考えていただろう。
絶対、ダメだろうなぁ……。
俺達はついに21階層へと到達した。
大きな階段を下りると、床に魔方陣が描かれた、大きな部屋にでた。
部屋には先に突入したニャック達が横たわっていた。残骸になっていないので、まだ死んでは無いらしい。
部屋の奥には棺桶が置かれており、そのすぐ近くにフェルシーが立っている。
フェルシーは俺達に気付くと、こちらを鬼の形相で睨み付けてきた。
「ようやく来たか! 冒険者共、……いや、忌々しい女神達の奴隷共め! 待っていたぞ!」
フェルシーが叫ぶと部屋に黒服のニャック達が現れる。数えるのが馬鹿らしくなるほどの大軍だ。
てか、なんだ? 姿形はフェルシーなのに、全然前と違ってるぞ?
中身が違うのか?
「女神の力は奪った! 体も得た! これであの時の復讐を始めることができる! だが! そのためにはこの怒りだけでは足りぬ!」
フェルシーの姿をした何かは、俺たちを指差し、叫んだ。
「貴様らの奪った、『暴食』と『怠惰』の力! 我が物とさせてもらう! かかれぇ!」
その言葉を皮切りに、黒服達は俺達に襲いかかってきた。




