ニャック大戦
目眩の様な感覚に襲われ、一瞬意識を奪われる。次に目を覚ますとそこは━━。
巨大なカジノだった。
狂喜と絶望が渦巻く、スロット立ち並ぶギャンブラー達の戦場である。
しかし、今は閑古鳥が鳴いているようだ。
……なんか、思ってた戦場と違う。
今回のイベントは、全21階層のダンジョンを、ニャック達と共に降りていく形となっている。
最終階層にはフェルシーが待ち構えており、最後はそこまでたどり着けたPL達による、レイド戦になるそうだ。
一緒に下りていけるPLは4名まで。事前にパーティーを組んでの参加となっている。
他のニャック陣営のPL達は違う場所から階層を降りていくそうで、合流できるのは最後の最後になるだろう。
そして、フェルシー陣営のPLが、敵として途中で待ち構えているらしいのだが……、先輩がバインセンジを吹き飛ばしたせいで、PLはニャック陣営にほぼ寝返ったらしい。
やはり、圧倒的な力には、皆従う他ないのだ……。
そんな事を考えていると、今回の俺のパーティーメンバーが揃う。
同じ位の実力を持っており、前衛と後衛がバランスよくなるように、パーティーをゼスプに作ってもらったのだ。
先ず、魔導兵、ゼスプ。
説明不要のリーダータヌキである。
次に、バウンティハンター、メレーナ。
妖精から、人間に変わっている。Tシャツの上に上着を羽織り、ホットパンツから伸びる足が特徴的な姿になっていた。
最後に、強面のコートを来たイケメンがやって来た。一応会議にも出ていたのだが、結局最後まで口を開かなかった人物である。
『ビルドー ビルドーだよー(^o^)/』
向こうからチャットが飛んできた。
最近、更に自由なチャットを飛ばすようになった、戦闘班の代表、ロックゴーレムのビルドー君である。
今の姿にゴーレム要素は少しもなく、最初は誰かわからなかった。
『ビルドー イベント頑張っていこーd(^-^)』
任侠物に出てきそうな顔で、そのチャットはやめろぉ!
抗議を示す為に、前足でビルドーをたたくが、ふざけたチャットしか送って来なかった。
「よし、全員揃ったな。準備がいいなら出発しよう」
クソ、常識人め。
面倒をスルーしやがった。ビルドーはお前のとこのメンバーだろが、何とかして。
ところで、仕切るのはいいんだけどよ、速くしないと他のPLに先越されちまう。急ごうぜ?
「おう! ……という訳で、ビルドー。オレを持ってもらっていいかな? そんなに速く走れないんだよね……」
ビルドーはコクりと頷くと、ゼスプをフードの中に入れた。何処と無く、二人共満足げな顔をしている。
「ハイハイ、さっさと行くよぉ。ところでツキト、アンタは運んでもらわなくていいのかい?」
なんだよメレーナ、ニヤつきやがって。
俺は自分の足で行くからな。むしろ、そっちの方が速い。
「……なぁんだ。ウサギ、触りたかったのに」
え、メレーナさん?
なにそのつまらなそうな顔?
そんな事してると、姉御なイメージ壊れますよ?
俺達が転移された第一階層は、特に敵も居ないようだったので、案内板に従って第二階層へ移動した。
ここも先程と同じように、スロットマシーンがずらりと並んでいたが、奥には黒服を着たニャック達がズラリと並んでいる。
そして、黒服に立ち向かうように、鉢巻を巻いたニャック達が、武器を手に構えていた。
「目を覚ますのにゃ! どうしちまったのにゃ!?」
ヘラを両手に持ったニャックが叫ぶ。……なんでヘラ?
「黙れ、我々は敬虔なる神の信徒……。裏切りは許されない……」
語尾というアイデンティティを捨てた黒服達は、一斉に銃を構える。
そのまま撃ち殺すつもりなのだろう。
その瞬間、ビルドーは両腕に大盾を装備させた。
タワーシールドと言われる物で、1つでその身を隠せる程の大きさだ。
ビルドーは前に出ると、その2つの盾を地面に叩きつける。
『ビルドー がおー「( ・ω・)「』
盾と床がぶつかる鈍い音が響くと、黒服達全員がビルドーの目の前に瞬間移動してきた。その銃口は全て、こちらに向けられている。
……え?
ビルドーに何をしたのか確認する暇もなく、黒服達の銃は火を吹き、銃弾が飛び出した。
慌てて大盾の陰に身を隠す。
すると、大盾に銃弾が当たる音が、土砂降りの雨音の様に聞こえてきた。
ゼスプ! 今の何よ!?
ビルドーの能力って何さ!?
「範囲内の敵引き寄せだったかな? ターゲットが自分に集まる効果もあったはず」
最初からセーフゾーンに居るゼスプは余裕そうに教えてくれた。
畜生! 俺も乗せてもらえばよかった!
『ビルドー ごめんね? 一人乗り(^^;
攻撃されないと思うから、前に出て、殺してくれない?』
ビルドーはかなり余裕がありそうだ。
本当に能力でターゲットが俺に向かないのなら、試しに特攻してみようかな?
俺は盾から飛び出す。
すると不思議な事に、黒服達は俺に目もくれず、突破できない大盾に射撃を続けていた。
あー、なるほど。
こりゃ、やりたい放題だ。
後ろ足に力を込めて、一気に跳躍した。
ウサギの跳躍力で黒服の頭上を軽々と飛び越え、俺は後方に回り込む。
よいー……しゃあ!!
俺は気合いを込めて、伸ばした爪を振り抜き、黒服達の首をまとめて切り飛ばした。
仲間を殺され、残された黒服達は正気に戻るが、その動作は残念ながら遅い。
引き金が引かれる前に接近し、構えた小銃ごと身体を切断した。
そのまま、身体をひねり、後ろに居た黒服に勢いで切りかかる。振り回した爪は、偶然にも首を通り抜け、赤黒い血が吹き出した。
そうやって黒服全員をミンチに変えると、前方に居たニャック達から、わっ、と歓声が上がる。
「やったにゃあ! 冒険者さん達が助けに来てくれたにゃ、これでフェルシー様のとこまで行けるにゃ!」
みゃあみゃあ、と騒がしくニャック達が俺達の元へと駆け寄ってきた。
肉片になった仲間を足蹴にしているのだが、いいのだろうか? ……今更な話か。
「冒険者さん、冒険者さん! フェルシー様のところに行くのならみゃあ達もついて行ってもいいかにゃ?」
お。
仲間になるの君ら? 何かできんの?
「ツッキー……いいでしょそんな奴ら。さっさと行くよ。早くしないと、こねこ様達がフェルシーの首とっちゃうよぉ?」
俺がニャック達に質問すると、メレーナが急かしてきた。
いいじゃんかよ。こいつら、俺達の味方らしいし? 使えるみたいならお供として使ってやろうぜ?
ほら、ウサギさん、抱っこしていいからさ。
「え~、アンタ返り血で汚れてんじゃん。却下だねぇ」
な、に……?
衝撃であった。
まるでメレーナが普通の人間みたいな事を言っている。前作PLは皆頭がおかしいんじゃないのか?
もしかして、俺がおかしいの?
俺が困惑していると、先程のヘラを持ったニャックが前に出てきた。
……あれ? こいつもしかして。
「戦闘なら少しは出来るのにゃ。……後は、焼きそば作れるのにゃ!」
ニャックはどこからか焼きそばのつまったパックを取り出した。
やはりコイツ、バインセンジで出会った屋台のニャックだ。……採用で。
ニャック達を加えた俺達ウサタヌ御一行は、順調に階層を攻略していった。
敵の攻撃は全てビルドーが引き受けてくれたので、ゼスプによる範囲魔術をメインに現れた黒服を難なく突破。
メレーナは面倒とか言って、後ろで焼きそば食ってた。……旨いよな、それ。
「悔しいけれど、癖になるねぇ……。むぐむぐ……」
その位の余裕を持って、順調に5階層まで来たのだが……。
ちょっとした問題が発生した。
ビルドーがこれまで通り、能力で敵を引き寄せたのだが、場所を移動した瞬間に黒服達は攻撃をやめた。
それどころか、陣形を組み直し俺達を包囲する。明らかに、指揮官がいる動きだ。
「やぁ……待っていたよ」
俺は聞き覚えのあるその声にハッとして、大盾の陰から顔を覗かせる。
階層の奥、ポーカーテーブルの上に金髪の幼女がいた。
今は無き、クラン『紳士隊』の元リーダー、ワカバである。
収容所でも、とりあえず殺したはずなのに、まだ懲りていない様子だ。
テメー! ロリコン野郎!
またお前か! いい加減俺達に絡むのはやめろよ! 何? ロリコンの皮を被ったホモなの?
「あ! その声は『死神』だな! おれはホモじゃねぇ! 今のおれは純粋な復讐者だ! お前とあのメイドを殺す為のなぁ!」
どうやら、苗床にされたことを未だに根に持っているらしい。
一回寄生されただけだろ? それぐらい我慢しろよな。
「うるせぇ! 黒服共! 構えぇ!」
ワカバの号令で黒服達が一斉に銃を構えた。
階層の深度が増すごとに、黒服は強化されていたが、俺達にとっては敵では無い。
しかし、後方で震えているニャック達は別だ。
戦えると言ってはいたが、怯えてしまって使い物にならない。完全な足でまといとなっている。
けれども、連れてきた手前、見殺しにするのは嫌だ。
この状況を突破するには、あそこでふんぞり返っているワカバを殺すのが一番速いのだろう……。
と、いうわけで。
先生、お願いします。
「おぅよ」
気だるげな声を出して、ワカバに向かってメレーナが飛び出した。
その顔を見て、ワカバはぎょっと目を開く。
「ぎゃあ!? メレーナ!? ニャ、ニャック! そいつらはいい! そのアバズレを……!」
メレーナは元『紳士隊』のメンバーであり裏切り者だ。
ワカバは彼女と面識があったはずなので、能力も把握しているはずにも関わらず、その顔は恐怖でひきつる。
いや、知っているからこそ、恐ろしいのか。自分の内臓が盗まれるのは、さぞ恐ろしかろう。
「キャハハぁ! 遅いんだよぉ! 『いたずらティターニア』ぁ!」
自分の射程内に入った瞬間、メレーナはワカバに右手をつき出して叫び、能力を発動させた。
自分が盗めると判断した物を、強制的に手元に移動させる能力『いたずらティターニア』。
対人戦最強と言われている能力が、ワカバに牙を剥いた。
「━━━━━━」
メレーナの手から盗んだ何かが落下する。 それと同時に、ワカバは糸の切れた操り人形の様に倒れ込み、数秒間を置いて弾けてしまった。
出た! メレーナ先生の生モツ抜き取り攻撃だ! 今日はなに盗んだんですか?
俺は、ワカバの能力から解放された黒服を切り刻みながら、手の血を払うメレーナに問い掛ける。
最近、能力の調子が良いと言っていたので気になったのだが、
「ん? 脳ミソ」
彼女が指差した、地面に転がるモザイク処理された物体を見て、聞いたことを後悔した。
対人戦に置いて、無類の強さを誇る能力ではあるのだが、ビジュアル的な問題が大きい能力である。
盗む対象もよく考えて欲しいのだが……。
前作PLの方々はそんな事は気にしないのだ。
「お前らぁ! 無事だったのにゃあ!?」
「おめぇらもにゃあ! よかったにゃん!」
次の6階層には新たなニャックが捕らえられていた。
どうやら、この階層にはコイツらしかいないらしい。
足手まといが増えた。
そろそろ同行を断ろうかと思ったが、強制的にパーティーを組まされたので、一緒に進むしかない。
ビルドー、ニャックは頼んだ。
『ビルドー 守るべき者が増えた喜びは何事にも変えがたき事であり、私も盾を持つ手に力が入る。任されたのならば、最後まで任を全うしよう。それにあたり』
はいはい、長い長い。それと、急にIQを取り戻すのはやめよーな。
『ビルドー (´・ω・`)』
落ち込むなよー? 頼りにしてるからさ。
「ツキト、他のグループも順調に降りていっているそうだ。けど、ニャックを守りながらは厳しい、って声も出てるね」
ゼスプが、ビルドーの肩越しに途中経過を教えてくれた。
軽いノリで助けてしまったが、失敗だっただろうか? でも、助けないのも人としてどうかと思うんだよなぁ……。
「ま、一度助けたら、何匹助けても一緒さぁ。それに、デメリットばかりじゃ無いだろうしねぇ。さっきの焼きそばニャックは私に食料支援してくれるし、回復魔法もできるそうだよ?」
意外にもメレーナは同行には賛成らしい。
「それに、肉壁はいくらあっても足りないからねぇ」
そう言って、悪意のこもった笑顔でニャック達に顔を向けた。……誰かこの人に、優しさを教えて上げて。
「メレーナがそう言うなら……、そういえば、みーさんとドラゴムの動向が気になるな。あの二人なら道中は問題無いだろうけど……」
先輩には、区切りがいいとこまで来たのなら、連絡して欲しいって言ったんだけど、まだ来てないな。
まぁ、心配無用だろう。
もう10階層位には到達してるんじゃ……おおっと!?
話をしていると、目の前にウィンドウが飛び出して来た。
驚きながら、そこに書かれている内容に目を通すと、タイムリーな話題が記載されており、更に驚く。
『PL『みーさん』のパーティーが20階層に到達しました。
合計到達ニャック数 10』
……。
早くない?
思わぬ方法で連絡してきた先輩に、俺はただただ驚くしかなかった。
・ニャー……。皆どこにいったのニャ……? 寂しいのニャ……苦しいのニャ……もう怒りたく無いニャ……。どうしてこうなってしまったのニャ……?嫌ニャ、嫌……
あ
消える
だめ、助け
・私はお前達を許さない。




