緊急クラン会議~もふもふ現状把握~
「えー、ツキトがチップに色目を使ったことは置いときまして……」
おいこら、ゼスプ。
会議の冒頭で俺を弄る、っていう先輩のネタ使ってんじゃねーよ。
色目使ってねーし。あと、その件は死んで詫びたから許して。
俺達は明日から始まるというイベント『ニャック大戦~天運の女神は微笑まない~』の対策会議をするために、例の如く集まったのだが……。
「なんでお前がウサギなんじゃ。ワシもかわいいのがよかったのじゃが!?」
「熊もかわいいと、ボクは思いますよ? もふっていいです?」
「アナタ達さー……贅沢言い過ぎじゃない……? 動物なだけマシ……」
「お姉さまも可愛いですよ?」
「目線がいつも通りっていうのもいいねぇ。飛んでないのは違和感あるけど……」
「コボルトは基本変わりませんな、大きな変化があった方達は大変そうだ……」
姿が変わってしまった事について楽しそうに、各々が会話をしていた。
コイツらは……。
盛り上がってんじゃねーぞ! まじで、今回ばかりは緊急事態だからな!
俺が大きな声を出して叫ぶと、徐々にではあるが会議室の中は静かになっていった。
よし。
わかってくれたらいいんだよ。
さて、現在の状況を確認していくか。
まず、可愛いウサギさんになってしまった俺こと、『ペットショップ』副リーダー、ツキトです。
俺が自己紹介をすると、一人のメイドが立ち上がり、近付いてきた。
ヒビキである。
そのまま無言で俺を抱き上げ、その人形の手で頭を撫でてきた。まったく、仕方の無い弟だ。
……えー、人間種族が魔物に変えられ、魔物種族が人間に変えられてしまったこの現象は、あのアホ女神の手によるものです。
この辺りについては皆様、承知だと思います。
俺がここまで説明をすると、チップが手を上げた。
はい、チップ。どうした?
「弟に撫でられているけどいいのか?」
いいんだよ。
ツッコミをいれると、会議が進まないからな。俺だって、何をされるかわからなくて怖いんだ。察してくれ。
そう言うと、ヒビキが俺の背中に顔を埋めた様だ。背中に何かの呼吸があたっている。……柔らかいかい?
その様子を見たチップは、顔を反らした。
「……ごめん」
うん、……続けるぞ。
ヤツは自分に反発するニャック達を粛清するために、PLを募集したのですが……、運営発表では9割のPLがニャック達の味方を選んだそうです。カスい人望ですね。
その結果に女神大激怒。
自分の敵に回ったPL、全員の姿を変えやがりました。しかも、ターゲット機能で名前が確認できない、悪意あるオマケも付いているようです。
はむ。
耳を何かで挟まれる感触があった。
これはもしかして、ウサギさんのお耳が甘噛みされているのでは無いだろうか?
……まぁ、いいか。
俺は気にせず説明を続ける。
しかも、先輩の日頃の教育からか、我々のクランは神殺し希望のPLが圧倒的に多く、殆どのPLが識別不可能になっております。組織として大打撃を受けたと言っても、過言では無いでしょう。
故に、クランの運営にも大きな支障が出るだろうと予想し、現状の確認、及びこれからの方針を決めるため、皆様に集まってもらった次第であります。
自分からは以上。
続きまして、タヌキさんから説明があります。
俺は、机の上に乗っている自分の身体に顔を突っ込み、己のもふみを堪能しているゼスプに顔を向けた。
角が生え、マントを付けているタヌキの姿になっていた。
……何してんのさ、お前。
「もふもふ……ハッ! ……クラン『魔女への鉄槌』のリーダー、ゼスプだ」
いきなり真面目になんのやめーや。
そう思っていると、俺の後ろ足に口を伸ばそうとしたヒビキが動きを止め、ゼスプ狸に目をつけた。
これはいけない。
ヒビキや。そこのタヌキさんは、これから真面目な話をする、俺で我慢しなさい。
「……お腹のもふもふ吸っていい?」
いいよ。だから大人しくしててな?
という訳で、俺は吸われた。うあ"ぁー……。
「今回、我々の姿が変わってしまいましたが、変わっていないものもあります。……レベルと一部を除く各ステータスです」
あ、ヒビキ、そこはちょっと……。
不味いよ……、ああ……。
「プレゼントも問題なく使用できます。装備については、見た目は変わりませんが、データとしては機能しているようです。逆に、元が魔物種族だった場合、装備はできても、データとして機能していない、と報告がきています」
ちょ、耳の中に舌入れるのはどうかと、お兄ちゃんは思うよ。って、あ。あ。あ。
「しかし、攻撃のリーチや、行動の速さが変わっているために、姿が変わってしまい、不利になっていることは変わりません」
優しく……優しくもふって……。
口に指入れないで……もがぁ……。
「特に、特徴的な種族だったPLは、今までの戦い方はできないでしょう。逆に、癖のありすぎる種族になってしまった方は、新しい戦法ができるはずです。……って、そこの変態兄弟! 気が散るんだよ! なにをしているんだ!」
タヌキさんが怒って牙を向いた。
顔に皺がより、キシャーっとなっている。
怒られたヒビキは俺を机の上に下ろすと、ゼスプにとんでもない事を言い放った。
「身体に、ボクのパーツを埋め込んでいました。会議が終わったら、兄貴に産んでもらおうと思います。戦力の増強です」
え。
「はぁ……誰もいないところで産んでくれよ?」
え? 止めてくれないの?
「はい、たくさん産んでもらいます」
え……俺、今まで何されていたの?
衝撃の事実を伝えると、ヒビキは自分の席に戻って行った。ヤベェよ。身体の震えが止まらねぇよ……。
そんな俺の心境を察する事も無く、ゼスプの説明は終わりに近付く。
「最後に、運営からのお知らせでは、この姿はイベントが終わった後、自由に使えるそうです。参加特典となっています」
あー、姿だけ変えれるってやつね。着せ替え機能で、姿だけ変えられてるのか、俺達。
「そして、今回のイベント報酬につきましては、勝った陣営に参加したPLに、大量の賞金と経験値が与えられます。また、戦績がよかったPLには特別報酬があると発表がありました」
ちゃんと報酬あるんだな。
てっきり、フェルシーをボコれるのが、報酬の変わりだと思っていたのに。
「若干、トラブルはありましたが、オレからは以上です。質問及び報告はありますか?」
ゼスプがそう問い掛けると、真っ先に手を上げたのはケルティ……の席に座っているフロイラちゃんだ。
「今回、ケルティちゃんは駄目です……。これじゃあ戦えません……」
しかし、何処からともなく、ケルティの声が聞こえた。
てっきり、代わりにフロイラちゃんが来てくれたと思っていたので、いきなり聞こえてきた声に驚く。
……ん?
よく見ると、フロイラちゃんの肩に何かがいる。あれは……。
カタツムリ?
デフォルメされた可愛いカタツムリのような生物が、肩の上でうねうねしている。
まさか。
け、ケルティ……お前……なのか?
「笑ってよ……。今日からしばらくこの姿さ……。悲しいカタツムリさんだよ……?」
ケルティーーーーー!!
なんてことだ。
事態は予想以上に深刻なようだった。
戦力としてかなりの期待をされていた、エルフのケルティが、こんなレズツムリになってしまうなんて……。
「いや、『プレゼント』の能力で、身体を変形させればいいだろ」
鋭い突っ込みがゼスプから入った。そういえば、ケルティはある程度なら、自由に身体を変異させる事ができる。
「あ、そっか。……どう? できてる?」
ケルティ背中の殻が変異し始め、形を変える。
なんと、レズツムリの背中の殻から、翼が生えてきた。それをパタパタ動かすと、不思議生物が宙に浮く。
……できてる、のかなぁ?
本人に、その見た目のSSを送ったら、なんか納得していた。それでいいのか、お前は。
次に手を上げたのは、人間になったメレーナだ。元の妖精の時の姿と見た目は変わっていない。人間サイズになっただけに見える。Tシャツにホットパンツというラフな格好をしていた。
「とりあえずさぁ、誰が誰だかわかんないんだよねぇ。ちょっと容姿と名前を一致させたいから、一人一人名前言ってってくんない? これ、放送中なんでしょ?」
実は、今回の会議からクランメンバーに向けて会議の様子を配信することとなったのだ。
その方が、いちいち説明する手間が無いから、という理由である。
ちなみに、カメラマンは愛好会のリーダー君だ。
「誰が発言したかわかれば、下っぱ共も助かるでしょ? あ、私は教官メレーナだよ。これ終わったら、自信の無い奴等は講義を開いてやる。どんどん来なぁ?」
次は、大きな黒い熊が立ち上がった。
中々の迫力である。
「製造班長、鍛治士サンゾーじゃ。熊の姿じゃが仕事はできる。じゃんじゃん持ってこい。身体にあわせて武器を作り直してやるわい」
次はチップにカメラが向いた。
俺の目の前にいるのだが、何に変わったかは言わなくてもいいだろう。……犬種は意外だったが。
「斥候班長のチップだ。斥候班はいつも通り! 些細な情報でもいいから上げてくれ、以上! ……あと、ツキトとの件は忘れろ!」
ウルフドッグが吠えると迫力が違うな……。
てっきり柴犬とかになると思っていたのに……。それはそうと、後で背中に乗せてもらおう。
「はーい! カタツムリから奇跡の復活を遂げた、ケルティ訓練班長だよー! 明日までには戦い方を確認しておいてねー?」
カメラを向けられたケルティは、全身が銀色のメタリックな人型生物になっていた。
しかしながら、大きさは変わらないので、ブリキのおもちゃが、カタツムリの殻を背負っているように見える。
……レズカルゴでもしっくりくるな。
その後も、他の部署の長が、連絡も含めて、自己紹介をしていく。
ヒビキの番になったときは、何人かが不思議そうな顔をした。
そういえば、コイツだけいつもと変わらない。……性癖ではなく、見た目の話である。
「便利屋、ヒビキです。本体は人の身になりましたが、能力で作った人形には、こうやって意識を移せますので、いつも通りです」
コイツだけ女神の呪いが効いていない!?
多方向に対して容赦がないな、うちの弟は。
あの女神、今頃涙目なんじゃねーの?
「今は姿が変わってしまった方の為に、オーダーメイドで洋服を作る仕事もしています。実は裁縫士です」
そうなのか。
トラウマ製造士とかじゃなかったんだな。
「……それと、みーさんとドラゴムさんについて報告があります。各メンバーはよく聞いてください」
!?
ヒビキの言葉に、その場にいた全員が反応した。
今回の会議、何故俺が前に出ていたかと言うと……、先輩と連絡が取れなかったからである。
同じように、ゼスプはドラゴムさんと連絡が取れなくなっていた。
しかし、早く今後の方向性を発表しないと、メンバーが勝手に行動し、取り返しのつかない問題を引き起こす危険があるため、急遽、会議を開いたのだ。
皆、二人の安否を心配していたので、この報告は気になるものだっただろう。
しかし、何故先輩とドラゴムさんはヒビキに?
「あの二人はボクの所に着るものを買いに来ました。二人とも姿が変わっていましたから。何故、クランに顔を出さないか聞いたところ、『こんな姿見せられるか! この件は僕とドラゴムで解決してやる!』とみーさんは仰っていました。解決するまで、クランには戻らないそうです。以上、終わります」
そうか、今回は先輩とドラゴムさんが組むのか。
……もう、あの二人で全て終わるんじゃないかな?
と、二人の安否がわかると、その後の空気は何処となく、柔らかいものになった。
和やかに会議は進み、最後に俺の番がやって来る。
ウサギさんです。
ここからは、『ペットショップ』の副リーダーとして発言させてもらう。
こうやって姿が変わってしまったPLが殆どなのだろうが、フェルシーの陣営についたやつもいると俺は思う。
その選択をした理由はわからないが、その判断が間違っていなかったと思えるよう、今回のイベントを楽しんで欲しい。
少数派で苦労する事もあると思うが、それに挫けないでくれ。
もちろん、嫌になったらニャック陣営に寝返ってもいい。これについては、ニャック陣営を選んだ俺達にも言える事だが。
とにかくだ、このゲーム初のイベント、予想できないことしか起きないだろう。
楽しまないのは損だ。
全力で遊び尽くしてやろうぜ?
俺がそう言うと、皆は静かに頷いた。歓声でも上がれば御の字だったが、まぁ、これで十分だ。
「それではこれで会議を終了する。各自は明日に向け準備を……」
ゼスプ狸が会議をしめようとした時、チップが吠える。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
チップ見ると、前足でウィンドウを操作している動作をしていた。その様子は焦っているように見える。
「今、『天運のフェルシー』がいるバインセンジの斥候から報告がきた! ……あー、全員、落ち着いて聞いてくれ」
え、何があったんだよ。
嫌な予感が……。
「えっと、バインセンジが、魔法による攻撃で……消滅した。多分、みー先輩だと思う……」
全員が凍りついた。
具体的にいうなら、訳がわからないと言いたそうに、真顔になっている。
え。……フェルシーは?
「姿は確認できていないって……」
チップの報告で会議室は静まりかえった。
そのなかで、ボソリと誰かが呟く。
「イベント、終了のお知らせ……」
俺達は忘れていた。
自由にさせておくと、何をするのかわからない第一人者が、既に野放しになっていた事を。
先輩……何やってんですか……。
・あれ? 魔物だった奴ら、もしかして人間になってるのニャ? ……パスファの力は使い方がよくわからんニャー。 ま、慣れない姿に戸惑うのは間違いないニャ! ミャア達の勝ちは揺るがないのニャ! ……んニャ? なんか、外の方が騒がしいのn




