聖母のリリア
俺と先輩は、夕日照らす荒野へと姿を変えた、ビギニスート跡地に戻ってきていた。
先輩曰く、やっておきたい事があるそうだ。
町も女神様達の力で1日程で元通りになるらしい。NPCも寿命や病気、自殺で無いのなら生き返してくれるそうだ。優しい。
俺達以外のプレイヤーも戻ってきており、荒野を宛もなく彷徨い歩いていた。彼らは、人かモンスターかわからない残骸を見付けると立ち止まり、何かをしているようだ。
「さて、ツキト君。僕達が戻ってきた理由をリリアPLの気持ちになって考えてみてみよう」
俺がその様子を見ていたら、先輩がそう問い掛けてきた。
戻ってきた理由……。
もしかして、誰かが女神を降臨させると専用のイベントが起きるとか、女神様から何か貰える、とか?
じゃなきゃ、こんな血みどろな荒野に戻ってくる理由は無いんじゃないですかね? そこら中血の池だらけですよ?
「残念、基本的に女神様達はプレイヤーにはノータッチだよ。一応女神様達に捧げ物を贈れば貰えるプレゼントもあるけれど。あ、そこでいいかな? そこの血溜まりに近づいてよ」
了解っす。
俺は何かの残骸に近づく。
チュートリアルジジィが死んだときと同じように、何かが入っているような袋を中心に肉片が散らばっていた。
「アイテムを確認してみて」
あ、先輩は人肉いける口なんですね。
俺は人肉食べると大変な事になりそうなので、差し上げますよ。
動物の肉だったらいただきますね?
俺はアイテムに手を伸ばし、中身を確認する。複数のアイテムが格納されていたようで、幾つかの情報がウィンドウに表れた。
『・店主の肉塊
これは食べることができる
これはあなたと同じ種族の肉だ
・5000G
この世界の共通貨幣だ
・店主の内臓
これは食べることができる
これはあなたと同じ種族の内蔵だ 。』
…………。
わーい、ぐろーい、人の生もつだー。
「じゃ、全部回収して」
先輩! マジでキツイんですけど!
「そう言えば正解を言ってなかったね。僕らが戻ってきた理由は食料確保と資金回収の為だよ。NPCはお金を落としているかもだから、稼ぎ時さ。食べ物も沢山転がっている」
先輩、それ火事場泥棒っていうんすよ。俺達犯罪者まっしぐらですね。クッソ笑えるんですけど?
「大丈夫、殺したのは僕達じゃないから安心して。僕らは落ちているものを拾っているだけ。犯罪じゃないんだよ、OK?」
本当ですか? 倫理的な問題に引っ掛かりません?
試しにアイテムをボックスにいれた後、ステータスを呼び出す。
成る程。
善行値は未だに-2のままである。
つまり……。
他のプレイヤーが増える前に稼ぐしかないっすね! 俺、張り切っちゃいますよ!
「素晴らしい。このクソみたいな世界観に早くも慣れるとは。ツキトくん、才能あるね!」
よし、先輩から褒められた。
何故か、人の道をどんどん外れていっている気がするけれども、犯罪では無いと言うのならば、少なくともこの世界ではセーフだ。きっと。
という訳で、手頃な血溜まりに移動し、落ちているものを漁る。
何個目かのアイテムを確認していると、見た事の無いマークが出てきた。
『◎ドラゴムの肉塊
これは食べることができる
これは異世界からの来訪者の残留品だ』
……ん?
アイコンが・じゃなくて◎になってる?
先輩、これなんすか?
「ああそれね。珍しいアイテムだったり性能が固定の装備を『アーティファクト』って言うんだけど、◎はその証拠だね。因みにプレイヤーの死体はアーティファクト扱いになるから高く売れるよ」
じゃあ、ドラゴムさんには悪いけど俺達の肥やしになってもらおう。
悪いけど、これ『リリア』なのよね……。
その後……。
残念ながら、再度ログインしてきたPLや、一時避難していたPLが戻って来てしまい、死体漁りを始めてしまったのでアイテムを独占する事はできなかった。
しかも、何故かNCPも復活し、辺りを歩いている。
自分達の死体漁りをしているPL達を、化け物でも見たかの様な怯えた目で見ていた。……おう、見せもんじゃねぇぞ。
だが、序盤でここまで稼げるとは思わなかったと、先輩が喜んでいたので思わぬ大収穫だったのだろう。
アイテムボックスが生肉で溢れそうになっているのは気にしないものとする。
「さて、稼ぎも終わった事だし、この街を出て次の、次の町『サアリド』にいこうか」
先輩、一つ飛んでますよ?
そんなに焦ることも無いじゃないですか。俺としては順番通りに街を廻って、世界観を楽しみたいんですけれど……。
「気持ちはわかるんだけどね……、次の町『コルクテッド』は事故率が多くてね。PLがなにもしなくても月1位で滅ぶところだから……」
次の次の町ですね。
食料が尽きる前に急ぎましょう。
「うん、話が早くて助かるよ! いざ『サアリド』へ……って前、前!」
え?
と、肩の上の先輩から目の前に視線を移すと、青色の物体が突っ込んできた。
俺はその物体を避けきれなかった。
体中からバギバギという、人の身体から聞こえて来てはいけない音がでてしまう。
それと同時に俺の体は吹き飛ばされ、2、3回バウンドして飛んで行った。
「ツキトくーん!?」
ぐちゃぐちゃになった俺の体だったものが動きを止め、━━━━さらに爆散した。
何故か俺はその光景を客観的にその光景をみている。ちょうど体に何かがぶつかる瞬間に視点が変わったみたいだ。
と、ポカンとしていたら俺の目の前に黒いウィンドウが現れ、白い文字でこう書かれていた。
『あなたは全身を強く打ち、ミンチになって死んだ……』
……うっそ。
えぇ、ナニコレ。
あ、死んだの?
そういえば、自分視点で死ぬと精神に大きな影響を及ぼす危険性があるから、その時だけ視点が変わるって説明書に書いてたな。
…………。
……うわあああ! 死んでるぅぅぅぅぅ!!
「あああーーっ!! ご免なさい! ご免なさい! 今、生き返しますから! ご免なさい! 『パーフェクト・リターン』!」
幼女の声が響き渡ると、目の前のウィンドウが消え、俺の体は元通りに修復されていた。視点も一人称に戻っている。
……何がなんだか。
死んでみたり、生き返ってみたり、忙しいゲームだよ、ホント。
「申し訳ありませんでした! これを差し上げますので許してください! 皆欲しがる物ですから、きっと良い物のはずです! それでは!」
そう言うと返り血に染まった青い塊、……もとい『聖母のリリア』は俺に何かを差し出すと走り去って行った。
え……今のリリア様!?
「大丈夫かい? 何はともあれ初死亡、初復活おめでとう。気分は如何かな?」
俺のすぐ側に先輩がちょこんと座っていた。
あ、先輩は無事だったんですね。よかったです。
「『騎乗』のスキルのおかげだね。何かの生物に乗っている時は、乗っている生物がダメージを全部カバーしてくれるんだ」
と、いうことは俺のおかげで先輩は命拾いしたわけですか。
光栄です。
ところで、今ぶつかってきたのってリリア様じゃありませんでした? あの子いつ帰るんです?
「降臨した神様は本体の分け御霊みたいな物だから、基本的には帰らないよ。もしかしたらずっとこの町に永住するかもね。どうやら町のNPCも復活させて回っているそうだし」
リリア様が走って行った方を見ると血溜まりに向かって蘇生魔法を使っていた。
すると、何もなかった場所に人が現れる。流石女神様だ、人の蘇生という奇跡をいとも簡単にやってのけた。
ん? 待てよ? リリア様がこの街に滞在するということは……。
最初の町と言う荒野に、人が群がるこの光景がこれからも定期的に見れるのですか?
良い観光名所が出来ましたね。
「そうだね。PLが増えてくれば安住の地と呼べる場所は無くなるだろうし、先ずは拠点作りから始めようか。じゃないと死ぬ度にあの裏路地から復活になっちゃう。……そう言えば、さっきリリア様から何か貰ってなかった?」
そういえばそうですね。
こんなことあるんですか?
「んー……。ああ、そういえばリリアがスキル『神殿崩壊』を使うと、とあるレアアイテムが生成されるんだ。もしかしてそれかもしれない。結構レアなアーティファクトだよ」
へー、確認してみましょ。
『◎リリアの聖水
これは飲むことができる
これは体力を回復させ、聖母リリアへの信仰を深める
・説明
スキル『神殿崩壊』が使われるとリリアの足元に生成される謎の液体。
信者達にとって、これは命に変えても手にいれたい逸品であり、これを巡り戦争が起きるほどである。』
……ああ、神殿ってそういう。
「やっぱり聖水だった? おそらく君はこれを持っている限りリリア信者の標的になるだろうね。……頑張ろう!」
あの狂信者のような奴が襲って来る……と?
「多分ね!」
……。
は……。
はは、はははははははは。
何故だ。
何故こんなことになってしまったんだ!?
俺は何もしていない! ただこねこ先輩と楽しくお喋りしていただけだというのに!
俺はカルリラ様とスローライフを送りたいだけだというのに!
何故!?
…………ああ、わかった。
わかったぞ。
全部あの狂信者が悪いのだ!
俺が死んだのも、アイテムボックスが生肉だらけなのも、幼女に聖水をプレゼントされた事も! 全部! アイツが! 幼女にセクハラしたのが悪い! 俺にそんな趣味は無い!
先輩! ちょっと俺、アイツの事もう一回ぶち殺してきますね! 頭刈り取ってきますわ!
「あー、残念。神様へのセクハラは重罪だから。あの狂信者は独房にぶちこまれて、後数日は出て来れないだろうね」
クソがぁぁぁーーッ!
これは興味本位で始めてしまった、キチ◯イ系VRMMOのお話、幼女の聖水をかけて戦う物語が、始まるかも知れない。
そう言えば、後で知った話。
隣国という設定の、もう一つのスタート地点『バインセンジ』では、『天運のフェルシー』を誰かが降臨させ、最初の町を爆破したそうだ。
このゲームのPL録な奴が居ねぇ……。
・犯罪じゃない
原因が自分にあっても直接手を下したわけでは無いのでセーフ。落ちていた物を拾っただけなのでセーフ。むしろやり過ぎなきゃ大体セーフ。
・倫理観
無くなれば無くなるほど面白い。現実では守るべきもの。
・蘇生
『パーフェクト・リターン』。
割と珍しい魔法。PLは死んだ後5分以内ならこの魔法で蘇生する事ができる。しかし、覚える機会がほぼ無いので実用的では無い。
・独房
犯罪者になったPL及びNPCを隔離する場所。滞在中は時間に応じてステータスが下がっていくが、善行値が上昇していく。脱獄はできないことは無い。
・1日程で元通り
こうでもしないとこの世界は滅亡待ったなし。PLはおろかNPCすら自重を知らない。