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猫耳女神のからの呪い

 つまりですね、一緒の布団で寝ただけで、何かをした訳では無いのですよ。

 なぁ、チップ。頼むから何か言ってください。お願いします。


「えー……と、ねーさん。本当にアタシ達の間には何も無かったし、……その、ツキトとはそういう関係じゃないよ」


「それは、わかったのだけど……」


 俺達は農場に座り込んで、事情を話していた。

 一応最初から最後まで丁寧に説明したつもりであったが、微妙に納得していない様子のドラゴムさんだ。


「……それでも、一緒の布団で寝るのはおかしくない?」


 ドラゴムさんは小首を傾げてそう質問した。

 俺はその質問に答えようと口を開く。


 ああ、その事ですか。それには理由が……。

 

 ……。

 ……あれ?

 どう考えても、言い訳できない質問が飛んできたぞ? 

 なんで俺はそんな無謀な事を?

 あの時は確か、新しく布団を出すのが面倒で……。それでいて、俺も一緒に寝れるんじゃね? という横着から来た発想だったはず……。


 くっ……、これじゃあ言い訳にもならねぇ!


 もっと大事なものがあったはずだ!

 思い出せ! 俺はあの時何を見た? 何か飛んでもないものを見たような気がする……。

 何か……浴衣……はだけて……謎の光……。


 …………。


 柔らかかったな……。


「え……?」


「ツキト……くん?」


 あ、やっべー。

 口に出ちまったよ。というかスゲー目で見られてるし。


 あ、チップが動いた。

 手に拳銃を持っている。


 反対の手は胸を抑えて、俺から隠すようにしている。顔は真っ赤になっており、少し怒っているようにも、恥ずかしがっているようにも見えた。


 ははは、可愛い奴め。


「うるさぁい! エッチ!」


 そう言うと、チップは俺の頭に向かって発泡した。


 何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


 身体が弾け、残骸になったら、今度はそれに打ち込んでいた。


 俺は、ゲームオーバーになってログアウトするまで、真っ赤になったチップの顔を眺めていたのだった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 だから、俺はただの農民なんだよ。


 日を改めてログインすると、農場は酷い事になっていた。

 冷凍属性の攻撃で作物はほぼ駄目になっているし、足場にするために作った土壁がそのままになってるし、と、メレーナ戦の後と同じぐらい酷い有り様になっている。


 要するに、家の部分以外は作り直しだ。

 さぁて、鍬はどこいったかなー……。


「あら!? ツキトさん帰って来ていたのですね?」


 倉庫で探し物をしていると、後方から声をかけられた。

 振り替えると、金髪が印象的なパン屋の少女、フロイラが立っている。そして……。


「おっ! 家出は2日でギブアップ? もう帰ってくるとか、根性足りてないんじゃない?」


 銀髪エルフ、ケルティだった。


 ……?

 ちょっと待て、フロイラちゃんがここにいるのはわかる。この倉庫を使っていいって俺が許可を出した。だからおかしい所は何もない。


 でも、なんでお前がいるんだよ? ケルティ?


 俺がそう聞くと、ケルティはフロイラの肩に手を回し抱き寄せた。


「そりゃあ……ねぇ? 人気の無い農場で女二人……だいたいわかるっしょ?」


 ケルティはそう言いながら、フロイラちゃんの身体をつぃっと撫でる。

 それに合わせ、ぴくん、とフロイラちゃんは小さく身体を震わせた。


 ああ……成る程……。

 家主がいない間にってか……。


 上等だ、表に出ろ。テメーから耕してやる。


「きゃー! 種付けされるー!」


 とんでもない言いがかりを叫ぶと、ケルティはフロイラちゃんをだき抱えて、倉庫から出ていってしまった。


 しねぇよ!?

 というか! 何、その話拡散されてんの!? まじで、クラン出入りできないじゃねぇか!


 ちょっと待って、ケルティさん!?

 今、クランでは俺、何したって言われてんの!?


 俺がケルティに向かって叫ぶと、ピタリと止まってこちらに振り向く。

 にやぁ、と笑っていた。嫌な予感が走る。


「写真見たよ。……やるじゃん」


 変態に認められても少しも嬉しくないんだよ! 

 というか、もう詰みじゃねーか……。もう恥ずかしくて人様の前には出れない……。


「大丈夫だって。ドラゴムさんがちゃんと、皆の前で説明していたから安心していいよ? 手は出してないってみんな納得してたし」


 おお、流石ドラゴムさんだ。

 信頼度が俺とは天と地ほどに離れていらっしゃる! これで、もう少し落ち着いたらクランにも顔を出せ……。


「けど……」


 え、何かあんの……?


「ツキトさ、チップちゃんと一緒にお風呂、入ったっしょ? 水着は着ていたって言ってもさぁ、流石に見逃せない奴等もいたのね。躍起になってツキトのこと探してると思うよ?」


 そこかぁ……。

 でもそれは、チップも合意した話じゃん……。俺、悪くねーよぉ……。


「ま、ドンマイ! っと、そろそろ私達はクランに戻るね。じゃ、行こっか」


「はい……お姉さま……」


 はーいはい。

 誰も来ない所でイチャついてくださいねー……。


 と、見送ろうとしたときだった。


「『浮気者』ぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 我々を裏切ったなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 絶叫が、響き渡った。


 俺が農場の入り口に目を向けると、武装したPL達が徒党を組んで押し寄せて来ている。


 その顔ぶれに、俺は心当たりがあった。


 お前らは……、『駄目っ子チップ愛好会』……!


「そうだ……! 貴様なら俺達がここに来た理由がわかるはずだ……!」


 『駄目っ子チップ愛好会』とは。

 実は結構有能なのにも関わらず、調子に乗る、ドジを踏む、食べ物に釣られる、と、まるで駄目犬の如きチップを見守る為に、結成された秘密の集団である。


 クランに蠢いている『セクハラもふ魔族』や『ロリコン's』よりかは遥かにまともな集団ではあるが、暴走した時のややこしさは変わらないだろう。


 ちなみに、『ロリコン's』はすでに矯正済みである。あしからず。


 とりあえず俺は、いつものノリで変態共を睨み付けた。


 あぁ? 別に何もしてねぇって言ってんだろ? テメーらも性癖を矯正されたいか?


「そんな脅しに我々が応じると思ったか! 我々チップちゃんをその様な目で見てはいない!」


 リーダーらしきコボルトが前に出て、自らの性癖を否定し始めた。


「そうだろう? 皆!」


 その声に、「応!」と暑苦しい男達の返答が帰って来る。


「そして! お前もだ! 訓練班、班長ケルティ!」


 リーダーはビシッとケルティ指差す。

 すると、ケルティは苦笑いをして、目線を反らした。


「……お姉さま、またですか?」


 だき抱えられていたフロイラちゃんがケルティの服の襟をがっしりと掴かむ。


 おいおい……、ケルティさんや、何したのよ?


「ぬ、濡れ衣だ! 私は、ツキトに酷い事をされて落ち込んでると思っただけ! 慰める為に話しかけるのもいけないの!?」


「『私が忘れさせてあげようか?』と、言ったと聞いたが?」


 そうリーダーが言うと、ケルティは真顔になった。


「……はい」


 認めたよ、コイツ。素直な奴め。


「以上の事により、我々は貴様達に粛清を下す! チップちゃんを健やかに成長させるために! 抜けぇ!」


 その号令の元、愛好会の全員が武器を抜いた。


「『浮気者』は神技を使えず、『銀眼』はお荷物を抱えている! いくらトップPLの二人が相手だとしても、我々は勝てる見込みがある! いや! 勝てるはずだ!」


 そう叫ぶと、愛好会のメンバー達が淡い光に包まれる。

 ……成る程、集団戦闘向けの『プレゼント』か、厄介だな、っと!


 俺は『教会の指輪』を発動させた。

 効果は、範囲内のアイテムを女神に捧げることができるという、媚を売っていく能力だ。

 農場に生えていた作物が一斉に消え、カルリラ様の驚いた声が頭の中に聞こえてきた。すいませんね。


 そして、『カルリラの契約』を発動させる。殺す準備はできた。


「なぁ! 馬鹿な! 一度使ったらしばらくは使えないのでは無いのか!?」


 やっぱり、俺に対しての対抗策が広まっているな……。メレーナめ……。


「お! ツキトやる気になってんじゃん! じゃあ、私も……」


 ケルティはフロイラちゃんを下ろすと、ローブを翼に、籠手を甲殻にへ変換させた。

 これだけ変化させればケルティは、化け物レベルで戦える。


「……! リーダー! ここは引くべきです! コイツらの本気にはとても……」


「黙れ! 俺を信じろ! お前達は強くなった! 俺の能力と合わせれば、奴等のようなヤバイ奴でも倒せることを示すのだ! 行くぞ!」


 リーダーのコボルトが腰についていた2本の脇差しを抜いた。

 

 来るぞ! 協力しろケルティ!


「了解! フロイラちゃんもいいかな?」


「はい! お姉さま!」


 ケルティは大剣を構え、フロイラちゃんも地面に降りて大槌を何処からともなく取りだして構えた。


 愛好会が向かって来て、俺達の間合いに入る。


 死ねごらぁ!


 俺は叫び、大鎌を振り下ろした。



 ━━━━その時だった。



『ニャはははははははははははは!!! 元気してっかニャ! 定命ならざる冒険者共! フェルシー様だニャ!』



 フェルシーの声が聞こえてきた。


 うるせぇ! 今取り込み中だ! 後に……?


「な……なんだ!? 誰かの声が聞こえたぞ?」


「今の、女神様の声じゃねーの? もしかして俺の能力が開花したのか?」


「それはない」


 愛好会のメンバーがざわざわしている。

 アイツらにも聞こえていたのだろうか?


 俺の『プレゼント』には女神達の声を聞ける様になる『キクリの耳』という能力がある。

 なので、今回もその能力のせいでフェルシーの声が聞こえたのだと思っていたのだが……。


「今のはツキトの能力? 女神の声を伝えるみたいな?」


 ケルティが不思議な顔をしてそう聞いてきたので、この場にいる者達全員に聞こえていたようだ。

 俺にはそういう能力は無い。


 ……つまり。


『上見るニャ! 上!』


 俺達、愛好会の面子も含めて、その場にいた全員が空を見上げた。

 そこには、巨大なウィンドウが浮かんでおり、ニヤニヤと笑うフェルシーの姿が映されている。


 何やってんだ……あのアホ女神……。


『今日はおめー達にイベントの告知をしに来たのニャ! 泣いて喜ぶがいいのニャ! ニャははは!』


 イベントのお知らせ?

 このゲームが始まって初めてのイベントが、フェルシー主催とか大丈夫? 失敗しない?


 俺がそう思っていると、愛好会の方も騒がしくなる。どうやら、アホ女神の姿に戸惑っているようだ。わかる。


『よく聞くのニャ! 4日後、ミャアに逆らうニャック達を粛清する予定ニャ!』


 ……え。なんか、とんでもない事を言い出したぞ、アイツ。自分の眷属を粛清って……。


『アイツらは集まって謀反を企てているのニャ! 正直怖いニャ! 助けて欲しいニャ! ……という訳で、それに立ち向かう冒険者を募集するニャ!』


 成る程、予想以上に信用が無かったらしいな。当然としか、言い様が無いが。


『でも、謀反を企てるニャック達を応援したいっていう、変わり者もいるかも知れないニャ。そこで、どちらの陣営に参加するか調査を実施するニャン』


 ほう? つまり、女神側につくか、ニャック側につくかを選べということか。


『お前らのウィンドウから受付できる様にしたから、ぜひ協力して欲しいのニャ! 結果発表は3日後! よろしくニャ~!』


 そう言うと、プツンという音と共に巨大ウィンドウが消えた。


 いろいろ言ってはいたが、イベントやるよー、みんな楽しみにしててねー、って話だった様だ。


 にしても、いきなりの告知でなんか気が削がれてしまったぞ。

 いつの間にか、『カルリラの契約』も切れてるし……。


 俺は愛好会の方に顔を向ける。

 あちらも、出鼻を挫かれたようで、どうしようかと困っているように見えた。


 俺は愛好会のリーダーに近寄り、肩に手をやり、穏やかな顔で彼にとある解決策を提案した。


 一緒に、農業……する?






 3日後…………。






 愛好会の皆様、それとケルティに手伝ってもらいながら、俺は畑を耕していた。ほとんどの畑を耕し終わり、一部からはすでに作物の芽が伸びてきている。


 彼らも農業というものに目覚めたらしく、楽しげに鍬を振るい、(うね)を作って種を植えていた。

 後、時たまやってくるチップの姿をチラ見したりして、リーダーに怒られたりしている。

 平和な光景に俺は満足していた。


 そんなときである。


『なんで、ミャアの味方がこれしかいないのニャア!? おかしいのニャ!? これじゃあ負けちゃうニャアァン!』


 せっかくのスローライフ満喫中だというのに、あのアホ女神が水を差してきた。

 3日前と同じように、空に大型のウィンドウを表示している。


『負けるの嫌ニャア! クソ冒険者共め! おめー達がそういう態度をとるのニャらこっちにも考えがあるのニャ!』


 何故、そういう態度が自分の評価を下げている事に気づかないのか。

 そう思わないかね? リーダー君。


 俺は近くにいた、愛好会リーダーのコボルト君に話しかけた。結構仲良くなっていた。


「む、農場長はフェルシーの味方では無いのですか? 貴方、一応信者ですよね?」


 なにその工場長みたいな呼び方? ……まぁいいか。

 俺はニャック達の味方だよ? ちょっと借りがあってねー。今回はあの女神の首を刈りに行く所存だ。


「自由ですねー」


 まあねー。


 緩ーく会話していると、ウィンドウの中でフェルシーが叫ぶ。


『食らうのニャ! 冒険者の管理者権限、発動! 天罰!』


 天罰?


 物騒な言葉が気になり、空を見上げると、一瞬眩しい光が見えた。

 と、思ったら、雷の様な何かが俺に向かって落ちてきて、目の前が真っ暗になった。


 気絶状態だ、視界の隅に『気絶中』のアイコンが出ている。


 そして、次に目を覚ましたとき、俺は目の前の光景を見て、うんざりした。


 まだ作物も育っていないというのに、農場の至るところで害獣が徘徊している。

 犬、猫、キリン、ペンギンにライオン……。動物園じゃ無いんだぞここは?

 というか、愛好会はどこに行ったんだ?


 ……仕方ない、俺が駆除するか。


 そう思い、立ち上がったところで、自分の身体の異常に気付く。


 目線が低い。

 そして、手を見ると真っ白な毛で覆われている小さな動物の手があった。

 慌てて、その手を使い身体中を触ってみる。


 確認できたのは、長い耳に短い尻尾、立派な足。

 それともふもふ。


 まさか……。


 嫌な予感がして、ステータスのウィンドウを表示すると、いつもは『ヒューマン』となっている種族の項目が変わっていた。


 俺……。


 ウサギになってるぅーーーー!?

・ニャははは! 権限使って姿を変えさせてもらったのニャ! お前らはその姿で戦うのニャ! これで楽勝ニャ~ン!

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