機械とニャックとカジノの街 バインセンジ
もう一つの始まりの街『バインセンジ』。
俺達の国とは違って、こちらは近代的な感じだ。今まで通り過ぎて来た街と比べても、遥かに発展している。
街道と同じように、地面はアスファルトで舗装されており、車やバイクが走ったりしていた。
街の巡回をしている兵士は、身体の一部が機械になっているサイボーグで、これを見るだけでも来たかいがあると感じる。
街の武器屋も銃や手榴弾等の銃火器が充実していた。
「どうだ? 初めてのバインセンジは?」
そう言って、チップは楽しそうに俺の顔を見てきた。気分もすっかり良くなったらしい。
今まで見てきた街とはかなり違うんだな。チップは何か見てかなくてもいいのか?
隣を歩いている犬娘の主力武器は散弾銃や機関銃だ。
この国に来る事もあまり無いのだろうし、少し見ていけばいいのにと思い、俺はチップに声をかける。
「そうしたいんだけど、この国だと獣人はあまり良い顔されないんだよな。人間以外は畜生なんだってさ。ほらそこ、奴隷店」
チップの指差す方向に顔を向けると、豪華な店の前に、エルフやドワーフ、獣人のような人間には無い特徴を持った人型の種族が、首から値札をぶら下げて立っている。
見た目はそれほど汚くは無い。
「エルフは接客業、ドワーフは武器職人、獣人は兵士として人気らしいな。奴隷を故意に死なせたりしたら、罰則があるんだと」
……思ったより、現実的な使い方してるな。もっと酷い扱いしてるとか思ったのに。
「表面上の話だよ。こっちのPLや住民からしたら、魔物種族を人間と同等に扱ってるのはおかしいんだって。ヒューマンとかハイヒューマン位しか人間扱いされないらしいぜ?」
人間史上主義って感じかねぇ。
そういえば、性格とかでスタート地点が変わって来るのか? この街に魔物のPL見当たらねぇし。
「なんかキャラメイクの時の種族と性格診断の結果で決まるらしいな。適当にやった奴は街で殺されそうになったりして、メチャクチャ苦労してるんだって」
性格診断か……長かった記憶しかないな。
そんなに重要だったのか、始めて聞いた。
……ところでさ。
「ん? どうしたんだ?」
この国って魔物種族とかは良い顔されないんだよな?
「え? だからそうだって……なにあれ?」
……なんだろうな?
俺達が見つめる先には、3頭身位の二足歩行の猫がいた。この世界の原生生物、ニャックである。
それが屋台を出して、焼きそばやリンゴ飴等の縁日で見かけるような物を売っていた。
しかも、巡回中の兵士も少し話をしたら、何もせずにさって行った。人間史上主義はどこにいった。
いや、よく見ると何かをもらっていたな。間違いない、賄賂だ。
堂々とゲームの設定をぶち壊してくる猫型原生生物達は、街行く人々に声をかけ、逞しく商売に身を捧げている。
いったい何なんだ、アイツら……。
今回、俺がわざわざバインセンジに来たのは、この街にいるという『天運のフェルシー』の信者になる為である。
チップの能力でフェルシー様がどこにいるのかはわかっているのだが、街の観光もしつつ行くこととなった。
すぐに行ってもつまんないしね。
そんな理由で街を散策していた結果、見つけたのが先程の屋台なのだが……。
「にゃー! いらっしゃいにゃ! お二人さんかにゃ? 買ってくにゃ?」
チップの空腹が限界だったそうなので、せっかくだから寄る事にした。
屋台では、その小さな身体に合わない、大きな鉄板の前に立ち、ニャックが器用に焼きそばを作っている。
敵対しなければ、マスコットキャラ的な可愛さがあるんだよな……。
「焼きそば2つ! 大盛りで!」
チップが元気よく注文した。
わかる、お祭りとかのこういう屋台ってテンション上がるよね。
俺は焼きそばの値段を確認して、ニャックに二人分の料金を支払った。
「え? いいの?」
チップが驚いて俺の顔を見てくる。
ん? いいよ? 俺が食料係だしな。
俺もちょうど腹が減ってきたし……。
「どっちもアタシが食べる分だけど?」
俺の分も頼んでくれたんじゃ無いの!?
いや、いいんだけどさ。ここまで来れたのお前のおかげだし。
すいません、も一つ焼きそば追加で。
「了解にゃ! ちょっとお時間もらうにゃ。……あれ? お二人さん、見ない顔にゃ。観光かにゃ?」
屋台のニャックが焼きそばを作りながら、そんなことを聞いてきた。
まぁ、そんなとこだな。
この街にはフェルシー様がいるんだろ? ちょっと会いに行ってみようと思ってな。
俺の言葉を聞くと、ニャックは眉間にシワを寄せた。
「あ~……。いるんにゃよな~、フェルシー様に会いに行こうっていう、命知らず」
命知らず?
そのフレーズに、俺は嫌な予感が走った。
俺が今まで出会って来た女神様4柱の内、3柱が俺の事を殺しているからだ。
特にカルリラ様はうっかりで俺を殺すことが多い。殺していないのはキキョウ様だけだ。
「死にたくにゃいなら、行かない方がいいと思うにゃ。そっちの犬のお嬢さんも行くのかにゃ? やめとくにゃ、ろくな事にならんにゃ」
チップはじっと、鉄板の上で踊る麺を見ている。本気でお腹がすいているようだ。
「……あ? アタシは観光だな。というか、お前らなんで、ここで店出してんだ? 魔物は邪険にされるだろ?」
よかった。食べ物の事しか、頭に無い訳じゃ無かった。
「にゃ~。それについては、全てフェルシー様のせいだにゃ。あのアバズレがポンポン眷属を召喚したせいで、この街にはニャックがいっぱいにゃ」
眷属召喚?
ニャックはフェルシー様の眷属なのか?
というか、とんでもない爆弾発言があったんだが……。
「そうにゃよ? おかげで、眷属のみゃあ達も自由にやっているのにゃん。今、この街はフェルシー様に支配されているのにゃ」
それでこんな屋台を出しているのか。
にしても、眷属らしからぬ口の聞き方だよな……。
そう言うと、ニャックは悔しそうに顔を歪めた。
「……あの運命のクソ女神はみゃあ達、ニャックの一族を道具としか見ていないにゃ。心から忠誠を誓っている奴なんか一握りにゃ」
また、聞かれたら殺されそうな発言が……。
「あそこのおっきな建物わかるかにゃ? 神殿みたいなとこにゃ」
ニャックは焼きそば作りの手を止めず、顎で方向を示す。顔を向けると、街並みに合わない建物が一つだけある。
神殿の様であったが、やたらと装飾されており、異様な雰囲気を醸し出していた。なんだろう? 変な外装のパチンコ屋みたいな感じだ。
「あれが、お客さんの探しているゲス女神の居城にゃ」
あそこに住んでんの!? どんな女神だよ!?
「さっきから言ってる通りの女神にゃ。アイツは冒険者に呼ばれて降臨したのにゃ。それで最初にやったのがこの街の破壊だったのにゃ」
確か聞いたことあるな、その話。
この街を爆発させて消し飛ばしたんだっけ? どうやって?
「そんときは、みゃあも召喚されて無かったからわからないにゃ。けど、あのバカ女神は、更地にみゃあ達を呼び出して、こう命じたのにゃ。
『ここを神殿とするニャン! てめーらキリキリ働いて、ここに神殿を作るのニャー!』
って……」
そこまで言って、ニャックの目からホロリと涙が零れた。相当辛い日々を送っていたのだろう。
ニャック達になんという無茶振りを……。
見た目だけは可愛いマスコットキャラクターなのに……。
「それでできたのが、あのカジノにゃ……」
神殿じゃ無いんかい。
女神様稼ぐ気満々じゃん、どうなってんだよ、お前らのご主人様は。
「あそこで、多くの冒険者や住民が金を巻き上げられて来たのにゃ……。最早、このバインセンジは債務者の集まる街にゃ……」
それは自業自得だよな。
金に目が眩んで、破滅した馬鹿だよな。
「だから、こうやって、観光客相手に商売して生活しているのにゃ……。あそこで当たっていれば……」
アンタも債務者かよ!?
え? じゃあ、さっき兵士に渡してたのは?
「アイツら、この国の兵士だったのにゃけれど、みーんなあの守銭奴女神に寝返って、借金取りやっているのにゃ。さっき渡したのは利息分の返済にゃ」
カスしかいねーな、この街!?
「きっと、みゃあ達はあのメス猫がいなくなるまで、絞りとられ続けるのにゃ……。っと、それはそうと、焼きそば3人前上がりにゃ! ここで食べてくかにゃ? 彼女さん大変な事ににゃってるから、早く食わせた方がいいにゃ」
気がつけば、大量の焼きそばが目の前に出来上がっていた。ソースの香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。
彼女じゃないけどね。
ここで食ってくよ。チップ、お前もそれで……。
チラッとチップの方を視ると、だらだらと口からヨダレを垂らして、目がイっていた。
食欲に支配されている顔をしている。
チップちゃん!?
これはまずいと思い、すぐに焼そばを盛ってもらい、チップに渡す。
すると数秒で容器が空になった。
あぶねぇ……、今のは何かやらかす直前だったぞ……。
その後は腹ペコ娘が満足するまで、焼きそばを食べさせた。与えれば与えるほど食べるので、追加をどんどん作ってもらった。
俺も食べて見たが、懐かしく、親しんだ味で、大変美味しい焼きそばだ。この猫をスカウトしたい位美味しい。
……クランでお祭りするのもいいかも、帰ったら進言してみよ。
腹ごしらえと情報収集を終えた俺達は、ライトアップされたフェルシーの居城であるカジノの前に来た、のだが……。
「ごめん……食い過ぎた」
俺の隣には、食べ過ぎでお腹をぽっこりと膨らませたチップがいた。このままでは、この先、何かあった場合に対処できないだろう。
ごめんな、つい食わせ過ぎたわ。
先帰っててもいいよ? 俺も用事が済んだら、すぐ魔法で帰るし……。
「うぅ……、腹苦しい……。悪いけどそうさせてもらうわ。……あのよ」
ん、なんだ?
「……気を付けて、ね?」
そう言い残し、チップはスクロールを広げて、姿を消した。帰還の魔法だろう。クランに帰ったのだ。
気を付けてね、か。
もう、アイツの事、犬扱いできないな……、可愛くなりやがって。
俺はそんなことを考えながら、神殿の扉を開いた。
中は本当にカジノになっており、スロットマシーンや、ルーレットテーブル等、本格的な物となっていた。黒服と思われる、黒いスーツを着たニャック達もいた。……マスコットキャラだな。
話をしてみようと、カジノに足を踏み入れたその瞬間、
『やぁっと、来てくれたのかニャ~ン?』
頭の中に知らない声が響く。
聞こえてきた声に気を取られていると、俺は両脇から何者かの巨大な手で拘束された。
っく、油断した……!
拘束した者の正体を確認しようと首を動かすと、両脇に巨大なニャックがいた。
捕まったまま、俺はそのニャックに連行される。
どんどんカジノの置くに連れられて行くが、途中でPLと思われる奴等の姿があった。
皆、下着姿となり、見苦しく嗚咽を漏らしている。みっともない姿だ。身ぐるみを剥がされたのだろうか?
何故か、怯えているようなPLもいる。
そんな敗北者達を見送って、俺が運ばれれて来たのは、豪勢な金ぴかの部屋だった。趣味が悪い。
俺をその部屋に放り込むと、巨大ニャック達は去っていく。もう少し丁重に扱ってくれよ……。
俺が床に伸びながらうんざりしていると、目の前に誰かが立っている事に気づいた。
「ようこそ! おめーが、ミャアの信者になりに来た変わり者かニャア? 歓迎するニャ! 絞りとってやるニャ!」
その声に反応し俺は立ち上がり、身構えた。
俺の目の前にいたのは、おかしな格好をした女だった。
足には網タイツ、胴はバニースーツ。
しかし、ウサ耳とウサ尻尾の代わりに、猫耳と猫のしましま尻尾が生えていた。
更に背中から生えた純白の翼が、訳のわからなさを加速させる。
髪は長く綺麗なブロンド、ハリウッド女優を彷彿させる高身長ナイスバディ。嫌でも目を引く姿だ。
そんな、属性もりもりの女神『天運のフェルシー』が、猫の様な目を細めて、俺を見つめていた。
・今日のこねこ
「はぁ!? 帰ってきてないの!? 本当にどこ行ったんだよ、ツキト君は。……連絡つかないし」
「どこ行ったのかしらねぇ……。そうだわ! ヒビキ君なら知ってるんじゃない?」
「ああー、どこにも居るからね、彼。……あれ? ちょうどヒビキくんからメッセージが……写真付き? ……みぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
その写真には、同じ布団で眠っている男女の姿が写されていた。
こねこの余裕は、吹き飛んだ。
・サイボーグ
人間種族に機械を埋め込み人工的に強化された兵士達。耐久と射撃能力が飛躍的に向上している。
・エルフの接客業
何をするのかはご想像におまかせいたします。
・ニャック
デフォルメにゃんこゴブリン。人間とは友好的な関係を気づいている。フェルシーにとっては都合のいい奴隷達。彼女に対し反旗の時を伺っている。フェルシーの寵愛を受けたものは、身体が巨大化し、並みの冒険者では太刀打ちできない。




