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昨日は、お楽しみでしたか?

 俺達の拠点がある『サアリド』という街は、この国『アミレイド』の全線基地も兼ねている。


 そして、その街の近くには、敵国『ザガード』との国境が存在し、常に兵士が巡回をしていた。

 入国や出国については兵士から厳しい検閲を受けるのが普通なのだが……。


「よっと! ついたぞ、こっから先がザガードだ。これからは一気に飛んで行くけど、寄り道とかしてくか?」


 チップの『大鷲の両翼』の効果で簡単に越えられてしまった。

 これは警備がザルと言えば良いのか、うちのチップちゃんが有能過ぎるのか……、しかし……。


「特に無いならさ、温泉よっていこうぜ。こっちの情報調べてる斥候から、オススメだって聞いたからさ!」


 そう言って楽しげにしているワンコからは、有能さの欠片も見られない。可愛い駄犬である。

 取り敢えず撫でてあげよう。


 久々に撫でてやるとくすぐったそうにしていたが、拒否はしなかった。

 よしよし、犬っぷりが板についてきたな、ふふふ……。


━━━━━━━━━━━━━━


 俺達の国、アミレイドが魔法や剣の国だとするならば、このザガードは機械の国だ。

 驚いた事に、街道はアスファルトで整備されており、動力がエンジンだと思われる、車らしき物も走っていた。


 時たま見かけるPLも、銃や爆弾を使って戦っている者が多く、逆に魔法を使っているPLはあまりいない。


 しかしながら、通りすぎる街の様子はアミレイドと大差無い様子だった。

 

 だが、途中でエンカウントした魔物は『廃棄機械』という名前で、半壊したロボットの様な敵であり、アミレイドとは全く違うという事がわかる。


 ……ふむ。


「どうしたんだよ? ツキト? 難しそうな顔して? そんなに強くも無い敵だったろ?」


 襲ってきた機械の残骸を回収していたチップが、俺にそんな事を聞いてきた。


 まぁ、強くは無かったけどさ。

 なんか、機械の技術が軍事的な事にしか使われていないなぁ、って思ってな。

 武器しかり、さっきの車もどきしかり……。


「なんか軍事国家らしいぜ? 他の国の領地を奪って国を維持しているんだとさ」


 そりゃひでぇ、せっかくの技術は人殺しの為だけに、ってか。

 ……そりゃあ発明したキキョウ様も引きこもりたくなるわな。


 補足だが、この世界における銃火器等の機械は女神『無双のキキョウ』が発明した物となっているらしい。


 俺が呟くと、キキョウ様の声が聞こえてきた。


『わかってくれたか……。私があんな物を作ってしまった結果だ。だからこそ私は……』


 はいはい、キキョウ様がその話しちゃうと、空気が重くなるんで、ご飯でも食べててくださいねー。

 

 俺はアイテムボックスから、ストックしていた何かの肉のステーキをキキョウ様に送った。


『なっ!? 真面目な話だぞ!? ……まぁ、今する話でも無いか。すまんな……あぐあぐ……』


 ゆっくり食べてくださいねー。


 俺がキキョウ様と話をしていると、チップがこちらをじっと見ていた。


 どしたの?


「ツキト、私にもご飯」


 また? ホントに腹ペコワンコになっちまったな。


 昼前にクランを出発し、今はもう日が沈み始めている。およそ8時間が経過している訳だが、チップの食事休憩はこれで5回目である。


 食料が尽きるということは無いが、流石に食い過ぎだ。太るぞ?


「太んないっつーの。でも、悪い事だけじゃ無いんだぞ? 食事の回数が多くなったって事は、その分経験値が入るって事だ。おかげでステータスが伸びまくってるし」


 ……。


 なぜだろうか? チップの説明に、謎の既視感を俺は覚える。嫌な感じだ。


「どうしたんだよ?」


 いや、なんでもない。

 それより、そろそろ座標ワープも使えなくなる時間だろ? こっからは歩きながら行こうか。


 俺はメロンパンをアイテムボックスから取り出し、チップに渡した。


 チップのマップの座標を指定してワープする能力は、夜になると使えなくなってしまう。便利な能力だから、その程度の制限はしょうがないだろう。


「座標ワープって……ネーミングセンス……モグモグ……」


 うるせい、ほっとけ。

 ところで、こっから温泉ってあとどの位なんだよ? 


「んん? …………んっ、ふう。あと少しだな、一時間位歩けば、つく距離じゃないか?」


 チップは急いで口の中の物を飲み込み、そう答えた。


 そっか、じゃあゆっくりと歩いていきますか。

 

 チップの食事が終わると、俺達はまた街道を進み始めた。




 結局、それからも野生の機械からの襲撃を何回か受け、温泉宿に到達したのは夜遅くになってしまった。


 アイツら、機械の癖に群れを作って襲って来やがる。時間はかかったが、今は全てスクラップになって街道に転がっている。


 ちなみに、温泉宿については完全に和風イメージだった。設定としては、この場所も奪った領地の一部らしい。

 

 見慣れたメイドが中居をしていたが気がしたが、見なかった事にした。


 そういえば、斥候班の一部はこっちに拠点を移して活動してるんだったな……。



 さて、ここからはお楽しみの温泉のお時間である。


 水着着用が強制らしく、服をきたまま脱衣場に入ると、勝手に水着姿になっていた。装備欄を確認すると、この格好でも、装備は変わっていない事になっている。


 確かに、ここで着替えをすると、なにかと問題があるだろう。

 例えば、風呂から上がったタイミングを狙ったPKとか。俺ならそれを考える。稼ぎどころと言ってもいい。


 まぁ、今日くらいはそういう物騒な事も忘れて、ゆっくりと湯に浸かることにしよう。


 浴場は大きな露天風呂になっており、湯けむりの間から見える満月が、良い味を出している。


 少し熱いお湯にゆっくりと浸かると、自然とため息が口から漏れた。


 効能は一応あるらしいが、そんなに重要じゃ無いらしい。精神的に安定するとかなんとか……。

 けれど、ここまで来る間でだいたい完治してしまうので、本当に重症でないと、治療目的では訪れないそうだ。


 しかし、ゲームでこういう体験をできるのは、中々に魅力的だ。考えてみればリアルで温泉なんてしばらく行っていない。


 忙しいというわけでは無いが、行こうと思わないのだ。

 ……彼女とかいたら違うんだろうけどなぁ、ちきしょーめ。


 からら……。


 と、そんな感じで愚痴っていたら、誰かが入ってきた。夜も遅いというのに、珍しい人も居たものだ。


 一応、挨拶位はしておこうか。こんなところでトラブルを起こしても面倒だ。


 湯気の向こうで誰かが湯船に入った音がした。しかも、こちらに近づいてくる。


 あ、どうも~。こんばんわ~。


 俺がよく見えない相手に対し、緩い感じで挨拶をすると、タイミングよく湯気が薄くなった。


 ……うっそ。


 目の前の人物を見て、心臓が飛び出るほど、俺は驚いた。


 まず、耳としっぽが見えた瞬間に嫌な予感が走る。


 そんな馬鹿なと思っていると、女性らしい身体のラインとたわわな物体が見えてしまった。


「あれ? ツキトじゃん? ここって混浴だったんだな」


 チップだった。

 水着姿の犬が、俺の目の前で堂々とその白い身体を晒していた。


 なんて事だ、トラブルが起きてしまった。


 というか着痩せするタイプだったんだね!? 俺ビックリ!


「どうしたんだよ? そんな慌てたような顔して?」


 チップは不思議そうな顔をしている。


 い、いや。むしろお前は大丈夫なのかよ? 混浴なんだぞ!?

 水着だからってそんな恥ずかしげも無いなんて……。


「別に水着だし気にしないけどな? お前も水着だろ? 海とかいかないの?」


 そういいながら、チップは俺の隣に座った。

 俺はつい、肩までお湯に浸かるチップの姿を見てしまう。


 !?

 浮いている……だと!


 パスファ様よりは小さい……! だが、カルリラ様と同じくらい、もしくはそれ以上……!

 しかし、チップにはギャップという武器がある! コイツ、とんでもない凶器を隠していやがった……。


 そんな事を考えていると、チップがゴミを見る目で、俺を睨んでいることに気づいた。


「わかっている、からな……?」


 やべぇ、バレた!?


 すいませんでした! 男の子のサガなんです!

 先上がるから、ゆっくりしてこいよ! んじゃ!


 もう少し、女の子と温泉というシチュエーションを楽しみたかったが、この状況になってまでここに残る勇気はない。

 ヘタレですまんな。


「別にいいよ。……少し恥ずかしかっただけ。そういう目で、見られると思わなかったし……」


 ……マジ?


 そっと振り替えると、チップは体育座りになって、胸を隠す様にしている。

 本人がいいと言うことなので、先程より少し離れて、隣に座った。


 ……………。


 気まずい……。


 こう言う時に何か面白いことでも言えれば良いのだが、残念ながら俺にそんなレアスキルは備わっていない。


 ここは(イケメン)でも見習って見ようか? 

 ……ダメだわ、アイツ性癖の話をしてSAN値下げてただけじゃねーか。こんな状況で性癖の話なんてできるか。


 取り敢えず、ここはチラ見でチップの様子を見てみようか。何か思い浮かぶかも知れない。何か浮かんでるかも知れない。

 ……覚悟を決めよう。


 はい、せーの、……チラリ。


 決死の覚悟で隣の彼女に目を向けると、ちょうど良く、目があってしまった。ガッデム!


「!? な、なんだよ。こっち見んな」


 す、すまん。

 何か話題は無いもんかと思って、困惑しててな……。


「それ、普通言うか?」


 ですよねー、言いませんよねー。

 悪いけど、女の子を楽しませるトークなんて、俺にはできないんだよ。なぜならイケメンではないから。


「別に、いつも通りでいいだろ? 服装が違うだけだ」


 そうは言ってもね、チップちゃん。

 君、いつも荒い口調で話してるじゃん? 

 そのせいで、こちらとしては普通に、友達と話してる気分なのよ?

 あれだ、小学校の頃、男女関係無く遊んでいた時と同じ感じだ。


 けれども、これが中学に上がると、女子に対して、アレ? なんか雰囲気変わった? なんか違くね? ってなる、あの現象だよ。わかるっしょ?


「いや、わかんねぇよ」


 チラ見すると本気でわかってない顔をしている。


 くっ……、あの思春期特有の感覚はわからないか。

 簡単に言うとだ。

 お前がいきなりそんな格好してるから、いつもの態度とのギャップでメチャクチャ可愛く見えてんだよ。

 俺の隣に美少女がいる。


「はぁ!? な、何言ってんだ!?」


 しかもさっき、ちょっと素が出ただろ? そのせいで俺の心臓は爆発しそうだ。

 さっきから口が回っているのも、若干パニックになっているからだからな?

 どうしよう、後から思い出して死にたくなるパターンだぜ? ふふふ……。


「なんで身体はってんだよ!? たかが会話だろ? 普通に話せよ。例えばほら、月が綺麗だなとか、温泉が気持ちいいとか……」


 お前なー、月が綺麗って、それ俺が言ったらいろいろとアウトだからな? 死んでも、とは言わないけど、絶対言わないわ。


「え? なんで?」


 まじかー。わからないのかー……。


 まぁ、今までの話は忘れよう。

 お互いに変にテンションが上がって、おかしくなっていたんだ。

 隣には温泉に入った濡れ犬しかいない。そうだ、それだけなんだ。


「お前な……それでいいのかよ……」


 いいんだよ!


 ところで……、チップさんや。

 こんなものを持ってきたのだが、どうだろうか?


 そう言って、俺はアイテムボックスから、先程購入したお猪口(ちょこ)と、酒の入った徳利を取り出した。


「あ! それよくマンガとかで見るやつ!」


 お、これは知ってるんだな。

 一回やって見たかったんだよなぁ。露天風呂で一杯ってやつ。

 一人で飲むのも寂しいし、付き合えよ?


「うん! いいぜ! アタシは自分のコップ使うけどいい?」


 いいよいいよ。

 けど、コップ酒って思ったより飲み過ぎちゃうから気を付けてね?


 そのあとは、無駄に盛り上がった。

 チップちゃんは酒の飲み方を知らないらしく、ちょっと注いだら、一気に飲み干していた。

 しかし、おかげで口も回ったし、酒もどんどん減っていった。


 そうやって話しているうちに、チップの本音がポロっと漏れた。


「ツキトにはさ……謝りたいって思ってたんだ。疑ってごめんって。私も、あの時は周りが見えてなかったから……」


 あぁ? ああ、畑でドンパチやったときの事か! ……いいんだよ! んな下らねえ話!

 お前が頑張ってるのは知ってるからな。ちょっと空回った位気にするこたぁねぇよ!

 俺はお前を応援するよ?


「うん……、ありがと、ツキト」


 ははは、まぁ、今日は飲もうや!

 旅行に湿った空気は合わないぜー!


「ふふっ、酔っぱらってるの? あ、私、お酒ついであげるね?」


 酔っぱらってるのはお互い様だろー?

 素がでてるぞー?


「え? 気のせいだよ。はい、どーぞ……」


 お、さんきゅー。


 顔を赤くしながら、チップはお酌をしてくれた。酔っぱらっているチップは、素直で可愛いかった。


 この後は、特に何事もなく、飲んで話して、満足したら部屋に行って寝た。




 はずだった……。




 朝である。

 このゲームで酒を飲み過ぎると、本当に飲み過ぎた時のように目の前がふらつくし、急に眠ったりする。


 ちなみに眠ると、一定時間目が覚めないので注意が必要だ。


 目が覚め、起き上がった俺はぼんやりと昨日の事を思い出す。いや、思い出そうとする。


 ……寝た時の事が思い出せない。

 確か、部屋に入った瞬間寝間着になって、おお、すげー、ってなったのは覚えてる。

 

 自分の服装を確認すると、確かに寝間着になっていたのでそれは間違い無いはずだ。


 しかし……。


「スー……スー……んっ……」


 なんで同じ布団で犬が寝ているんだ?


 えーっと、思い出せ。

 確か風呂から上がって、二人で牛乳を飲んで、お互いふらふらになりながら、部屋まで行こうとしたんだ。


 そしたら、チップの具合が悪くなって、部屋に行って面倒を見ていたんだよな。


 水を飲ませていたら、何があったかは言わないが、チップが布団を汚して使えなくしてしまったんだ。


 けど本人は眠いと言うので、仕方ないので俺の部屋に連れて来て、俺の布団に寝かせたやった。


 それで俺も睡魔に襲われて、そのまま寝た、と……。


 よし、おかしな事はしていない。年齢設定もRー18にはなっていない。

 何も無かったのだ。

 ならば、チップを起こさないように、ゆっくりと布団から出て、言い訳でも考え……。


「………………」


 あ。

 目、覚ましてるし、コイツ。


 お、おはようございまーす……。


「え……、う、そ。や、やだ!?」


 俺が挨拶すると、チップの顔がどんどん赤く染まって行く。


 チップはガバッっと起き上がると、左手で胸元を隠す。そして右手で鋭いビンタを繰り出してきた。


 スパァン! という快音が、部屋に響いたのだった。





「……もう酒なんて絶対飲まねー」


 温泉宿をでて、俺達は街道を進んでいた。

 チップが二日酔いで具合が悪く、高速で飛び回って悪化してしまう事を懸念し、徒歩で進む事にしたのだ。


 そんな顔色の悪いチップを見ていると、罪悪感がうずく。


 悪かったよ。

 今回ばかりは俺が全て悪い。


 ちなみに、汚れた布団を見せて、なんとか誤解を解くことができたが、まだチップの機嫌は治っていない。


 まさか、あんなに飲むなんて思って無かったんだよ……。


「飲ませたお前のせいだ。まだ頭痛いし……」


 ごめんなさい……。

 昨日は本当におかしかったんだよ。お互い忘れようぜ? その方がいい……、うん……。


 俺が遠くを見つめて、記憶の消去を試みていると、チップが小さく呟く。


「……忘れなくたっていいだろ。その……アタシ達だけの秘密、って事にしたらいいじゃん……」


 !?


 俺は驚いてチップの顔を見た。

 マフラーで顔を隠しているが、赤くなっているような気がする。

 

 デレた……だと……!?


「こっち見んな! それと、アタシの具合が良くなったら、一気にバインセンジまで飛んでいくからな? ……ふん」


 そう言うと、チップは早歩きで前に行ってしまう。


 なんとなく、チップとの距離を縮まった事を感じながら、俺はその後を追って行くのだった。



・今日のこねこ

「あれ? 朝になっても帰って来てないの? 仕方無いなー。こっちから家に行ってあげようか。ドラゴムに連れていってもらおーっと」


 余裕である。しかし、そこには『浮気者』はいない。


・温泉宿

 SAN値、もとい正気度を回復してくれる温泉がある施設。宇宙外生物に心をやられたときにはここが便利。


・機械

 機械という種族である。高耐久で速い。もっぱら他の種族の移動手段として使われている。

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