『教会の指輪』
『魔王』というものが存在するとして、何を持ってその称号を名乗る事ができるだろうか?
カリスマ? 恐怖? 権力?
いやいや、そんなものは後から付く評価でしかない。
必要なのは、どんな者でも地に伏させる、絶対の『力』、それに他ならないのだ。
「お前が……魔王か!?」
王宮における謁見の間に酷似した部屋で、俺は後ろから声をかけられた。
俺はフードの奥で顔を歪ませ笑顔を作ると、ゆったりとした動きで振り替える。
「っ!? ウィード、違う! コイツは死神だ! 魔王じゃない!」
振り返った先には、4人の冒険者が立っていた。
重装備の男性に、身軽そうな女武道家、眼鏡をかけ黒いローブを羽織った女魔術師。
そして、ウィードと呼ばれた、軽装備の少年だ。
俺は彼らの顔を見渡し、口を開いた。
そう、俺は貴様達から死神と呼ばれる存在。魔王様の足元にも及ばぬ、劣兵の一人に過ぎぬ者よ……。
にも関わらず、俺程度を魔王と呼ぶなど、礼儀の知らぬ愚か者共め。
だがしかし、それを咎めるのは俺の役目ではない、同時にその権利もない。決めるのは全て、魔王様のご意志である。
見るがいい……。こちらにおわすが我らの王、貴様らが『魔王』と呼ぶお方である!
俺は身を翻し、彼らの前から移動する。
彼らの目の前には一つの玉座があった。
冒険者達は一斉に身構える。ここまで来た彼らの面構えは、中々のものだと感じた。
だが、玉座に鎮座している存在を目にした瞬間に、彼らの表情は崩れる。
その玉座にいたものとは……。
「ふふふ……、よく来たね。ボクが! 魔王だ!」
魔王っぽいコスプレをした、かわいらしい『こねこ』であった。
…………ごめん、やっぱ恐怖は必要だわ。
クラン『魔女への鉄槌』及び『ペットショップ』はクラン『紳士隊』の使っていた土地を買い取り、合同のイベントを開催した。
ダンジョンを作り、そこをお客さんのPL達に攻略してもらうという内容だ。もちろん報酬もある。
到達階層や撃破した敵に応じて豪華景品を用意した。
道中には召喚された魔物が彷徨っていて、入ってきたお客さんを暴力で出迎える。
更に、中ボスとして『魔女への鉄槌』の戦闘員が配置されており、ギリギリの戦闘を楽しめる仕組みだ。
後、他人のRPに皆ノリノリで乗ってくれるので、そういうのが好きな人達にもオススメ。
最後には魔王が待ち受けており、倒せばアーティファクトを手に入れる事ができる。
……これについては詐欺だな。どうやって先輩を殺すんだよ。
また、会場には『ペットショップ』の売店等の施設を出張しており、多くのPLで賑わっていた。
訓練場も併設されており、新規PLは武器の使用感を確かめたり、『プレゼント』の能力を確認したり、ケルティからセクハラされたりしている。
人気が出れば定期的に開催しようという話であったが、この様子であれば、もはや成功と言ってもいいのでは無いだろうか?
「おやおや? 『死神従者』様、今は御休憩の時間ですか?」
人の少ない教会で、そんな事を考えながら休んでいると、目の前から神官の姿をした老人のPLが歩いて来た。
ええ、ちょうど午前の部が終わったところです。シバルさんは何をしているんですか?
俺が答えると、にこやかな顔をしてシバルさんが俺の隣に座った。
「ふふふ、ちょうどよかった。これをご覧下さい……」
シバルさんがウィンドウを操作して、俺に見せてくれる。
これは……。
「リリア様の寝顔です。可愛らしいでしょう? ……はぁ……はぁ」
アンタ、反省してねぇな!?
この神父風のPL『シバル』は俺にとっては因縁深い相手だ。
何を隠そう、この男こそリリア様に狼藉を働き、間接的にビギニスートを滅ぼした元凶である。
この前に収容所のロリコンを襲撃した際、シーデーと共に救出してきたのだ。
シーデーについては、メレーナの要望で救出することになったのだが、シバルさんについては俺の都合で連れ出した。
理由は一つ。
この手で仕留める為である。
何故殺そうとするのかを、シバルさんに説明したところ、
「そうですか……それは仕方のない事です。どうぞ、好きなだけ殺しなさい」
そう言って無防備な姿を晒した。
本人としても、あの行動は軽率だったと思っていたそうで、何かしらの罰は受けなければならないと感じていたらしい。
黙って首を差し出す姿から、本当にそう思っているのだと感じた。まぁ、そんな事は俺に関係ないから、普通に切りつけたが。
了承を得た全力の一撃は、寸分たがわずその首筋に吸い込まれた。
しかし、
「さぁ、一度では足りないでしょう? 気の済むまでやりなさい……」
殺せなかった。
何度やっても、『カルリラの契約』を使っても、先輩にバフをかけてもらっても、ちょっとした奥の手を使おうが、シバルさんには傷一つつかなかった。
「気はすみましたか?」
そう言いながら微笑む神父に向かい、俺は吠えた。
まだだ! まだ終わっちゃいない!
どうしても負けたくなかった俺は、とある物を取り出した。
ウイスキーと……、『リリアの聖水』である。
聖水を取り出した瞬間、狂信者の目の色が変わった。獣の目をしていた。
俺はその反応を勝負を飲んだと取り、第二ラウンドへと戦いを移行させた。
幼女の聖水を賭け、俺達は全力を尽くし戦った。
飲んで飲んで、煽って煽って……。
結局、途中で女神様達の話になり、盛り上がった結果、ただの飲み会になったしまった訳だが。
あげてしまってもよかった『リリアの聖水』はまだ俺の手元にある。
また語りましょう、との事だった。
そんな感じで和解したが、この人のリリア様好きは度が過ぎている。
矯正したいのに刃がたたないなんて、こんな人初めて……。
「はっはっは! これはヒビキ君からいただいたのですよ? あの子は親切な子ですね。弟さん、という話でしたかな?」
うちの弟産でしたか、これは失礼を……。
もっと矯正不可なやつの名前が出てきた。ホント、ごめんなさいね。
「それはそれとして、ぼくが撮った物もありますよ? ご覧になります?」
にこやかにウィンドウを操作すると、フォルダ一杯のリリア様の写真が出てきた。
どうやって撮ったのかわからない、恥ずかしい写真まである。
リアルなら犯罪になる写真もたくさんあった。
これ、許可は頂いていますか?
「無許可に決まっているじゃないですか、はっはっは!」
あまりにも良い笑顔だったので、頭がその発言について、深く考える事を拒否してしまった。
ええ~?
パスファ様に怒られるやつですよ、これ~、俺を通して見られてるかも知れないんですから~、も~。やめてくださいよ~。
『やぁ、『浮気者』、少しお話しいいかな?』
ほら来た~……。
シバルさん、神託来ました。俺達パスファ様に殺されますよ?
俺がそう言うと、シバルさんは嬉しそうに微笑み、手を合わせた。
「おお! パスファ様に! ぼくは構いませんよ?」
ノリノリである。ここに俺の味方はいない。
それを確認し、これから起きる事を考えて、ため息をついた。
はぁ……、はーい。
パスファ様、どうしましたか?
『その写真、言い値で買うから後で送ってもらっていいかい? きわどいのは高く買うよ?』
え……、貴女もそっちのタイプ?
パスファ様、自分の義母をなんて目で見ているのですか……。
『な、なんとでも言うがいいさ! かわいいものは可愛いんだよ! それに、こういう事も君がリリア様の信者になったらできなくなるしね。今のうち……今のうち……』
女神様にもいろいろあるんだなぁ。
俺が呆れていると、シバルさんが不思議そうな顔でこちらを見ている。
「どうしたのですか?」
ああと、シバルさん、じつは……。
「もちろん……! パスファ様は我々と同じリリア様の狂信者……! 言わば共犯者……! 断る理由がない……!」
説明すると、悪い笑顔で懐から数枚の写真を取り出し、こちらに手渡してくる。
もらってもいいのだろうか?
念のため検閲しておこう。
……。
……………!?
これはまずいのでは!? マジでどうやって撮ったんですか!? うっわ……これとか肌色比率が犯罪ですよ。
「はっはっは! そこは、ほら。欲望に身を任せれば良いのですよ? そうすれば何だってできます」
アンタ本当に神父さん? その格好不適切なんじゃない?
「生臭坊主のRPですな! まぁ、問題があるとすれば……」
シバルさんは何かに気付き祭壇の方向、正面に目を向けた。
俺もつられて顔を向けると……。
「む~……!」
こちらをジト~っとにらんでいる幼女神、リリア様がいた。まさかの御本人ご登場である。
「バレてしまった事ですかな? はっはっは!!」
笑い事ではない、絶望だ。
なんで俺は、女神様に関わる度に、命の危機に晒されてしまうんだろうか?
「貴方達! 何をしているのですか!? いいえ! 言わなくともわかりますよ! 何かエッチなことをしていますね!」
リリア様! 誤解です! そんな人言えないような恥ずかしいような事など一つも……。
「嘘を言いなさいな! 母としての勘がそう言っています! 見せなさい!」
目の前のリリア様の姿が消えた。
リリア様の速さなら目で追える位のはずだ、そこまで速いわけが……。
「はい! 捕まえました! 何を持って……!?」
嘘ぉ!?
急にリリア様が俺の隣に現れた。
そして、写真を持っている手を捕まれて上に挙げさせられる。
そこには、
ケーキを美味しそうに頬張る、笑顔が可愛らしい、幸せそうなリリア様が写った写真があった。
それを確認すると、さっきと同じような目付きで俺を見つめてくる。
「私の写真? いつの間に撮ったのですか? それに、なんでこんな物を持っているのです?」
すいません、うちのヒビキが勝手に撮ってしまったそうで……。
すまんな、ヒビキ。
犠牲になって貰うぞ。
「あの人形さんですか。そう言えば、ビギニスートで小さい人形さんがお仕事をしてるのを見ますね」
その時に、ついつい可愛くて撮ってしまったそうです。申し訳ありません。
「むー……次からは一声かけるよう言ってくださいね? それで、これで何をしようと?」
ぱ、パスファ様が、リリア様の写真が欲しいと言っていまして。たまたまあったこの写真を、送ろうと話をしていました……。
リリア様はそれを聞くとパッと表情が明るくなった。
「まぁ! あの子ったら! 素直じゃないですね……。それならば良いのです、どうぞ送って差し上げてくださいな? ……それにしてもおかしいなぁ? あれはエッチな物をみていた目だと思ったんだけどなぁ……」
そう言いながら、リリア様は不思議そうな顔をしながら去って行った。
あ、あぶねぇ……。
「……ふぅ。ツキト君、うまくいきましたな! あの状態から、どうやって誤魔化したのです?」
簡単な話ですよ。
これ一枚を残して、パスファ様に全て送りました。
『プレゼント』の能力です。その場で捧げ物を送る事ができるのですよ。
先日、開封した『プレゼント』について。
『教会の指輪』に進化した事で、通常一つづつしか送れない捧げ物を、まとめて送る事ができるようになった。
実のところ、これはかなり戦術的な強化である。
簡単に言えば、神技の連続発動ができるようになったのだ。
捧げ物のストックが必要ではあるが、ステータス超アップの『カルリラの契約』や、時間を止める『パスファの密約』を連続で使用できる。
それと、これが『祭壇の指輪』なら、だらしのない格好で、眠っているリリア様の写真を見られていたところだった。……許せ、弟よ。
これで、俺とシバルさん、パスファ様の尊厳が守られたのだ。
「羨ましい能力ですな。君のその能力は信仰心の現れ、同じ狂信者として誇りに思いますよ」
違いますよ? 農民ですよ?
それに、これから信仰先を増やそうと思っていましたしね。
「そうなのですか? カルリラ様にパスファ様、キキョウ様ときたなら……リリア様しかありませんな! 同士よ!」
それなんですけどね。
リリア様に最後じゃないとダメー、って言われたんですよねぇ。ふられちゃいました。ははは。
俺は笑ってそう言ったが、シバルさんは気が付けば涙を流している。
ちょ、どうしたんですか!?
「なんという事……! 敬虔な信者に神は試練を与えると言いますが、その試練はなんと惨い! 貴方が試練を突破できる事を、心から祈っていますぞ……!」
シバルさんが俺に抱き付いておいおいと泣き叫ぶ。ついでに、慰めのつもりなのか、リリア様の写真を何枚かポケットのなかに入れてくれた。
……ど、どーも。
相変わらず、リリア様が関わるとテンションがおかしくなる人だ。危険人物なのは変わんないな。
と、会話していると、いつの間にか休憩の時間が終わっている事に気づく。
俺は泣きついてくるシバルさんに別れを告げ、イベント会場へと戻った。
『ねぇ……『浮気者』?』
帰る途中でパスファ様の神託がおりてくる。なぜか、その声はどこと無く色っぽい。……何事だ?
『さっきの写真、ありがと。今晩も、使わせてもらうね』
……パスファ様ぁ!?
今日の教訓。
狂信者は、ヤバイ。
・ヤバイ
ヤバクない。良く考えてみて欲しい、もしも君達の母親がどう見ても十代前半にしか見えなかったどう思う? そう、エッチだね。しかも自分と血が繋がっていないんだ。それなのにも関わらず、母としての責務を果たそうと、わたし達を一生懸命に育ててくれたリリア様に対して、何かしらの感情が沸かないわけが無いだろう? そう、情欲だね。これらは当然の事なんだ。それでもヤバイと思うのならば、想像力を働かせて欲しい。きっとわたしの気持ちがわかるはずだ。え? わからない? そんなわけないんだ。あんな可愛い幼女が甘えてきて良いと言ってくるのだよ? 多少おかしな事をしても許してくださる、あの優しさに触れればわかるはずさ! あのロリプニ体型に埋まりたいとは思わないのかい!? なぁ! 『浮気者』! そう思うだろう!?
『いや、普通にキモいわ』
よっっしゃあああああああ!!
言ったな『浮気者』ぉ!!
ぶっころしたらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!




