カルリラ「浮気の匂いがする……!」
始まりの街、ビギニスート。
その街の教会は中々の物だ。
リリア様をモデルにしたステンドグラスは、朝日を受けて教会内を鮮やかに染め上げており、ついついため息が出てしまう程の美しさである。
「ツキトさま?」
あまり見慣れない光景に見とれていると、祭壇の方から名前を呼ばれたので、俺は振り替える。
そこには2柱の女神様達が立っていた。
旅人風の服装をした、大きな妖精。旅と商業の守り神『自由のパスファ』。
そして、この世界、リセニングの主神である、神官のような服装の、青い髪と美しい白い翼を持った幼女神『聖母のリリア』だ。
「ちなみに、孤児を引き取り育ててたからこその聖母の二つ名らしいよ? エッチだね」
ぼそりと、後ろにいたヒビキが囁いてきた。
「ヒビキくん、女神にセクハラしないでよ? ……というかそれ知ってるって事は、君、前作をプレイしてるな? 有効利用してやる」
肩に乗っていた先輩がよからぬ事を考えている。
実はヒビキは前作PLだ。
まぁ、じゃないとここまではぶっ飛んではいないよね。
すいません、うちの弟が失礼な真似を。後で首を献上致しますので……。
「ふふふ、良いのですよ? この街の方々を救っていただいたのですもの、その位の不敬は許しましょう……。パスファ、剣に手をかけるのをやめなさい」
「ばれた?」
パスファ様がはにかみながら手を剣の柄から下ろした。
その様子を見たリリア様がため息をつく。
「パスファ、貴女という子は昔からそうです。何故許すということができないのです? 私への優しさを少しでも他人に向けようとは思わないのですか?」
リリア様のお説教が始まった。
成る程、おそらくだがパスファ様は、リリア様に育てられた孤児の一人だったのでは無いだろうか?
お互いの間には確かな信頼関係が感じられる。
だから、今回の件にはパスファ様も肝を冷やしただろう。表情がクランに来たときよりも大分柔らかくなっている。
「幼女からのお説教……」
ヒビキ。テメーには俺からの説教で充分だ。
「君達、仲良いよね……」
リリア様のお説教が長くなりそうになると、パスファ様は慌て口を開いた。
「り、リリア様。お説教は後で! 今は彼らに言いたい事があるんですよね!?」
「むぅー……そうやって逃げるのですね。しかしながら一理あります。貴女へのお説教は後にしましょう」
パスファ様が逃げに走った。
やはり、この光景は母と娘の様だ。……微笑ましい。
「いいよね」
「ねー」
ね。
「さて、見苦しい所をお見せしてすいません。後でこの子にはちゃんと言っておきますので……」
いえいえ、お気になさらず。
「では……。この度の一件、本当にありがとうございました。この恩をどうやって返せばいいのか私にはわかりません」
そう言ってリリア様はペコリと頭を下げた。
「り、リリア様……」
パスファ様がそれを見てあたふたしている。
「そして、パスファの詐欺まがいな報酬も申し訳ありません」
「な……! なんで知っているんですかぁ!?」
あー、いいんですよ?
使ったのは俺達の判断ですし……。
パスファ様からの前報酬の『願望の杖』なのだが……使ってしまった。
先輩のは今回のクエストに参加したメンバーの善行値の回復に、俺のは街の再生に使ったのだ。
クエストを終了した後ステータスを確認すると、全員善行値が-100、犯罪者になっていた。
先輩と俺は殺しすぎ、ヒビキは能力をPLに発動する度に善行値-20のデメリット、アークは元から犯罪者。
ライブ会場のクランメンバーも、もれなく犯罪者堕ちしていた。
流石に見逃せないという事で、先輩が全員の善行値の回復に杖を使用。
まぁ一本あればと安心していたのも束の間、ヒビキからこの街のNPCがどんな目にあっていたのかを聞いた。
それで、まぁ……うん……良心が動いたというか……ね?
先輩から聞いたところ、街の再生成を願えばゲーム開始時の状態に街と住人を戻すことができるらしい。
どうしようも無くなった時の最終手段だそうだ。
そんな理由で、仕方がないと街の再生成を願う。すると、にっこにっこ顔のパスファ様が降臨して、
「オッケー! やっさしーね『浮気者』! パスファちゃんそういう、甘いところだぁーい好き!」
と言っていた。
わかってました、って顔をしていたので、想定の範囲内だったのだろう。
完全にはめられましたわ……これ……。
それと、『プレゼント』についての説明も最初に俺達に話した内容で殆ど全部だったらしく、後はうちの検証班に聞けという事だった。
そんなやり取りがあった後、リリア様から直々にお礼が言いたいという事で、この街の教会に俺達はやって来たのだった。
「本当に申し訳ありません……本当に申し訳ありません……」
何度も、何度もリリア様は頭を下げた。
「ちょ……り、リリア様! 違うんですよ!? わたしもちゃんと報酬を用意してます! あ、当たり前じゃないですか? せっかくの『願望の杖』を他人の為に使うなんて予想してなかったんですよ!? だから報酬を用意できなかっただけで!」
「はい! 聞きましたからね? すぐに、出しなさい」
リリア様が頭を上げると、ジロリとパスファ様を見た。
パスファ様はばつの悪そうな顔をしている。
パスファ様、お母さんには勝てませんよ?
「うっさい! 黙ってろ!」
反抗期!?
「何ですか! その言葉使いは! 私はそんな言葉使い教えていませんよ!」
「う。ごめん……なさい……」
あのパスファ様が謝った。
おかんパワー強し。
「もう……そんな事だからいつも大事なところで失敗するのですよ? 信者の模範になれるように勤めるのです、日々を誇れるよう過ごしなさい」
「……はい」
パスファ様はショボくれてしまった。
「はぁ……すいません、本当は家族思いのいい子なんです。許してあげてください……」
まぁ……俺は大丈夫ですけど……。
先輩……。
「んー、これで僕がパスファよりも強かったら反抗したけれどね。今回は暴れられたし、僕も文句は無いかな?」
そう言うと、先輩は肩の上で身体を伸ばした。
そんな先輩を見てリリア様はぱんっと手を叩く。
「それにしましょう!」
え?
「パスファ、戦ってあげなさい。そして、おもいっきり遊んであげるのです」
「……え"」
リリア様がそう言うとパスファ様の顔が曇る。
「ちなみに誰とです? それによっては……」
「そこのねこさんとです!」
「 」
一言でいうなら、終わった、と言いたそうな顔をしている。
「その子は貴女の信者でしょう? それに相当な実力をお持ちです! これ程の強者なら、貴女の実力を見ることが出来たら喜ぶでしょう!」
……先輩?
「みーさん、やるんですか? パスファ様はすごい顔をしていますけど?」
「う~ん」
先輩は座り直すとパスファ様を見据える。
パスファ様の顔には玉の様な汗が浮かんでおり、ただ事では無い様子が伺えた。
「ろ、『ロータス・キャット』。わたしは信者とやりあおうとは思わない。だってそれは生産的じゃないからね、やるだけ無意味だよ? それに、やるのなら、わたしは全力でやる。時も止めるし、ステータス強化も封じる。理不尽かも知れないけれど全力でやらないと失礼だからね。『こねこ』の君には厳しいだろう? ま、わたしの方からは後々報酬を用意してあげよう! とっておk」
「やろうか!」
先輩はいい笑顔で答えた。
「マジですか!」
ヒビキでさえ驚いている。
まさか受けるとは思わなかったのだろう。
「まぁ! やっぱり、私の言った通りです! ほらパスファ、信者からのお願いですよ? ……パスファ? あれ?」
気がついたらパスファ様が消えている。
どうしたのだろうかと不思議に思っていると、肩に違和感を感じた。
先輩がいない!?
「あら? ねこさんも居なくなってしまいましたね? もしかして、一緒に出ていってしまったのでしょうか?」
そうかも知れませんねー。
パスファ様……交渉にいったな……。
「兄貴? なんか、今のやり取りから察したんだけど……みーさんの能力って……」
ヒビキはリリア様を気にしながら口を開く。
「『不死』の能力だったりする?」
……お前もその答えに行き着いたか。
俺は先輩の『プレゼント』の名前を聞いてひっかかった言葉があった。
『ロータス』だ。
猫とロータスの関係を考えたとき、この『ロータス』というのは仏教に由来するものではないかと考えた。
ロータス……つまりは蓮の花。これは仏教において、極楽に生まれ変わるための人の心を表しているらしい。詳しくは知らん。
そして、猫。
猫というのは9つの魂がある、というのは有名な話だ。諸説あるので由来はこれ、と言うことはできないが、聞いたことがある人は多いだろう。
猫とロータス。
どちらも死んで甦るという共通点から、不死を連想することはおかしい事ではない。
以上の事から考えたのが、死んでも生き返るという能力。これが『ロータス・キャット』の能力では無いだろうか?
「魔術師にその能力は合いすぎてるね。下手をしたら誰にも止められない次元にいるよ、みーさん……」
そんな不味いの?
「魔法はMPが切れるとHPを消費して使える。その際、MPはいくらでも下がっていく……-1万みたいな感じでね。ちなみに、下がれば下がるほど、魔法使用時の各スキルの成長率は高い」
でも、-1万とかなったらHPは……。
「通常の使用MPにプラスして-1万の反動がHPに入る。そうなったら、PLはただじゃすまない……けど……」
先輩は死なないから……。
「下手したら女神に単独で勝てるほど強くなっているかも。というか、死なないなら時間をかければ確実に殺せる……」
パスファ様、今どうなってるかな……。
「何を話しているのですか?」
その声にハッとして視線を落とすと、俺達を見上げているリリア様がいた。
うわっ!
「わぁあ!」
俺は驚いて後ずさったが、ヒビキは喜んで手を広げた。
慌ててヒビキの首根っこを掴んでこちらに引き寄せる。セクハラ、ダメ、絶対。
「ねこさんにはパスファからの報酬でいいでしょう。……貴方達は、何か願いは無いのですか?」
……え?
リリア様はにっこりと目を細めて首を傾げる。全く、裏表がない発言に感じた。
パスファ様にはどことなく、裏があるような、こちらの考えを見透かしているような雰囲気があったが、そんな様子は微塵も無い。
お言葉に甘えちゃおうかな?
「それじゃあ、ボクから良いですかね?」
やべぇ!
ヒビキ、わかっているな!? ふりじゃないからな!? 街を更地にする様な事はやめてね!?
女神様達の中でも、特にリリア様にはセクハラをしてはならない。リリア様のスキル『神殿崩壊』は全てを破壊するマップ兵器だ。かつてのロリコンのセクハラにより、リリア様が暴走して滅んだビギニスートを思いだして、俺はヒビキに忠告した。
「わかってるよ。それではリリア様。ボクの願いは……」
頼む……!
「抱き締めながら頭を撫でてください!」
はい、ビギニスート終了のお知らせ。
リリアの聖水量産態勢、確保完了しました。
「いいですよ?」
いいんだ!?
ヒビキが片膝をついて身を屈める。
リリア様はそこに抱き付いてヒビキの頭に手を伸ばす。
「ふふ……こんなことでいいのですか? ……欲の無い、良い子ですね……よし……よし……」
穏やかな光景だと思った。
……撫でられているのがヒビキでさえなければ。
すいません、リリア様。そいつ欲望の塊なんですよ、すいません。ホントすいません。
俺の心配をよそに、ヒビキの願いは問題無く叶えられた。
ビギニスートが存在しているという事実にホッと胸を撫で下ろす。
撫でられ終わったヒビキはスッキリした顔をしていた。よかったね。
「次は貴方の番ですよ? 何を望みますか?」
リリア様は俺に向かって微笑みかけてくる。
実のところ、願いは既に決まっていた。というよりも、俺についてはこれしかないだろう。
こうやって出会ったのも何かの縁だ。この機会を逃す理由はない。
俺は膝を付いて、リリア様と目線を合わせる。
……リリア様。
「はい、なんでしょう?」
俺を貴女の信者にしていただけませんか?
それを伝えると、リリア様は少し驚いた顔をし、
「それは……ダメ、です!」
手をばってんにして断られた。
俺の耳には刃物を研ぐ音が聞こえている。
・『ロータス・キャット』との戦い
暗い森の中、開けた場所でパチパチと焚き火が燃えている。森の中の光源はその炎しかなく、これが消えればこの場所はたちまち闇にへと沈むだろう。
この場所こそ、わたし、『自由のパスファ』に与えられた女神の空間だった。
わたしとの邂逅はこの場所で行われる。
そこで、わたしは冒険者のこねこに向かい合い━━、
土下座をしていた。
すいませっしたぁー!!
頼みますんで、見逃してください! リリア様の前で恥をかくのだけは嫌なんです! お願い、許して!
「ええ……それでいいのですか……? というか、お互い倒しきれないだろうから引き分けになるじゃないですか……」
それでも恥なんだよ! 『ロータス・キャット』!
リリア様の守護騎士とも言われたわたしが、可愛らしい『こねこ』にも勝てないなんて! しかも、君はわたしの信者じゃないか! 他の女神に笑われちゃうって!
「大丈夫ですよ~。試しに、試しに一回! ……どっちが先に死んじゃうか、やってみません?」
『ロータス・キャット』は可愛らしく、前足を揃えてお願いしてくる。
わたしにはそれが恐怖にしか感じないのだが……。
やだよ!?
君わかってる!? 君の能力は強すぎるんだよ! 死なないってなにさ!? 神かなにか!?
……うう。
冒険者間の実力が広がり過ぎない為の『プレゼント』だったのに……。早くも女神に届く者が現れるなんて……。
「わかりましたよ……。じゃあ、パスファ様、お願いがあるんですけど良いですか?」
いいよ!
戦う以外なら何でも!
わたしは身体を起こして『ロータス・キャット』を見た。……あれ? なんか真面目な顔してる?
「《ウルグガルド》が『プレゼント』を所持していた件について、これの説明をお願いします。……できなきゃ戦闘で」
……あー、それね。
その説明をする時が来たか。
『ロータス・キャット』、承ったよ。
そのうち、クランにお邪魔する。改めて、あの現象について説明したい。
きっと、君たち冒険者にとっても無視できない話になる。楽しみにしておくと良いさ。
そう言って、わたしは立ち上がって、元の教会に戻ろうとしたが、
「そんときには喧嘩吹っ掛けるからよろしく!」
再び、土下座の姿勢にへと移行した。世界最速の土下座である。
ほっんと許してください! お願いしまぁす!
完璧な交渉の後、わたしと『ロータス・キャット』は帰還した。
教会に戻ると、何故か『浮気者』と『アリス』がリリア様に抱き付いて頭を撫でられていたので、わたしも一緒に撫でられた。
何があったのさ……?




