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『魔王』

「そんな……! 回り込まれた!?」


 ヒビキが目の前の光景に驚愕し叫んだ。

 先程の説明が正しいのならば、目の前でうろうろとさ迷っているNPC達は、町人にも関わらず俺よりも強いらしい。


 トンネルから飛び出した俺達の姿を確認すると、ゆっくりとだがこちらに迫って来る。


「数が多いね……。数百人はいるかな……? ツキトくん、突破できそうかい?」


 ハッキリ言いますが無理です。

 両手がふさがってますし、いくらなんでも数が多すぎます。捕まるのがオチでしょう……。


 もしここにアークが居てくれたのなら、能力を使ってすんなりと抜けることができたのだろうが、居ない奴に頼っても仕方がない。


 何か逃げる方法を考えなくては……。


 そう考えているうちにも、操られたNPCが俺達を包囲しようと距離を詰めてくる。

 

「……兄貴、ボクに考えがある」


 ヒビキが俺を見上げていた。


「詳しくは言えないけれど、黙って口を開けてほしいんだ……」


 は?

 そんな事してる場合じゃないだろ? ……まぁいいか、ほらよ。


 俺はヒビキの言った通りに口を開いた。

 何か考えがあるようなので、無駄な事という訳ではないだろう。……多分。


 俺が口を開くと、ヒビキは笑顔をみせ……。

 

「さんきゅー」


 モガぁ!?


 口の中に突っ込んできた。


 吐き出そうとするが、ヒビキの奴は俺の抵抗をものともせずに潜り続ける。

 そして……。


 ゴクン。


 飲み込んでしまった……。


『チャンスが来たら出てくるから、しばらくよろしくー』


 うわぁ……。腹の中から声聞こえてきた……。マジでなに考えてるんだよ……。というか、飲み込めるサイズじゃないはずなのに……こっわ、俺の弟こっわ……。


「なにしてんの……? そんな事より、何か変だ。敵の動きが止まった……」


 顔を上げて周囲を確認すると、完全に取り囲まれて居たが、一定の距離を保ち、それ以上は近づいてこない。


 助けを求める声や、自分を殺してほしいという声が聞こえてくる。

 強制的に操る、というのはこういう事なのだろう。全員、無理矢理動かされているのだ。


「ははははは! リリア様を助けだすなんて、凄いじゃないか!」


 突然、誰かの声が響き渡った。

 少女の様な声だ。


「さっきのゴミ人形や、狐も良い『プレゼント』だったし、さすがNo.1クラン『ペットショップ』だ。『紳士隊』のリーダーとして敬意を評するよ」


 声の主がNPCを掻き分けて姿を表した。

 小学生位にしか見えない、金髪の少女だった。……絶対ネカマロリコンじゃねぇか。


「それはどうも。……キミがワカバくんかい? どうやらボクの仲間が迷惑をかけたみたいだね?」


 先輩の言葉には焦りや敵対心というものは一切感じられない。いつも通りの余裕に満ちている。


「NPCを操る能力かい? 中々悪くないね、使い方もわかっているようだし」


「『魔王』さまに褒められるなんて、嬉しい限りです。……わかっている様だから教えるが、おれの『紅糸(アカイト)』はNPCに使える能力だ」


 ワカバは笑顔をみせると左腕を天に向かい突き上げた。

 よく見ると、その左手の小指から、大量の紅い糸のようなものが伸びている。それはNPC全員に向かって伸びており、リリア様の小指にも繋がっていた。


 ……何をした?


「おれの能力は自分よりも弱いNPCを操る能力と、許可を得た相手からステータスを吸い上げる能力がある。そして、それをこの奴隷どもに分け与える事ができるのさ」


 ……つまり、リリア様のステータスをNPCに割り振っているのか?


「そういう事。ステータスを吸い上げた相手は行動できなくなるけどね。……リリア様、可愛くなっただろ? 今のリリア様はレベル1でステータスも1しかない……、おれがちょっと攻撃するだけで死んじゃうんだ……はぁぁ……」


 ワカバは恍惚した顔でリリア様を見つめている。


 ……はっ、何が紳士だよ。結局自分の事しか考えていないクズじゃねーか。

 どうせ、人に言えないような事をして、リリア様に能力を使ったんだろ? 悪いが、リリア様はこのまま返してもらう。


 俺はリリア様を抱え直し、片手に銃を持つ。


 すると、ワカバの表情が変わり、不快そうに目を細めた。


「……オマエ、この状況が理解できてないみたいだな。……来い」


 ワカバの言葉に反応して、店主の服装をした女性が前に出る。

 その顔には恐怖が貼り付き、目からは涙が溢れだしていた。


「……いや、いやぁ……! 助けて……! 消えるのはいやぁ……」


 悲痛な叫びとは裏腹に、その動きはきびきびとしたもので、その矛盾した動作は見ていていい気分ではない。

 しかし、ワカバは楽しそうにその姿を見ている。


「……さっき、人には言えないような事をししたって言ってたけどさ、そんな事は無いよ。ただ、これを見せたのさ」


 ワカバは短剣を取り出すと、出てきた女性にそれを手渡す。

 女性の顔が真っ青になり、ガタガタと震えだした。


「いやぁ! お願いします! なんでもやります! 貴方に何をされてもいい! お金も好きなだけ用意します! 消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない……」


 異常だ。

 何故こんなに怯えているんだ? それにあの短剣……まさか……。


「もしかして……深淵属性の武器かい?」


 深淵属性……何度でも生き返る事ができるこの世界において、NPCを完全に殺すことができる属性だ。

 もし、あの短剣であの女性が死んだら、灰になってしまい、もう復活する事もできないだろう。


「そう! その通り! そして、この短剣を……」


 女性は短剣を自分の首筋に当てる。

 絶叫が響き渡った。これから自分がどうなってしまうのか、わかっているからこその恐怖だ。


「こうしたのさ。これをリリア様に見せたらさ、『やめて! 私を差し出します! だから、そんな事はやめてください……』だってさぁ! 今でも思い出せるあの顔……、最高だった……」


 ワカバはニタリと嬉しそうに顔を歪ませた。


「さぁ……今度はオマエ達だ。このままだとこのババァは深淵に落ちて消滅するよ? リリア様を置いて、大人しく殺されてくれるなら、コイツは解放する……どう?」


「……お願いぃ……たすげでぇ……」


 女性は俺達を悲観に満ちた目で見つめてくる。

 この人の命は俺達に託された。

 リリア様が自分を犠牲にしてでも守った命だ。それを無下にする事はできない……。


 しかし……。


「つ、ツキトくん……?」


 先輩が驚いた顔をして俺を見つめていた。

 笑顔を作っていたワカバも、表情に焦りが混ざり始めている。


「お、オマエ……なんでそんな顔ができるんだよ!?」


 ああ? そんな顔ってどんな顔だよ? 言ってみろや? カカカ……。


 ……そう、無下にできないことはわかっていたが、俺はニヤリと笑いを浮かべていた。


「オマエ達のクランはNPCを殺すのを禁止にしているはずだ! 最低限の規律を守る為に、そう言ってるんだろ!? なのに……どうしてそんな顔ができる……?」


 その質問に先輩が答える。


「……え? NPCの不殺は、強化されて手がつけられなくなるのを防ぐ為の決まりだけど?」


 先輩はキョトンとして小首を傾げる。


 NPCは死んで復活すると、レベルが上がってしまう。

 しかも殺害された場合、殺した相手に復讐しに来るという執念深さまで持っているので厄介だ。


 俺達はそれを防ぐ為のNPCを殺すのを控えているだけである。


「な……! じゃ、じゃあコイツが死んでも良いのか!」


 別にいいが? ……ちょっと目覚めが悪いけどな。


 俺がぶっちゃけると、驚愕した顔でワカバが俺を見た。


 というか、お前よ、なんで俺達より有利なのに取引なんてしてんの? 問答無用で殺しゃあいいだろ?

 

「……オマエ《ウルグガルド》の時は、キャラロストにキレてたのに……なんで……」


 ん? ああ、あれね。

 あれさ、キャラロストじゃなくて、《ウルグガルド》自体にイラっとしてただけだよ?

 ああいうキャラ嫌いなんだよな、俺。


「じゃあコイツが死んでもいいの……」


 ワカバが言い切る前に、俺は拳銃で女性を撃つ。

 サイレンサーを付けっぱなしにしていたので、銃声が響く事もなく、女性の頭と胸に銃弾が当たった。


 女性は呻き声も漏らさず肉片となって飛び散る。地面に手に持っていた短剣が地面に落ち、突き刺さった。


 とても静かな死であった。耳に優しい。


 それをワカバはなにもせず、信じられないものを見た様に、ただ見つめていた。


 ……悪いけどよ、NPC殺すのは戸惑いは無いんだわ。ただ、殺す理由が無いのと、女神様に殺さないよう言われたってだけで。

 必要なら殺す、それだけさ。


『むぅ……やってしまったか。後でカルリラとリリア様に怒られても知らんからな……』


『あー……お仕事増えちゃう感じですね……』


 キキョウ様とカルリラ様の声が聞こえた。

 

 すいませんね、これが一番早い気がしますので……。


「結局こうなっちゃうか」


 先輩がため息を付いた。


「まぁ戦争って言ったのは僕だし? 仕方ないかな? けれども、ツキトくんは片腕が塞がってるから本調子じゃないという事で……」


 しかしながら、声は楽しそうである。


 先輩は地面に魔方陣を展開させた。

 それは俺達を中心として、NPC達全員がその範囲に入っている。


「僕が殺ろう、『マジック・ストーム』」


 魔法の詠唱と共に、足元から魔力の奔流(ほんりゅう)が巻き上がった。

 それはNPCとワカバを巻き上げ、切り裂いていく。


 NPC達は次々と絶命していき、渦巻く魔力が血液で赤黒く染まっていった。まるで地獄を見せられているかの如くである。


 叫び声が聴こえなくなった頃、魔力の渦は弱まっていき、空から血の雨が降ってきた。

 それはしばらく降り続き、目の前の草原には真っ赤な海が出来上がる。


 そこにワカバが浮かんでいた。


「うんうん。まぁいい感じだね。……で、まだやるかい?」


 震えながら身を起こすワカバの顔には、これまでに見たことが無い恐怖があった。

 不様な顔である。


「おや? まだ戦えるみたいだね? それなら……徹底的にいかせてもらうよ。全てを恨んで死ぬといい」


 これが、クラン『ペットショップ』リーダーにして、『魔王』のこねこ。


 我らが先輩、みーさんの実力なのだった。

・『マジック・ストーム』

 魔法属性の広範囲上級魔法。PLを中心にして、高威力の竜巻が発生し、魔力の刃で敵を切り刻む。PLの魔力の値によって範囲と威力が上昇する。PLの『詠唱』スキルレベルが低いと味方にも命中するので注意が必要。


・ネカマロリコン

 業の深い存在である。しかしながら、そこには欲望の全てが詰まっている為に、見た目だけは理想的である。……これだから男って奴は。

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