トンネルを抜けて
さて、どうしたものか……。
俺と先輩は、巨大な鳥籠を思わせる檻の前で立ち尽くしていた。
中では今回のクエストの目的である『聖母のリリア』が穏やかに寝息を立てているのだが……。
「ツキトくん、もう一回壊せないかどうかやってみようか?」
先輩の言葉に頷いて答えを返し、手に持った鶴橋を檻に向かって振り下ろす。
……が。
先輩、駄目ですね。
まるで衝撃が吸収されているようです。全く手応えがありません。
恐らく、出入口から入らないといけないのでは?
「……むぅ。まさかこんなところで『鍵開け』のスキルが必要になるなんて……。あんまり育ててないけれど試してみよう。ツキトくん、ボクを鍵穴のところに持ってって」
了解です。
俺は肩の上の先輩を手で持って鍵穴に近付けた。
……ふわふわでいらっしゃる。
「なんか雑念を感じるんだけど、変なことしないでね?」
お、俺はセクハラもふ魔族ではありません。……本当ですよ?
「まさぐったりしたら、また殺しちゃうからな? ……それじゃ、ホイ」
先輩が気合いをいれると、おみ足の爪がニョキっと伸びた。
それを鍵穴へと入れて、カチャカチャとピッキングを開始する。
やたらと犯罪臭いスキルですね……。
「んー? なんか『猫』とか『こねこ』って犯罪者向けのスキル揃っててさぁ。職業つくなら盗賊系がベストなんだよねー」
あー、某国民的アニメでも手癖が悪いですよね、猫って。主人公から魚奪って逃げてますし。
可愛いんですけどね、猫。
俺がそう言うと、ガギン! という音が鍵穴から聞こえた。
もしかしたら、解錠に成功したのだろうか?
俺は手の中のこねこの様子を伺う。
「……キミが変なことを言うから失敗しちゃったじゃないか」
……濡れ衣だ!
俺は叫んだ。
いやいや、何もおかしな事言っていませんぜ? 猫が可愛いって話じゃないですか? お嫌いでした? 猫?
そう言うと、手の中でふわふわ子猫が暴れる。
「この姿を見ればわかるだろ!? 好きだよ! 猫! けどさ、きみ! 僕の今の姿をわかってそれ言ってるんだよね!? それ僕が可愛いって言ってるようなもんだよ!?」
みゃ~みゃ~と叫ぶ先輩に、俺は首を傾げた。何を言っているんだ、このこねこは?
先輩は可愛いですよ?
子猫だから更に可愛いです。
「みゃー!? き、きみぃ! なに言ってるのさ!? あんまりからかうと本当に怒るからな! ……もぅ」
先輩は手の中でじたばたと動いた後、再び鍵開けの作業にへと戻った。
手の中で毛玉が蠢いていた感覚が残っており、先程までのモフモフを反芻している。
というか、現在進行形でモフいので欲望が加速していく……!
早く……、早く終わってくれ……!
俺の理性が消える前に……!
早く……!
しかし、そんな俺の思いを裏切るかの如く、鍵穴からはさっきと同じように、ガギン! という金属質な音が聞こえた。
駄目だ、もう一回は堪えられない。猫吸いしよ。
「んぅ……、僕のレベルじゃ無理みたい。他の方法を考えよう。それじゃ僕を元の位置に……ん? ツキトくん?」
……絶えた。俺は……絶えたぞ。
先輩……俺はセクハラもふ魔族では……ありませんでした……。
「ん? それはわかったから、早く戻せよー?」
俺は震えながら先輩を肩に戻した。……危ないところだった。
「いやぁ手詰まりだねぇ……。これがジェンマってPLの『プレゼント』だとして、先にそいつを片付けるのが先になるのかな?」
ですが、それをしていたら時間が無くなってしまいます……。
何か、リリア様だけでも連れ出す方法はありませんか?
「むぅ……。テレポートの魔法で檻の外には出せるけれど、もう少し近付かないと無理だね。どうにかしてこの鉄格子をぬけることができれば……」
と、先輩と話し合っていると、肩のヒビキ人形がガバっと起き上がった。
おう?
どうしたの?
「ますたーが、じぇんまというPLをたおしました!」
そうなの?
ありがとうね、ぷちちゃん。教えてくれて。
……お?
「ということは……」
すぅっと、目の前の鉄格子が消えていく。
どうやら上手くやってくれたようだ。さすがヒビキである。
……そういえば。
「どうしたの?」
いえ、ヒビキはここに人形を潜入させていると言っていたな、と。
どこに居るのかなーって思っておまして。
「確かにそうだね。牢の中以外にはそんな場所はないし……」
お互い不思議に思っていると、ヒビキのメイド人形がひょっこりとリリア様の下から顔を出した。
立ち上がり、こちらに向かって手を振っている。
先輩……。
「うん……。よく考えれば、僕の体なら鉄格子抜けれたね……。僕、こねこだったよ……」
普段は人間ですもんね……。
「盲点だった……。取り敢えず、リリアの様子を見てみよう。異状は無いようだけれども……」
俺もリリア様の様子を観察する。すぅすぅと、先程と変わらない様子で眠り続けている。
外観では特に異状があるところはない。
だが……。
何故、俺達があれだけうるさくしたのに目を覚まさないのだろうか?
「……ツキトくん、多分何かされていると思う。とにかくリリアを連れて地上に戻ろう。僕達がここに居ることに気づかれる前に脱出するべきだ」
……わかりました。
俺は眠っているリリア様を抱きかかえた。そこに2体目のヒビキ人形も乗ってくる。
リリア様は驚くほどに軽い。近くで顔を見ると、少し頬が痩けているように感じた。
充分な食事は貰えていなかったようだ。
ヒビキが知ったらぶちギレるだろうなと思いながら、俺はこの部屋を後にした。
その後は全力で暗いトンネルを駆け抜けている。
トンネルは逃走経路としても予定して、ひと一人が走れる充分な広さに作っておいた。
「あっ……」
左肩から悲痛な声が聞こえた。
ぷちちゃんだ。
「おねがいもどって! もどって!……ますたーが、ますたーがぁ……」
恐らくはヒビキがピンチなのだろう。
リーダーの……ワカバだったか? そいつがヒビキのところに行ったのだ。
ぷちちゃんの反応を見るに、相当やられているのがわかる。……しかし。
「なんで……?」
俺は足を止める事無く、トンネルを進む。
どうせ今から行っても間に合わない。
それに、アイツの事だ。もしも同じ状況になったら、ロリの安全を優先するに違いない。
「……ツキトくん、いいのかい?」
ええ。
アイツなら大丈夫です。どうせ、抜け道を用意しているはずですから。
「あっ……」
ぷちちゃんはその言葉と共に、俯いて黙ってしまう。
その様子でヒビキがどうなってしまったか、わかってしまった。
だが、それこそ足を止めるような愚かな真似はしない。
ヒビキを倒したであろう敵は、すぐに俺達を追ってくるだろう。もし捕まってしまったら、それこそアイツの犠牲が無駄になる。
そんな考えとは逆に、無事に帰ってくると思っていたので、つい悪態が口からでてしまう。
あの野郎、しくじりやがって……。
「すまん、しくじった」
すぐ調子に乗るから……。
「それはお互い様じゃないか」
兄弟だしなー。
「そうだよ、ボク達は仲良し兄弟じゃない」
けれどな、お前の性癖はもうちょっと軌道修正してくれないと、お兄ちゃん悲しいよ……。
「全部彼女にゲロった。受け入れてくれたよ……」
……ああん!? テメー盛ってんじゃねーぞ!? いつ彼女なんて作った!? ちなみになんて人だ!? 手土産持って挨拶に行くから、時間つくって……。
「ちょっと待て」
「はい?」
どうしました? 先輩?
俺と、リリア様の上に乗っているヒビキ人形が同時に先輩へと顔を向けた。
ひどく困惑しているのか、先輩の額には皺がよっている。
「違うよね。今完全にヒビキくんがやられた話になってたじゃん。というか、なったよね?」
「? ますたーはじぶんが作ったボクたちなら、どんな大きさでも、自分のいしきを移せますよ? 今はさっきくっついてきたこの子の中にいます」
リリア様の上に乗っているヒビキ人形が親指を立てて先輩に見せる。
間違いなくヒビキ本人である。
先輩、要するにコイツは滅多な事じゃ死なないんですよ。俺が予め大量の残機を作っておくよう言っておいたんです。
……ちなみに、今の残機は?
「戦闘用の個体は全滅しちゃってさ。残ってるのは修行用の10体と、ここにいる2体だけだね。他の潜入していたのもやられちゃった」
大分やられたな。
「だねー」
俺達が普通に会話していると、先輩は呆れたように口を開く。
「全く、キミ達兄弟は……。けれど、よくもどって来てくれたね。作戦を立てよう、そっちでわかった情報を教えて欲しい。……ついでにアークくんは?」
「アークさんは逃げてもらいました。当初話し合いをした位置に戻ってもらっています。そして、ワカバの能力ですが……」
ヒビキは内容を整理するために、一度間をおいてから口を開いた。
「NPCを強制的に操る能力と、何らかの方法でステータスを引き上げる能力、なのですが……」
その時、出口が見えた。
差し込んでくる光は夕焼けの紅いものだ。
俺はそれに向かって、迷い無く飛び出す。
「そのせいでNPC一体一体が相当な強さになっています。もしかしたら兄貴よりも……」
飛び出した草原に、大量のNPCがいることも知らずに━━━━━。
・猫吸い
読んで字の如く。猫に顔を付けておもいっきり息をすう行為。リアルでやると人体の健康に悪影響がある。




