久々のおさんぽ
ところで先輩? 質問をしてもよろしいですかね?
俺達はサアリドの街を出てビギニスートへと向かっていた。
その途中、魔物に襲われ、ただいま逃走中である。
「なんだい? さっきの爪の件なら、格闘スキルを強くしすぎたせいだと思ってくれていいよ? ……ごめんね?」
それはいいんですけどね? 生き返してもらいましたし。
俺が聞きたいのは……。
振り替えり、俺達を追いかけてくる魔物を確認する。
筋骨隆々の身体が、巨大な翼をはためかせ飛んでいた。
ギラリと目を光らせ、俺の3倍以上の大きさはあるだろう赤いドラゴンが、俺達に狙いを付けて向かって来ているのだ。
鋭い牙の間からは揺らめく陽炎が漏れ、俺達を焼き殺したそうに、うずうずしている。
何でドラゴンがいるかって事なんですけどね!?
前通ったとき、あんなのいなかったじゃ無いですか!?
「こういう野外で出現する魔物はPLのレベル依存だからねー。あの時とは危険度が違うぜ? あ、レベルが低いPLは見逃してくれるそうだよ?」
わぁ、なんて親切なんだ。感動しちゃう。
感動ついでに、死んでもらいましょう。
俺は、ドラゴンがブレスを吐き出そうと息を吸った隙に、スタングレネードを投げた。
ちょうどドラゴンの顔の前で炸裂すると、身悶えしながら、その巨体は地面へと着地する。
もう少し悶えてくれていれば都合がよかったのだが、すぐに体制を立て直し、尻尾を振り回して暴れ始めた。
「『ライトニング・レーザー』!」
先輩が魔法を唱えると、発生した雷が束になって、ドラゴンに襲いかかった。
「gyaaaaaaa!?」
地を裂くほどの絶叫を響かせ、ドラゴンは倒れこむ。
ビクンビクンと身体を震わせているところに近づき、俺は大鎌で首を薙いだ。
が。
「aa……aa…a」
大鎌が中途半端に突き刺さり、首の切断に失敗してしまった。ドラゴンはミンチになることができず、苦しそうに喘いでいる。
……っち。
仕方ないと、俺はドラゴンの喉元につきささった大鎌の柄を━━━━、おもいっきり蹴り込んで、首に刃を押し込んだ。
見事、刃は太い首を貫通し、致命に至る。ドラゴンの身体は弾け、残骸へと成り果てた。
手間取らせんな、こんちきしょう。
「ん~……。ツキトくん、腕が鈍った? これで何回目?」
鈍っては無いんですが……、確か3回目位ですかね?
仕留めきれなかったのは……。
「ちゃんとカルリラに捧げ物してる? 嫌われてない?」
先輩は心配そうに問いかける?
してるんですけどねぇ……。試しにカルリラ様に聞いてみましょうか?
どうですかね? カルリラ様?
『くぅー……くぅー……っは! わ、私はサボっていませんよ!? き、きっと武器が悪いんです! 断じて、お昼寝なんてしていません! 本当です!』
久々にこちらから話しかけたら驚かれた。
「カルリラは何だって?」
武器が悪いそうですよ? あと、お昼寝してました。
『していません!』
してなかったそうです。
「心外だな、兄貴。それでもキチッとした仕事はしたつもりなんだが」
ヒビキの声が聞こえたかと思うと、目の前に狐を肩に乗せたメイドが現れた。
アークの能力を使ったらしいが、まるで水面から浮上したかのように、なにもない場所から現れたので、少し驚いた。
「ドラゴンやろ? アンタら少しおかしいんちゃいます? 大物さかい、一撃で沈む方がおかしいんやで?」
アークは目を細めて俺を見た。
……本当に狐って目を細めるんだな。
ヒビキ、作ってもらったのは感謝してるよ?
けれども、重さとか切れ味とかがさ、やっぱり違うんだよな。まぁ、じきに馴染むだろうから気にしてないさ。
「そう? 専門外の知識で適t……じゃなくて、頑張った甲斐があったよ」
……今適当って言いやがったな!?
ヒビキは悪びれもしない様子で、肩の上に乗っていた狐を地面におろす。
俺の事は特に気にしていないらしい。
実の兄弟ではあるが食えない奴だ、ちきしょうめ。
「はいはい! さっきみたいに魔物に襲われたら面倒だ。ここは立ち止まらずににパパっと行くよ!」
俺の負のオーラを感じとったのか、先輩はそう言って俺達を急かす。
ヒビキめ、命拾いしたな。
「でもドラゴン素材は高く売れるから、ちゃんと回収しといてね」
「あ、はい。回収させときますね」
そう言うと、ヒビキは何処からともなく出現させた、自分と全く同じ姿をしたメイドに残骸を回収させた。
おそらくは自分のペットを召喚する事のできる魔法の『サモン』を使ったのだろう。
PLは自分のパーティーとして、ペットを連れて歩く事ができるが、その必要がない場合は自宅に待機させる事もできる。
ヒビキの人形はNPC扱いされているようで、ペットと同じように扱えるそうだ。しかも、この人形が稼いできた経験値はヒビキ本人も取得できるので、同時進行でスキルを鍛えることができるらしい。
待てよ……最低でも10体は動かせるとなると、デメリットの取得経験値80%減少が実質機能していねーな……。
「それでは、残骸を回収したボクは魔法で帰還しますので、先に行きましょう」
「……えらく便利な能力だよね。まるで効率を絵にしたようだ」
先輩がそう言って悪態をつくと、ヒビキはニコリと微笑んだ。
「お褒めいただきありがとうございます」
先輩、コイツに皮肉とか聞きませんぜ? なんせ、スペック高過ぎて自信の塊みたいな奴ですし。
とりあえず進みましょう?
そういえば、寄りたいところがあるのですがお時間大丈夫ですかね?
数分後。
俺達はビギニスートへの道の途中にある、ぼろぼろの教会に立ち寄っていた。
中は相変わらずボロボロで、6体の女神像が厳かに佇んでいた。
「ツキトはん、ツキトはん。こんなところに何の用があるんや? 『祝福の教会』やったっけ? ツキトはんはカルリラ狂信者なんやし別に用事なんて……」
ちょっと女神様に呼ばれてな。
……そんな事よりも、俺は狂信者ではない。
平時の時ならばその首切り落とし、カルリラ様に捧げていたところだ。口には気をつけろよ? アーク?
「……ハイ、言質とったでー。クランメンバーに動画で送っておいたさかい、覚悟しときーや。というかヒビキはん、アンタ弟さんなんやろ? ちょっとなんか言ってやってーな? キミのニーサンおっかないんやけど?」
くっ、アーク、貴様常識人か。
狐なんて選んでるから、きっとその手の趣味なんだと思っていたのに! 裏切ったな!?
後、実の弟で精神攻撃をしようとするんじゃない!
「……え? ああ、兄貴も実のところ親切な人なんです。どれほどかと言うと、駅で困っているお婆さんに声をかけて、荷物を運び、タクシーを捕まえてあげるくらい親切です」
兄のリアルを漏らすのはヤメロォ!?
「え~、なんかイメージ変わっちゃうなぁ。ツキトくんの事だから、タクシーであの世まで送っていく、くらいはやりそうだと思ったのに」
っく……!
先輩、違うんです!
ゲームと現実でははっちゃけてもいいレベルが全く違うのです……!
「なんや、意外と良いとこあるやん。けど注意換気として、動画はクランに流したで、すまんなぁ~」
きゅきゅきゅ、とアークが笑っている。
クソ……、さっきはああ言ったが、動物のPLは可愛げがあって殺しづらい……! これがゼスプとかだったら、喜んで首を切り落としているのに……!
俺は不安になった。
ヒビキがいるというのに、このままこの場所を一人で離れてもいいのだろうか?
俺のリアルの情報がどんどん漏れてしまう恐れがある……。しかし……。
「兄貴? どうしたのさ?」
俺が悩んでいる事にヒビキが気づく。
流石、兄弟と言ったところだろう。無駄に鋭い。
……ヒビキ、ちょっとこい。
「? ほいほい」
俺は先輩を肩からおろし、アークの上に乗せた。
その後二匹から離れると、ヒビキの肩に手を回し、耳に口を近付け、先輩とアークに聞こえないよう注意して囁く。
いいか? 俺のリアルをあまり拡めないでくれ。身バレは恐いんだよ、お前と違って。
俺は今から少しの間留守にする。
二人から何を言われても、そういう話はしないようにな? するならお前の話をしろ。
「ん、わかった」
よし、頼んだ。
俺はヒビキから離れると、アークと先輩に向き直る。
すいません先輩! ちょっと行って来ますね?
「はーい。いつものノリで女神様に殺されないようにねー」
先輩の忠告を受けながら、俺は女神像の位置まで歩を進め、
『無双のキキョウ』の石像の前で足を止めた。
俺はそのまま目を閉じ、祈りを捧げる。
すると一瞬、くらりと気を失いそうになる感覚に襲われた。
気分が落ち着いたところで目を開けると、先程の教会とは全く違う場所にいる事がわかる。
そこは埃っぽく、不衛生であり、光は小さな窓から漏れる月明かりしかない。
目の前には檻があり、その中には一人の女性が囚われていた。
「……おお、お前か。遅かったではないか、待っていたぞ」
牢の奥にいた囚人が俺に気付き、ゆっくりと這って鉄格子に近づいて来る。
ぼんやりと見えるその顔には斜めに大きな傷跡が走っていた。
月明かりに照らされ、全く手入れされていない金髪の長い髪と、みすぼらしく汚れてしまった天使の翼が見える。
その手と足には枷が付けられており、目を背けたくなる痛々しさだ。
あのPVとは全く違う姿に、俺は少し心が痛むのを感じた。
何も言わずに頭を下げると、彼女は優しく微笑んだ。
この方こそ、戦いと侵略の女神と謳われている『無双のキキョウ』である。
・PLのレベル依存
冒険者のレベルが上がると出現する魔物も強くなっていく。強い魔物は弱い冒険者を見つけても手を出さない。反撃はする。謙虚に生きよう。
・祝福の教会
リリア様に関連する施設。6柱全員の女神像があるので信仰先を変えるのに便利。




