パン屋の『フロイラ』ちゃん
「それじゃあツキトさんとヒビキさんはご兄弟なんですね! ……家族は大事にしてください、そうじゃないと後悔しますよ……」
そう言って、美しい金髪の少女が、俺にパンの詰まった袋を差し出した。
俺は料金を払い、それを受けとる。
ご忠告どうも。でも、仲は良いんで心配はいりませんよ?
俺の畑には新しい物件ができており、それなりに繁盛していた。
こじんまりとした建物の店舗には『フロイラ・ブレッド』という看板がかかってある。
そう、あの《ウルグガルド》のクエストで、愛する人を失った『フロイラ』ちゃんはなんと『ペットショップ』で働いていたのだ。
メレーナの一件が落ち着いた頃。
俺と先輩、チップで食事をしていた際に先輩から《ウルグガルド》を倒した報酬について聞かれたのだ。
《ウルグガルド》を倒した報酬なのだが、俺達はすっかりその事を忘れていた。
まぁ、フロイラちゃん貧乏って言っていたし、報酬はいらないよねー、ははは。なんてチップと笑いあってたところ……、
「ん? あのクエスト、アーティファクト、ゲットできるぜ? 貰ってないの?」
まさかの真実が先輩から返ってきた。
それを聞き、俺達はすぐにメレーナを呼びだした。
……ん? 何故、報酬を貰いに行ったケルティを呼ばなかったか?
報酬を一人占めした裏切り者を、放って置いてはいけないよなぁ? ……そういう事だ。
俺達は迷うこと無く、暗殺者を雇うことにした。
しかしながら、ウィンドウを操作するメレーナが言うには。
「『銀眼』? ……アイツはアーティファクトを手に入れて無いみたいだねぇ……。ま、よーするに別の物貰ったんでしょ?」
別の物?
何かもらえるんです? 先輩?
「んー、説明すると、アーティファクトは『フロイラインの愛』っていう指輪だったんだけど、これ手にいれるには、フロイラを殺さなきゃダメなんだよね……」
なっ……! そんな酷い! 夫が死んでしまって絶望している未亡人を殺すなんて! ……俺にはそんな事、とてもできない!
この時、皆が白い目をしていたが、何の事か理解できなかった。
君達さ、俺の事、殺人鬼か何かと勘違いしてない? 違うからね?
「夫を失った絶望からPLに介錯を頼むって話だったよ。ちなみに選択式で、それぞれの選択肢でいろんな結末があるクエストだったんだ」
……なんて酷い。それでアーティファクト貰う人の気が知れない。先輩には悪いけど……。
「おい」
ん? 待てよ? 俺にできない事を、女好きのケルティが出来るわけ無いじゃないか。
すいません、取り乱しました。……ちなみに、殺さなかったら何がもらえるんですか?
「その時にはね、フロイラがPLの仲間になってくれるんだ! ……………あ」
先輩がはっと、何かに気付いた顔をした。それに釣られて、俺も気づく。
あ……。
チップぅ! ケルティの所在地は!?
「……! ……ま、待ってろ! ……アイツの私室だ! フロイラは……! 一緒、だ……」
急げ!
まだ間に合うかもしれない!
お前だけでも行くんだ! 行け! 早く!
今更だが、チップの能力には指定したPLをウィンドウのマップ内にワープさせる便利機能がある。……あれ、魔法じゃなかったのね。
そんな、何処にでも瞬時に移動できるその能力なら、間に合う……!
しかし。
俺の考えを裏切るように、チップは静かに首を横に振った。
「……駄目なんだ。ツキト。アタシにはここに行くことが、できないんだ……」
ウィンドウを前にしてチップが立ちすくんでいる。
俺はウィンドウに表示されている文字を見て、━━━━愕然とした。
『この部屋は設定をRー18モードにしなければ入ることができません。設定を変更してください』
この文章により、この部屋の中で何が行われているのか、理解してしまった。
俺達は……また、救えなかった……。
その後、容疑者ケルティを確保し、フロイラちゃんは保護された。当たり前である。
ついでに、組織の一員としてケジメは付けて貰わなければならない。
「ツキト……『フロイライン』の意味、知ってる……?」
薄暗い処刑室で、ケルティがギロチン台に拘束されながら、そんな事を聞いてきた。
……某SFアニメで聞いた事がある。
確か『お嬢さん』だ。ニュアンス的には未婚の女性ってところか? ……あれ? 何かおかしいな?
「そう……。フロイラちゃんはね、結婚していなかったんだ。死んだのは結婚するはずの婚約者だったの。……何が言いたいかわかる?」
……死んでしまった婚約者は、それほど心に決めた相手で、愛していたって事か? そんな彼女が自棄にならないよう、体で慰めてやったとでも言いたいのか? 悪いが、言い訳にしか聞こえないな。
俺の言葉を聞き、ケルティがフッと鼻で笑う。優しく、穏やかな顔をしていた。
「違うよ。私が言いたいのはね……」
多分、この時の事を、俺は忘れない。
「フロイラちゃんの初めて御馳走様でしたぁーーーーーーー!! もうあの子は私のハーレム1号ちゃんだから! 誰にも渡さないぜーーーー! 私のもn」
手を放し、ギロチンの刃を落とした俺の中には、確かな正義があったことを━━━━。
そんな事があり、フロイラちゃんはケルティのパーティーに入っている。
しかし、PLはログアウトしなければいけない。
そこで、ケルティがいない間に何かできないか? ということだったので、土地を貸してパン屋をしてもらっているのだ。
なお……、
「そうですか、仲良し兄弟なのですね。ところで、お姉さまは……」
ケルティはフロイラちゃんのハートを掴みとっていた。……アイツはいつも俺の予想を越えてくる。
……あー、ケルティはクランにいますよ? また、女の子にちょっかい出してるんじゃ無いですか?
そう言うと、フロイラちゃんはため息をついて……、
「はぁ……、お姉さまったら悪い人なんですから……よいしょっと」
その身長に似合わない、巨大な鎚を取り出した。
人位の大きさの物なら、一撃でミンチにできるのではないか? と思うほどの大きさだ。
「すいません、今日はもう閉店しますね? ……待っていてくださいお姉さま! 貴女のフロイラが今……参ります!」
そう言うと、フロイラちゃんは走り去ってしまった。とても楽しそうな顔をしていたので、俺が止める必要は無いだろう。
落ち込んでいるよりも、ああやって笑っている方がいい。そこはケルティに感謝すべきだ。
一応、1号ちゃんがそっち行ったとチャットしておこうかな……。
「食料の補給は終わった? それならさっさと行こうよ、兄貴」
声の聞こえた方に振り替えると、そこにヒビキと先輩、そして狐のPL、アークがそこにいた。
今作戦の突入部隊の面子である。
ヒビキが俺に近付き、回りに聞こえないように耳打ちをしてくる。チャット使えよとも思ったが、こっちの方が早いか。
「……もうボクの人形はビギニスートに入って情報収集を開始してる。侵入経路も上がってきた。後はリリア様の居場所と逃走経路の確認だ」
了解。……陽動部隊は?
「ボク達より少し早く付くように出発したよ。異常があったら連絡がくる。兄貴が心配することは何も無いさ」
……もしも敵拠点に見張りが居たなら、それの周期や人員も調べろ。街にも見張りが居るならそれの経路もだ。
「了解……」
そう言うとヒビキは目を閉じた。
侵入した人形と、同期しているらしい。
細かい命令や指示は、こうやって逐一同期しなければいけないそうだ。
「……ツキトくん」
あ、どうしました? 先輩?
……なんでそんなむすっとした顔をしているんです?
「兄弟の仲が良いのは仕方ないにしても、僕を置いといて、話を進めるのはどうかと思うのだけど!? 何なの? 君達仲が良すぎじゃない? ホモなの?」
なっ……! 違いますよ!?
というか先輩、どうしたんですか? そんな、らしくもない。いつもの余裕がありませんよ?
ここはピクニックに行くつもりで気楽にやりましょう? ほら、美味しい何かの肉で作ったサンドイッチもありますよ? 先輩好きですよね?
しかし、先輩はぷいっと顔を背けてしまった。こんな反応は初めてだ。
……しまった。パンのチョイスを間違えたか。
「アカンなー、ツキトはん。キミ何もわかっとらんやんか」
そんな胡散臭い関西弁を使いながら、狐のアークが俺を見上げてくる。お前絶対、関西圏の生まれじゃねーだろ。
「こねこはんが頭にきとる理由がわからへんのやろ~? これはな~、キミがあんまり構ってくれへんから嫉妬しとるだけやでぇぶ!?」
先輩のネコパンチが狐の腹を襲う。
速すぎる一撃は、アークを空へと打ち上げ、空にミンチの花を咲かせた。その後、残骸が地面に落ちる。
ミンチになって畑汚すのやめてくれよ……。
そういえば、先輩は最近、近接戦闘でも戦えるようにと、格闘スキルを鍛えているらしい。……PLを一撃でのせるとは知らなかったが。
先輩?
早くも一匹死んだのですけど……。
「……違うから」
はい?
「別に僕より仲が良さそうとか! そんな理由で怒っているんじゃないから! ……バカやろ~!!」
みゃーっと叫んで、先輩は畑の出口へ向かって走って行ってしまった。
……おいおい、この作戦、始まる前から終わってるじゃねぇか。誰だよこの作戦の発案者。俺か。
先輩を見送りながら、俺がそんな事を考えていると、ヒビキが肩を叩いてくる。
……なんだよ?
「みーさんは可愛いね……」
振り替えると、和やかな顔をしていた。
それがやたらとイラッとしたので、とりあえず殴っておく。
すると頭だけが飛んでいき、あわてて体がそれを追いかけて行った。
本当に人形だったんだな……。
この後、もう一度再集合し、俺達はビギニスートに向かった。
その際、先輩は俺の肩にしか乗らないと、頑固拒否の意を示し、俺の肩に爪を深く突き刺したせいで、俺は死んだ。HPゲージが一発で吹き飛びやがった。
先輩に生き返してもらいながら、俺はこの先の道中に不安を感じ、空を仰ぐのだった。
・パン屋の『フロイラ』
種族アマゾネスの少女。可愛らしい出で立ちと美しい金髪が特徴的。クエスト『同胞喰らいを喰らえ』をクリアすると、婚約者が死んでしまった事に絶望し、PLに殺してほしいと依頼する。その際のドロップアイテムがこのクエストの報酬となるのだが、別に殺さなくともいい。もちろんNTRしてもいい。励ましてもいい。それはPL次第である。一度殺すと復活しないNPC。
・アマゾネス
美しい金髪と整った顔立ちをした戦闘民族。奴隷市場でよく見かける。
・大鎚
少女に大きな武器をもたせるのはロマンらしい。




