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『こねこ』と……

「結局、メレーナは『ペットショップ』に残るそうだよ? 僕の交渉術も捨てたものじゃ無いね! ふふん」


 先輩はどうだと言わんばかりに胸を張ってメレーナの顛末を話してくれた。


 俺と先輩はクラン本部の地下にある、完成したばかりの闘技場に来ている。広い会場には中央にリングがあり、周囲の観客席は空っぽだ。


 闘技場はいくら死んでもでデメリットが無いが、各種ステータスとスキルに経験値が入らないという、言うなればトレーニングルームである。


 出来上がりの確認のついでに、話がしたいという事で、この場所には俺と先輩しかいない。


「正直、メレーナの能力は死ぬほど欲しい能力だったからね。条件を飲んでくれて嬉しい限りだよ」


 先輩はメレーナに『紳士隊』を抜けて貰う代わりに、自由を約束した。今は街で買い物を楽しんでいるらしい。

 勿論犯罪者のままだが、衛兵に追われたり、住人に疎ましく思われるような事はない。


 ……まぁ、メレーナは破格の能力と実力ですしね。やはり、前作PLの方々は一味違いますよ。

 頭イってるというか、倫理感に多大な問題を抱えているというか……。


「むっ、少し言い過ぎじゃないかな? 流石の僕も《ウルクガルド》のやっていたことに心を痛めたりしているよ。勝手にヤバイ奴扱いされても困るな」


 ……じゃあ、人間牧場について何か一言あります?


 そう言うと、先輩は俺から目を反らした。これは何かやましい事があるのだろう。いや、前作PLの先輩にやましい事が無いわけが無い。


「『リリアの祝福』は2Dのゲームだったし……。どんな動物からでも乳は取れたし……、肉だって加工すれば取れたから……簡単に増やせるから」


 やっぱりやってた! ヤバイ奴じゃないですか!


「う、うるさい! 皆やってるって! ケルティだってメイド牧場作って、乳絞りしてたって言ってたし!」


 もっとヤバイ奴が居たの忘れてた!


 だがしかし、何でも牧場で増やす事が出来るとなると、俺も悩むところはあるのは事実。

 そろそろ牧場経営にも手を出そうとしている俺にとって、何を育てる……もとい、殖やすかは重大なテーマだ。


 くそっ……、鶏や羊を育てようとしてたのに……! 煩悩が、俺を、蝕む!


「ふざけてチュートリアルジジィを殖やした事もあるよ……」


 どういう事なんです!?


「あー、牧場の施設にNPCを預けるのが牧場経営のやり方なんだけどさ、殖えるのは預けたキャラと同じキャラなんだよね。だから《ウルクガルド》とか『フロイラ』を預けると同じキャラが殖えるんだよね」


 まじですか。


 フロイラちゃん殖やせるんです? 産めよ、殖やせよ? こうしちゃいられない、急いで設定を大人向けに……。


「はいはい。悪いけど、このゲームでも出来るかはわからないから。……ところで、聞きたい事があったんだ」


 どうしたんです先輩? いきなり真面目トーンになって。

 急にそんな態度をとられるとビビっちゃいますよ? 俺ビビりなんですから。


「どうしてメレーナが怪しいと思ったんだい? チップが言うには、何も怪しいところは無かったそうじゃないか。けれども、君はまるで最初から犯人がわかっていたみたいな反応をしたって聞いたよ? どうしてだい?」


 ……ああ、その事ですか。

 確かに、メレーナがあんな奴だとは俺も思いませんでした。本性を現した後は口も悪いし、横暴だし理不尽だし……。

 でも、だから違和感があったんですよ。


「?」


 アイツ、まともだったんです。他のPLと比べて。


 チップの奴はいつの間にかトリガーハッピーになって、言葉よりも銃弾が早く出る様になったし、ドラゴムさんは肉体言語に目覚めそうになってるし、ゼスプなんか四六時中ドラゴムさんをモフってるし……。


 このゲームやっていると、己の常識が通用し無い事がわかってきますから、皆どっかのネジが飛んでっちゃうんですよ。


 そんな中、アイツだけ普通に農家やってるんですもん。コイツは腹に何か抱えてるな、ってなるもんです。


「なるほど、なんか納得……。って、ツキトくん、君は僕達の事そういう風に見てたのかい? ちょっとショック……」


 すいませんねぇ。


 けれど、俺の気持ちもわかって下さいよ。まともな奴が自分しかいないこの孤独感、俺はこれから何度キチ○イどもに突っ込みをいれていかなければならないのか……。


 想像しただけで胃が痛く……。


「いやいやいや! なにしれっと自分だけまともみたいな事言ってんの!? 君さ、周りからなんて言われてるか知ってる?」


 え?

 さあ? 基本的にクラン本部には用事が無いと来ないですし。


 ま、どうせアレでしょう? 『剣で刺されてた人』でしょう? ケルティの良さげな二つ名に対してこれですよ。あの戦いそれなりに活躍したつもりなんですけどねぇ?


「まだ根にもってるの、君? あとケルティちゃんは有名になりすぎて、『女の子と遊べない……』って嘆いてたから」


 まぁいい薬でしょう。

 ……それで? 俺はなんて呼ばれているんです? まさかそのまま『剣で刺されてた人』じゃないですよね?


 俺がそう聞くと、先輩は嬉しそうに目を細めた。


 何故、そんなに嬉しそうなのかはよくわからない。だが、その反応からしてそんなに悪いものじゃ……。


「ふふ……『死神従者』だってさ」


 ……。

 従者て……、なんか微妙なんですが……。


 で、一体全体どうしてそんな二つ名が?

 心当たりが全く無いんですけど? のんびりとしたスローライフを送っている俺に対して、あまりにも相応しく無いというか、なんというか。


「『死神』は君がPLを殺し過ぎてるからだよ? 自覚持ってね? 『従者』の方は……、しょうがないと笑っておくれよ。実は僕にも二つ名が付いていたみたいでね。それに関連して、という話らしいよ」


 !

 ほう……、それはつまり……。


 俺は思わずニヤリと笑った。


 考えてみれば、確かに。二つのクランが合同した巨大コミュニティの立ち上げ、サアリド郊外を荒野にしたメテオ、各クランメンバーの活躍……等々。


 俺達にとって先輩は頼りになる存在だ。

 しかし、立場を変えて見てしまえばこれ程恐ろしい存在も居ない。


 大量のキチ○イ……もといPL達を戦力とし、この街の交易さえも掌握、勢力を拡大しているクラン『魔女への鉄槌』及び『ペットショップ』の頂点にいるこの存在を、人はどう見るだろうか?


 圧倒的な実力、正体不明の『プレゼント』、鍛えられた部下達……。


 敵対する相手から見て、そんな存在を一言で表現するのであれば、俺が思い付いたのは、もとい思っていたのは……。


「『魔王』だってさ。情けないね、こんないたいけな『こねこ』を指差して魔王だって? 鍛え方が足りないのさ」


 そう言う先輩は満更でも無さそうな様子である。

 このゲームにおいて魔王という存在は用意されていない。もしかしたら、勇者を名乗る勘違いしたPLが、うちのクランに遊びに来るの日も来るだろうか?


 ……それはそれで楽しそうである。


 よし。クラン本部を魔王城にしましょう。そして、ダンジョンを作り、アホが引っかかるのを待つのです。


「何が、よし、なのさ。そんな本格的に魔王やる予定無いから。しかも、僕が魔王なんてやったら、クソゲー待った無しだし」


 っく……、そう言われると先輩が負ける未来が見えない。これは駄目だ、企画として終わっている。


 ……仕方ない。じゃあ死んでもいいって事で、代わりにセクハラもふ魔王、ゼスプを配置しましょう。先輩の立ち位置を大魔王として、裏ダンジョンを用意します。

 これなら、理不尽難易度でも文句は言わせません。イケる!


「……悔しいけどちょっと楽しそう。その場合ツキトは何処に配置されるの? 二つ名的に僕の前座かな?」


 あ、俺についてはダンジョンを彷徨い歩いて、エンカウントしたら確実に首を刈ってくる、クソ強雑魚枠でお願いします。


「あ! それ知ってる! 下手したらラスボスよりも厄介な奴! それでもって、パターン組まなきゃ殺される奴だ!」


 そうです、あのトラウマを植え付けて来る奴ですよ。


 後、完全耐性持ってたり、相手がアイテムを使ったりしたら、時を止めて首チョンパする感じで。


「心を折りにいく気だね!? というか、魔王よりもインパクト強くないかな!?」


 大丈夫ですよ……。

 ちゃんとスニークしてるなら見逃してあげるつもりですし……、ふふふ……。


「取り敢えず、その話は次の企画会議に上げとくよ……ふぅ……」


 ここで先輩は大きくため息を付いた。少しの間遠くを見て深呼吸をすると、口を開く。


「ねぇ、ツキトくん」


 なんです? あらたまって?


「ありがとうね。付き合ってくれて」


 ……何を今さら。好きなことやっているだけですよ。きっと先輩が居なかったら俺は今頃独房送りになってますよ。


「そうなの? けど、君はいつも僕の味方で、側にいてくれたじゃないか。クランでの活動が忙しくなってからは一緒に冒険も出来てないけど……」


 そうですね……。

 じゃあ、これからどっか行きますか?


「え? でもまだやることが……」


 俺に無理矢理連行されたって言えばいいんですよ! それにリフレッシュだって必要です。引きこもって鍛えてるだけじゃつまらないでしょう?


「でも皆に悪いし……」


 先輩は目を泳がせ困っているような表情を見せる。真面目な先輩の事だ、自分が居なくなっても大丈夫か心配なのだろう。

 仕方ない……。


 俺はウィンドウを操作してクランチャットにメッセージを送った。


「ツキトくん? なにして…ん? チャット? ……はぁ!?」


 目を丸くして驚く先輩を抱き抱えると、俺は全力で駆け出した。

 それとほぼ同時に、俺が居た場所に銃弾の雨が降り注ぐ。


 チャットを確認したのだろう。走りながら振り向くと、そこには予想通りチップと、いてほしく無かったがメレーナが居た。


「ツキトぉぉぉぉ! メッセージ見たぜぇ! ホントにアタシ達が勝ったら『リリアの聖水』くれるんだよなぁ!?」


「はははぁ! まさかこんなに早くリベンジ出来るとはねぇ! 容赦無くいくよぉ!?」


 目の再生が終わったチップはいつも通り元気になっていた。相も変わらぬ馬鹿犬っぷりである。

 メレーナとはひと悶着あったが、何故か意気投合したらしく、二人で買い物に行っていたようだ。


「チップ! 飛ばして!」


「おう!」


 チップがウィンドウを操作すると、俺の真上に手榴弾を持ったメレーナが現れる。俺に向かってそれを放り投げると、メレーナは姿を消した。


 流石に避けきれず、俺は手榴弾の爆発に巻き込まれた。HPがごりっと減るのを確認しながら、闘技場の出口に向け前進する。


 クソっ! アイツら連携がとれてやがる!

 というか、機動力がおかしいんだよなぁ!? あのコンビはよぉ!


「……しょうがないなぁ。……『帰還』」


 先輩が魔法を使うと、目の前の光景が一転してクランのロビーに変わった。拠点や街等、決まった場所に移動できる魔法『帰還』だ。おかげで助かった。


「『緊急クエスト! 俺と先輩を捕まえたらリリアの聖水プレゼント! 殺害可、参加条件無し!』ねぇ。……少しは僕の事情も考えて欲しいんだけど」


 まぁいいじゃないですか。息抜きは必要ですよ。それにほら、皆やる気みたいですし……。


 ロビーには俺が飛ばしたチャットを確認したであろうPLが大量に集まっていた。殆どが戦闘体制をとり、俺と先輩に狙いを定めている。殺意のこもった目線が俺達に向けられていた。


「今日は殺しても良い日だってな! 地獄に送ってやるよ、ツキトォ!」


「日頃の恨み思い知らせてやるわ! あ、みーさんは感謝してます! だからトレーニングを減らして!」


「痛むんだよなぁ! お前に刈られた首が! 痛むんだよぉ!」


「コロスコロスコロスコロスコロスコロス……ツキトコロスコロスツキトコロスコロス……」


「リーダーは殺すな! 捕らえろ! ツキトは犬の餌にでもしておけ! あぁ!? チップちゃんの事じゃねーよ! ぶちかますぞ!? 俺が食われたいわ!」


 ……捕まえればいいだけなんだけどなぁ? 俺何かしたっけかな?


 俺が不思議に思い、首を捻ってると、先輩のため息が聞こえてきた。


「はぁ……。もう、わかったよ。今日は遊ぶ日にする! さぁ、逃げるよ!」


 了解!


 俺は踵を返しクランの外へと飛び出した。

 先輩はいつの間にか俺の肩に移動して、後方に魔法を放っている。弾ける音が聞こえてくるので、先輩も本気のようだ。


「ねぇツキトくん!」


 なんですかぁ!?

 先輩が楽しそうに俺の名前を呼んだので、俺はそれに答えた。


 逃げた先にも、刺客はわんさか居たので、俺はそいつらの攻撃を避けつつ、首を刈るので精一杯である。


「これからもよろしくね!」


 俺はその言葉を聞いてニヤリと笑い、更に加速してサアリドの街を駆け抜けて行った。


 これは、俺が興味本意で始めたキチ○イ系VRMMOのお話。女神様に見守られ、魔王の『こねこ』と一緒の冒険は続く。




 ちなみに『リリアの聖水』はメレーナの手に渡ったのだが、製造法を教えると返品されてしまった。


 幼女の聖水をかけて戦う物語よ……、はよ終われ……。

・はよ終われ

 残念ながら終わらない。

 次はパスファちゃんのお願いを聞いてもらう!

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[一言] すっごい最終回みたいw
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