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こねこのお店『ペットショップ』にようこそ!

 神技は一つの女神につき二つ用意されている、敬虔なる信者の切り札だ。


 神技はPLが自力で修得できる技能と比べ、破格の性能を持ち合わせており、技能目的で信仰先の女神を決める者も少なくない、らしい。


 少なくとも、先輩は『パスファの密約』を使いたいが為にパスファを信仰している。時を止めて行動できるというのは、魔法や遠距離武器をメインにしているPLにとって、利点が大きいそうだ。

 

 さて、ここでカルリラ様の神技を説明しよう。


 カルリラ様の神技は『カルリラの再契約』と『カルリラの契約』。

 再契約はどんな大きなダメージを受けたとしても、瞬時にHPを1まで回復させる技能である。これはダメージを受けた際に自動で発動する保険的なスキルだ。


 そして、二つ目『カルリラの契約』。


 発動条件は武器に鎌か大鎌を装備していること。説明には『輪廻のカルリラの力の一端を身に卸す』となっているが、簡単に言ってしまえば限定的なブースト能力である。


 鎌、戦闘スキル、ステータスの大幅な上昇、各種耐性の強化、と有用な効果が目白押しだ。

 更に、通常攻撃に高確率で相手を即死させる効果と回避力の強化が与えられる。


 カルリラ教徒にのみ許された、この切り札こそ、俺の最後の希望だ。




 目の前の妖精、メレーナは雷撃の杖をしまうと、俺を睨み付け、口を開く。


「まさか……本当にやるとは思わなかったねぇ。けれども面白いじゃん。逃げてもいいんだけど、ここは相手してあげようかなぁ? ……『サモン』!」


 メレーナがそう叫ぶと、目の前に大きな翼を持った、蜥蜴の様なモンスターが現れる。

 いわゆるワイバーンというやつだろうか?

 メレーナは飛び上がるとその背についた鞍に騎乗する。


 妖精を背に乗せ、ワイバーンは上空に飛び上った。


「『サモン』! 『サモン』! 『サモン』!」


 続けて叫ぶ度に、モンスターが現れる。


 俺の倍はある大きさの狼。バトルアックスを携えたリビングアーマー。不定形の体の中に、輝く核を持った巨大なスライム……。それぞれ、違う攻撃方法を持ったモンスター達のようだ。


「さぁて、卑怯とは言わせないよ? こっちはアンタみたいな能力は無いからね。私のペット達で攻めさせて貰う……いきな!」


 メレーナの号令と共に、狼が俺に向かって飛び出した。


 俺は反射的にその首に大鎌の刃を通す。

 意図も簡単に切り落とされた首は、あらぬ方向に飛んでいき、地面を跳ねていった。


 しかし、狼の体は首を落とされたまま地面に着地すると、俺の方に向き直り、新しい頭を二つ生やす。

 どうやら狼ではなく、ケルベロスだったようだ。


 ケルベロスは大きく息を吸い込むと燃え盛る火炎を俺に向かい吐き出した。それは瞬時に俺を包み込むが、今の俺には熱さなど全く通用しない。


 だが、炎が落ち着くと、見上げるほどの大きさの鎧がバトルアックスを振りかぶり、目の前に立っていた。


 成る程、さっきの炎は目眩ましか。


 その攻撃を避けるのは容易い事だったのだが、それは相手も理解しているようで……。

 身構えた俺の体を、何かが包み込む。


 スライムだ。


 水中に投げ出されてしまった様に、自由に体を動かすことができない。


 炎による撹乱、スライムによる拘束、そしてリビングアーマーのとどめ。流れるような連携で意図も簡単に追い詰められる。


「とったぁ!」


 メレーナの声と共にバトルアックスが俺に向かって振り下ろされた。その刃先はスライムごと切り裂きながら俺の首もとに向かって来る。


 だが、


「……はぁ?」


 その刃は俺の体に当たるとバラバラに砕け散った。その様子にメレーナが気の抜けたような声を漏らす。


 もがきながらスライムの核に手を伸ばす。ソフトボール程の大きさのそれを掴み……、力を込めて握り潰した。


 核が壊れると同時に、スライムの体は崩壊し、辺りに飛び散って、大きな水溜まりを作り上げる。


 スライムから解放されると、目の前のリビングアーマーが突進してきた。

 俺はその攻撃を避けながら大鎌を振るい、鎧を両断する。

 鎧がバラバラになって、動かなくなったことを確認し、俺は残ったケルベロスに向け駆け出した。


 ケルベロスはもう一度息を吸い込みブレスの準備をする。


 あの程度の攻撃ならば問題は無いが、こちらの視界を奪われるのは厄介だ。それと、また首を生やされても困る。


 確実に殺すために、俺はケルベロスを真正面から切り裂き、頭から尻尾まで真っ二つに両断した。


 ……ふむ、初めて『カルリラの契約』を使ってみたが、これはいいものだ。ステータスがアホみたいに上がっているおかげで、いつもよりも体の動きがいい。


 しかも、発動と同時にデバフの解除もあるらしく、詠唱不可が治っている。


 このまま楽に勝てればいいのだが……。


「やっぱり、簡単にはいかないよねぇ……。んじゃ次の手、いっくよー!」


 そんなに簡単にはいかないのが世の常である。

 空を見上げるとワイバーンが旋回しており、そこから何かがポロポロと落ちてきた。


 その見覚えある形状に、俺は急いで壁生成の魔法を使い、周囲を土の壁で覆う。地面に体を伏せると同時に、多数の爆発音が発生し、空気を震わせた。


 メレーナぁ! 手榴弾なんか撒き散らしやがって! 俺の畑になんて事をしてくれる!?


「はっはっはぁ! 流石に焦って来たみたいだねぇ? さっさと降参してしまえばいいのに、粘るねぇ~」


 更に追加の手榴弾と、メレーナの笑い声がが上空から降り注ぐ。

 このままではじり貧だ。なんとかしなくてはいけないのだが、いかんせん遠距離武器の様な得物は、先程の手榴弾しか持ち合わせていなかった。

 俺は思考を巡らせ、覚悟を決める。


 ……よし、出来るかはわからないが思いっきりやってみるか。


 俺は盛り上がった土壁に乗り上がると、ワイバーンに狙いをつける。ちょうど、旋回して俺の真上に向かって来るところだった。


 タイミングを合わせ、俺はワイバーンに向け全力で跳躍する。

 ワイバーンの目の前に飛び出すと、その背中の鞍に座った妖精と目があった。


 よう、メレーナ。ご機嫌いかが?


「……わぁお」


 俺は目を丸くしているメレーナには遠慮無しに、そのままワイバーンの首を刈り取る。

 すると、空中でワイバーンがミンチになって飛び散った。楽勝。


 これでメレーナが呼び出したモンスターは殲滅した。残るは空中に投げ出されたメレーナのみ、なのだが……。


「ううん、良いねぇ。予定通りっていうのは本当に気分が良い」


 地面に向け落下している俺をメレーナが見下ろしているのに気付き、自分の考えが甘かった事を察した。


 妖精って……自力で飛べるじゃねぇか!


「心臓抜かれる程度じゃあ死なないんだもんねぇ。確実に殺すなら何処がいいかなぁ……?」


 まるで口が割けてしまいそうな程に口角を吊り上げ、メレーナは笑っている。それはそれは楽しそうに。


「うん、決めた」


 そう言うと、メレーナは俺に向かって高速で落下してくる。


 速い。


 『カルリラの契約』とパスファ信者としての、ブーストが加わっているにも関わらず、メレーナの速さは俺のステータスを遥かに上回っている。


 目で追えない訳では無いが、この自由が効かない空中ではあの速さには対応できないだろう。


「脳ミソだ! その汚い脳ミソ引きずり出してあげるよぉ! キャハハハハ!」


 狂喜の声と共にメレーナが俺の頭目掛けて突っ込んで来た。


 しかし、いくら速いと言っても武器を振るえば当たる程の速さである。今の俺になら一撃で屠る事も出来るだろう。いや、できてしまうのだ。


 それでは意味がない。殺してしまえばここではない何処かで、メレーナは復活し、姿を眩ませる。つまり、この一連の騒動を決着させるには生け捕りにしなければならない。


 俺は向かってくるメレーナを真っ直ぐに見据えた。もうその腕は俺に触れようとしている。



 そして━━━━、



 その腕が触れる瞬間、俺の体は黒い霧となり、霧散した。


「!!?」


 メレーナの腕は何も掴む事無く虚空を切る。その様子を、俺は体を再構築させながら見ていた。


 悪いな、契約発動中ならこういう避け方もあるみたいなんだわ。


「くっ……! もう一度……!」


 メレーナが俺に向き直る前に、俺は大鎌を振るう。高速の一閃が、メレーナの背中に生えている、妖精の羽のみを切り落とした。


「うぎぁあ!? ……そ、んな」


 メレーナは自由を奪われ、俺と共に地面へと落下していく。俺はメレーナに向かい『サイレス』の魔法をかけた。


 落ちていく小さな体にぼやけた霧がまとわりつく。ここまで来てテレポートの魔法を使われる訳にはいかない。


「きゃは……、容赦、無いねぇ……」


 そんな呟きを残し、メレーナは地面へと叩きつけられる。俺はなんとか無事に着地し、メレーナの元へ向かった。

 メレーナの体はまだ形を残していたので、どうやら死んではいない様だ。しかし、虫の息なことには変わりは無い。


 さて、どうしてくれようか?


「……なにさぁ、差さないのかい? とどめ……」


 ああ、どうせ殺しても逃げられるだけだしな。……それに、まだ聞いていない事もあった。


「悪いけどその質問に答える義理はないねぇ……」


 メレーナは震えながら、針の様な短剣をその手に持つ。今にも倒れそうに立ち上がると、小さな体で俺と向き合う。


 その時、いきなり俺の体が重くなった。何か魔法を使われたかと思ったが、確認すると肌に生気が戻って来ているのがわかった。

 どうやら、『カルリラの契約』が解除されたらしい。


「あーあ……、もうちょっと粘れば私にも勝機があったんだねぇ……クッソ」


 みたいだな。


 ……教えてくれよ、何でお前さ『紳士隊』なんておかしなクランに入ってるんだ? その能力なら引く手あまただろうに。


「あぁ……? まぁ、それなら教えてやってもいいか。『プレゼント』のデメリットのせいだよ。私は犯罪者からもう戻れないのさ」


 メレーナは皮肉そうに笑った。


 犯罪者になった場合、町での行動が制限される。守衛に捕まれば独房に送られ、商店からは入店を拒否され、町人からは避けられるようになってしまう。


「今や、ビギニスートはアイツらの街さ。つまらなくとも『紳士隊』に入っている限りなら、私はあの街で自由に行動できる……それだけの理由さ」


 そう言い残すとメレーナは自らの首を短剣で切りつけた。勢い良く血が吹き出て、その体が崩れ落ちる。


「あーあ、独房送りになるのは辛いけど……、まぁいいさ。……じゃあねぇツキト。『ペットショップ』は楽しかったよ。……まぁたねぇ~」


 そう言いってメレーナはニヤリと笑った。ほぼ同時に体が弾け、もといた場所に残骸が現れる。その様子を見て、俺はぼそりと呟いた。



 ……一手、遅かったな。



 目の前に、死んだ筈のメレーナが現れる。


 俺は困惑する彼女に切りかかり、もう一度羽を削ぎ落とした。


「な、何が……!?」


 地に落ちたメレーナに向かい、黒い何かが近づいていく。


 どうやら、間に合ったらしい。チップがログアウトした時点で、救援メッセージを送っていたのだが、やっと来てくれた。


「悪いねツキトくん。ちょっと遅れちゃったかな?」

 

 メレーナよりも小さい体、短い手足、大きな目。

 そこにはいつもと同じ様子のこねこ、先輩がいた。


「まさか……! いつのまにぃ……!?」


「僕とツキトくんは仲が良いからね。メッセージも固定文作ってるから、ちょっとした隙があればそれくらい送れるんだよ。確認するのが遅れたけど」


 道理で遅いと思いましたよ……。


 まぁ、そう言うことだメレーナ。悪いが死んで逃げるっていう道は、封じさせてもらった。

 魔法も無駄だぜ? こと魔法に関して、先輩に勝てると思うなよ?


「……はっ、そうみたいだねぇ」


 メレーナは諦めたのか、その場に座り込んだ。その顔は何処と無く穏やかである。


「……ははは。それでぇ? どうするのさ? 他クランからのスパイの私に対して、どういう処置をするつもりなのかなぁ? リンチにして、オモチャにでもするつもりぃ?」


 しかしながら、その態度はまるで反省している様には見えない。むしろ先程より悪くなっている様にも感じる。


 そんな半分自棄になっているメレーナに対して先輩は━━━。


「んー……。それじゃあ、クランのプレゼンでもしようかな? 君の願いを叶えてくれる、こねこのお店『ペットショップ』にようこそ! 歓迎するよ!」


 メレーナの勧誘を始めるのであった。


 先輩は、ぶれない。

・サモン

 自分がペットにした人間及び魔物を召喚する魔法。


・ペット

 相手を弱らせ、捕獲し手懐けることで、PLはNPCをペットにできる。ペットにすれば、例え冥界属性の攻撃で死んでも復活可能。……ん? 人間相手でも同じだよ? 洗脳でも調教でもいいから、従順にさせればペットになるんだよ?

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