『カルリラの契約』
「ぎぃにゃああああああ!!!?」
辺りに猫の様な悲鳴が響き渡る。
どこからともかく召喚されてきた可哀想なニャックが、俺の目の前で電撃に焼かれ、消し炭になった声だ。
やー、危ない危ない。このゲーム、魔法は必中だからなぁ。
「……ニャック召喚の魔法? へぇ、味な真似してくれるじゃんかぁ」
メレーナは俺の予想外の行動に感心した様に顔を微笑ませる。
このゲームのターゲット指定は。自動的に自分と敵対しているNPCが優先される。いくら必中の魔法でも、違う目標を用意して、狙いを反らしてやれば、避ける事が出来るという訳だ。
「簡単な魔法なら使えるんだねぇ。浅知恵だけど悪くは無いと思うよ? ……あの子猫の入れ知恵かな?」
まぁな。魔法使いと戦うならどうすればいいのか、っていうのも実戦で教えてくれたよ。
ターゲットの変更、視界の断絶、詠唱封印、……まぁ色々だ。
杖を使った相手っていうのは予想してなかったけども、同じような対処方でいいのだろう?
「ふーん、そう。……何も知らない様だから教えてあげるけど『リリアの祝福』はローグライクゲームだったんだぁ」
そう言うと、メレーナは新しい杖を取り出し、元々持っていた杖をアイテムボックスにしまった。
「知ってるかな? ローグライクゲーム。アイテムと魔法を駆使してダンジョンを攻略していく、昔からあるジャンルでねぇ。色んな作品があるんだけど……」
俺はその話に耳を貸さず、壁作成の魔法を使い、目の前に分厚い土の壁を作り上げる。
視界を遮ることにより、ターゲット指定を外すテクニックだ。
これなら魔法は俺に飛んで来ることは無い……! 今のうちに態勢を整える……!
「一番の武器は経験だって、言われてるんだよぉ?」
突然。
メレーナの声が後方から聞こえた。
振り替えると、赤い髪の妖精が笑いながらこちらを見ている。
んな馬鹿な、どうやって移動しやがった!?
咄嗟に身を翻し、壁の裏側に隠れようとするが、それよりも速くメレーナの杖は振り下ろされ、俺の体が鈍い色の光で包まれる。
ダメージの様なものはなかったが、視界の端には状態異常を示す小ウィンドウが現れており、そこには『詠唱不可』の文字があった。
クソ! やられた!
「準備の量が違うんだよねぇ! 対抗策に対応する、アンタにはそれが出来ていない! 経験不足と油断、慢心! 馬鹿じゃないの!? 全っ然ダメ!」
間違いない。
メレーナは前作とも言える『リリアの祝福』の元プレイヤーだ。
どこまでやり込んだのかはわからないが、アドバンテージは確実に相手にあり、部が悪い事は明らかだ。
……仕方がない、ここは逃げるか。
勝ち目の薄い勝負はしないに限る。
俺は帰還のスクロールを取り出し、そのまま目の前に拡げた。魔法が唱えられなくとも出来ることはある。
とにかく、一度クランに行って救援を……。
「へぇ、懸命な判断はいいねぇ。……意味がないって事を除けば、ね」
!?
メレーナはいつの間にか、帰還のスクロールを抱えていた。
もちろん、アイテムボックスから取り出した様子など無かったし、元々持っていた訳でもない。
そして、代わりに俺が使った筈のスクロールは発動せず、手元から消失していた。
まさか……盗んだのか!?
「理解が速くて結構。軽いものは盗みやすくていいねぇ。……でぇ、これで終わりかな? 何も無ければこのまま追い詰めていこうと思っているんだけどぉ?」
メレーナは盗んだスクロールを自らのアイテムボックスに格納し、再び杖を構えた。
……っち。
俺は舌打ちをして両手を上に挙げた。
残念ながらネタ切れだ。降参するから、いくつか質問に答えてくれよ。もしかしたら平和的解決って方向性もあるかもだし?
……無論、嘘である。降参する気など更々無いし、出来ることならば生け捕りにして、先輩に献上してやりたい。
今は時間を稼ぎ、この場を脱する方法を考えなければ……。
「ん? 時間稼ぎかな?」
……一瞬で破綻したぞ、畜生。
「なっさけなぁ……。ま、いいよ。アンタの質問が続く内は待ってあげようかな? 何が聞きたいのさ?」
心底呆れたような顔をしてメレーナはそう言った。
これは都合がいい。ただ殺してしまうよりも、遥かにいい。メレーナに対する疑問を明確にしなければ、根本的な解決には至らない。
PLはいくらでも復活出来るのだから、一度殺して解決すると言うことは、まず無いだろう。
……じゃあ『リリアの聖水』が欲しいそうだけどよ、なんでお前が欲しがっているんだ?
『紳士隊』はリリア様の警護をしているんだろ? 頼み込めば、一発放出してくれるんじゃねぇのか?
ぶっちゃけあれって……。
「ん? もう一度『神殿崩壊』起こせって話? 知識不足のアンタに説明してあげるとね、そういう固定のアーティファクトは、世界中で一つしか生成されないのさ。つまり、アンタがそれを使わない限り新しい『リリアの聖水』は手に入らないんだよ」
成る程ね、既に量産体制が整っているものとばかり思っていたよ。
じゃあ次だ。なんで俺が『リリアの聖水』を所持している事を知っている? 俺は貰った時以来、誰かに見せた記憶はないぞ。
「……意外に管理がしっかりしてるねぇ。ネタばらしだけれども教えてあげる。私の『プレゼント』の能力だ。誰が何のアーティファクトを手にしてるかがチェックできるのさ」
へぇ。俺はてっきり、目で確認できた物を盗み取る、って能力だと判断したけど、違ったかな? 普通のスキルじゃあんな真似はできねぇだろ。
そう言うと、メレーナはニンマリと笑う。実に楽しそうであり、残酷な表情だと感じた。
「いい線いってるねぇ。けど、惜しいかな? 軽いものや、アイテムなら見ただけで盗めるのは確か。けど目とか内蔵とかだと、相手の体に触らないとアイテムとして盗め無いんだよねぇ。アンタのと違ってちゃちな能力だよ」
簡単に言うんだな。
あんまり自分の手札を晒すのはどうかと思うぜ? 簡単に対策がとられるぞ?
「あー、いいのいいの。どうせアイツ等にバレてるし、今さらだねぇ」
アイツ等?
「『紳士隊』の奴等だよ。アイツ等さぁ初心者捕まえて、名前と『プレゼント』の能力聞き出してるの。で、使えそうならクランに招待、使えなさそうなのはサアリドに誘導していたって訳」
つまり、各PLの『プレゼント』を掌握しているって話なのか? なんでそんな事を?
「ああ、簡単な話。今の状態を生起させるためだよ。もしもサアリドに誘導した奴等がアーティファクトを手にいれたら、ソイツ等から奪うのさ。その時に『プレゼント』は確実に障害になる。予め能力を知っていれば対策も立てやすいしねぇ」
……!
なんというか化けの皮が剥がれたって感じだな。つまり、ロリコンのふりをした犯罪者予備軍ってところか。いや、どっちにしろ犯罪者予備軍だったわ。
「あ、リーダーはロリコンだから間違っちゃいないよ。本当にあの趣味だけは理解できないわ……はぁ……」
メレーナが苦労人の顔をしている。
そう言われれば、メレーナも人によってはロリの部類に入りそうな見た目だ。これは何かあったな……。
「で、もう質問は? あのアホクランについてはもういいでしょ?」
メレーナは俺を鋭く睨み付けて杖を構える。
最初に俺に向けて振るった電撃の杖と同じ物だ。食らえばただでは済まない。
じゃあ、一番気になっていたことを聞きたい。
……なんで、俺をあんな面倒な方法で殺そうとしたんだ? チャンスならいくらでもあっただろう?
さっきチップにやったように目を盗むなり、内蔵を盗むなりすれば、俺は簡単に殺せた筈だ。
はっきり言って、メレーナと一緒に居た俺は隙だらけだったろう? 何故、《ウルグガルド》にわざわざ俺を殺すよう仕向けたのか? これがわからねぇ。
俺の質問に対し、メレーナの顔が曇る。
聞かれたくないことを聞かれた。そんな顔だと思った。
「……幾つか。幾つか理由はあるけど、まず一つは、アーティファクトを持っている時に死ねば必ずドロップする。これはPLもNPCも同じ、だから殺そうとしただけ。もう一つはアンタの『プレゼント』がどんなものか量る為の犠牲になってもらった。……それだけよ」
何故か、俺にはメレーナには先程の余裕が無くなっている様に見えた。相手の方が有利な筈なのにも関わらず。
「お世辞抜きでねぇ、アンタの能力を聞いた時、私はヤバイ奴がいると思ったよ。全ての女神を信仰できる? しかも高いスキルブーストまでついてるだって? 更に『神技』は既に仕様可能? 強すぎるとしか言いようがない」
それはどうも。
ま、もう使えないけど。
「そう、それも狙いの一つ。《ウルグガルド》は決して弱くは無かった。いや、今の時期に殺せる相手じゃない。そんな奴に勝つためには本気を出さなきゃ無理だ。それこそ、連発できない『神技』を使わなくちゃいけない程にねぇ! だから! それができなきゃアンタなんて、何も怖くは無いねぇ!」
メレーナが言っている女神から承った技能『神技』は、捧げ物をすることにより強度が決まってくる。
一度使うと使った分の捧げ物のポイントをもう一度貯めなくてはいけない。
『パスファの密約』は特にポイントの消費が激しく、新しく捧げ物をしなければ使えないだろう。カルリラ様の神技も同じだ。ポイントが少な過ぎて、効果は期待できない。
「チップと《ウルグガルド》には感謝だねぇ。アイツ等が居なかったら、時間を止められて終わりだったし。カルリラの神技も使われたく無かったからねぇ……」
……あ。
俺は思わず声を出した。まさか解決の糸口が敵の口から漏れるなど考えても無かったからだ。
迷う事無く、アイテムボックスからとあるアイテムを取り出し、それを構える。
コイツは布石だ、上手く行けば俺が一気に有利に立てる……!。
しかし、使用する前に俺の手からアイテムが消えた。
「だから、アイテムに頼るのは無駄……!?」
……かかった。
彼女の腕の中には、セーフティが解除されている、手榴弾が抱かれていた。
メレーナは慌ててそれを投げ捨てたが、既に手遅れだ。
耳を引き裂くような音と共に、目を焼ききる程の閃光が辺り一帯を包み込む。
俺はがむしゃらに、巨大な作物が生い茂る畑の中へと逃げ込んだ。
「っくぁ、……だぁーー! やられた! いいねぇ! こういうのはすごくいいよぉ!」
メレーナの嬉しそうな声が聞こえた。
何処か余裕が感じるその声から、今の攻撃が大して効いていない事がわかる。
しかし、それで良い。
その時間があれば、捧げ物をする暇はある。
俺は左手で畑から生えている作物を掴み、カルリラ様の名前を口にする。すると、目の前の野菜は目の前から消えた。
『あ、捧げ物ですね……、って、デッカイ! ええ!? こんなに立派な物を頂いて良いのですか!? ヤッター!』
カルリラ様の嬉しそうな声が頭に響いた。
すいません、カルリラ様。バンバンいきますんで御受け取りのほどをよろしくお願いします。
俺は同じ要領で野菜をどんどん送っていった。左手の中指に付けられた『祭壇の指輪』は何処でも捧げ物を送る事のできる能力がある。
これで神技が使えるまで捧げ物を続ければ、俺にも勝機はある筈だ。しかし、それができる時間も長くはない。相手の視界が治るまでに、間に合わせる!
「何をするつもりかは知らないけど、私から逃げられると思わないでよねぇ!」
直後、後方で小規模の爆発が連続して起きる様な音が聞こえた。
どうやら、広範囲の攻撃魔法を撃ちまくっているらしい。確かに、牽制としては悪くない行動だろう。けれども、こちらとしては好都合。距離を置く事が出来る。
俺はひたすらに走り回り、目についた作物に触れていく。途中から、カルリラ様の慌てている声が聞こえてきているが、そこは我慢してもらった。
畑に生えている作物は、人と同じ位の大きさの物もあり、隠蔽物として立派に機能している。
例え目が見えるようになったとしても、直ぐには攻めることが出来ないはず……!
急げ、急げ、急げ……!
「いやいや。一手、遅いんじゃないかなぁ?」
どくん、と胸に激しい痛みが走る。
声がした方に顔を向けると、そこには野菜の影に隠れてメレーナが居た。
馬鹿な、あの距離からどうやって……? しかも二回目だぞ?
……ああ、そうか。
ランダムテレポートの魔法だ。チップも使っている、空間を一気に移動する魔法を使い、距離を詰められたんだ。
「うんうん。神技を使えるようにまで、捧げ物を送り続けるってのは一発逆転のチャンスになっただろうねぇ。けど……」
笑うメレーナの腕のなかには、赤黒い液体を纏わせた心臓が物があった。
「正しい選択肢は『農園から逃げる』だったねぇ。……『リリアの聖水』は回収させて貰うよ」
視界が変化し、地面に崩れ落ちる俺の体を見た。
HPはまだ残っているが、心臓が無いのならこのまま死ぬことになるだろう。
万策は尽きた。最後まで足掻いたが俺自身の力というものはメレーナには遠く及ばないものであったようだ。
しかし、
女神の力は間に合った。
俺の体は、黒い霧となって霧散する。
その様子を見たメレーナは、慌てて心臓を投げ捨てテレポートをしてその場から離れた。
投げ捨てた心臓も霧となって消えてしまう。
「何が起きて……!?」
霧散した体が、今の目線の位置にへと集まってくる。
再構築されていく体を確認すると、俺の体はまるで死人の様な肌の色をしていた。
それこそ、あの真の姿を見せたカルリラ様に似ている。
それを確認して、俺はメレーナへと向き直った。
で、一手……なんだって?
「まさか……! 間に合わせたぁ!? そんな都合の良い話があってたまるかっての! いけぇ!」
メレーナは杖を降り、俺に電撃を放つ。
轟音を響かせながら、飛んできた電気の塊が俺に当たる。
しかし、命中したところで、目立った被害は何も無い。
それをメレーナも察し、苦虫を噛み潰したように顔を歪ませる。
「う……、嘘でしょ……?」
俺の体は完全に再構築が完了した。
身体には、ボロボロの黒いローブが装備され、手にはいつもの大鎌があった。
俺は焦りの表情を隠せないメレーナに向かい、ニタリと口角を持ち上げ笑って見せる。
発動『カルリラの契約』。
・○○召喚の魔法
決まった種類の魔物を召喚する魔法。召喚された魔物はPLに敵対しているので味方では無い。MPKに便利。
・詠唱不可
防護魔法で防ぐ事ができる。魔術師は対策としてスクロールや杖を常備することが多い。
・帰還
所属しているクラン及び自分の拠点に移動できる魔法、またはスクロール。一枚持っておくと便利。
・手榴弾
破片手榴弾とスタングレネードが存在する。衝撃属性の攻撃を辺りに撒き散らす。スタングレネードは威力は低いが、盲目の効果を付与する事ができる。




