弾丸の雨を抜けて
ログインして目を開けると、そこには青く澄みわたる大空があった。
遥か遠くの天空で、鳥が気持ち良さそうに飛んでいる。
吹き抜ける風は暖かく眠気を誘い、目を覚ましたばかりだというのに、再び目を閉じて夢の世界へと向かってしまいそうになる。
ああ、いいなあ、こういう体験もフルダイブVRの醍醐味って奴なんだろうなぁ……。
なぁ……。
……。
あれ? 俺、昨日は家のベッドの上でログアウトしたと思ったんだけど?
身を起こして辺りを見渡す。
そこにはまるで、嵐が過ぎ去ったかの様な光景が広がっていた。
インテリアとして置いてあった机や棚は壊されており、中身まで全てぶち巻かれている。
ベッドの上で起きたと思ったが、俺の尻の下には、砕け散ったベッドだった物が拡がっていた。
天井はおろか、周りの壁まで壊されており、最早この場所を家と呼べる要素は何一つ残ってはいない。
……まじでか。
「お、ログインしてきたか。……で、なんでこんなことになってるんだよ?」
声に反応してゆっくりと振り向くと、そこには我々の愛すべき駄犬、チップが呆れた顔で立っていた。
「そりゃあお前の家だから、どんなリフォームしても文句は無いけどさ。流石に匠が過ぎるっていうか……、劇的過ぎるっていうか……」
おいおい何言ってんだ、お前は? その二つは大体同じ意味だから。
というか、リフォームじゃねぇよ。
お前はこの状況を、どう面白可笑しく解釈したらそういう考えに至るんだ。
そんなんだから「駄目っ子チップ愛好会」なんていうのができるんだっつーの。
「なにそれ!? 初めて聞いた!?」
そりゃあそうだ、何せ秘密の集会だからな。
……というか、お前が来たときにはもうこの状態だったのか。
ちらりと、チップの小屋に目を向ける。此方は無事なようだ、よかったよかった。
……いや、良くは無いんだよ。
この場所に家と畑を作った時は、『農家の契約書』というスクロールを拡げた瞬間に、大量のニャックがやって来て、あっという間に農家の家を仕上げてくれた。
しかし、アフターケアはやっていないそうなので、ここからは自力で直すしか無い。
面倒な事をしてくれたものだ。
「ま、畑の作物は荒らされて無いようだし良かったんじゃないか? お前的にはこっちの方が大事だろ?」
どっちも大事だよ!
ったく、……仕方ない。
ぱっぱと犯人捕まえて、やった理由を吐かせてやる。ついでに首ちょんぱの刑に処してやらぁ。
という訳で、チップ。昨日の約束をやってもらうぞ。
「……あん? お前さ、あれ本気で言ってんのかよ。……クランの中に、裏切り者がいるなんて……。そんな理由なら私は犯人探しやめた方がいいと思うけどな? 疑われた方もいい気分じゃ無いだろうし」
……ほう。私は、ねぇ……。
チップの意見を聞いて、俺はニヤリと意地悪く笑って見せた。
今回の黒幕は、俺が『あるもの』を持っている事を知っていて、この畑に自由に出入りができる人物だと予想した。
つまり、顔見知りの可能性が高い。
そこで、チップの『プレゼント』で協力してもらうように頼んだのだ。が、本人は俺の言う事を聞きたく無いらしい。
お前にも乗り気じゃない仕事を押し付けて悪いけど、一回だけならって言ったのは、お前だからな?
実は、お前も誰かを疑ってたんじゃないのかなぁ?
「……別に。私は仲間を疑うのはどうかと思う、と言ったつもりだ。あんな糞野郎共を頼ってまで、クランを無差別に巻き込んでいる辺り、部外者っていう可能性の方がデカいと思うがな」
おう、部外者っていう意見は俺も一緒だよ。 他クランからの侵入者ってところだろ?
だからこそ、お前の『プレゼント』でなら確認できる。何せステータス欄には所属クランも表示されるからな。
「ああ、そうだな……。相手が地図上に確認できたらすぐさ、けど……」
あー、わかった、わかった。
やりたくないんだろ? だったらそう言ってくれればよかったんだよ。
少し手間が増えるだけだしな。
「あ、あのさ……。いきなり斬りかかったりとかしないよな? 仲間だし話せばわかってくれる……」
あ?
一回ぶっ殺してリスポーン地点確認するのが一番早いだろ? もし違ってたら、ごめんなさいだ。
事実確認は殺した後でいい。
「……それは謝ってすむ話じゃない! 私だったら、なんの理由もなく殺した相手がいる所には居たくない!」
チップはそう言って俺を睨みつけ、いつの間にか持っていたリボルバーの銃口を俺に向ける。
……おいおい、戦う意思の無い相手に武器を向けるのは犯罪行為にあたるって教えてもらわなかったか?
「うるさい、私は怒ってるんだ!」
瞬間、炸裂音が鳴り響いたと思うと、腹部に痛みが走る。
痛覚はゲームの機能で鈍くはなっているとはいえ、弾着した右腹からは血が滲み出ており、HPも無視できない程には削られていた。
っ、お前なぁ……! 本当に射つ奴があるかっ……!?
「別に私だって何もしていなかった訳じゃない。今ならお前にも勝てる」
うっはー……、覚悟を決めた目をしてやがる。
けどよ、一つ言わせてもらうけどな……。
自分の一人称を忘れる程、動揺しているお前にぁ負けねぇなぁ!。
俺は『パスファの密約』を発動させる。
慌てて第二射を発射したチップと、弾丸の動きが停止した。
昨日発動したので、あまり効果は強くなく、止められる時間は1~2秒程度だが、それで充分だ。
俺は紐を引っ張り、チップを手元に移動させる。首輪を付けたままにしてるのは、詰めが甘いとしか言えないが、その辺がチップらしい。
銃を取り上げると、チップの目の前で銃を構え、先程とは逆の構図になった。
構えた途端に、チップは動きだし、驚いた顔を俺に見せる。
「なっ!? どうして……」
動くな、手ぇ上げろ。
俺も銃火器のスキルはもってる。そして、お前とやりあう気は無い。
用事があるのは今回の黒幕だけだよ。
「くっ……、わっ……アタシの武器返せよ!」
お、ちょっとは落ち着いたか? 一人称が戻ってきたな。
じゃあ、聞くが……誰が犯人だ? お前、もう見当がついているんだろう? 答えによってはお前の意見に耳を貸してやる。
「本当かよ……。お前さ、割りと信用されてないって気付いてる?」
両手を上げたチップは衝撃の真実を告げる。
それはショックだな。まぁ、そんな事はどうでもいいんだ、俺には関係ない。
時間が惜しい、さっさ教えろ。
「はっ、じゃあ教えてやる……」
そう言うとチップは、手を下ろすと同時に、俺に向かって飛び込んできた。
足元に向かって発砲しようと引き金を引いたが、ガキンと激鉄の落ちる音だけが虚しく響く。
はぁ!? 弾がっ、出ない!?
「自分が弾丸を装備してないと、弾は出ないんだよ!」
咄嗟に、銃をチップに向かい投げ捨てる。
これで怯んでくれればよかったのだが、チップはそのまま銃をキャッチした。
避けるだろうとは思っていたが、予想外の動きに驚き、行動が遅れてしまう。
マズイ、銃撃が来る!
後ろに飛び退いて距離を取り、チップに向き直ると、しっかりとした姿勢で銃を向けられていた。
勝敗は確実にチップへと傾いている。
「……お前、こんなに弱かったんだな。そりゃあそうか、最初から『プレゼント』で女神の力頼り、自力はこんなもんか」
……はっ、何を言い出すと思えば。誰かの指示で動かないと何もできない飼い犬の癖に、……良く吠える奴だ。
他人に頼ってるのはお互い様だろう。
「そうかもな。……ああ、そういえば、あの時殺された礼はなにもしてなかったか? それじゃあ━━━」
リボルバーの狙いが俺の額へと導かれ、
「コイツが礼だ、くらえ!」
弾丸が発射される。
引き金を引いたチップの顔には迷いは無く、明確な殺意が見てとれた。
飛び出した弾丸は、真っ直ぐ狙い道りに、俺の額へと導かれ━━━━。
よっと。
俺の手に捕まり、止まってしまった。
「……………………は?」
チップは目を丸くして、ぽかんと口を開けている。
いやー、びっくりした。
お前ったらいきなり本気になるんだもの。普通に殺しにかかって来るとか思ってねーし。信用してるのよ、俺?
「いや。お、おま」
そりゃあさ、ゲームとは言え友人関係を壊したくないっていうのはわかるよ? けどさぁ、駄目なことは駄目と言ってあげるのも友情だと……。
パァン、と炸裂音が鳴り響き弾丸が迫るが、身を捻って避けた。
あぶないあぶない。まだ話終わって無いってば。
「な、なんで避けれるんだよ!? 銃弾だぞ!?」
え? むしろなんで避けれないと思ったの? 俺だって修行の一つや二つはこなしてるし。俺を殺したいならこの十倍は持ってきてもらわないと、お話にならないぜ?
そう言うと、チップの手からリボルバーが消え、両手に大量の銃弾が繋がった機関銃が現れる。
「ふざけんなぁ!!」
辺りに轟音を響かせながら、機関銃から無数の弾丸がばらまかれた。
狙いは適当で、面の制圧で俺を殺しに来る。
それの間を掻い潜り、俺は避け続けた。
思えば、先輩から薦められたケルティとの修行はやっておいて損はないものだった。
ケルティが振るう、高速の剣激をひたすらに避け続け、俺の回避と見切りのスキルは格段に上昇している。
あの修行に比べたら、チップの弾幕なんて薄すぎると言って良い程である。
やがて、銃弾が止み、チップの足元に薬莢の海が出来上がった頃、俺はチップの首筋に大鎌の刃を突きつけていた。
「嘘だろ……全部外したってのかよ……」
いや、何発かくらったさ。けど、そんなもんは魔法で回復すればいい。
「魔法まで……、お前私が知らないところで何してたんだ……?」
何でもできるゲームなんだから、何でもやって見るのはおかしいことじゃないだろう? ……で、遺言は?
首筋に当てた刄を少し肌にへと食い込ませる。びくん、と体を震わせると同時に、チップの首筋に血が流れた。
「……っく。アタシを殺したら……次はドラゴムのねーさんを……殺しに行くのか?」
……。
「……ねーさんは『ペットショップ』に加入していない。それに、お前がアタシ達を殺した事についても根に持っているみたいだった。……もしかしてと思って覗いてみたら、所蔵クランの項目は『魔女への鉄槌』だけで……、なぁ、頼むよ、見逃してあげてくれないか?」
チップの目には涙が溜まっていた。
そんな彼女の姿には思うところがある。チップにとってドラゴムさんは特別な仲間なのだろう。もしも、この騒動の黒幕がドラゴムさんなら、彼女の居場所は両クランからなくなってしまう事は明らかだ。
けれど……。
ゼスプも『ペットショップ』入って無いぞ?
「……え?」
言ったら俺と先輩も『魔女への鉄槌』抜けてるし。
お前に言ってなかった?
「……え? ええ? ちょっとまって! ……本当だ! え? なんで? ええ?」
チップはウィンドウを表示させながら目を回している。
そりゃあ、お互いのクランのリーダーと副リーダーが、片方のクランではただの構成員、ってなると、他のメンバーに示しがつかないだろ?
両方のクランに入らなきゃいけないっていう決まりなんて無いし。
「もしかして……アタシが勝手に勘違いしてただけ?」
そうだよ?
俺が怪しいと思っているのは他の奴だし……。
そもそも、ドラゴムさんがそんな下らないことにこだわる訳無いだろ。そんな回りくどい事しなくても、ブレス一つで俺の事を消し炭にできるし、というかされたし。
「されてたのか……。てか、アタシがお前を撃ったのは……」
完全に勘違いからの凶弾だよ……。
俺は大鎌をチップの首筋から離してやった。もう殺しにかかって来ることは無いだろう。
「あわ……あわわわ……。ご、ごめん。ごめんね!? そんなつもりじゃなかったんだよ、ツキトならわかってくれるよね? ね!?」
チップが困った顔をして慌てている。間違えてご主人様に噛みついてしまい、オロオロしている犬の様だ。そのまんまなのだが。
……ああ、いいんだいいんだ。
俺ってば信用されてないらしいし……。
「こっ、言葉のあやだって! お前も友達だと思ってるよ! 悪かったよ! 協力するからさぁ! 許して!」
チップは俺にしがみついて謝ってくる。頬には、耐えきれなかった涙が流れていた。……こういうところが可愛いんだよな、こいつ。取り敢えず、頭を撫でてあげよう。
……最初に言っておくが、誰が怪しいか聞いても俺を殺そうとするなよ?
そう言うとチップは激しく頭を上下させた。
ホントにわかってるのかね、この駄犬は……。
まぁいい、取り敢えずソイツを探すところからだ。お前の『プレゼント』で取り敢えず探して欲しい。もしかしたら、まだこの農園に居るかも知れないしな。
「お、おう! わかった! ……後、お前を撃ったのは内緒にしてくれな?」
わかった、わかった。
チップはウィンドウを開いて周辺を確認していく。敷地はそんなに広くは無いので、不審者がいれば直ぐに見つかるだろうが……。
「……あ、メレーナの奴、ログインしてたんだな。いつから居たんだろ?」
!
何処にいる!?
「え? 畑の端の方に……」
俺はチップのウィンドウを除き込んだ。
確かにいる。
妖精のメレーナ。うちの農園に農業をしに来ているPLだ。
ウィンドウの中の彼女の名前を確認し、そのステータスを開く。
「……嘘だろ? なんで……?」
ステータスに記載された、所属クランの項目には『ペットショップ』の名前と共に、
『紳士隊』という表示があった。
「これってビギニスートのクランの名前だよな? 確かリリア信者の巣窟って聞いたけど……。メレーナはカルリラ信者だって聞いたぞ? 一体どういう……っつぅ!?」
どうした!?
急にチップが苦しみ始めたと思ったら、目を抑えうずくまってしまった。それと同時にウィンドウに砂嵐が走り、半分が真っ黒になる。
何かの異常が起きていることは確かだ。
チップ、待ってろ!
今、ポーションを……。
「あーあ、ばれちゃったかー」
異様に明るい声が、後ろから聞こえた。
慌てて振り向くと、そこには何かの球体を両手で持った、赤い髪の妖精、メレーナが俺の目線の位置で飛んでいた。
「なんでばれちゃったかなー? 私、どこかおかしかった? 可愛い妖精さんって感じでやってたつもりなんだけど?」
目の前の妖精は、妖しげな笑いを浮かべて俺に話しかける。本当に俺の知っているメレーナなのかと疑問に思うほど、いつもの様子とはかけ離れていた。
俺はゆっくりと大鎌を構える。
「あ! そんな態度とっちゃう? ふーん……、じゃあ私にも考えがあります」
そう言うと、メレーナは手に持った球体を地面に落とした。
地面に転がった物の正体に思わず戦慄する。
目だ。
何かの眼球が、俺を見つめている。
「殺してあげるね?」
気が付くと、目の前にメレーナが飛んできていた。
大鎌の攻撃範囲からはすでに内側になっていたが、すんでのところで避ける事はできた。
そのままメレーナは後ろに居たチップに激突した後、上空に飛び上がる。
「ぅあぁああああ!?」
チップの叫び声が辺りに響き渡った。
俺はその声にハッとして、ポーションを取り出すと、そのままチップに浴びせる。
大丈夫か!? 何がどうなって……!
「ツキト……! 目が……目が見えない……!」
チップの両方の眼孔には、何も無くなっていた。
本来眼球がある筈の場所には、虚空が拡がっており、顔には目の端から流れた血の後が残っている。
……! チップ、一度ログアウトした方がいい。このままじゃ無駄に狙われるだけだ。
「う……わかった。ごめんね……」
そう言い残し、チップはログアウトして行った。
デスペナルティを受けるよりはいいだろうという判断だったが、ログインしなおしても目は元通りになるのだろうか?
「面倒な方から始末するのがセオリーって奴だよねぇ。チップの能力は面倒だから」
飛び上がったメレーナの手には、チップの眼球がある。
その眼球も、まるで汚いものを捨てるかの様に放り投げ、地面に落下するとぐしゃりと飛び散った。
メレーナ……、お前、何しやがった?
「はぁあ? ツッキーはお馬鹿さんだねぇ……、教えると思う? これから殺す相手にさ」
ケラケラとメレーナは笑って見せる。
……っち、まぁいい。本題に入るか。なんで俺を狙っているんだ? 予想はつくが一応聞いておいてやるよ?
……変態ロリコン野郎。
「……ロリコンじゃなければ野郎でも無いし。というか、気付いてたの? すごーい、名探偵みたいだねぇ」
メレーナはアイテムボックスから、黄色の宝石がついた小さい杖を取り出すと、その先を俺に向ける。
マズイ……!
「アンタが持っている『リリアの聖水』をいただきに来た。さぁ、命が惜しかったら……さっさと寄越しなぁ!」
メレーナが杖を振るうと、宝石から雷がほとばしり、俺に向かってきた。
・インテリア
家具等は、NPCの店で買うか自作することで手にはいる。ちなみに、大体は自作だったもよう。あわれな……。
・○○の契約書
家を立てるのに必要なスクロール。開くと大工姿のニャックが大量にやって来て、一瞬で仕上げてくれる。アフターケアはやっていないので、家が壊れたり、見た目が気に入らないのなら自分で直すしかない。
・銃火器
近代兵器を扱う為のスキル。銃や爆弾等を扱うには、このスキルが必須。これとは別に射撃のスキルも存在する。
・雷撃の杖
先端に黄色い宝石の付いた杖。振ると魔法『ライトニング』が使える。電撃属性の攻撃は相手の動きを止める効果があるので、隙を作る事ができる。




