女神の加護
今回、シリアス場面と、不快な表現があるかもしれません。ご注意を……。
《ウルグガルド》は簡単には口を割った。
いや、割らざるを得なかった。
ここまで圧倒的不利に立たされ、依然として態度を保つ事ができる者など、そうは居ない。
出血は先輩の魔術で止まってはいるが、四肢の再生はしておらず、ほぼ無力と言ってもいい。
「つまり、この街の行方不明者の殆どは、君達が誘拐したということでいいのかな?」
「……そうでおじゃる」
先輩はニコニコとした顔で《ウルグガルド》に質問をしていく。
そういえば、このサブクエストは原作にもあったはずなのだが、何故先輩はいちいち質問をしているのだろう?
ケルティさんや、心当たりある?
「あるけどさ……。多分みーちゃんはそれを確かめる為に、話をしているんだと思う。私からは……言いたくないなぁ……」
なんだそりゃ?
そりゃ、このまま聞いていればわかるだろうし、いいけどさ。
俺がそう言うと、ケルティは下を向いて黙ってしまった。
明らかに様子がいつもと違う。どうしたのだろうか?
そんなケルティを差し置いて先輩は質問を続ける。
「その誘拐した人は……どうなったの?」
「……全員、地下に閉じ込めていたでおじゃるが、拘束を解かれた後は自ら命を絶ったでおじゃる。今は麿達の腹から出て、下水道に浮かんでいるでおじゃるよ……」
胸糞悪い答えが帰って来た。
先輩、こいつを殺す許可を。
「……熱くなるなよ。我慢してくれ」
っく……。
そう言われたら従う他あるまい……。
先輩の言う事は正しい。実際、俺の言動や行動は、やり過ぎだと非難されても仕方ないものが多い。
だからこそ、人の話はよく聞くべきだ。
「じゃあ、なんで料理人のパン屋が行方不明になっているんだい? 僕たちはその人を探してほしいと言われたのだけれど?」
さらっとサブクエストの内容にも触れてくれた。そりゃ殺したら駄目だわ。
流石、先輩は冷静だ。
これで、フロイラさんの旦那さんの行方も……。
「あー、アイツでおじゃるか……。はっ、あんな奴、頭から磨り潰して食ってやったでおじゃるよ。アイツは人間牧場の家畜を解放して、駄目にしやがったでおじゃる! 自分も勝手に死にやがって……。当然の報いでおじゃる」
……は?
人間、牧場……?
「そうでおじゃる。地下で拐ってきた奴らを孕ませて、子供を作っていたのでおじゃるよ。腹を裂いて取り出した、胎児の柔らかさといったら……正に天に昇るが如くでおじゃるからな! 泣き声を聞きながらの踊り食いも、格別でおじゃったのに……! 貴様らのせいで全て台無しでおじゃる……」
チップとケルティ、ドラゴムさんとゼスプでさえ戦闘体制に入った。全員が『プレゼント』や武器を構える。
当然だ。
こんな奴、生かしておく必要はない。
しかし、先輩はそんな俺達に手を出さないよう、指示を出した。
「だから待つんだ! まだ終わってない!」
ですがっ……。
……いや、先輩は正しい。
まだ、ドラゴムさんを襲った理由を聴いていない。
感情で動いてはいけないのだ……。
「何故、うちのドラゴムに目をつけたんだい?」
「……そのもふもふドラゴンは交渉材料にするつもりだったのでおじゃる。大人しそうだから、囮として最適だと……。本当の狙いは……」
《ウルグガルド》の目線が俺に向けられた。
なんでここで俺に?
まさか……。
「そこの、大鎌使いを捕らえるのが目的だったのでおじゃる」
……なんだと?
しかし、思い返してみれば俺は優先的に狙われていたような気がする。
ケルティの方が果敢に攻撃していたにも関わらず、狙いは俺に向いていた。
「麿達は新しい料理人がほしかったのでおじゃる……。そんなとき、そこの大鎌使いを殺したら、料理人を一人派遣してやると、持ちかけて来た冒険者がいたのでおじゃるよ……」
!
冒険者という言葉にその場にいた全員がどよめく。
PLが手引きしていたのか?
一体何のために?
「さぁ? 知らんでおじゃ……! のぉおおおお!? 首から武器を離すでおじゃる! 本当に! 本当にお前を殺して欲しいとしか言われてないのでおじゃるよ! ぎゃああああ! ちょっと当たってるぅうう! しぬぅ!」
首筋に刃を当てても《ウルグガルド》はただただ喚くだけで、新しい情報を出そうとしない。
まさか、本当に何も知らないのだろうか?
もうちょっと傷を拡げてやれば何か思い出すかも知れないが、声がうるさいからやめておこう。
……これ以上うるさくしたら殺すからな? 殺されそうになったとしても、お前が口にしていいのは呻き声だけだ。それなら許す……いいな?
と、釘を指して武器を納める。
そうすると、目に涙を貯めながら《ウルグガルド》は頷いて見せた。
そうだよ、それでいいんだ。できるなら最初からやれ。
「なんか、ツキトの方が悪役臭い気がすんだけど……」
おいチップ、聞こえてるからな。
……しかし、いくら考えても俺が狙われる意味がわからない。
こいつが言っていることが正しいのならば、黒幕の目的は、俺を殺す事らしい。
それならば俺に恨みを持っている誰かなのだろうが……、そんな恨みを持たれるような事をした覚えは……あるけれども……。
なんだ? どれの事だ? ケンカ売って来たクランに殴り込んだ時の件か? 時間停止で好き放題してやったし。
畑で盗みをやっていた奴を吊るした事もあったな……。そういやいつの間にか居なくなってたけど、アイツどうなったんだろ?
それとも俺にしか無い何かがあるのか? そんなもの……。
…………っ!
…………わかっちまった。
「どうしたのさ? いきなり……」
先輩。
この件、この後はクランに迷惑はかからないことを俺が約束します。
俺の周辺は荒れるかも知れないですが。
「……狙われる心当たりがあるのかい?」
ええ。
といっても、本当に狙っているものは、俺の命では無いのでしょうが。
俺はそう言うと、こっそりとチップにチャットを送る。
出来るだけ誰にもわからないようにゆっくりと慎重な動作でウィンドウを操作した。
おおよその検討はついたが、証拠が足りない。できればチップに協力してほしいところなのだが……。
送信したあと、チップから直ぐに返事が帰って来た。
返事は一言。
『チップ 一回だけなら』
ちらりとチップを見ると、睨み返された。
まぁ仕方がないか、やってくれるだけありがたいし。
俺はチャットで『ありがとう』と返事を返した。
さて、これでクランの問題は今のところ落ち着いた。
後はこのクエストについての問題だ。
……先輩、後はクエストをクリアするだけなんでよろしくお願いします。
「え? どういうこと?」
先輩はなんのことかわからない様で、首を傾げていた。
フロイラさんの旦那さんを生き返してくれませんか? そうすれば、無事連れて帰ってクリア、ですよね?
そう言うと、ドラゴムさんは嬉しそうに声を上げた。
「あ! そうね! 生き返す事ができればせめてもの救いになるわ! 被害にあった人達も辛かったと思うけど……、死んでしまっているよりはいいと思う!」
そうそう、生き返るのを待ってもいいですしね。
終わりよければ全て……、
「無理なんだ」
……え?
「この世界は女神の加護で生き返ることができる。それは確かさ、でもね……」
先輩は俺を見上げる。
その顔はどこか寂しそうな顔をしていた。
「自ら命を経った者にはその加護は届かないんだよ。さっき言っていただろう? 勝手に死んだって。……僕もね、救いはあると思ったんだ、けど……」
誘拐された人達は……。
「悪いけど……、蘇生できるNPCの中に、それらしい人はいなかったよ」
そう言うと、先輩は下を向いてしまった。
救いがない。
その事実にケルティが落ち込んでいる理由もわかった。
このクエストは何もかも全て手遅れで、原作をやっていた二人はそれを知っていて。……それでも、僅かの救いにすがってこの場に来てくれたのだ。
……畜生め。
俺達はなんて報告すればいい?
その場にいた全員から言葉が消えた。
それぞれ思うところはあるのだろう、誰一人として口を開くことができない。
そんな中、下卑た笑い声が響いた。
「ぶ……、ぶひゃひゃひゃひゃは! まさか! まさかまさかまさか! お前達はアイツらも探していたのでおじゃるか!? 助けようとしたのでおじゃるか!? 残念! 全員、一人残らず自殺してたでおじゃるよ! ひゃひゃひゃひゃ!」
……おう、死にたいならそう言えよ。
こっちは腹が立ってしょうがないんだ。
「どうぞどうぞ! どうせ麿は死んでも独房に行くだけでおじゃる! 女神の加護は誰にでも均等でおじゃるからな!」
……なんだと?
「こうなったら自棄でおじゃる! 罪が無くなったら、出所してギルドの建て直しでおじゃ! 先に死んだ奴等も直ぐ出所してくるでおじゃるからな! 死ぬのは痛くて嫌でおじゃるが、自ら命を経つより、よっぽどましでおじゃるよ!」
笑っている《ウルグガルド》を見て俺は怒りを感じると共に、酷く落胆した。
こんな奴が生き返る権利なんて無いはずだ。
あまりにも、あまりにもやっていた事が倫理に反している。
赤子はおろか、胎児にまで手をだした……?
下衆が。
そして、そんな奴さえ手を差しのべる女神達の平等さに、歯痒さを感じずにはいられなかった。
『それが私達の役目、この世の理なのです。私に出来る事は、赤ん坊と自ら命を経った者達を、これ以上苦しめ無いようにする事だけ、……ごめんなさい』
カルリラ様の声が頭に響いた。
申し訳無さそうな、辛そうな声だった。女神でさえ、逆らえない運命がある。しかし、はい、そうですか、と簡単に割りきれる程ものではない。
例えそれがゲームの演出やシステムの話だとしても、だ。
「さぁさ! 早く殺すでおじゃるよ! 次は確実に、貴様らを食い殺してやるでおじゃるからな! 待っているでおじゃる! ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
……ああ、殺してやろう。
しかし簡単には殺さない。
刻んで、刻んで……、もう二度と生き返りたくないと思うまで、苦しめてから殺してやる。
俺は大鎌を構え、狙いを定めた。
だが、ここで誰かに肩を捕まれ後方へと下げさせられる。
それが誰だったか、顔を見ても一瞬わからないほどに、ゼスプの顔は怒りに満ちていた。
「……みーさん、聞きたい事があります」
ゼスプの声は冷静だったが、その後ろ姿からは、何か覚悟を決めた様子が伺えた。
「……なんだい」
「コイツを完全に殺すには、何が必要ですか?」
その言葉で何かに気付いた様で、先輩は目を大きく開いた。
「……やるつもりかい? 君の『プレゼント』が知れ渡ったら、確実に他PLから目を付けられるよ?」
「構いません。……教えて下さい」
ゼスプの声は冷静だった。その行動が、これからどうなるのか予想した上で、行っているものだとわかる。
「……NPCが復活できない状態にするには、『自ら命を断たせる』か『深淵属性の攻撃で殺す』事が条件だ。だから、殺すには上位の『深淵属性』が必要になる。君にならその魔法も扱えるだろう。……いいよ、好きにするといい」
ゼスプは既に『魔女への鉄槌』を開いていた。
「君の気が収まるなら、ね……」
ゼスプの『プレゼント』、『魔女への鉄槌』はどんな魔法書としても使える魔法書だ。
つまり、今から深淵属性の魔法を習得すれば……。
「ひゃひゃひゃ! 上位の深淵属性ぃ? やればいいでおじゃる! 深淵上位魔法は広範囲魔法の『ハデス・シャウト』だけでおじゃるからな! この周辺の者達、皆が地獄に行くでおじゃろう! 麿一人では地獄にはいかないでおじゃ……」
そんな挑発にゼスプは、冷静に口を開いた。
「なら創ればいい。『魔女への鉄槌』……起動!」
その言葉を合図にしたかのように、空に巨大な魔方陣が形成される。
それはサアリドの街より大きい範囲で、天空全てを埋め尽くすのでは無いか、と思う程の大きさだった。
まさか、ゼスプの『プレゼント』のもう一つの能力は……魔法の創造なのか?
「そうだとも。しかも、既存の魔法なんて目じゃないほどの高出力の魔法を、何個でも、何回でも、創る事ができる」
先輩が俺の肩へと飛び乗りしがみついてきた。
「……ただ、デメリットとして強すぎる魔法は、一回でも使用すれば魔力はおろか、体力まで使い果たしてしまう程のコストがかかる。……その分の威力はあるけどね」
ゼスプの展開した魔方陣に現在進行で新たな文章が書き込まれてゆく。
「……威力、最大。レンジ、1。範囲、1。形状……槍。属性、深淵。発現……、開始!」
ゼスプが空に向け、手を上げると、魔方陣が一気にバラバラになった。
砕けたそれは『魔女への鉄槌』に集まって行き、一本の槍を造り上げる。
出来上がったそれが目に映った瞬間に、身体中に寒気が走り、汗が吹き出した。
あれは……ダメだ。
あれに触れたらひとたまりもない。
初日に体験した、リリアの『神殿崩壊』と同じ様な恐怖を、感じずにはいられなかった。
そして、その矛先が向いている《ウルグガルド》は━━━━━。
「あ、あ、あ、あ、ああ……」
先程の余裕が消し飛び、死人のような顔をしている。
「そん、な。本当に魔法を創るなんて……。い、嫌でおじゃる……、地獄なんて行きたくないでおじゃ」
「もういい、くらって消えろ! 『冥王への磔刑』!」
放たれた槍は不気味なほど静かに、かつ目で追えない程早く、《ウルグガルド》の体に突き刺ささる。
瞬間。
《ウルグガルド》は真っ白になり、その体の全てが灰と化した。
断末魔さえ許されず、灰になった体は、俺達が何もしなくても崩壊していく。残骸さえ遺さず、風に吹かれて……消える。
その光景が、完全に《ウルグガルド》が消滅したことを物語っていた。
この後、ケルティがパン屋の『フロイラ』へクエストの報告をしに行った。
俺とチップは本部に帰還していたが、運営からのお知らせで、クエスト『同胞喰らいを喰らえ』がクリアされたことが全プレイヤーに向け発信され、正式にクリアした事を確認した。
こういう一度きりのサブクエストは、クリア済みのものに限り、国営の冒険者ギルドで同じクエストを体験できるらしい。
報酬も、同じものを貰えるそうだ。
これで、一応は決着の形を見せたという事で、俺はログアウトしてしまった。
一応プレイ中の体は睡眠をとっているのだが、キリが悪いところで終わって不完全燃焼になるのは嫌だし、程々がちょうどいい。
……明日も仕事だし。
しかし、この判断はあまりにも軽率だったということを、俺はログインした瞬間に理解するのだった。
・牧場
家畜を繁殖させる施設。精肉したり、搾乳したりと、機能は普通の牧場と変わらない。家畜はどんな性別、種族でもよし。生命の神秘。
・深淵属性
生者に大きな影響を与える属性。上位の魔法は女神の加護さえ許さずに、生命を輪廻の輪より引きずり落とす。亡者にはあまり効果がない。
・魔女への鉄槌
この魔法書一つですべての魔法使い、魔女を過去にすることができる。容赦の無い万能さと情報量が彼、彼女らに振り下ろされる。勿論、持ち主にさえ。




