浮気者の指輪
大剣士、ケルティ。
長い銀髪、綺麗に輝く銀眼、美しい要望をしたエルフの女性PLだ。
動きやすそうなスレンダーな体型で、太ももがまぶしい格好をしている。
そんな彼女の武器は、自分と変わらない大きさの、薄い両刃の大剣……いわゆるクレイモアと呼ばれるものだ。
わかる人もいるだろうが、ケルティの職業はとある作品のキャラがモデルである。『リリア』での説明でもそうなっているらしい。
それで、ケルティもそれをイメージした風貌にしているそうだ。
さて、そんな彼女の『プレゼント』は、効果だけ言うのならば『装備している装備品にバフとデバフを付与する』という能力である。
例えるなら速さを50上げて、筋力を100減らす効果を鎧に与える、といった感じだ。
この際、デバフの方が大きくなるのであまり使えない、と本人は思っていたのだが、先輩はこの能力の有用性に気付いた。
この効果で下げることができるものは、武器や魔法の攻撃力も含まれる。
それで何ができるのかというと、二人のPLが攻撃力0の武器を持って、永遠に打ち込み合うことができるのだ。
このゲームのスキルは使わなければ成長しない、逆に言うと使ったのなら、別に敵を倒さなくても成長する。
つまり、ケルティの『プレゼント』はステータスとスキルを上げるには、うってつけだったのだ。
この能力にはクランメンバーの殆どがお世話になっていたので、ケルティの『プレゼント』については、そういうものだと皆が認識していたが……。
どうやら全く違っていたようだった。
「うぉおおおおおお!!」
雄叫びを上げながら、ケルティが肥満体の巨人《 ウルグガルド 》に向かって空から急降下する。
落下スピードと翼による加速が載った一撃を避ける事は不可能だ。
その大剣による一撃は、見事《 ウルグガルド 》の右腕を切断し、吹き出す血が雨のように、辺りに降り注ぐ。
瓦礫の上に右腕が落ちると、辺りに衝撃が走り、その重量を感じさせる。
「ぬぉおおおおおおん!? いだいぃい! 痛いでおじゃるぅぅ!」
「はっはぁ! どうだデカブツめ! 悔しいなら捕まえてみなよ!」
落下後、6つの足で衝撃を吸収したケルティは、何事も無かったかの様に《 ウルグガルド 》に向き直り、腕と同化した大剣を構え挑発する。
……この説明に嘘は無い。
今のケルティの風貌を説明すると、全身の肌には銀色の鱗や甲殻がみっしりと生え揃い、背中には硬質の大きな翼、腰からは銀色の蜘蛛の足の様なものが数本生え、脚部は獣のような逆間接となり、足先には蹄が出来上がってる。
そして先程言った通り、武器である大剣は右腕と同化して巨大に変質しており、対称的に左手は退化したように弱々しくなっていた。
顔は口が裂け牙が見える以外はあまり変わらないので、ニッチな性癖の方々に受けそうな見た目へと変貌している。
どう調整したらそんな姿になるのかはわからないが……。
結構簡単に人間やめちゃうんですねー! ケルティさん!
「まーね! これやった後スッポンポンになるから、後でローブか何か貸してね! とぅ!」
そう言い残し、再びケルティは巨人に突撃した。
どうやら偏食家の次は、露出狂の相手をしなければならないらしい。
……さて、そろそろ俺も行きますか。
俺はゆっくりとした動作で巨人に向かい歩く。
それに気付いた巨人はこちらに向かって拳を振り下ろした。
「つぶれてしまえ! 子蠅めがぁぁ!」
決して遅い動作では無かったのだが、俺の目にはどう移動すればいいのかがはっきりと見えていた。
無双のキキョウの信仰ボーナスにより『見切り』スキルと『心眼』スキルが飛躍的に伸びている俺には、この程度の攻撃を避けるのは容易い。
紙一重のところで振り下ろされた腕を裂けると、俺はその手首に大鎌の刃を当て、するりと切り抜いた。
それを前に歩きながら数回、まるでソーセージに切れ込みをいれるように大鎌を振るった。
一瞬間をおいてそれぞれの傷口から血が吹き出す。使い物にならなくしたつもりだが、どうだろうか?
「ぎゃあああ! またやったでおじゃるなぁあぁぁ! 許さんでおじゃるう! 許さんでおじゃるよぉぉぉぉぉ! っぬっふぅぅぅぅ!!」
《 ウルグガルド 》は悶絶しながら使い物にならなくなった自らの左腕に食らいつくと、バキボキと咀嚼音を響かせる。
すると、切り落としたはずの右腕がまた生えてきた。
生えてきた右腕で、切り落とした右腕を掴むと、それも自分の口のなかにほおりこみ、食べる。
そして、食いちぎった筈の左腕さえも再生してしまった。
さっきからこれの繰り返しだ。
何度もケルティが切りつけても、俺が四肢を切り飛ばしても、自分を食べることにより再生してしまう。
さて……、どうしたものか?
『チップ またステータスが上がったぞ! けど、やっぱりHPが回復してない! あと5000位だ!』
どこからか敵を観測しているチップは、時たま相手の状態をチャットで知らせてくれたり、銃弾を飛ばしたり、バフポーションを振りかけたりと、徹底した支援に回っていた。
成る程、徐々に追い詰めてはいるらしい。
つまり殺すことはできるようだ。
それならば、
『ツキト 了。埒が明かねーからこのまま首を切り落としてくる。ケルティ、敵の攻撃とフォローは任せた』
首をはね飛ばし、殺してしまおう。
流石に首を落とされて生きている生物は居ない。
「オッケー! このまま削りとってくよ!」
空中で飛んでいたケルティは更にスピードを上げて《 ウルグガルド 》に切りかかる。
その巨体が一つの動作をする前に、ケルティはその倍以上の動作を完了させており、地面には削ぎ落とした《 ウルグガルド 》の肉片が散らばっていく。
そんな彼女を捕らえることができるほど《 ウルグガルド 》は速くはない。
「くぅーーーー!! 鬱陶しいでおじゃるぞ! 化け物めぇーーーー!!」
「はぁーん! それはどーも!」
巨人は瓦礫と体中の痛みにより身動きがとれないようで、その隙に俺は巨人の懐へと潜りこんだ。
しかし、相手も馬鹿ではない。
接近した瞬間、地面に向かい腕を振り下ろし、足元の瓦礫を崩してきた。
瓦礫の崩壊と共に、足場も崩れ俺の体が宙に浮く。
しまった、と口に出す暇もなく、狙い済ましたかの様に巨大な両手が俺を潰そうと迫った。
「死にさらすでおじゃああああああ!!」
「ツキトぉーーーーー!」
巨人の叫び声とチップの声が嫌に耳に響く。
しかし、だ。
ここからひっくり返すための準備はできている。
……見せてやる、これが俺の『プレゼント』の真価だ。
発動『パスファの密約』!
技能が発動した瞬間、俺以外の世界の全てが制止した。
崩れ落ちる瓦礫も、迫っていた筈の両手も、発射されたチップの銃弾や空を飛ぶケルティでさえ、全てが固定されたように止まっていた。
女神達は敬虔な信者達へ強力な技能、『神技』を与えてくれる。
自由を司る女神、パスファから承る事が出来るのが、時間停止の神技『パスファの密約』。
本来ならば各女神を信仰している際、その女神に対応した神技しか貰えないが、俺は『プレゼント』により全ての女神から神技を貰うことができるのだ。
これが『浮気者の指輪』の真価である。
さて、時間が止まっている時は少ない。
俺は瓦礫に着地した後、直ぐ様《 ウルグガルド 》の腕を駆け上がり首元へと到達した。
俺は渾身の力を込めて、脂肪で肥大化した首に切りかかった。
しかし、太過ぎる首は一撃で断つ事はできない。
じゃあ、こいつだ。
発動『キキョウの進軍』。
神技を発動させ大鎌を振り下ろす。
《 ウルグガルド 》の首筋に、大鎌の切っ先が突き刺さると、斬撃が目に見えるエネルギーとなって飛び出し、その首を切断した。
斬撃は消えること無く、巨大な身体を切り刻んでゆく。
よし、これで余程の事が無い限り、復活することは無いだろう。
後は時間が動き出す前に、こいつから降りないと……。
しかし、ここで『パスファの密約』の効果がきれた。
時が動き出した瞬間に《 ウルグガルド 》の首はバランスを失い、ごろりと転げ落ちる。
同時に身体のバランスも崩れ、俺の身体は宙にへと投げ出された。
……ぎゃあああああああ!?
おちるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!? 助けてケルティさぁーーーーーん!
俺は叫び声を上げ、ケルティに助けを求める。
こんなところで死んでたまるか! せっかくボスに止めを刺したのに、これじゃあ台無しだぞ!?
「はっ!? へっ!? なんでそんなところに? いや……、わかった! 今……!」
ケルティがこちらに向かい、翼を畳んで急降下してくる。
俺が地面へ落下するよりも速い。このままケルティに捕まる事ができれば、なんとか助かるだろう。
ほら、問題無くこっちに近づいて……。
と、その時《 ウルグガルド 》の体が崩壊した。その大量の血液が飛び散り、目の前が真っ赤に染まる。
すると、何故か目の前に降り注ぐ血液と、真っ直ぐに突っ込んでくるケルティの動きを三人称の視点で見ていた。
あー、これしってるよ。ケルティが俺を捕まえるのに失敗して、そのまま落下死するんだ。わかるわかる。
「っく……、血で目が……! ツキト! 捕まって!」
と、思ったら、余裕で俺のもとに来てくれた。
のだが……。
目が血で見えづらくなり、焦ってしまったケルティは、利き腕である右腕を俺に差し出してきた。
そう、大剣と同化している右腕を、真っ直ぐに俺に差し出してきたのだ。
結果、ケルティの大剣は俺の腹に突き刺さるのだった。
ははは、このウッカリさんめ、……ごっはぁ。
「ああっ! ごめっ、やっちゃった……」
俺のHPは一気に減り、―1279というどうあがいても回復不能な数値まで減ってしまった。オーバーキルもいいとこである。
まさか……、ここまで、来たのに……。
『発動! カルリラの再契約!』
カルリラ様の声が頭に響くと、俺のHPが1まで回復し、視点も元へと戻った。
ありがたや……、ありがたや……。
『ふふん! やっぱり私が居ないと駄目ですね! またお供え物をお願いしますよ?』
勿論ですとも、カルリラ様……。
これがカルリラ様の技能、『カルリラの再契約』だ。いわゆる食い縛り、ガッツとも言う。
もしも時の生命線でカルリラ様の神技は残しておいたが、正解だったようだ。
と、言うわけで……。
あー、ケルティさんや、このままでいいからゆっくり、ゆっくーりと下に下ろしてねー……。
「うわっ! 生きてる!? わ、わかった! ゆっくり降りるから死なないでね!?」
うぃーっす……。
俺はそのままケルティによって地面まで下ろされると、大剣ごと地面に寝かされた。
大の字になった俺を大剣で地面に固定している感じである。
ケルティはスキルを解除して元の姿に……、って本当に素っ裸になってるよこの子。……いい身体してんな。
「い、今ポーションで回復してあげるから……」
ああ、頼むわ……。
意識が途切れそうになる中、俺はケルティの姿に見とれていた。
いつも結んでいる髪がほどけ、さらりと垂れていたり、いつも目を引かれる美しい四肢がすぐ側にあったり……眼服である。
本当に、死ななくてよかった……。
大事なところは謎の光で見えていないが……。
その後はケルティにポーションをかけてもらい回復処置をした後、腹から大剣も抜いてもらった。
抜いてもらう時に死にかけたが、一命はとりとめた。
チップも合流し、敵が残っていないことを確認した後、全員が安堵し、ため息を漏らす。
「いやぁ、なんとかなったねぇ……」
俺の外套を装備した、裸ローブのケルティは安心して、中身が見えるのも気にせずに、その場に座り込んだ。
「ぜってぇ負けると思ってたのに、なんとかなんだな……」
「ま、ステータスだけ高くてもねぇ。大事なのはスキルレベルだよ、スキル。後、速さ。速さがあれば何でもできるし」
ケルティはグッとガッツポーズを作って笑顔を見せる。
ゴキもビックリの速さ理論だな……。
……そういえばさ、フロイラさんの旦那さんの情報何も集めてないけど、殺しちゃって良かったのか?
「え?」
「あ」
……え?
おいおい、まさか忘れてた訳じゃないよな?
まぁ、俺達がここに来た目的は、ドラゴムさんが狙われた理由の調査と、これ以上の被害を抑える為だったから殺してもよかったけど……。
依頼についてはそうもいかないだろ。
何か宛があるのか?
「あー……、大丈夫じゃね? そのための前作プレイヤーだろ? その辺をうまくやるためにケルティを連れて来たんだから、さ」
俺とチップはケルティへと視線を向けると、苦笑いを浮かべ俺達から顔を背ける彼女の姿があった。
おい、まさかとは思うが……。
「やっベー……、やっちゃったかも。はは……」
まじかー。
はぁ……、取り敢えず先輩に報告しておくか。
どっちにしろクランの方には連絡をした方が良いだろうな。
チップ、悪いけどやってくれない? 俺はもうそんな力残ってない。
「ああ、そうだな……と、言いたいとこだが、どうやらその心配は要らねーみたいだ」
おや?
なんだチップ、まだウィンドウ出してたのか?
「念のためな。……ところで、そのみー先輩だけどさ」
その時俺の腹の上に、黒い何かが飛んで来て見事な着地を披露する、そのおかげで先程のふさがった傷口から血が吹き出た。
痛ったぁ!
「やぁ! ツキト君! お疲れ様、頑張ってたみたいだね!」
飛んできた物体は笑顔を作ってそう言った。
ははは……、先輩、お疲れ様ーっす。
「ドラゴムと一緒に増援に来たけど余計なお世話だったみたいだね。ケルティにやられた傷もなんとかなったみたいだし」
いえ、なんとかなっていません、今開きました。是非、回復を……。
ん? え?
なんでケルティが俺を刺したことを知ってるんですか?
「うん、君達ちょっと暴れすぎてたから。……はいこれ」
先輩はウィンドウを表示して俺達に見せてくれた。
そこには地面に横たわりながら、ウィンドウを見ている俺の姿が映っている。
ライブ配信のようで俺が動くとウィンドウの中の俺も動く。
は? え? ちょ……。
「君達の戦いなんだけど、配信されてたみたい。今は『プレゼント』持ちのNPCが存在する事が判明して掲示板が賑わってるよ!」
つまり……、俺がうっかり落ちたのも……。
「バッチリ映ってたね!」
そんな……、バカ……な……。
失意の中、俺の意識も飛んでしまい、目の前が真っ暗になる。そして視界の端には気絶中の文字が表示されていた。
動画撮影者め……、見つけしだい生まれてきた事を後悔させてやる……。
なお、動画では超スピードで動き回る本気モードのケルティがメインで映され、銀色に輝く異形の化け物が大暴れしていた。俺から見ても非常に見栄えよかった。
敵と味方を仕留めた後、美しいエルフの姿となり、慌てて味方を治療する展開に一定のPLは盛り上がったそうだ。
そのおかげでケルティには固定のファンがつき、『銀眼の姫騎士』やら『狂える乙女』等、PL間での二つ名ができたらしい。
俺?
おう、『剣で刺されてた人』だよ。
ほっとけ畜生。
・攻撃力0
武器にマイナス補正を付与すれば、システム上ではダメージは発生しない。しかし、ステータスとスキルは上がっていくので、稼ぎとしては有用。
・見切りと心眼
敵の動きが見えるようになるスキル。見切りは攻撃を避ける際に、心眼は相手の急所を見極める際に使われる。上記の稼ぎ方でのレベル上げが可能。
・『キキョウの進軍』
斬撃による遠隔攻撃。敵一体を切り刻むもよし、周囲の敵を凪ぎ払うもよし。各神技は捧げ物を一定数しなければ使用できない。
・二つ名
この場合、PL間での愛称。正式なものはこっちでも用意してるから、早めに受け取ってねー。