その猟犬は空を行く大鷲の如く
パン屋の『フロイラ』。
サブクエスト『同胞喰らい喰らえ』を依頼しているNPCである。
売れないパン屋を夫婦で経営していたのだが、それだけでは生活できないため、夫は美食ギルドに料理人として出稼ぎをしていた。
しかし、急に姿をくらませ、連絡が取れなくなってしまったらしい。捜索の為に、クエストを出そうとしたのだが、家にはお金もなく、正式な依頼を出すことができ無かった。
そこで、見かけた冒険者に手当たり次第声をかけていたそうだ。
俺達はそのクエストを受けたのだが……。
「フロイラさん……、私達に任せてください。必ず旦那さんを見つけてあげます」
ケルティはフロイラちゃんの手を握りしめながら、その目を見つめていた。……こいつ、獣の目をしておる。
ちなみに、人妻フロイラちゃんの見た目は、どう見ても十代という感じだ。幼妻ってやつだろう。
これ! ケルティ! フロイラちゃんが困っているだろう、早く行くぞ!
「ええっと……、私は大丈夫、ですよ……? でも、本当にいいのですか? 私はこの通り貧乏な人間です。ちゃんとした報酬はお約束できません……」
あー、いいのいいの。
金には困って無いから。
ただの親切ですよ、ありがたく受け取ってくれればいいんです。
「ああ……、本当に、本当にありがとうございます! でも、気をつけてください。あのギルドには、あまり良くない噂がありますので……」
「心配すんなよ。さらっと解決してやっからよ。アンタはここで待ってなよ」
おお、チップもツンケンしてるが楽しそうである。
マフラーから首輪が見えている事に、気づかない位には乗り気のようだ。
周りの目線の理由も気づいていない、流石駄犬である。
「え……っと、チップさんも有難うございます」
ふふふ、どう見ても首輪に目が行って戸惑っていらっしゃる。
さてチップはいつ気づくかな……?
「あ。……お、おう! やってやるよ!」
なんだ、案外早く気付くんだな。
顔を真っ赤にして、見られている事に気がついていないふりをしているけど、震えているのがわかるわかる。
さて、全員がクエストを受領して、事情も把握したことですし、早速乗り込むとしますか。
という訳で目の前にはアホみたいにデカイ建物があるわけですが……。
「え、デカクね? 50メートル位の高さがあるように見えるんだけど……」
「やー、でっかいねー。流石に三人で乗り込むのは無謀かなー?」
俺達は美食ギルドの入り口が見える場所に陣取り、気配を消してギルドの様子を探っていた。
入り口にはミノタウロスの門番配置されており、警備は厳重そうだ。
しかし、まさかこんなに大きな組織だとは……。
ケルティさんや、こういう情報は最初に教えて欲しかったんですけどねぇ。
「あー、てっきり知っているものだと思っててさ。不味かったかな?」
んー……、ま、大丈夫か。
何せこっちには偵察のプロが居るし。
頼んだぜ、チップ。
「おう、まかせろ。……『大鷲の両翼』起動」
その言葉で、チップのマフラーの模様が大鷲の翼のように変化する。
同時にチップの目の前に、大きめのウィンドウが表示された。
そこには辺りの地形と、PL及びNPCの名前が表記された点が映っている。
その点に触れると、相手の名前及びステータスが表示された。
これがチップの『プレゼント』、『大鷲の両翼』である。
しかも、まだ隠している能力があるらしく、それについては先輩から口止めされているらしい。
まぁ、俺も秘密にしている事はあるからな。気になってもしょうがない。
「おおー! なにこれめっちゃ便利! えっ、これって相手のスリーサイズとか身長、体重もわかんの!? スゲー!!」
ケルティが勝手にウィンドウを操作して、はしゃいでいる。
え?
そんな事もわかるの?
怖!
うちの斥候こっわ! 変態! エッチ!
「うっせー! とにかく、敵の動きとステータスを確認すっから黙って……、はぁ?」
お?
どうした?
黙ってしまったチップの横から、ウィンドウを覗き混むと、そこにはとあるNPCのステータスが表示されていた。
『暴食の《ウルグガルド》
Lv121
HP 10578
MP 2784
生命力 300
精神力 100
筋力 1075
耐久 719
魔力 280
知力 561
速さ 300
感覚 480』
……ああー、これはボスだなぁ。この形の枠が付いてる敵は、初めて見たし……。
「ボスだねぇ。ちょっと苦戦するかも、かな?」
かね?
「いや! 負けイベじゃねーか! 言っとくけどコイツに太刀打ちできるほどアタシは強くねーぞ」
じゃあ、取り巻きの対応はチップにやってもらおうか。
流石に周りのやつらは雑魚だろうし。
ボスには俺とケルティで相手をすればなんとかなるかな?
「この三人でやるって言うならそうなるだろうけど……、実際問題厳しいね。一応クランの方に増員を具申しておくよ。誰か来てほしい人いるかな?」
じゃあ『魔女への鉄槌』のクランチャットでメッセージを送ってくれ。俺は『ペットショップ』に送る。
俺としては魔術師……、もとい先輩が来てくれるのが一番なんだけど……。
相手のステータスを見る限り物理よりも魔法の方が効率よくダメージを与えることができるだろう。
それなら先輩が適任なのだが……。
「みーちゃんは多分修行中だから直ぐにはこれないと思うよ? 妥協してゼスプ君じゃない?」
そうなんだよな。
先輩は、暇があれば気の狂ったような修行をしているので、魔法使いの癖にいつもMPが無い、むしろマイナスになっている。
呼ばれてすぐ前線に、というわけにもいかないだろう。
「待て待て、流石にゼスプは妥協しすぎだ。そんぐらいなら攻略班の魔術師組ども呼ぼーぜ。ストーリー止まってっから、アイツら暇してるだろ」
君、最近ゼスプに対して当たり厳しくない?
ゼスプも頑張ってるから、あんまりいじめないで差し上げろ。
まぁ、取り敢えずクランチャットに書き込んでみるか。後、ゼスプにも。
えーと……。
『ツキト サブクエスト:同胞喰らいを喰らえ、進行中。攻略のため攻撃魔法及びそれに準ずる事ができるPLに支援求む』
ほい、送信。
「今日は結構人がいたはずだから誰かは反応するだろうけど、誰か来るかな?」
「来る来る。何せ、酒場で暇潰してるやつも居たしな。来なかったら眉間をぶち抜いてやるぜ……、っと来たな。……ん?」
流れてきたチャットを確認してチップが顔をしかめる。
俺も確認する。
『ゼスプ たすけて』
件のゼスプ君からのヘルプメッセージだ。
いつの間にログインし直していたんだ? というか、なんでピンチになってるんですかねぇ?
と、思っていると続々と返信が帰ってくる。
『りんりん 死にたくない』
『アーク そっちにいかせt』
『ヒビキ 生きて帰るよ』
『タビノスケ 帰りたいでござる』
暇をしているはずの攻略班の魔術師達からも返信が帰って来た。
なんだ、この、戦場にぶちこまれた新兵の呟きの様なものは……。
「なんか、クランの方がヤバイことになってねーか……?」
チップが震えた声でそう言うと、タイミングよく新しい返信が帰って来た。
先輩だ。
『みーさん ごめんねー。魔術師組、鍛え直してるから、三人で攻略よろしくー。ドラゴムがログインしたら向かわせるね』
……おお。
なんということだ、先輩が直々に鍛え直しているとか、ただの地獄じゃねーか。
血で染まった部屋が見えるようだ。と、いうか現在進行形で、血の海を生産している事だろう。
「これじゃあドラゴムちゃんが来るまでの増援は期待できないねぇ……っと!」
ケルティは少し楽しそうに言うと、いきなり飛び出した。
あっと言う間にギルドの門番まで駆けていくと、有無も言わさず大剣を振り抜く。
ミノタウロスも直ぐに構えたが、哀れなことに、構えた武器ごと両断されてしまい、地面には血溜まりが一つ出来上る。
おいおいおい、やりやがったよ、アイツ。
「よっし! 取り敢えず入り口は押さえたよ!」
ケルティは満面の笑みで此方に手を振っている。
一応俺も手を振り替えしておいた。
あははー……気付かれて無い?
「中の様子は変化ねーな……。ところで、早くいかないと、アイツ単身で突入しかね無いぞ」
それは言えてる。
ケルティ! そこで待ってろよ、今いくから!
そう叫ぶと、俺とチップはギルドの入り口移動し、中の様子を伺う。
長い廊下は薄暗く、奥までは確認することができない。
できる事ならボスに気づかれることなく取り巻きを処理したいのだが……無理だな。
「こっちに向かってくる奴はいなさそうだ。……どうする? どっちにしろ潜入しようなんて考えていないだろ? いっそのこと盛大にやっちまうってのはどうよ?」
……なるほど、いい意見だ。
よし、駄犬よ。
なんとかしてやるから奇襲してこい。
「ん? 本当にアタシでいいのか? わかった、サポート頼むぜ。そのためにコレも付けてるし……」
チップは恥ずかしそうに、首もとに手を当てる。
……ああ、もちろん使うつもりだよ? せっかくだし。
そう言えば、お前、武器は?
俺がそう言うと、チップは自前のアイテムボックスから機関銃を2丁取り出し、構える。
あれ? お前の武器って弓じゃないっけ?
「ああ? 近代兵器の方が強いに決まってんだろ? 弓なんて売っちまったよ」
なんて身も蓋もない。
「じゃ、大暴れしてくるわ……。れっっつぱーりぃぃいぃぃぃ!!!!」
叫び声を上げて、建物内部にチップは突撃していった。
奇襲しろって言ったはずなのだが駄犬には通じなかったようである。
残念に思っていると、すぐに廊下の奥から銃声が聞こえて来た。どうやら狙いもつけず、雑に撃ちまくっているようで銃声が止むことは無い。
「思いっきりばら蒔いているけど、大丈夫なのかな?」
ケルティ、ちょっと心配しすぎだって。
チップだって『ペットショップ』で鍛えてるんだから簡単には死なないさ。
本当にヤバかったら何とかする。
時折、弾幕を避けてチップに近付く敵の姿が見えたが、そんな輩には、丁寧に眉間へと鉛玉が撃ち込まれる。
あまりの弾幕の濃さで、チップに触れることさえ出来ていないようだ。
しかし、残弾はどんどん減っていくはずなので、そろそろ弾切れになってもおかしくはない。
「ツキト! そろそろ行かないと、チップちゃんが……!」
お、流石にケルティも焦るか。
大丈夫だ、考えはある。
まずは弾がなくなるまで待て……。
「っ! 弾切れだぁーーーー!! ツキトぉーーーーー!」
それ来た!
俺は懐から紐を取り出して、思いっきり手前に引っ張った。
すると扉の前に陣取っていたチップの姿が消える。
何処にいったのかと思っていたら、チップが何もない空間から、俺の胸に向かって飛び出してきた。
受け止めて顔を見ると、チップ本人も何が起きたのかわからない、といった驚いた表情をしている。
おう、お疲れ。
「ははっ、まじで効果あったんだな……。コレ……、お前の趣味かと思ってた。というか離せよ、は、恥ずかしい……」
そう、この『主人の手元に首輪を着けたペットを移動させる』効果こそ『紐』と『首輪』の能力なのだ。
前線に飛び出した仲間を引き戻したり、囮を回収したり、首輪と繋げてわんこプレイをしたりできる、パーティーに一つは欲しい便利なアイテムだ。
「と、とにかく、取り巻きは後半分位だ。残った奴等は一気に流れ込んでくるだろうけど……」
ああ、お疲れさん。
後は俺達が片付けてやるよ。
「いや、経験値が美味しいから、取り巻きは最後までアタシにやらせろ」
チップはニヤリと笑うと、またアイテムボックスから武器を取り出す。
今度は手で持てるような物ではなく、地面に設置して使うような大きめの機銃だった。
えぇー……。殺意高すぎだろ、うちの犬……。
「言ってろ、くるぞ!」
表示された『大鷲の両翼』のウィンドウには廊下に飛び出してきた大量の敵の姿が映っていた。
それを確認すると、機銃が火を吹いた。
辺りの空間を引き裂くかのような轟音を上げながら弾丸が発射されていく。
「ひゃっっっっっはぁー!!」
飛び出してきた敵は姿が見えたと思った瞬間にミンチへと成り果てていった。
わお、案外やるじゃん。
現れたグールやリザードマンが現れては倒れ、現れては倒れと、徐々に数を減らしてゆく。
その様子は無双ゲーで雑魚敵を蹴散らしているようで気分がいい。
ははは、まるで前に進む事しか知らない馬鹿のようだ……。
……。
いや、待て。
いくらなんでも馬鹿がすぎる。
弾がなくなるまで待つとか、違う出口から回り込むとかすれば、違う活路があるだろうに。何故アイツらは、そんな簡単な事さえしようとしないんだ?
と、考えていると銃声が止んだ。
機銃からはまだ弾丸が繋がっており弾切れという訳ではない。
どうした?
「おかしいんだ。いつの間にか奥にいる敵が減ってる……。しかも一番奥にいた《ウルグガルド》が前に出てきてやがる!」
なんだと!?
「あー、いい忘れたけど《ウルグガルド》は仲間を食べるAI行動をするから、そのせいじゃない? 食べるとHPを回復しちゃうから持久戦になるね」
ケルティが慌てる様子もなく、それなりに重要そうな情報を口にした。
だから、そういう情報は最初に言おうね!?
と、言った瞬間、廊下の奥の扉から巨大な手が伸びてきて、まだ生きていたミノタウロスやリザードマンごと、ドロップアイテムを掴みとった。
そのまま、その手は内部に戻っていき、先ほど聞こえなかった咀嚼音が聞こえてくる。
……チップや、《ウルグガルド》の身長と体重は?
「……身長15メートルの、体重が10万キロ。肥満体の巨人だな。って、嘘だろ!? コイツ、さっきからレベルが上がってやがる! 大きさもだ! なんだコレ!?」
「レベルが!? 嘘、そんな能力は無いはず……、ほんとだ……、しかもステータスまで……」
俺も再度そのステータスを覗き混み、思わず声が出た。
『暴食の《ウルグガルド》
Lv132
HP 12577
MP 2911
生命力 300
精神力 100
筋力 1199
耐久 819
魔力 298
知力 589
速さ 300
感覚 572』
確かにHPが2000近く伸びているし、他のステータスまでも、大幅にアップしてやがる。
「そんな……、このゲームでこんな大味な強化あるわけが……」
ケルティも戸惑っているようで、先程のような余裕は無くなっている。
しかし、俺はあることに気付いた。
普通の仕様ではあり得ない強化、原作との解離、俺達が頼りっきりになっている切り札……。
……『プレゼント』だ。
「はぁ!? NPCに『プレゼント』を持ってる奴がいるのか!? 聞いたことがねぇ!」
なら、俺達が初の遭遇例だ。
別におかしな話じゃ無いだろ?
俺達に出来る事をNPCが出来ない通りは無いからな。
《ウルグガルド》が使用しているのは、恐らく『食べた分だけ異常に成長する』ような効果の『プレゼント』。
調子に乗ったPLを食いに来ているんだろうな。
「ぅへぇー……、その考えは無かった……。どうする? 本気でかからなきゃ勝てない、かなぁ……」
どうだか? ……お前ら、アイツのステータスの中で勝ってる項目ある?
「アタシは無いな」
「私は……、奥の手を使えばいくつか」
ほー、なるほどなるほど……。
いけないことも無いかもな。
俺も本気でやってやるよ。先ずは引きこもりのデカブツを表に引きずり出して……。
と、いうところで、耳が痛くなる程の轟音とともに、強烈な衝撃が辺りに走った。
落ちてくる瓦礫に巻き込まれないようギルドの建物から離れる。
そして、振り返ると先ほどまでいた場所は瓦礫に埋もれ、崩れた建物からは巨大な人間が現れた。
見た目だけを言うのなら、豪華な装束を着た、髭を生やしたデブのオッサンだ。
その目は怒りに満ちたように赤く血走っている。
しかし、この大きさは異状だ。
先程の15メートルと言っていたがそれよりも大きく感じる。
「ゆ……許さんでおじゃる! 貴様が! 貴様らが襲撃者でおじゃるなぁ!! 麿の食事を邪魔しおって! 全員麿の贅肉にしてやるでおじゃろう!」
かー、怒ってる怒ってる。
こりゃあ逃げられませんなぁ。
……さて、皆々様は覚悟は決まったかね?
「ま、やるっきゃないっしょ。あ、ケルティちゃんの『プレゼント』は秘密だよー、……っと」
そう言うとケルティが装備していたローブが形を変え、硬質の翼へと変化する。
それに伴い、皮膚も鱗の様に硬質になっていくのがわかった。
「はぁ……、アタシも同じだ。死にたくないから本気だしてやる。使う気は無かったんだけどな、この能力……」
チップがウィンドウに手を伸ばすとその姿が消えた。
どうやら準備はいいらしい。
俺はちらりと自分の指にはまっている指輪に目をやった。
6つある嵌め込まれた宝石の内、3つが、美しい輝きを放っている。
輪廻のカルリラ。
自由のパスファ。
無双のキキョウ。
この三柱から力を借りた俺はどこまで戦えるだろうか?
楽しみだ。
『さぁ、収穫の時間です。……頑張って!』
カルリラ様の声が頭の中に聞こえると、続けて他の2柱からも声援が届く。
『力は貸すとも。面白いものを見せてくれると、期待するよ?』
『こうなったら刃を振るわぬ訳にもいかぬだろう。……さあ、逝け!』
了解!
女神様達の言葉を背に、俺は目の前の巨人に向かい飛び出した。
・近代兵器
この世界の重火器は『無双のキキョウ』の発案と技術により作られた。武器だけでは攻撃できず、専用の弾丸を装備していなければ意味がない。弓矢よりも高い威力と射程があるが、隠密性にかける。
・ミノタウロス
町でも良く見かける種族。力が強く体力がある。魔法はあまりに使うことが無い。雌の乳は高級品。
・グール
人から成ったものではなく、元よりグールという生物。鋭い鉤爪を持ち、群れる。人と犬の中間のような出で立ち。
・プレゼント
ん? PL以外にあげた覚えは無いよ?