表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/123

モフ雌竜の受難~狙われたモフい身体~

 最初の議題以降、会議は淡々と進み、あれから数分で解散となった。

 大体の部署は戦争に向けての対抗策を立てるという内容で、これからの方針が決定された。

 本来なら俺もチップを引き連れて農園に帰らなければいけないのだが、先輩とゼスプが頼みがあるという事で、まだ総本部に残っていたのだった。


「はーい、お茶が入りましたよ~」


 最初に俺達がクランについて話し合った部屋でテーブルについていると、ドラゴムさんがティーセットを持って部屋へと入ってくる。

 俺はそれを受けとると、それぞれの前にカップを置き、紅茶を注いだ。


「ありがとね、ツキトくん」


 いえいえ、構いませんとも。


 ドラゴンの手では少々苦になる作業だろうし、そのモフモフの毛皮が汚れてはいけない。


「さて、揃ったことだしちょっと内緒話でもしようか」


 先輩は俺の肩から机に飛び降りるとちょこんとお座りした。


「……あまり大事にしたくなくけれども、ほうっておくことの出来ない出来事があってね……。信用できる君達にだけ共有したい情報がある」


 先輩は真剣な様子でそう言った。

 ちらりとゼスプを見ると少し心配そうな顔をしているように見える。


 真面目な相談ですか。珍しいですね。


「そうだね……ツキトくん、チップ。君達に仕留めて欲しい相手が居るんだ」


 ……なんと。


 予想だにしない発言に思わず目を見開いた。


「なっ……! みー先輩!? 何言ってるんすか、それってPKしろって、事ですよね……?」


 チップが身を乗り出して先輩に聞き返す。

 その気持ちはわからなくはない。

 俺だってまさか先輩がそんなことを言うなんて思ってもいなかった。

 しかし、だからこそ冷静になるべきだ。


 チップ、話は最後まで聞くもんだ、先輩を信じろよ? なんか理由があるのさ。


「でも、……いや、そうだな。話は聞くもんだな……。うん、悪い……」


 動揺を隠せてはいなかったが、チップは席に座り直し先輩に向かって向き直った。


「……すまないね。疑問に思うのは当然だよね。けれども理由があるんだ。一先ず聞いて欲しい」


 俺はちらりとチップを見る。

 それに気づいたようで、コクリとチップが頷いた。


「それじゃあ説明していいかしら?」


 そう口を開いたのは、以外にもドラゴムさんだった。


 誰にでも、分け隔てなく慈愛とモフモフを振り撒いているこの女性が、そんな物騒な話をするとは思わなかった。

 一体何があったと言うのだろうか?


 とにかく、どんなことでも冷静に……。


「実はこの間の話なのだけれどね……。私、PKされそうになっちゃたのよ」


 よし、殺しにいこう。

「ああ、ヤろう」


 覚悟完了。

 ガタン、と、俺とチップは同時に立ち上がり、部屋から出ていこうとするが、


「ちょ! ツキト、チップ! ステイ、ステイ! 話はまだ終わって無いって!」


 ゼスプに止められた。


 っち。

 そんなやつ、晒し首で十分だろ。


「いや、ドラゴムが大事なのはわかるけどさ……。というかお前らがそんなんだから、うちは他のクランからヤベー奴等扱いされるんだぞ……わかっているのか?」


 あぁん!?

 じゃあ、お前は目の前でドラゴムさんが知らないやつにモフられてたら黙って見てるのかよ?


「それは……。いや、そうだな。ツキトの言うとおりだ、殺しに行く。確実に」


 よし、お前もヤベー奴だったな。


 ……じゃあ、行くか?


「ああ!」


 ゼスプは握り拳を作り、俺に答えた。

 よし、メンツは揃った、ケジメつけに行くぞコラァ!!


「「応っ!!」」


 ごん、がん、べしっ。

 ぶしゃ。


 俺達が意気投合すると、ドラゴムさんからげんこつと尻尾の一撃で制止がかかった。

 めっっちゃ痛い。

 尻尾で叩かれた衝撃で、ゼスプは飛び散りミンチになっている、流石純正魔術師は脆い。

 とか言う俺のHPも、半分を切っているし、チップは気絶していた。


 忘れてた。

 このドラゴンさんは両クランでも、総合でNo.2の実力者だった。


 そもそもドラゴンという種族が強いのに、プレゼントまで噛み合っているせいで敵に回したら勝てる理由がない存在だ。

 高い腕力と耐久、それに加えて広範囲のドラゴンブレス、しかもブレスは属性を自由に変えられると来たもんだから、弱点が見当たらない。


 ……はて? こんなお方に喧嘩売った馬鹿は何を考えていたんだ?


「もう! 最後まで話を聞いてね!」


 すいません、ドラゴムさん。

 後一発食らったら弾けますんでもう勘弁してください。


「わかったらいいの! ……それでね、相手は10人位居て、一斉に襲ってきたの! 驚いたわ~!」


 なんと。


 10人、その多さは異常だ。

 このゲームは基本的に多勢に無勢。

 二対一でさえ一気に不利になる、PLの反射速度の問題もあるが、キャラ自身の速さも考えると、複数人を相手にすることはきついものがあるからだ。

 そして、その人数には執念じみた何かを、感じずにはいられない。


 まさか何か変な事をされた訳じゃ……。


「変な事をされただって!? 聞かせてもらったぞ! ツキト! 殺しに行こう! って、ぎゃああああああああ…………」


 リスポーンしてきたゼスプがドラゴムさんの口から出てきた炎……、もといレーザーのように高圧縮したブレスで消し飛んだ。リスキルですよ、リスキル。


 やはりドラゴムさんはゼスプに厳しい。

 後で奴には差し入れでもしてやろう。


「ふぅ……。あ、別に変な事はされてないの。今みたいに一人消し飛ばしたら殆ど逃げちゃったから」


 高圧縮ブレスの何が恐ろしいかというと、回避できないほどの速さ、各種耐性の無い者を容赦無く消し飛ばす威力、そして連射可能という殲滅力……、あれ? 俺達必要かな?


「でもねぇ、変な事を言っていたの。『味見させろ』とか『ここで死んだら、食ってきた分がリセットされる』とか……。まるで私を食べることが目的だったみたいな……」


 ……え? 食べる?


「……あ! で、でも、あり得ないわよね。私みたいなドラゴン食べても美味しく無さそうだし……。あ! きっとエッチな事をされそうだったのね! 海外だとドラゴンは車と変な事をさせられるとかなんとか……」


 いや。

 いやいやいや。

 ドラゴムさん、それしかないのでは?


 そう言うと、ドラゴムさんの毛皮が逆立ち、顔が真っ赤になる。


「まぁ……! やっぱり、ドラゴンカーセッ……」


 違いますからね!?

 そっちの方がよっぽどおかしな話になりますから!

 そいつら純粋に 貴女の事を食べたかったんですよ!


「ええっ!?」


 別におかしな事じゃありません。

 ビギニスートでの悲劇と前作プレイヤーの行為を忘れたんですか?

 死んだPLの肉は、PLのご飯になったんですからね?


 その時おかしな趣向に目覚めた変態がいたかもわからないですし、それにドラゴン肉は結構いけましたよ。


「……え、私、美味しいの?」


 ドラゴムさんはぎょっとした顔をしていた。


 はい。癖がないジューシーなお味でした。

 ねぇ、先輩?


「え? 僕も食べてたっけ? 人肉は食いまくったけどドラゴンなんて……。あ、食べた食べた、美味しかったよ?」


「うそぉ……、……本当に食べてしまったの?」


 あ、これはドン引きしている奴ですわ。

 ドラゴムさん、純粋だったり、うっかりしてたり、抜けてる所あるからな、あまり過激な発言は控えなければ。


 えーと、あー、ニヤリ……、じゃなくて、あんときは食べる物が少なかったから仕方なくですよ、もちろん。

 例え美味しかったと言っても、また食べたい訳じゃありませんよ。


「あっ、そ、そうよね! 私ったら早とちりしてしまったわぁ、もしかして私の事を食べたいと考えているのじゃ無いのかと思って……」


 でも、そう思わない奴等もいるでしょう。

 だから思ったんですけど、そいつらドラゴムさんを食べてみたかったんですよ。

 理由は……、そうですねぇ。食べたことが無いから、とか?


「……本当に? でも、なんでそんな事を?」


 ドラゴムさんはキョトンとしているが、俺はなんとなく心辺りがあった。

 しかも、俺の知っている奴等に。


「ツキトくん……。もしかして、何か知っているのかな? さっきから察しが良すぎるよ」


 先輩の目がギロリと厳しくなった。

 仲間思いの所も先輩の良いところだ。

 そして、俺の事も良くわかっていらっしゃる。


「……別に疑う訳ではないけれど、君が無断で他クランへ顔を出して、商品の売り込みのような事をしていたのは知っているよ」


「ええっ? ツキト君、どう言うこと?」


 ドラゴムさんが慌てたような顔で俺と先輩の顔を交互に見る、この人にとって俺達が悪い雰囲気になるのは珍しいからだろう。


 まぁ、俺としても珍しい話なのだが。


 ……やだなぁ、先輩ってば。


 別に悪い事を考えている訳ではありませんよ、他のクランの把握と顧客の拡大をしに行ったまでです。

 証拠に今では他のクランから買い物に来る人も結構いるでしょう?


「……うん、その通りだ。……だから、信じていいんだよね?」


 先輩が急にしゅん……、となって、潤んだ目で見上げてきた。


 くっ……、なんだこれは!?

 悪い事なんてしていないはずなのに……、なんだこの罪悪感は!?


 い、いや、負けるな! 本当に先輩を裏切るような事はしていないんだから、自信を持て!


 あ、当たり前ですよ……、ですから安心してくださいな。


 それで心当たりなんですが、俺が調理した料理を持っていったところ熱烈な勧誘をしてきた奴等がいます。


 それこそ、未だに農園までやって来て口説き落とそうとするような、食に対して異常な執着を持っている奴等が。


「ふうん……、わかった。実のところ、僕が本当に危惧しているのは、またドラゴムが狙われる事じゃなく、ドラゴムの代わりとして他のクランメンバーが襲われる事だ。……意味はわかるよね?」


 クラン『魔女への鉄槌』及び『ペットショップ』は人間種だけでなく、多種多様の魔物種で構成されたクランだ。

 中には見たこともないような種族のPLだっている。


 もしも、俺の考えた通り『食べてみたいから』という理由だった場合、そんなメンバーが被害にあう可能性が高い。

 しかも、ドラゴムさんが返り討ちにしたことで報復として動くような人間がいないとも言い切れない。


「今さらだけど……私が始めに被害にあって、よかったのかも知れない。私みたいに、あれだけ沢山の相手をして、平気な子は少ないから……」


 ……なんという自己犠牲の精神か、やはり菩薩。

 そとはかとなくエロいのは別として……。


 わかりました。

 ドラゴムさんを襲った奴等を突き止め、何でそんな事をしたのか問い詰めた上で、うちのクランメンバーに手を出させないようにすれば良いんですね?


「うん、そうだよ。一回殺してもどうせ蘇って来て同じ事をするだろうしね。止めさせるのなら話し合って納得して貰うしかない」


「私が言うのもなんだけども、暴力は駄目よ?復讐は復讐を呼んでしまうから」


 ……被害にあった本人がそういうのなら、それに従いましょう。

 けれども、どうしても相手が説得に応じない、話を聞かない相手だったらどうします?

 被害が出ることは予想できますけど?


 そう聞くと、先輩はぷいっと視線を反らし、ドラゴムさんは一層優しげに微笑む。


「これは私が当事者の話だし、もしそうなったら━━━━」


 途端にドラゴムさんの毛皮全体が燃えるように赤く揺らめきだした。

 口の回りに陽炎が揺らめき、部屋の温度が急激に上がって行く。


 間違いない。

 これは、確実に、怒っていらっしゃる……!


「そのクランをまとめて消し炭にしてあげるわぁ……」


 俺はあと時、ドラゴムさんに止めを刺さなかった事を思い出してほっとしていた。

 それと同時に、このドラゴンが敵になったことを考えると、背筋に寒気が走るのを感じずにはいられなかった。







「そういえばツキトくんや」


 はい、どうしました。


「さっき言ってた『どらごんかーせっ』ってなんの事?」


 ……先輩。

 この世の中には絶対に覗いてはいけない深淵というものがあるのですよ……。


「えー? 教えろよー?」



・ドラゴンブレス

 竜の特性を持った魔物が使える特技。自分の最も強い属性耐性がブレスの属性となる。耐性の強度、耐久の強さ、レベルによって威力が変動する。


・ドラゴンカーセッ……

 覗いてはならぬ深淵。調べてはいけない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ