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農民生活 (スローライフとは言っていない)

「えー、ツキト君がご主人様希望の救いのない変態だった件につきましては、後程議論する事にいたしまして……」


 さすが先輩、天丼は基本ですよね。

 やっぱ、わかってるぅー。


 俺はクラン『魔女への鉄槌』と『ペットショップ』の総合本部の会議室に来ていた。

 縦長の部屋には大きな円卓があり、俺達、各部門の代表者がそこに座っている。

 部屋には教卓と黒板も置かれており、先輩は教卓の上に、黒板の前にはゼスプがたっていた。


「ツキト、あんまりチップを犬扱いするのはよしてくれ。クランの品格が疑われる、というかもう手遅れなんだけど……」


 ゼスプはなんとなく、やつれた様子でそういった。


 いや、本当にすいませんね、いつも迷惑かけてます。

 うちの犬が。


「だから犬じゃない。首輪はつけたけど……」


 俺の隣に座っているチップは恥ずかしそうにうつむき、何処からか取り出したマフラーで、赤くなった顔と首輪を隠す様にしていた。


 なぜこの犬はいちいち俺の琴線を刺激してくるのだろうか? あれか、これが誘っているというやつか。今日は特別に一番いい肉を出してやろう。

 俺の前では首輪をつけていた方が良いことをその身に教えてやらなければ……。


「あらあら、私もその内にペット扱いされてしまうのかしら? 困っちゃうわ~、屈しちゃうわ~、うふふふ」


 ドラゴムさんは全く困ってる様子を見せずに、楽しそうに笑っている。

 その顔は慈愛に満ち溢れていた。

 相変わらず菩薩のようなドラゴンである、あとモフみがすごい。


「なっ!? ツキト! ドラゴムに手を出したら許さないからな!」


 出さねーよ。

 そこまで見境ない変態じゃありませんー。


 それに、俺の件については後にしようや、一応これからのクランの動向を決める大事な会議な訳ですしー。

 ねぇ? 先輩、そう言うことでいいですよねぇ?


 その言葉に先輩はいつものように静かに頷く。


「ああ、もちろんだとも。━━━━さて、これより会議を始めます。ゼスプ、よろしく」


「……はい、みーさん」


 ゼスプはチョークを手に持つと今日の議題について、黒板に書き込んでいく。

 最初の議題は『各クランの現状について』だった。


「我々『魔女への鉄槌』は非常に安定している状態にあるのは、皆さん承知だと思います。一時脱退していたメンバーも、一部は再加入しており、数あるクランの中でも最有力のクランとなりました」


 ゼスプは嬉しそうに語っていた。

 やりたかった事が出来ているのだからそれは当たり前なのだろうが、それを全く隠そうともしていない。余程充実しているのだろう。

 と、いうかお前、意外にTPOをわきまえた話し方するのな。


「各人の『プレゼント』に関する情報の重要性もご理解していただけている様で、我々のクランメンバーの殆どの能力は未だに公にはなっておりません。皆様の自覚及び協力に、私から感謝を述べさせていただきます」


 これは素直に凄いと思った。

 ここまで大きい組織になったにも関わらず、自らの切り札とも言える『プレゼント』の真価を隠し続けているのだ。


 これにより希少な能力を持ったPLを保護すると共に、無用なヘッドハンティングを防ぐこともできる。


「しかしながら、動きが無さすぎるのも事実であり、メインストーリーが全くと言って良いほどに進行していません。しかしながら、VRMMOというリアリティを追い求めたゲームという特性上仕方がない、というのが我々の意見となっています」


 部屋の中が少しざわついた。

 特に、自称ガチ勢のPL数人があまり良くない反応をしている。


 まぁ、仕方のないことだろう。

 彼らの目的はゲームの攻略であり、それが出来ないのは仕方のない事だ、なんて言うのは彼らのプレイスタイルを真っ向から否定する事になる。


「はいはい、静かにねー。……これについては僕から補足があるから、それを聞いてから質問をしてほしい。いいかな?」


 その事を察したのか、すかさず先輩がフォローに入る。


「これについては『リリアの祝福』の話が絡んで来るのだけれど、この中で前作をプレイしていた人はどのぐらい居るかな?」


 そう言われて手を上げたのはたったの3人。


 訓練班長、銀髪銀眼の女エルフ、ケルティ。


 製造班長、メタボ体型の髭もじゃドワーフ、サンゾーさん。


 戦闘班統括、ロックゴーレム、ビルドー。


 この三人だった。

 因みに、この3人についてはビギニスートで俺に「死ねばいいと思う」というありがたいアドバイスを授けてくださった方々だ。


 ビルドーとケルティは廃人と言われるまではやりこんでいないと言っていたが、充分な知識を持っている。


 その三人を確認して先輩は、納得したように頷いた。


「うん、まぁこんなものだよね。この3人ならわかると思うけれど、リリアは別にストーリーを進める必要は無かったゲームなんだ」


 ガチ勢の視線が先輩に集まる。


「正確には、特定の場所に入らなければストーリーが進まなかったんだよ。だからストーリーを無視して、やりたい事をやり尽くすという人は多かったんだ。そこの3人は覚えがあると思うけど」


 この話には聞き覚えがあった。

 『リリア』はRPが楽しいゲームで、ストーリーを無視して自分のRPを楽しんでいたPLが多かったそうだ。

 気が向いたPLは、ワンパンでラスボスを沈めていたらしい。


「そして、その条件は『コルクテッド』へ入る事。前作ならそこでモノローグが入ってストーリーが始まるのだけれど、このゲームで同じ事をしても、何かが変わったような感じはしないんだ」


「はい! 質問!」


 そこで、俺の右隣に座っているケルティが手を上げた。


「ん? どうしたのケルティ?」


 ケルティは立ち上がると軽い調子で口を開く。


「みーちゃん、あのモノローグってさ、もうすぐ戦争が起きるって内容だったじゃん? だからコルクテッドに入ればストーリーが進むって言うのはちょっと違うと思うなー。今のところ戦争の話なんて聞いてないし、ストーリーも変わっているんじゃない?」


 戦争。

 ストーリーについて先輩に尋ねた事は無かったが、物騒なワードが出てきた。

 そう言えば傭兵関係のクエストもあるという話は聞いたことがある。


「コルクテッドに入ればストーリーが進む訳では無いことは同意かな。けれども戦争についてはストーリー通りだと僕は思っている。理由についてはチップから、説明よろしく」


「ああ、わかった。あんまりじろじろ見んなよ……?」


 チップは首輪を隠しながら黒板の前に立った。

 片手がずっとマフラーの所にあるので、誰が見ても何かを隠そうとしている様にしか見えない。


 ふふふ……良い顔をしている。


「あー、偵察班長のチップだ。みー先輩に言われてこの国『アミレイド』と隣国の『ザガード』の国境まで行って来た。……結果から話すが、両国は戦争中のようだ」


 ほう。

 戦争はもう始まっていたのか。

 けれどもその割には街中には緊張感のようなものは一切感じられない。

 周りもおんなじ考えなのだろう、ヒソヒソと話す声が聞こえる。


「正確には停戦中って話だ。国境沿いの拠点には常に兵士が在住してるし、大砲の様な兵器もザガードの方向に向けられていた。監視や動哨も途切れることなく配置についている。兵士の一人に聞いたら、いつ攻めて来られてもおかしくない状況らしい。以上だ、こっから先はみー先輩に聞いてくれ」


 それは物騒な事だ。

 せっかく農業の経営が乗って来たところだというのに、戦争なんかに巻き込まれたらたまったものではない。


「うん、ありがとうチップ。……捕捉として、サアリドは前線基地の役割も担う町だ、よって僕達のクランは確実に戦争に参加する事になるだろう」


 なんですと!?

 俺は驚いて、ついつい隣に座っているケルティに振り替える。


 ……真面目に?


「大マジさ。たんのしいよ~、『ザガード』の通常装備は銃火器だからね。歩兵隊の弾幕を縫って斬り込みに行くのを想像するだけで、脳液じょばばだよねぇ? ねぇ?」


 あかん。

 こいつ戦闘ジャンキーだった。


 戦争なんて、生産職の人間が手を出せるもので無い世界なのは明白だと言うのに。

 戦争でも関係ない、俺はせこせこと畑を耕し、カルリラ様への捧げ物を作りたいのだ。

 この気持ち、きっとサンゾーさんならわかってくれるだろう。何故なら彼も鍛冶士という生産職なのだから……。


「腕がなるなぁ、ビルドーよ。ワシが鍛冶士も戦えるちゅうことをおしえたるわ」


 太い腕を組み、意気揚々としたサンゾーさんがそう言うと、隣にいるビルドーがゆっくりとした動作でうなずいている。


 クソっ、ここにまともな奴は居ないのか……! 


「以上の情報から、ストーリーは時間がたたないと進まないと判断し、戦争に向けて各人のステータス、及びスキルを向上する事を優先する事にした。これから暫くは『ペットショップ』施設での鍛練に勤しんでほしい。自分からは以上だ、ちなみに戦えるPLは無条件で参加して貰うからな、ツキト」


 俺が戦争に出たくないのを察したのかゼスプが釘を刺してきた。

 コイツは未だに俺に切られた事を根に持っている節がある。


 ……あんまりしつこいようなら、もう一回チョンパしてやろうか?


「じゃあ、次は僕から。僕らのクラン『ペットショップ』についてなんだけども……。始めに、大前提としてこのゲームには生産職と戦闘職の違いというのは、無いと言ってもおかしくない。だから魔法使いが大斧を振り回していても不思議じゃないし、ゾンビがフルコースを調理していても不思議なことじゃない。だから各人には戦闘スキルも育てておいて欲しい」


 つまり、PLのプレイスタイルで生産職と戦闘職の差は簡単に埋められると言うことか。


 …………。

 先輩、質問があるのですがよろしいですか?


「はい、ツキトくん」


 その言葉を俺なりに解釈したんですが、全員が戦闘力としてカウントされている様に感じます。

 戦争となれば、後方の補給や兵站を担う部隊が必要になって来ると思うのですが、いかがです?


 それこそ『ペットショップ』の職人達の出番では?


「なるほど、一理あるね。けれども、その当たりは各人でどうにかするしか……でも……」


 先輩は前足を組んで考えるような仕草をとる。

 もう少し押せば行けそうだ。

 上手いこと丸め込み、前線に出されるのを防がなければ!


 先輩、ここは各人の長所を生かすべきです。


 チップのプレゼントなら敵の位置はおろか作戦まで看破出来ますし、ゼスプの多彩な魔術なら拠点の防護や味方の支援も完璧にこなします。そして、ドラゴムさんの一撃なら、有象無象を吹き飛ばす事だって容易です。


 けれども、飯と治療ばかりは個人では限界がありますし、戦場でその管理をするのは難しいはず。


 そんな訳で、戦いに向かない、生産をメインにしているPLは、本人の既望がない限り、各人のプレゼントを生かし後方支援にまわるべきだと、進言します。


「ああー、なるほど。なんかその方がいい気がしてきた。ゼスプはどう思う?」


「……前線に出る人員は減りますが、二つのクランを一つの部隊として運用する意見は間違っていないと思います。お互いをカバーする事により、集中して戦力の強化もでき、作戦も立てやすい。それに戦力の温存という意味でも良い案です」


 案外簡単にゼスプは落ちた。

 対して、先輩は頭を悩ましている。


 これで糧食班にでも行ければ俺も安心だ。

 俺としては、自分が戦場で生き残れる自信はあまりない。

 そもそも、農民は戦う職業でもないし、あの大鎌は武器ではない、農具である。

 あれで戦えという話がそもそも無茶なのだ。


 剣とも槍とも違うし、どう扱うかもわからないし。今までは適当に振るっていたけど。


「でも、そうなると『ペットショップ』の人員の負担が増える、というよりツキトくんの負担もかなり多くなるけど……」


 大丈夫です先輩。

 俺は何でもやりますよ。


「戦闘中の糧食を大量に作ってもらうことになるし……」


 何言ってんですか。

 今でも朝から晩まで料理してますし、今さらですよ。任せてください。


「この後、頼み事もあるのだけど……」


 完璧にこなして差し上げましょう。


「はぁ、わかった。そこまで言うならそうしよう。他の人達はこれで良いかな? 戦闘職は戦闘能力の更なる向上、及び魔法の習得と鍛練。生産職は通常業務に加えての戦争への備蓄とスキル上げ。可能な者は範囲治療の魔術を習得してほしい。これについて、質問及び意見を聞きたい」


 よし、通った!

 見たところ反対意見も質問も無さそうだ。

 これで安心して後方に引きこもれる。

 日課のお祈りも継続できそうだ……。


「という訳で、ツキトくん」


 はい、何ですか?


「戦闘スキルの向上、攻撃、治療魔法の習得及び鍛練、『ペットショップ』での通常業務に加えての戦闘糧食の製造……。やれる事は全部やることになって、君が一番大変だけど、僕も手伝うから頑張ろうね!」


 ……はい?


「いやー、流石は多芸じゃな、ツキトよ。ワシはプレゼントのデメリットで魔術が使えんからの。戦闘中のサポートは任せたぞ? 御主の意欲とクランへの忠誠心は素晴らしいわい」


 何故かサンゾーさんからお褒めの言葉を受け取った。

 何故? ほわい?


「アタシの飯もちゃんと作れよ。お前が言ったんだからな?」


 犬まで……。

 何故だ、俺は生産職の筈だ……! 農民だぞ……!


 がつん、がつん。


 何か固いものがぶつかり合う音が聞こえたので振り替えると、ビルドーが岩でできた手で拍手のような動作をしている。


 どういうこっちゃ!?


「ツキト、ツキト……」


 困惑していると、隣のケルティが俺にだけ聞こえるように囁いた。


「勘違いしているようだから教えるけど、農家は戦闘職だよ。武器スキルが上がるし……」


 ……は? なんで?


「そりゃそうでしょ、近接戦闘職必須の『見切り』スキルで敵の動きがわかるし。最初の説明でも、戦う力があるって書いてたでしょ?」


 見切りってそういう効果だったのかよ!?

 どおりで敵の動きが良く見えると思ったわ!


 しかし、不味いことになった。

 このままでは、俺は自分で死刑執行のボタンを押したバカである。

 もう一度先輩に進言を……。


「僕からも以上だ! この戦争、勝ちに行くよ!」


 先輩のにゃーという勝鬨に、部屋中から「応っ!!」と勇ましい返事が帰ってきた。


 ダメだ……。

 こんな空気のなかで、やっぱ無しでなんて言えるわけがない……。


 腹をくくるしか無いのか……。

 助けて! 女神様!






『自業自得。頑張ってー』


 気の抜けた声が頭の中に響く。どうやら救いは無いみたいだ。

 ちくしょー。

・大鎌

 鎌は武器では無いが、一揆の際には農民の武器として使われていた。戦場においては、死神を連想させ相手を恐怖させる意味がある。一定確率で即死効果が発揮されるが、攻撃が大降りになるため敵に当てるには経験が必要。つまるところ、農具として使うのが一番良い。

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