チュートリアル終了!
アミレイドとザガード、2国間における戦争は冒険者の介入により終了した。
勝者の居ない戦争はそれぞれの大地に大きな爪痕を残し、疲弊した両国はお互いに和平を提案し、承諾。
平和が訪れたのだ。
しかしながら、自らの国家が得体の知れない化物によって操られていた事は国民にとって大きな衝撃だった。
旧き邪神が国を支配し、世界をかけて戦うという神話の様な話など、誰も信じることができなかったのだ。
だが、それぞれの国王の様子を間近で見ていた兵士達、そして、それに立ち向かった冒険者達は知っていた。
邪神という存在は、確かに存在していたのだと。
旧き時代、邪神である彼らがどうやって滅びたのか、そもそもどこからやって来たのかは、知るよしもない話だ。
もしかしたら、女神達はなにか知っているのかもしれない。世界を巡る冒険者達も気付いている、知っている者がいるのかもしれない。
それはきっと、この世界の成り立ちに大きく関わってくる物語なのだろう。
女神によってこの世界に訪れた冒険者諸君。
君達は自由だ。
この謎を解き明かすために、新しい旅に出てもいいだろう。変わらぬ生活を望むのなら、それもいいだろう。
君達が国を支配しても構わない。
新たな戦争を初めても傍観しよう。
それを止めることも止めはしない。
けれども、その全てに責任がついて回るということ決して忘れてはならない。
さぁ、旧き邪神から解き放たれた冒険者達よ。
女神達の世界に降り立った者達よ。
邪神の手から世界は解き放たれた。
新しい世界での冒険が始まるのだ。
さぁ、困難に立ち向かう準備はいいか? 明日に踏み出す時が来たのだ!
諦めを知らないあなた達に、リリアの祝福があらんことを……。
第一部、完。
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俺達が《アミレイド》を打ち倒した次の日、ログインをするとウィンドウにそんな文章が表示された。
どうやら今回のイベントでストーリーの第一部が終わったらしい。……邪神を倒せるだけ倒したからかな?
それでもって、第二部が始まるまでには相当の時間がかかるそうで、暫くはゆったりとした運営になるとか。
それに合わせて、ソロ用のストーリーモードみたいなのも用意されるらしい。一部の物語をもう一度体験でき、英雄になりたい人向けだそうだ。
ま、そんな事はどうでも良いんだ。
運営からの新しいお知らせを聞いてから考えれば良い話だからな。
とりあえず今は……。
「よっしゃ! みんな~飲み物持った~? それじゃあいくよ~? ……戦争終了、第一部もといチュートリアル終了お疲れさまぁ! かんぱ~い!」
クランロビーを解放した宴会場に、人の姿になった先輩の声が響いた。その声に合わせて、全員が飲み物を高く上げ、先輩の音頭に合わせる。
かんぱ~い!
今は、この大宴会を楽しまなければ。
「……それで、本当にそれ、貰えちゃったんだ。ずる~い」
俺の対面座った先輩がテーブルにぐでっとしながら唇を尖らせた。……いや、あんまりにも強すぎるんで、返そうとしたんですけどね。特別だからって……。
あの戦いのあと、俺はカルリラ様に貸してもらった大鎌を返しに行った。
……だって、ガチのチート武器だったし。
どうやら、メチャクチャに珍しい、成長する武器という物だったらしく、長い間カルリラ様が使っていたので一撃で大抵の敵は死滅するほどに成長していた。
先輩でさえ破壊に手こずるビルドーの大盾も、一撃で切り崩せるのだから相当な強さである。
なので、あまりにも手に余るという事で返しに行ったのだが……。
「それは特別です。あの方を殺してくれた報酬だと思ってください……」
という、しんみりとした様子でそう言われたので、返すに返せなかったのだ。
なので、この武器は最後の切り札ということで、俺の手元に置いておきます。普段は普通の武器で戦いますよ。
「む~、それでも羨ましいなぁ。僕も強い武器欲しいんだけど」
いやいや、先輩どうせ使わないじゃないですか。どうせグーパンで大抵の敵を倒しちゃうんですから……。
「そんなことないよ。確かグレーシーが持っている杖も成長する武器だったはず……。魔法の威力が数十倍になるはずなんだよね。……あ、そうだ。ツキトくん、この後空いてる?」
大体何をしたいのか察しましたが、今日は止めておきましょう。ほら、見てください。向こうに座っているグレーシー様が震えてますよ?
俺は女神様達が座っている席を指差した。
そこにはいつものパスファ様とグレーシー様に加えて、フェルシーやキキョウ様、カルリラ様も居てお酒を飲んでいる。
昨日大鎌を返しに行った時に誘ってみたのだが、ちゃんと来てくれた様だ。……リリア様が居ないのが気になるけれど。
「あんなのでも初恋の相手だったんでずぅ! ちょっと気にしててもいいじゃないでずがぁ!?」
そしてカルリラ様は荒れていた。
やはり《アミレイド》の件については少し思うところがあった様だ。顔を真っ赤にしながら泣きわめいている。泣き上戸かな?
「カルリラ、少し落ち着け。これで昔からの因縁が一つ消えたのだ。喜ばしい事じゃないか。それにここの料理は美味しいぞ? 要らないなら私が食べて良いか? もっきゅもっきゅ……」
そんなカルリラ様をキキョウ様が慰めていた。しかし、決して口と手を休める事無く料理を食べ続けている。……そういえば食いしん坊キャラでしたね。
「へー、邪神の奴ら全滅したのかニャ? ミャアはバインセイジの防衛に忙しくて、そんな事全然知らんかったニャ。良いことだニャア」
「いや……フェルねぇちゃんはなにしてんの? アホなの? なんで街の支配者になってるのさ……」
戦争の間バインセイジの守護をしていたというフェルシーにパスファ様がドン引きしている。
どうやら、街を狙う不届き者達から守りきった功績を称えられ、バインセイジは完璧にフェルシーの魔の手に落ちたらしい。……あれ? あそこってPLの始まりの街でもあるんだよな? 大丈夫か?
「冒険者に悪影響を及ぼしたらどうするつもりなのさ……。ところで、グレーシーはさっきからどうしたの? ビクビクして……」
「き、気のせいじゃと思うのじゃが、何か嫌な予感がしての……こう……なんというか、妾が大変な目に会うような気がしてのう……」
不安げな表情でグレーシー様は周囲を警戒している。どうやら、先輩に狙われていることは気づいていないようだ。
ほら、完全にブルってるじゃないですか。止めておきましょうよ。
「ん~、そこまで言うのなら仕方ないか……。奇襲は見送りって事にしておくよ」
どうやら絶対に諦める気はないようだ。グレーシー様には強く生きてほしい。イベント以外なら先輩は残機無限だからなー。勝てないだろうなー。
ということで、今日はそんな物騒な話しは止めましょう。みんな楽しそうにしていますしね。
俺はそう言って他の席へと目を移す。
『紳士隊』で戦っていた面子がメレーナに対して跪き頭を垂れている。どうやら今回の戦闘に関して不満点があったらしい。クランメンバーを先導した件についてヒビキを問い詰めている様だ。
その中で、ワカバが監督不十分という事でガシガシと蹴られていた。必死に弁解をしているが、あれでは火に油を注ぐだけである。
なんとかシーデーとアークがなだめようとしているが、全く効果は無い。それが愉快に見えるのだろうか、シバルさんはウィスキーを煽りながらにこやかにその様子を眺めていた。
なんやかんや、あの変態集団は纏まりを見せている。
当初は戦闘が終わる度に目が死んでいるワカバが見物だったのだが、回数をこなす内に惨状に慣れていったらしく、虐殺を楽しんでいたそうな。
まぁ、本人達が楽しんでいるのならそれで良いだろう。
「あ、みーちゃん。ちょっといい?」
俺が振り替えると、そこにはケルティハーレムの面々が立っていた。華やかな面子である。
「ちょっと抜けたいんだけどいいかな? 新メンバーとの交流をしたくって」
新メンバー?
おいおい、また新しいのに手を出したのかよ。節操がないねぇ。そう思いながら数を確認していく。
フロイラちゃんにアンズ、ミラアと来て……。
俺が一人一人確認していくと、虚ろな顔をした少女がそこにいた。しっかりとフロイラちゃんに手を握られており、目の焦点が定まっておらず、ぶつぶつとなにかを呟いている。
その顔は初めて見る顔だったが、その服装には見覚えがあった。
その少女はまるで勇者の様な━━クロークと似た様な服装をしていた。……まさか。ケルティお前……。
「実はみーちゃんにお願いして、クラン秘蔵の願望の杖で性転換してもらったんだよね! という訳でクローク君改め、クロークちゃんです! 以後よろしく!」
せ……先輩……?
え? 願望の杖? あの願いを何でも叶えられる? いつ手に入れていたんですか?
「いやぁ、どんな願い事でも叶えれる願望の杖は凄いよねー。フェルシーのイベントの報酬で貰ったんだけど、使い道に困ってたからケルティにあげたんだ。クロークを仲間にするのも悪くないと思ったしね」
そういえば、あのイベントの報酬確認してなかったな……。願望の杖だったのか……。
って、そんなことよりも。
あまりにも。あまりにも哀れ。どうしてこうなってしまったんだ……。
最初に会った時にはそれなりに勇者していたというのに。気が付けば邪神に見初められているし、クソボロボロにやられてしまっているし、挙げ句の果てにレズエルフに気に入られてしまうなんて……。
もう彼……彼女のメンタルはボロボロに違いない……。
「そういうわけでな、今からクロークを皆で慰めるつもりだ。優しく……優しくな……」
ククク、とミラアが笑った。……そういえばこいつ、本質はドMじゃなくて破滅願望持ちだったな。またなにか企んでいるのか……。
こういうのは関わらないのが得策だ。クロークには悪いが、尊い犠牲になってもらおう。
なお、たすけて……たすけて……、という消え入りそうな声は聞こえないものとする。
ああ、ケルティ。なるべく人の道から外れた事はしないようにな。それを守ってくれるなら、俺からは何も言うことはない。ねぇ、先輩?
「うん、僕も同じ。こっちは気にせずに、ゆっくりしてきなよ。みんな好き勝手やっているだけだし」
先輩の許可を貰ったケルティ達は、にこやかに笑いながら去って行った。……こえー、よくあんな顔できんな、アイツら。
まぁ、この場でおっ始めないだけ良心的とも言えるだろう。そのぐらいの常識がある事にはホッとした。
「流石にケルティだって常識位知ってると思うよ? それよりもさ、なんで僕の飲み物はジュースなのさ。僕だってお酒飲めるし、ツキトくんは飲んでるのに……」
仕方ないじゃないですか。
飲み方を知らない直ぐに酔っぱらう方々は、アルコール禁止になったんですから。
先輩だってやらかして怒られたくないでしょ?
「うー……それはそうなんだけどさ……。ツキトくんが一緒なら飲んでも問題ないだろ? きみ、お酒強いみたいだし」
成る程、監督者が居れば飲んでも構わないだろうという話ですね? ……それでは、後方の駄犬ちゃんをご覧下さい。
先輩が俺に言われた通りに振り向くと、そこにはチャイム君の首を小脇に抱えた、顔を赤く染めたチップがいた。周りでは愛好会の皆様が慌てている。
「なんだよー! アタシの酒が飲めないのか~? お酌してあげるから飲めって~!」
「チップさん!? お、俺は酒が苦手で……。あ、や、やめ……」
おそらく誰かが興味本意で飲ませてしまったのだろう。もう絶対に飲まないと言っていたので、まさか自分から飲んだわけでも無いだろうし。
酒がダメなチャイム君はチップに無理矢理口に酒を突っ込まれてぶっ倒れた。
すると、チップは次の標的に狙いを定め飛びかかる。そしてまた酒を勧め始めた。酷い酔い方をしておる……。
どうです先輩。あの様子を見ても飲みたいと思いますか?
「あー……うーん……。ツキトくんと二人っきりの時だけにしておこうかな……。それならいいよね?」
それならいいでしょう。
俺も先輩と一緒にゆっくり飲んでみたいですし。……美味しいワインもありますしね。
そう言って俺はアイテムボックスから酒瓶を取り出して見せた。すると先輩はイタズラっぽい笑いを浮かべる。
「僕を酔わせてなにする気……? 一応その件については、前科があったはずだよね? ツキトく~ん?」
おっと、その件については俺は無実です。
布団が一つしか無かったから一緒に使っただけであって、眠気に負けただけなんですよ。ですから間違いがあったとかそういう事実は一切無くてですね。目が覚めたら目に前におっぱいがあっt……。違うんです先輩、今のは言葉のあやとかそういう部類の物でして、決して下心があったわけではないんです。あっ、すいませんでした。やめて、ゆるsあっ、あっ、あっ、あっ、あっ……。
俺はにっこにこの笑顔を浮かべた先輩に、後ろから首を絞められた。順調にHPがごりごりと減って行く。
くそ、いったいどこで間違えたと言うのか。やはり、おっぱいに惑わされてはいけないのか? くそぅ……。
あ、でも身体が密着して先輩の先ぱいが当たっている……悪くないな……。
「まーたやられてる……。今度は何をしたんだ? どうせセクハラかなにかだと思うけど……」
あ、ゼスプとドラゴムさんじゃないですか。いつもすいませんね、先輩と俺が暴走するから、その責任を問われたりして。
ところで助けてくれると嬉しいんですが、良いですかね?
そんな事を考えながら、俺は二人に目で助けを求めた。しかしながら、目の前の二人はまるで微笑ましいものを見るような目でこちらを見ている。
俺は必死に先輩の腕をタップした。最後に頼れるのは自分だけである。
「ふふふ、みーちゃん。そこまでにして上げたら? せっかくのお祝いなんだから、少しくらい大目に見て上げても良いんじゃない?」
「え~……。まぁ……ドラゴムがそういうのなら……」
た、助かった。
流石ドラゴムさんだ。やんわりと先輩を説得してくれた。一時はどうなることかと……。
お礼に後でもふもふさせてもらおう。
「次は無いからね……?」
先輩が耳元でゾッとするような声で囁いた。……はい。すいませんでした。
「相変わらずだね。……大事な話をしたかったんだけど、後にしようかな……」
大事な話?
なんかあったのかゼスプ? そんな深刻そうには見えねぇけど。
「実は……ちょっとドラゴムの体調が最近良くないみたいで、これからはログインする事が少なくなるそうなんだ。引退って訳じゃ無いんだけど……」
体調が? ……ほーん。
「そうなの。それでみんなとはあんまり会えなくなるから挨拶をして回ってるの。私がいない間に、みーちゃんを悲しませるような事をしちゃダメよ? ツキト君?」
そう言って笑うドラゴムさんに、悲観した様子はない。体調が悪くてゲームができないという感じでは無い気がするんだが……。
「あれ? でも最近良いことがあったって言ってなかったっけ? この間部屋に来たときに話してたよね?」
先輩がそう質問すると、あっ、とドラゴムさんが声を漏らした。嘘つくのが下手な方である。……ゼスプ、ちょっとこい。
俺は問答無用にゼスプの肩に腕を回し部屋の隅に連行した。
「ちょ!? 力強っ! なにするんだ! なんでわざわざこんな……」
いや、身バレしたくは無いだろうなって思ってよ。……率直に聞くけどよ、リアルのお前とドラゴムさんってどういう関係?
ゼスプの目が泳いだ。顔からは汗が吹き出している。
「……なんの事でしょうか?」
いや、動揺してんじゃねーか。
……ま、大体予想はついてるけどさ。あんだけセクハラかましても許される仲ってんだから、相当近い関係だろ? 恋人以上って感じ?
因みに、本格的にログインできなくなるのはいつ頃よ? 内容が内容なら、そのうちお前もログインできなくなるだろ?
「……正直オレとしては、もうログインしてほしく無いんだけどね。なにかあったら大変だし。でも、どうしてもこのイベントだけはやりたいって言うからさ……。だから、これからのログインはドラゴムの様子を見ながらになるよ」
ゼスプは穏やかな顔をしていた。
……そうかい。
寂しくなるけど、仕方ないな。頑張れよ。
そう言って俺はゼスプを解放した。
「ええ……、君どこまでわかって言ってるの? 何気ない一言とかで、リアルを特定されてそうで怖いんだけど……」
しねーから安心しろよ。それに、しようと思ったらもっとうまい感じにやるわ。
「いや、怖いんだけど!? ……それじゃあオレ達は他にも挨拶して来なきゃいけないからそろそろ行くよ」
おう、ドラゴムさんを大切にな。
ゼスプは先輩と話をしていたドラゴムさんと合流して次の席に向かった。やはりその様子はどことなく嬉しそうに見える。
俺も席に戻ると、そこには少し顔を赤くした先輩がいた。……どうしたんです?
「……え? あ、うん、ドラゴムからどうしてログインできなくなるのかの理由を聞いたから……。ちょっと驚いちゃって……」
あ、理由聞けたんですね。
理由は大体わかりますけど、ドラゴムさんが心配ですねぇ。何も無ければ良いんですけど。
「そうだね……。でもそっかぁ、あの二人ってそういう関係だったんだね……全然気づかなかった……まさか夫婦だったなんて……」
あ、やっぱりそうでしたか。……それでログインできなくなる様な体調の変化っていうと……。
「うん……そういうことらしいよ……」
はー、それはおめでたいことですなぁ……。
けれどそれじゃあほぼ引退みたいなものですね。今以上に忙しくなるでしょうし。仕方ないとわかっていても、寂しい気がしますね。
家庭の事情や生活の変化、その他もろもろの事情でゲームをできなくなる事はしょうがない話だ。
極論言ってしまえば、このゲームはオンラインゲームで、サービス終了してしまえばそこでおしまいだし。
飽きてしまっても終わりだし。
「そうだね……。……あのさ、ツキトくんは……引退とか考えて、無いよね?」
俺が?
……まぁ、今のところは他にやりたいゲームとかもないですし。一区切り付いたっていってもやってない要素とか結構残ってますからね。それをやりきるまでは止めるつもりは無いですねぇ。
どうしてそんな事を?
俺がそう聞くと、先輩は視線を落として俯いてしまった。
「……ドラゴムがさ、こんないきなり引退するみたいな事を言い出したのが信じられなくて……。でも考えてみればそうだよね。それぞれの生活があるんだもん。ずっとゲームで遊べる訳じゃないもんね」
それは……仕方ない事ですよ。
けれど別にゲームだけの話でも無いですしね。リアルでも出会いがあれば別れもあるっていうのは当然の事ですから。
だから今を楽しまないといけないんですよ。
それに、連絡先聞いておけばメールなりなんなりで話す事はできるんですから、元気だしていきましょう?
俺はそう言って先輩の隣に座った。
そして、しょんぼりと落ち込んでいる先輩の頭に手をのせて撫でてあげる。
「……子供扱いするなってば」
するとムッとした顔でその手を払いのけられた。素直じゃないんですからー、もー。
「でも……ツキトくんの言うとおりだね。その気になれば直接会いに行けばいいんだよね……。……うん、そうだ」
?
どうしたんですか? 先輩?
先輩はふぅ、と一度深く息を吐いてから、俺に真っ直ぐに向き直った。
その顔は何か覚悟を決めたような表情をしていた。けれども頬は赤く染まっていて、とても緊張している様にも見える。
「ツキトくん、お願いしたいことがあるんだ」
……はい。な、なんですか?
いきなり真面目な雰囲気になり、俺もつられて緊張してしまう。
なんだろう? 一体何をお願いされるのだろうか?
俺が困惑していると、先輩の口が開いた。
「僕と……。って、え?」
そして固まった。……え? どうしたんですか?
どうやら先輩は俺の後方を見て固まっているらしい。そこに何があるというんだ。……嫌な予感しかしない。
俺は警戒しながらゆっくりと振り向いた。
「わっ……、ど、どうも……」
ついに、断罪の時が来たようだ。
そこにはリリア様が立っていた。しかも、いつもよりも子洒落た格好をしているので、本気モードというやつだろう。
このタイミングでリリア様が俺の目の前に現れる理由なんて一つしかない。
そう、件の『リリアの聖水イッキ飲み』についてである。
パスファ様からはそういうものではないと説明を受けてはいたが、何せ幼女の聖水である。
エネルギーが集まった物だとかなんとか言っていたが大事なことはそんな事じゃない。……イメージの問題である。
あの時慌てていたリリア様の様子からして、本人もそういう物だと勘違いしている可能性が非常に高い。
だから俺は地面に頭を擦り付け命乞いをしているのだ。……ああするしか無かったんです! ああしなきゃ勝てなかったんです! 何でもしますから許して!
先輩の視線が突き刺さるのを感じるが、どうしようも無いことだ。
おそらくこの場で俺が死ぬことは確定事項なのだろう。問題は誰に、どうやって、どのように殺され、どうなってしまうかだ。
これからのリリア様の発言によっては、俺の敵がごっそり増えることになるだろう。
リリア狂信者の皆様を筆頭に、女神様御一行、未だ性癖変わらぬロリコン達、とりあえず乗っておこうと殺しにかかるクランメンバー。
そして、浮気認定をする先輩とカルリラ様……。
おそらくこの場にいる殆どが俺の敵になる。
頼むから、少しでもましな待遇になるような発言を……!
「ツキトさま……顔をあげてください……」
はっ!
俺はバッと勢いよく顔をあげた。
そこには恥ずかしそうな顔をしているリリア様と……、既に武器を構えてステンバイしている連中がいた。
「そんなことをしなくても、私は貴方さまの事を……許そうと思います……。あれを手渡したのは他ならぬ、私自身なのですから……」
り、リリア様ぁ!
リリア様の慈悲のこもったお言葉により、後方の奴らの戦意が削がれている。……これなら今日は悪くない死に方ができそうだ。
「ですが……」
?
「その……、責任は……とってほしいのです……」
あ! 責任ですね! 良いですとも! それくらいならいくらでも取らせていただきます! どうぞ好きにしてください!
よし。
おそらくこれが考えうる中でもだいぶマシな答えだ。
被害者であるリリア様によって、俺が罰を受けるのならば、誰も文句は無いだろう。
一時はどうなるかと思ったけど、意外になんとかなるもの……。
「それでは……これからは、どうかよろしくお願いします……」
その言葉と共に、目の前にウィンドウが現れた。
他のPLの目の前にも表示されているようで、それに全員が釘付けになっている。そして俺も、その内容に目が話せなかった。
そこに書かれていたのは……。
『『女神リリア』がPLツキトのパーティーメンバーに加わりました』
という一文だ。……あ、責任を取るって、そういうことね……はっ!
その内容の意味を理解したとき、こちらに数多の視線が向けられている事に気が付いた。全てが殺意を向けている。
ま、まずい。
逃げなければ。
これまでにない酷い目に合わされるに違いない。
しかし、その行動を阻むように、俺の肩に誰かの手が置かれた。
振り返らなくてもわかる。
先輩だ。
「ツキトくん。目の前で堂々と浮気するなんて良い度胸だね。……遺言は?」
が、ガチギレしていらっしゃる……。
え、え~と……。
ぬ、濡れ衣だぁ!?
振り替えってそう叫ぶと、先輩はニッコリと笑い、俺を地下闘技場へと連行するようクランメンバー達に指示を出すのだった。
これが大宴会2次会『浮気者大粛清会』の始まりだった……。
祭りは……終わらない……。
・女神
条件を満たすことができたのなら、女神も冒険者の仲間にすることができる。
その女神の信者であることを前提に、一見無茶では無いかと思うような条件を満たした者のみが女神の力を得ることができるだろう。
因みに、リリア様の条件は好感度が一定以上で聖水を飲む事だよ。
よっ! この浮気者! 人の母親に手を出すとは良い度胸だな! ぶっ殺したらぁー!