死神は寄り添うことなく……
「聞いてください! 定命ならざる冒険者達よ! 私がここにいる以上、これよりあなた達は死ぬのを恐れることはありません!」
カルリラ様は空に向かい翼をはためかせ飛び上がった。そして、俺達に向かって言葉を投げ掛け鼓舞をする。……いや、ただ鼓舞したわけでは無いらしい。
ステータスを確認すると『カルリラの再契約』が発動している事がわかった。
これなら、死んだとしてもすぐに復活することができるだろう。
「まだ立ち上がる事ができるというのなら……武器をとりなさい! 目を閉じるのは今ではありません! あなた達が彼を倒すのです!」
《アミレイド》は恨めしそうな様子で、声を張り上げるカルリラ様を見つめていた。
そして、低く唸るように口を開く。
『なぜ……なぜ今お前が現れるのだ……? それほどまでに、私が憎いのか……?』
その問いを聞き、カルリラ様の表情が変わる。
『嫉妬』の邪神とカルリラ様の因縁は深い。お互いが恨み、憎しみを抱いていて当たり前だ。
しかし、カルリラ様見せたその表情は……。
いつもと変わらぬ、慈愛のこもった微笑みだった。
「憎い? ……そんな事はありません。私は輪廻を司る女神、死神と呼ばれる生命の管理者。死というものは常に生者の隣で微笑み、包み込もうとするものです。……それに例外はありません」
カルリラ様は《アミレイド》に向かって真っ直ぐに向き直り、受け入れるように両手を広げた。
「それは貴方も同じことです。貴方が死ぬと言うのなら、私は優しく受け止めてあげましょう。もっとも……」
ちらりと、カルリラ様がこちらに視線を向ける。
「貴方の死神は……私ではありませんが」
《アミレイド》がカルリラ様に気を取られているうちに、俺達は体制を立て直す。
魔術師組が自滅前提で全体回復魔法を使い、他のクランメンバーを回復した。
そして隊型を作り、突撃の合図を待っている。
まぁ、そうなるわな。
俺達の何が強いって、死んでも構わないという精神だ。
どうせ誰かが生き返らせてくれる。そんな考えの元に、俺達は暴れて好き勝手遊んでいる。
心が折れない限り、俺達は死んでも勝つことを諦めない。
「よし、みんな! 死ぬことがないのなら、普段の修行よりマシだよ! 全員、突撃ぃ!!」
肩の上で先輩が叫んだ。
声を上げながらクランメンバー達が《アミレイド》に向かって特効した。魔術師やガンナーの遠距離攻撃持ちは、同士打ちの事も考えず攻撃をしまくっている。近接職も隣のPLをうっかり切り殺しても気にも止めない。
初期の演習風景を思い出すようだ。
『な……ナメるなぁ!』
魔法の攻撃を受けながら、《アミレイド》は死なずの兵とかした俺達に向かい、その腕を振り下ろす。
最早避けることも忘れた狂戦士達は、木っ端を散らすようにミンチと成り果てた。しかし、PL達は瞬時に復活して骸骨に向かい飛びかかった。
その尋常ならざる様子に《アミレイド》の動きが一瞬ピタリと止まる。
すると、待ってましたと言わんばかりに、後方からロケット弾が撃ち込まれた。
味方に衝撃が当たっても気にしない事が一目でわかるほどの数だ。弾が骨に直撃する度にミンチの花が咲いていた。
『ふ……ふざけるな! こんな……こんな事があって良いはずがない! 不死の生物など存在してはならないのだ! 自らの理想の為に自然の摂理をねじ曲げる気か!』
衝撃によってボロボロと崩れる骨の身体を必死に維持しながら、《アミレイド》は叫んだ。
その視線の先にはカルリラ様がいる。
「そんな気はありません。この方々は定命ならざる存在、別の世界からの冒険者。……ですので少し無茶な事をしても、この世界に問題はありません」
ちょっと黒い事を言いながら、ニコリとカルリラ様が微笑んだ。……まぁ、普段から好き勝手やってNPCの皆様に迷惑をかけているのでお互い様である。
さて、様子を見ていたがこのままでは内輪揉めが始まりそうだ。攻撃が当たったやら当たって無いやらで口喧嘩がおき始めている。
どうせ死なねぇんだから死につつ戦えば良いのに、本当にどうしようもない奴等だよ。うちのクランメンバーどもは。
「今の魔法俺に向かって撃ったろ!? ちゃんと狙えや! ノーコン!」
「そっちが先にぶつかって来たんじゃん!」
「真面目に戦えよ! どう考えたってクライマックスだろ! 敵は目の前の骸骨だろうが! 死ね!」
「はぁ!? このタイミングで突っかかってくる意味がわからん! お前が死」
いや、お前ら全員死ね。
俺は口喧嘩をし始めた奴等の首を問答無用で切り落とした。素晴らしい切れ味である。あっという間に静かになった。
首を切り落としは連中も、例外無くすぐに復活した。そして、俺の事を驚いた顔で見つめている。
俺は笑顔を作った。
なにしてんだ? まだ敵は残っているぞ?
どうやら、俺の真面目に戦ってほしいという想いが伝わったらしく、無駄な争いをしていた奴等は全速力で《アミレイド》に向かっていった。
「ツキトくん……いつか復讐されても知らないよ? それと、そろそろ僕達も戦おうよ」
そうですね。
……まぁ、ゆっくり行きましょうか。
俺は《アミレイド》に向かって踏み出した。すると、何故かわちゃわちゃと戦っていたクランメンバー達がさっと俺に道をあける。……なんだよお前ら、良い子ちゃんかよ?
そう思っていたら、そこに《アミレイド》の大腕が振り下ろされた。
どうやら攻撃が来ることを察しただけだった様だ。
まったく、避けなくても死なないってぇの……。
俺は溜め息をつきながら、その腕に向かって大鎌を振るう。すると、先程まで歯が立たなかった大骨に、するりと刃が通った。
宙に舞った切り落とされた腕が回転して地面に落ちる。
繰り返し言うが、素晴らしい切れ味だ。
今まで使っていた大鎌とは比べ物にならない強さである。
『っく……冒険者風情が……! 自分達が女神の奴隷だということにも気付かないお前達に、私の理想を邪魔されてたまるか……!』
両腕を失った哀れな骸骨が吼える。
その様子に、俺はニヤリと口元を歪ませた。
理想の世界ねぇ……、ワリぃけどそんなもんいらねぇんだわ。少なくとも俺はこのままで良い。お前のごっこ遊びに、これ以上付き合う気もないんでね。
「そうだ! そうだ! さっさとその『ギフト』を寄越せ! 多分それ僕のだから!」
どうやら先輩の『ギフト』は『嫉妬』らしい。『色欲』って感じもしないし、今までの戦闘で『ギフト』を貰えなかったのなら、そうなのだろう。
じゃああのドレイン能力、先輩使えるようになるのか……。本格的に魔王じみてきたな……。
『奴隷風情が知った口を聞くな……! この世界は……この力は……私のものだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
再び《アミレイド》から黒い波動が放たれ俺達の身体から力を奪っていく。しかし、エネルギーを吸収している間は身動きができないようだ。
その証拠に、俺がその胸に向かって飛びかかっても反撃はなかった。
巨大な骸骨の肩から肋骨かけて、大鎌の刃を走らせる。装飾品ごと切り裂かれた骨がバラバラと地面にへと降り注いだ。
「くっらえー! 『新・冥王への磔刑』! 連打ァ!」
そして肩の上の先輩から高速で幾つもの槍が射出され、地面に落下した《アミレイド》の骨を地面に繋ぎ止めていく。
『な……なんだと……?』
驚くような声と共に、支えを失った頭蓋が落下する。……おや、奇遇だな。俺の目の前に落ちてくるなんて。
にしても……しぶといやつだよ、お前は。
先輩の魔法をくらっても、俺がバラバラにしてやっても死なないとはな。
けれど、もう終わりだ。
大人しく死ね。
俺は大鎌を振り上げた。
「『グレーシーの追約』発動。……『冥王への磔刑』多重発動いつでもいけるよ、ツキトくん。……終わらせようか」
先輩の言葉通り、空には幾重にも重なった魔方陣が現れた。そこから降り注ぐエネルギーが大気を震わせ地面を揺らしている。
おそらく、残ったHPも全て使いきって殺すつもりなのだろう。
「終わりです。旧き時代の死の神よ。貴方達の時代は終わり、本当の意味での、新しい世界が始まります。……言い残す事はありませんか?」
《アミレイド》の終わりを悟ったのか、その側にカルリラ様が降り立った。
その様子は何処と無く寂しそうにも感じた。
『それは、慈悲のつもりか? ……愚かな! ただの農家の小娘が……偉そうな口を利くな……! お前も強欲の女神の奴隷だということを忘れるな……! お前達は……神ではない……!』
「ええ……そうですとも。神ではないから、完璧ではないのです。だから、昔の思い出を簡単に捨てられないのです。私は……ここに決着をつけに来ました」
そう言って、カルリラ様は深淵を思わせる真っ黒なフードを深くかぶり直した。そして、俺に近付いて小さな声でぼそりと呟く。
「……あとはお願いします」
きっと、これがカルリラ様なりの優しさだったのだろう。そう言い残し、その姿は消えてしまった。……先輩。
「うん……いくよ!」
魔方陣が折り重なり、粉々に砕け散った。
降り注いだ破片は一本一本が槍となって、地上へと降り注ぎ、《アミレイド》の身体を消滅させてゆく。
最後に残ったのは目の前の頭蓋骨だけだった。
俺は軽く息を吐いて、振り上げた大鎌を真っ直ぐに振り下ろした。
しかし、《アミレイド》の執念だろうか。刃は突き刺さるだけで、その頭蓋の固さに阻まれしまい、切り裂く事はできなかった。
『まだだ……。まだ私は死ねない……! まだ私は……!』
いや……終わりだよ。
お前の目の前に、カルリラ様が現れた時点でお前は死んでたのさ。その気になれば、カルリラ様は簡単にお前を殺すことができたんだ。……だって。
『!?』
俺でも、できたんだから。
突き刺さった場所から、亀裂が一気に走り、その頭蓋骨がひび割れていく。
ボロボロと破片が落ちていき、今にも崩壊してしまいそうだ。
『なら……何故あの小娘は……私を殺さなかったのだ……。何故、お前に最後を任せた……』
自らの敗北を理解したのか、消え入りそうな声で《アミレイド》が俺にそう訪ねてくる。……あー、そうか、わからないのか。
まぁ、そうだろうな。
わかっていたのなら、こんな結果にはならなかったろうに。
俺から言えるのは、お前がそんなんだから愛想つかされて、裏切られるんだって事だな。
お前の独り善がりな世界には、お前がほしいものは無いってよ。
俺は大鎌をもう一度、《アミレイド》に向かって振り下ろした。
今度こそ、刃はその頭蓋を両断する。
細かい破片に変わっていく《アミレイド》はもうなにも話すことはなく。
ただただ静かに、消えていくのだった。