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神殺し

 『怠惰』の能力は他人に任せ、味方に全てを委ねる能力だ。


 デメリットは自分が完全に行動できなくなる事。チャイム君によると、死亡する直前の様に視点が変わって自分の寝ている姿を見ているらしい。


 いつ死ぬかもわからない時間を、ただじっと待っていると言うのだ。

 だからこそ、俺と先輩に託されたこの力は、信頼から来るものだと感じた。


 それほどまでに期待されたのなら、俺達もそれに答えるしかない。


 相手が何かを隠している事を、わかっていたとしても……。




「うはー! スゲー! どんどんステータス上がってるんだけど! 覚醒だぁー! 『マジック・アロー』!」


 『怠惰』持ちの皆様が人柱になってくれているおかげで、先輩の能力が青天井で上がっていっている様だ。


 肩の上から射出される魔法の一撃一撃が、えげつない威力をしている。《アミレイド》は魔法をくらう度に、地面をバウンドしながら転がって行った。


 因みに、俺を強化してくれたのは、ヒビキのみである。


 ……これが、信頼の力だ。


 まぁ、それでも俺の方は、ヒビキからの支援だけでも戦えている。


 吹き飛ばされた《アミレイド》に近接し、大鎌を振り回した。


 強化前と同じように杖を使って防ごうとするが、俺は大鎌の刃を杖にあてがい、それを支点にしてクルリと後ろに回り込んだ。


「なに……?」


 回り込んだ勢いを殺さずに、俺は身体を回転させ再び大鎌の刃をその首に向ける。……油断したな? もらったぁ!


 が、その一撃はその左腕によって防がれてしまった。しかし、刃は深々と傷跡を残しており、使い物にはならないだろう。


 そんな傷を負いながらも《アミレイド》は表情を一切変えずに俺達から距離をとった。


「なるほど……『怠惰』の力か。それに、他の神々の力も感じるな。……殺したのか?」


 そして、 初めてマトモに話をしてくる。


「あの強欲の小娘め……。私が封印されている間にこの世界を支配したつもりらしいが、あまりにも平凡すぎる。これでは不完全だ」


 強欲の小娘……リリア様の事だろう。

 どうやら、自分がいなかった間に主神の座を奪われた事がお気に召さないらしい。


「だからこそ、私は神にならなければならない。他の神々も同じ思いだっただろう、より完全な世界をそれぞれが目指した。……叶わぬ願いだった様だがな」


 そう語る《アミレイド》の表情は酷く冷たいものだった。昔の同胞を哀れむ様なものでないことは確かだ。


 ……知るかよ。お前がどんな世界にしたいかは知らねーけど、今よりも良くなるなんて考えられないな。黙ってくたばれ。


 俺は大鎌を振りかざし、《アミレイド》の懐へと潜り込む。そして刃を首もとに当て、後退しつつ切り裂いた。


 袈裟懸けに傷が走り、血が吹き出す。しかし、浅い。あれでは致命傷には程遠い。


「ツキトくん、一気に攻め落とそうと思ったんだけど……何か変だ。アイツ、さっきからダメージ入ってる?」


 先輩は怪訝そうにそう聞いてきた。……それは、俺も感じていました。今のももう少しダメージがあってもよかったはずですのに……。


 『怠惰』で強化されて少しの間の攻撃は、アミレイドも苦戦を強いられているように見えた。しかし、今はそんな様子は微塵も見られない。


「私達には……理想の世界があった」


 そして、目の前の邪神の様子が変わった。


 傷口からは、更に血液が流れ落ち、その肌からはみずみずしさが抜けて行き、若々しい外見は老人のものに変化していく。


 不味い。


 頭ではそう感じているが、身体が動かない。


「今度は身体も……! クソっ……!」


 肩の上で、先輩が悔しそうにそう呟いた。


 視界内にいる骸骨達や、PL達も動きを止めている。


 これは……もしかして、イベントが進んだのか?


「『怠惰』は皆が助け合う自己犠牲の世界を、『暴食』は餓えの無い飽食の世界を、『憤怒』は全てに耐えうる強き世界を……」


 《アミレイド》の身体は急激に腐敗する。肉が身体から剥がれ落ち、眼球すら零れ落ちた。


「『傲慢』は法により支配する清き世界を、『色欲』は無差別の交配による全てが均一された世界を、それぞれは取り戻そうとしていたのだ……」


 ずるりと頭皮が髪と共にずり落ちたときには、配下の骸骨と大差無い姿に成り果ててしまう。

 そこに、今まで動きを止めていた骸骨達が集結を始めた。


 ……っは、それはそれは、ご高尚なお考えなこって。ま、全部下らねー理想だけどな。どうせお前もそんな下らない事を考えてたんだろ? ちょっと聞かせてみろよ?


 俺はそう言って笑ってやった。


 ただの強がりだ。


 自らの王に骸骨達は集結し、新しい姿を形作る。その骨々は王の新しい身体となり、装飾や杖に変化した。


「私は……私自身が愛される世界が欲しかった。だが、私はあの世の管理者だ、この世界では生きられない』


 そして、見上げる程に巨大な骸骨の王が現れる。


『だから私はこの世界を殺し尽し、冥府に変えよう。お前達は全て……私のものだ。私と共に死後の世界に生きるがいい!』


 《アミレイド》の咆哮と共に、身体の自由が戻ってきた。……男のヤンデレなんざ流行んねーんだよ! 死に晒せ!


 俺が叫び返すと、後方から太い触手が伸びてきて《アミレイド》の腕や足に巻き付き拘束する。


「安易に巨大化してんじゃねーでござる! 巨大化ならこっちも負けないでござぁ! にゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 『憤怒』の能力により強化されたタビノスケだ。身体から何本もの触手を伸ばしている。

 しかし、その力は《アミレイド》には及ばないようで、ブチブチと触手は音を立てて千切れそうになっていた。


「っよし! 少しだけ持ちこたえろ! 愛好会! アタシに続けぇ!」


 チップがチャイム君の代わりに愛好会達の指揮を取ると、《アミレイド》に向かって何発ものロケット弾がぶちこまれた。大地を震わせる程の衝撃が走り、骨にヒビが入る。


 そのせいなのか、巨体の膝は地面に付いた。


「今だ! ドラゴム!」


「わかったわ! ゼスプ! んん……え~い!」


 完全に動きが止まった瞬間に、ドラゴムさんの白銀のブレスが骸骨の身体を包み込んだ。神聖属性の攻撃は《アミレイド》の身体を浄化していく。

 その攻撃に耐えきれる事ができず、巨体は地面に倒れ込んだ。……よし。


 俺達のクランは、巨大な敵を相手にするのに慣れている。

 夢見の扉での《ウルグガルド》のクエストや、巨大化タビノスケとの戦闘により、どう戦えばよいのかが身に染み付いていた。


 だからこそ、狙いが大きくなっただけならば、目の前の邪神はただのカモでしかない。


 俺はニヤリと笑って大きく踏み出した。


 あの状態なら、直接首を狙える。


 今度こそ終わらせてやるよ。


「ツキトくん! 一気に突っ込まないで! 僕も戦うからここは確実に……」


 先輩は休んでて下さい! MP切れてるでしょ!


 連戦のせいで先輩のMPが尽きかけている事は予想がついていた。さっきからコストのいい魔法ばかり使っているのもそのせいだろう。


「なんでわかるのさ!? ……あーそうだよ! すっからかんだよ! わかっているなら任せる! ちゃんと仕留めろ!」


 了解!


 俺は短く返事をして頭蓋骨に向かう。


 しかし、そのタイミングで触手の拘束を振りほどいた腕が振り上げられる。狙いは明らかに俺なのだろう。


 だが、飛んできた銀色の流星がその腕を切り落とした。


 空中にはミラアを脇に抱えたケルティが、大剣を手にしながら楽しそうに笑っていた。


「ごっめん! ちょっと遅れた! まだ決着ついていないよね!?」


「……見た限りまだだろう。むしろちょうどよかったのでは? もう死にそうではないか」


 相変わらずの様子である。


 しかし、道は開けた。


 俺は《アミレイド》の頭蓋骨を踏み台にして飛び上がる。真下には骸骨の太い首の骨が見えた。


 終わりだ……!


 落下の勢いをのせて、振りかざした大鎌を振り抜いた。


 その刃は確実に、首骨に食い込んで━━。



『無駄だ』



 粉々に砕け散った。



 俺は握られた大鎌の柄を見て、一瞬呆然としてしまう。カルリラ様から貰った、アーティファクトと呼ばれた武器が、砕け散るなんて信じられなかった。


「ツキトくん!」


 だから、先輩の声が耳に届くまで、目の前に巨大な骨の拳が迫って来ている事に全く気づかなかったのだ。


 俺の身体は殴り飛ばされて、地面を転がった。


 幸いにも致命傷には至っていないようで、視点も変わっておらず、自分自身の足で立つことができる。


『無駄な足掻きだということがわからないのか……? お前達の目の前にいるのは王でも無ければ、人間でもない……』


 《アミレイド》の身体が再生していく。


 浄化された部位ですら、元に戻ってしまった。

 そして、巨体は完全にタビノスケの触手を引きちぎり、立ち上がって俺達を見下ろしている。


 闇が広がるその眼孔に、思わず背筋がゾッとした。


『私は……神だ!!』


 その言葉と共に、《アミレイド》の杖先から黒い波動が波紋状に拡がった。それは俺達の身体を透過してゆく。


 すると、身体から力と共に煙の様な物が《アミレイド》に向かって抜けていった。


 咄嗟にステータスを確認すると、HPとMPが1になっている。……先輩!


「ごめん……だめかも……。これで魔法が飛んできたら、確実にやられる……」


 どうやら、これが『嫉妬』の能力のようだ。


 他のクランメンバー達からも、同じようにHPとMPを抜き取っているらしい。それを吸収し、《アミレイド》は更に力を漲らせていく。


『これが私の力だ。お前達の命は全て私のもの……全てを捧げよ! 女神に見捨てられし冒険者達よ!』


 けたけたと、骸骨が笑う。


 俺は刃が失われた大鎌を杖代わりにして、フラフラと立ち上がった。


 見捨てられた?


 アホなこと言ってんじゃねーよ。こんな状況になっても女神様が来ないのは理由があることもわかんねーのか?

 お前も一応は神様やってたんだろ? ……わからない訳じゃ無いよな?


 そう言って俺は《アミレイド》を指差した。


 ここで誰かが折れれば全員が折れる。そう考えてこその、行動だった。


 苦し紛れの……悪足掻きだ。


 女神様達は俺達がどうしようも無くなったときにしか現れねーんだ! たかが亡霊程度に手を出すことはしねぇんだわ!


 つまりはお前程度の雑魚は俺達で充分だってよ!



 全てを捧げろって? ……残念!



 カルリラ様はテメーに興味無いってさぁ!



 ピタリと骸骨の笑いがとまった。


 おそらく、カルリラ様の名前に反応したのだろう。俺に向かって鋭い殺気が向けられている。


『……貴様は、もう黙るがいい』


 いや、黙らねーな。


 俺はニヤリと笑って口を開く。


 テメーみたいな、男が腐った様な奴に興味が湧くわけがないだろ。

 何が愛してほしいだ。骸骨は骸骨らしく、墓穴のなかで虫ケラとでもよろしくやってな。


 カルリラ様とは、俺が仲良くしとくからよ。お前はその様子を泣きながら眺めてろ!


『…………殺す』


 《アミレイド》は怒りのこもった呟きと共に、その右腕が持ち上げた。飽きもしないでよくやるよ、ホント。……こりゃ死んだな。


「『マジック・アロー』!」


 諦めかけていると、先輩の魔法がその右腕へと着弾した。どうやら、俺が挑発している間にMPが溜まったらしい。


 けれども、《アミレイド》がダメージを受けたようには見えない。


「これで打ち止め……。さっきの事については、後でゆっくり聞かせてもらうから……」


 そう言って、先輩は肩の上でぐったりとした。もう姿勢を正す気力も無いらしい。


 ……これは一回休みですかね? 大人しく死んで、生き返ってきましょうか。


「そうだね……、また一緒に戦おう……」


 ……勿論ですとも。


 俺は先輩の頭をそっと撫でた。すると、グリグリと頭を押し付けられる。


 見上げると、既に拳は振り下ろされていた。


 それを確認して、俺は静かに目を閉じる……。





「何をしているのですか。諦めてはいけません」





 聞き覚えのある声を聞いて、俺は目を開けた。


 俺達に振り下ろされたはずの大きな腕が、刈り取られ宙を舞っている。


 そして、目の前には……天使の翼があった。


「相手が神を名乗るというのならば……神殺しの私が来れない理由はありません」


 死人のような白い肌、深淵を思わせるような黒いローブ。


「確かに、この程度の相手ならば、定命ならざる冒険者の方々なら倒すことができるはずです。……けれど、武器が無いのは少し厳しいのでは?」


 クルリと振り返って見せてくれたのは、信者になったときに見た、可愛らしい死神の顔。


「使ってください。これはちょっと……特別な贈り物ですよ?」


 輪廻のカルリラ。


 俺が初めて出会った女神様がいつもと変わらぬ微笑みを作りながら、俺に装飾がされた大鎌を差し出してくる。


「私はいつもあなた達の側にいます……。頑張って」


 ……はい。


 俺は真っ直ぐに彼女を見つめその大鎌を受け取った。




 神殺しの時間が、始まる。

・死神の大鎌

 『浮気者』が使っていた大鎌。カル姉の御下がり……っと言っても、なんてことはない性能の良い使いやすい武器なだけで、特別強いわけではない。


・カルリラの大鎌

 長い間神力を溜め込んだ、正真正銘のアーティファクト。死神が持つ物が生物を殺す武器ならば、こちらは神を断罪するための刃。邪神であろうが女神だろうが関係なく切り捨てる。

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