和解と取引、あと犬
セクハラ注意
「えー、ツキト君がハーレム希望のむっつりスケベ野郎だった件はこの際置いときまして……」
先輩、誤解です。
信仰を恋愛か何かに変換しないでください。
しかも、まだ全部の女神様を信仰するとは言っていません、できる権利があるだけです。
そして、男ならば誰だってハーレム願望を持っているのです。
そこの顔色が悪いセクハラもふ魔族も、男であるのならば、かわいい女の子達にちやほやされたいのですよ。
「ツキト! 俺を巻き込むのはやめてもらおうか! それに俺はセクハラもふ魔族ではない!」
俺達はクラン『魔女への鉄槌』の三名と共に、テーブルについていた。
魔族の魔導兵、ゼスプ。
ドラゴンの戦士、ドラゴム。
そして最後に、 犬の獣人で弓兵のチップちゃんだ。
ハンチング帽を被った、目付きの悪い女性の弓使いだ。隠してはいるが犬耳としっぽがついているらしい。
犬は好きだ、従順だからね。
昔から人のパートナーとして優秀なお犬様だもの、仲良くできそうだ。
そう思っていると、チップちゃんはこちらをギロリと睨み付けてきた。
「……あのよぅゼスプ。アタシさコイツらに見殺しにされてさ、二回目はまっぷたつにされたんだけどよ。まだその事について謝罪もクソも何もねぇんだけど、どういう事だ? ああ?」
前言撤回。
こんなチンピラ崩れと絡むのは御免だ。
口の悪い飼い犬だな。三回目は三枚下ろしにして先輩の晩御飯にしてやろう。後、さっきのお前はカルリラ様にランチとして献上した。光栄に思え。
そう言ってメンチを切るとチップは目を反らしてしまった。
「ひっ!? な、なんだよ! やるってのか!? べ、別に恐くねーし!? け、けど、お前善行値ヤバイんだろ!? ここで人殺しは不味いって! なっ!?」
オラ! イキるならちゃんと人の目を見てイキれや! ああぁん?
しかしながら、チップちゃんは決して俺と目を合わせてくれない。それどころか、ドラゴムさんの毛皮の中に隠れてしまった。
そう言えば犬科は視線を逸らすことで無用な争いをしないようにしているらしい。
ならしかたない、俺も大人しくしよう。
すいませんね、先輩。
話を逸らしてしまいました、どうぞ続きを。
「ああ。ツキト君がハーレム希望のむっつりスケベ野郎だった件はこの際置いといて……」
先輩、その件は忘れましょう?
「僕が君達のクランに入るかどうか、という話なのだけれど、一つ確認したいことがあるのだけれど、いいかな?」
先輩の言葉に、ゼスプは身構える。
「……どうぞ」
ゼスプにとって、これからのクランの存続がかかっている話し合いだ。
先輩の機嫌を損ねることは出来ないだろう。
さて、先輩はいったい何を聞こうと……。
「クランってなに?」
……そう言えば俺もよく知らねーや。
何?
俺達の言葉にゼスプは何を言われたのかわからない、と言うように呆けた顔をしていたが、ハッと我に帰る。
ごめんね、俺も先輩もMMO初めてなのよ。専門用語はちょっとね……。
「……クランというのは、MMOにおいて複数人のPLによるチームの事です。みーさんはツキトとパーティーを組んでいると思いますが、クランはその一個上の集団と思ってください」
なるほど、一緒に遊ぶ固定メンバーみたいなものか。パーティーを組んでるときと何が違うんだ?
「パーティーはログアウトすると解除されるけれど、クランはずっと組まれたままだ。後、拠点を共有できるから、もし死んでしまっても直ぐに合流できる」
そういえば、今のところ俺が死んだら、またあの路地裏からなんだよな。
できれば俺もクランを作るか入れてもらって、サアリドに拠点を作りたいところだが……。
「ふむ……、クランが何かって事はなんとなくわかったよ。じゃあ、ツキト君」
はい。
「僕がクラン作るから、ツキト君入ってよ」
はい、お世話になります……、ん? んん!?
いや!
何言ってるんですか!?
ほら見てくださいよ! ゼスプが驚きすぎて目が点になってますよ!?
チップちゃんはそんなゼスプを見て爆笑してますし!
何を考えているんですか!?
先輩を勧誘したくてわざわざこんな騒ぎを起こしたんですよ!?
「だって、僕だってクランのリーダーやりたいし、ゼスプ君もそうなんだろう? だったら二つ目のクランを作って、イベントや修行の時とかは協力した方がいいのかなと思ってさ」
「協力……ですか?」
ゼスプはあまりのショックから、ドラゴムさんの毛皮の中に入ってしまった。
今は顔だけ出してこちらを見ている。
「一応クランに入れるのは一つだけ、という訳ではありません……。なのでみーさんの提案も出来ない訳じゃ無いですが……」
「うん。と、言うわけで交渉だ。君達のクランをイベントの攻略用に、対して僕がレベルとスキルアップの為の修行用、お金稼ぎの為のクランを運営したい。つまり僕達が君達のクランに入る代わりに、僕らのクランにも入って欲しいって勧誘だね」
つまり、俺と先輩メインで修行用のクランを、ゼスプメインでクエストやイベント攻略のクランを、それぞれ役割分担して運営するわけですか。
「そういうことー。僕のクランでは生産とか戦闘以外の事をしたいって人達も集めたいと思う」
悪い話では無い……と思った。
実際、自分自身が最低限戦える事もわかったし、俺は早く農業や製作業をやり始めたい。
けれども、それだけやっていればいいわけでも無いし、協力者は欲しい。
そして、そういう不安を俺以外にも抱えている人間は居るだろう。
先輩の案は各PLに居場所と役割を明確に与える事のできる案だ。
そして、ゆくゆくは生産した作物や武器等を売っていくことも考えれる。
ふふふ……、RPが捗るぞ、これは。
「待てよ。それはアタシ達に何のメリットがあるんだ? 修行ならこのクランでもできるし、物を作るのも同じじゃねぇか。メリットが何も無いようにアタシは感じっけどな」
先輩の提案に水を差したのは、ドラゴムさんの毛皮の中に避難していたチップちゃんだ。
「それに、クエストで稼いでいけば、店買いで良いものも買えるようになる。アタシ達が安定して稼げる様になるのと、お前らのクランが完全に機能するのはどっちが早いんだ? ああ!?」
……一理ある。
ドラゴムさんの毛皮の中に避難して、声も震えているが、チップが言っていることは間違ってはいない。
俺もあの教会から何度か料理スキルで料理を作っていたけれど、スキルレベルは全く上がっていない。そして、料理スキルはレベルが低いと失敗して食材がロストする事もある。
いくら調理した食事でステータスアップが臨めると言っても、確実に運用するにはあまりにも時間がかかるだろう。
それは他の製作スキルにおいても、恐らくは同じだ。
だからこそ、まずはスキルを鍛える事になるのだろうが、スキルを実用レベルにするまで待って欲しいというのは、あまりにも虫が良すぎるように感じた。
「それについては問題ないよ。……ツキト君」
何ですか先輩?
「ちょっと何か調理してみてよ」
……なぜこのタイミングで?
まぁ、いいですが。
俺はウィンドウを表示すると「料理」の項目を選ぶ。
調理器具があれば実際に料理をしなくとも、ウィンドウから食材を調理する事ができるのだ。
えーと、肉はもう無いから……、あ、キウイあるじゃん。これにしよ。
俺はキウイを選択し、取り出した鍋に入れる。少し待ってから蓋を開けると……、キウイはフルーツケーキに変化していた。
生クリームがたっぷりと乗って、キウイが飾り付けられている。
「いや! そうはならないだろ!?」
チップちゃんから鋭い指摘が飛んできた。
うるせぇ! そういう仕様だ!
けれど何で、ボロボロの鍋で調理してケーキが出来るんですかねぇ……、ホント。
そしてキウイ以外の材料は何処から来たんだ……。
俺はそんな疑問を考えながら、テーブルの上にケーキを置く。
何故か皿ごと生成されるので衛生面も大丈夫、御都合主義万歳。
「で? ……それがどうしたんだよ?」
チップちゃんがチラチラとケーキを見ている。
興味津々と言った様子だ。
「食べたいかい? ケーキは最高級ランクの料理だから中々お目にできないと思うよ?」
おお、最高級ときましたか。
これを狙ってできれば良いのだが、スキルで料理をすると、出来上がる物はランダムだそうだ。
できれば売れるレベルの物を量産したいのだが……。
「っは! だ、アタシがそんなもの食べるかよ? なぁ、ゼスプよぉ? 何か言ってやれや! なぁ! ……ん? ……ゼスプ?」
気がつけば、ゼスプはドラゴムさんのモフモフから復帰し、手掴みでケーキを掴み、口に運んでいた。
「ん? ……んん、ほうらね。んぐんぐ……、ふぅ。ご馳走さまでした」
御粗末様でした。
「ちげぇって! 言うのは礼じゃなくてだな……!」
「ツキト、これっていつでも作れるのかな?」
運によるかな?
取り敢えず材料があれば食えるものはできるんじゃない?
「そうかぁ……、チップ、これ凄いよ」
「はぁ? 何が……」
「さっきのデスペナが全部帳消しになった、と言うかステータス全体的に上がった。後、美味い」
このゲームは死ぬとステータスが少し下がる。
しかも一時的なものでは無いので、もう一度鍛え直しだ。
だから死に続けると、ステータスがすべて1になることもあるらしい。けれども、先輩曰くデスペナ程度なら食事程度で取り戻せるそうな。
「は!? え、食事ってそんなに効果あったの……?」
「あら? 知らなかったの? 買ってでも良いものを食べた方が良いって、言ったじゃない」
ドラゴムさんは呆れた様な目で、自分の毛皮の中に入り込んだチップちゃんを見ていた。
ところでコイツら、何でそんなに堂々とドラゴムさんにセクハラしてるんだ。
俺にもさせろよ。潜らせろ。
「さっきの戦闘と鑑定で明確になった事だけども、ツキト君の『プレゼント』の効果には自らの信仰レベルを上げる効果があった。だから、カルリラ信仰の恩恵で大鎌の扱いも達人レベルまで引き上げられていたし、料理もステータスアップに期待ができる物を作れる様になっている」
そう言えば信仰の欄に+のマークがあったけど、そういう事だったのか。
つまり、信仰スキルの成長が遅いという欠点は無くなった事になる。
「信仰レベルが上がってるって……。みーさんの見立てではどのぐらいの上昇量だと思いますか? もしかしなくてもとんでもない事になっているのでは……」
ゼスプの質問は俺も気になっていた。
どのぐらいレベルが上がっているのかがわかれば、これから何をすればいいのかがはっきりする。
もしかしたら、思っているよりも前倒しに事を進めることができるかも知れない。
「んー、一応最上級クラスの料理がこんなぼろ鍋でできている辺り、最低でも100レベル位の補正はかかってるんじゃないかな? 時間で言えば2ヶ月以上かかる修行をやって来たって感じ」
「まぁ……。ツキト君は凄いのねぇ……」
ドラゴムさんが感心したように声を漏らした。
するとむすっとした顔でゼスプに睨まれてしまう。
おお? 嫉妬かぁい?
「『プレゼント』恩恵は様々だ。きっと生産や修行に特化したような能力をもったPLも存在すると、僕は考えている。そんな人材を集め、クランを設立するまではここに置かせてもらいたい。……どうだろうか?」
ゼスプは表情を作り直し、先輩の言葉に対して深く頭を下げた。
「わかりました。……元はこちらからお願いしたことですから、断る理由がありません。よろしくお願いします」
……こうして、俺達はクラン『魔女への鉄槌』の一員となり、本格的な『Blessing of Lilia』での活動が始まったのだ。
その後の話なのだが、チップちゃんとはうまくやっている。
こいつに何度か肉料理を出してやったら、すぐに墜ちやがった。
もう俺の料理じゃないと満足出来ないそうで、尻尾を振って四つん這いになる犬へと化している。
「……なっ、なぁ! いいだろ……? 言うこと聞いたじゃんかぁ……お肉ぅ……、お肉くれよぅ! アタシもうあれが無いと駄目なんだ! は、早く! はやくぅ……。お腹が減って死にそうなんだよぉ……」
ははは!
そうかそうか、これがほしいかぁ。
目の前で食事を懇願する犬。もちろん、我らがクランの一員、チップちゃんだ。
……だったら、仰向けになれ。
腹を見せて、だらしなく舌を伸ばしながら懇願しろ。
おお!? 本当にするのかよ? だらしないなぁ……、この前までのお前はどこ行ったんだぁ? あんなにツンツンしてたのになぁ……?
「そんな事はいいの……。今は肉があればいいからぁ……はやぐぅぅ……」
すっかりメシの顔だな……。
ほおら……、たぁんと食えよ。
また働いてもらうからなぁ……?
俺がステーキを床に置くと犬は迷う事なくそれに飛び付き、むしゃぶりつく。
「はぐぅ……、んぁあ、……んん! はぁ……ん、おいふぃ……れすぅ……。ふぁりがとう、……んっ、ごひゃいますぅ……んあぁぁ……」
犬の顔はヨダレと肉汁に汚れ、幸せの絶頂を迎えているような顔をしていた。
それを確認して、俺は口角を歪めてニタリと笑った。
やっぱり犬は好きだ。従順だからなぁ……。くくく……。
……何故だろうか?
当初の目的が迷子になっているが、不思議と満足だ。
後悔はない。
と、思っていると、何処からか刃物を研ぐ音が聞こえた。
あー……そろそろ農業できるように、がんばろ。
・ハーレム希望のむっつりスケベ野郎
男なんて大体そんなもんである。
・セクハラもふ魔族
許可もなく他人の毛皮にモフり込んではいけない。あの魔族は許可をもらっているのだろうか?
・調理スキル
料理の技能を使えるようになる。材料を揃えて一から作れば、高品質のものが高確率でできるが、時間と手間がかかる。技能を使うと、材料も要らず、時間もかからないが、スキルレベルが低いと殆ど失敗する。
・従順な犬
ドン引きである。過程は皆様のご想像におまかせ。