疑問と失敗
憐れ。
今の《クローク》の様子を表すのならば、その一言に尽きる。
それほどに、弱点の露呈した勇者の姿は見るに耐えないものであった。
まぁ、無理もない。
《クローク》の何が厄介だったかと言えば、本人の高い戦闘能力と、増えるシャドウ達ぐらいだ。
だが、シャドウは既に全て倒しているし、《クローク》もこちらの仲間達全員で追い詰めれば敵ではない。
殺さない様に立ち回る事も、難しい話ではなかった。
「くっ……来るなぁ! ぼくに近付くんじゃない! それ以上近付いたら……死んでやるぞ!」
そう言って《クローク》は『傲慢』の力が宿っているであろう剣を自分の首にあてがった。
だが、何度でも復活し、殺されれば配下の魔物を引き連れ復活するその特性は、自害した場合には発動しないことを、俺達は知っている。
……おう死ね、はよ死ね、さっさと死ね。
もう俺達はお前に興味がねぇんだよ。その邪神入りの剣を置いて行ってもらえば、見逃してやるからよう。
男らしく諦めろや。
生き残ったメンバーで《クローク》を囲む。傍目から見ればただのリンチだが、コイツには大分苦戦させられた。
これくらいは許されるだろう。
「そうそう。死んでもすぐに復活させてあげるからさ。逃げられると思うなよ? 絶対ここで仕留めてあげるからさ……ふふふふふふ」
隣でにこやかな顔で先輩が笑っている。楽しそうに拳をバキバキと鳴らし、やる気をアピールしていた。因みに先輩の職業は魔術師である。グラップラーではない。
「動くなよ? アタシの銃弾なら正確にお前の剣だけぶち抜ける。やられた分はやり返さなくちゃ気がすまないからな。……それとお腹すいてきた」
チップは拳銃を構えつつ《クローク》との距離を詰める。何故か命の危険を感じたが、気のせいであってほしい。
「私の彼女達の仇……討たせてもらっちゃうよ? 剣を破壊した後は丁寧になぶり殺してあげる。すぐには殺さないから……」
完全変身を遂げたケルティが右腕と同化した大剣を輝かせた。目が完全にイッているその姿からは、圧倒的なプレッシャーを感じる。
「ちょっと暴れすぎたわねぇ……。私は酷いことをする気は無いけれど、反省くらいはしてもらいましょうか?」
ドラゴムさんが後方から《クローク》を取り押さえた。顔を真っ青にした勇者がじたばたと暴れるが、ドラゴムさんの腕力と防御力からは逃れる事ができないらしく、剣の攻撃も弾かれていた。もふみが凄い。
「悪いが……ドラゴムにそんな苦し紛れの攻撃は効かないよ。魔法で強化させてもらったからね……ぐふっ!?」
成る程、ゼスプがチート魔法を作ってドラゴムさんを強化したようだ。魔法の反動で一人だけ死にかけている。無茶しやがって……。
そんな俺達に続き、他の生き残った方々も、《クローク》を逃さないようにと周囲を囲む。
もう逃げ場が無くなってしまった勇者は暴れるのをやめ、ピタリと動きを止めた。そして、ニヤリと口角を歪ませる。
その目は諦めた人間の目では無かった。確かな反逆の意志が感じられた。
「バカが……! こうやって集結するのを待っていたんだ! 『メテオ・フォー……」
「『コンプリート・サイレス』! ……ゴバァ!?」
魔法を発動しようとした《クローク》に対しゼスプが魔法を施行した。名前からして魔法を封じる『サイレス』の上位魔法だろう。
また無茶をして魔法を作ったらしい。死にはしていないが、足下に血反吐を撒き散らした。
しかし、そのおかげで魔法は不発に終わり、《クローク》は苦虫を噛み潰した様に顔を歪め、俺達を睨み付ける。
「ひ……卑怯だぞ! よってたかって一人をいたぶるなんて……! それでも女神に選ばれし冒険者なのか!?」
なんかまるで真人間みたいな事を言い始めた。……いや、敵に容赦するほど俺達も優しく無いから。チップ、やれ。
「おう、了解」
チップが構えていた拳銃が火を吹いた。
弾丸が手と剣の刀身に直撃すると、《クローク》君が小さく悲鳴をあげる。
そして、剣を取り落としてしまった。
「ああ!? 何を……!」
それを見逃さず、先輩は剣を拾い上げると、間髪いれずに地面に突き刺してしまう。《クローク》からはどうやっても手の届かない場所だ。
「これでよし! ……そういえば、これをへし折ったら、きみってどうなるの? さっきは自分が邪神だって言っていたけど……」
先輩は笑顔を絶やさずに、ドラゴムさんに拘束されている《クローク》に問いかけた。
「ぼ、ぼくは唆されただけだ。その剣に宿った『傲慢』の邪神から世界を救う力をやると言われただけなんだ。そいつは、ぼくが神になれば世界が平和になると教えられた……。だから、そいつを失ったら邪神も死んでしまう……」
《クローク》は悔しそうな様子を隠すこともせず、そう答えた。……要するに、良いように操られていただけじゃねーか。それで、この国の王様を殺したってのか? 兵士も道連れにして?
「違う! あれは、ぼくの力と考えを兵士達に認められた結果だ! 僕の考えに賛同した冒険者だっていたんだ! ……この世界はもう終わっているんだ、あの女神達に良いように改編されてしまった……。だからそれをぼくが作り直す! それがぼくの使命なんだ! この世界を一度滅ぼし、本来の世界に戻す力がぼくにはある! それが邪神の力だとしても……ぼくはやり遂げなくてはならない! 君たちも目を覚ますんだ! あんな女神達の言いなりでいいのか!? 君たちはもっと自由に生きることができるはずだ! なんで、その力を世界の為に使おうとしない!? 今ならまだ間に合う! 君達もぼくに協力してくれ! 共に女神を打ち倒し、世界を作り替えるんだ! きっと美しい世界する約束しよう! 全ての人間が幸せになれる世界を作
「話が長ーい!」
無駄に長い《クローク》の演説に、先輩の我慢の限界が訪れた。
地面に突き刺さっていた剣に、先輩のローキックが炸裂する。するとパキィンと軽い音を立てて、剣は半分にへし折れた。
折れた半分は空中へうち上がり、もう半分は地面に埋まったままである。
俺とケルティは武器を振るい、うち上がった半分を乱雑に切り裂き、突き刺さったままの方にはチップの弾丸が丁寧に撃ち込まれ、粉々に砕け散る。
砕け散った破片は自然に風化し、灰になって飛んで行ってしまった。
その様子を《クローク》は驚きと絶望が入り雑じった、この世の終わりのような顔をして眺めていた。……まぁコイツにとっては、本当にこの世の終わりみたいなものか。
「あ……ああ……うああああ…………」
もう脅威が無いことを察したのか、ドラゴムさんが《クローク》を解放する。すると、彼は呻き声を上げながら、地面に散らばった灰をかき集め始めた。
そして、集まったそれを掬い上げると口に放り込む。だが、当然の如くむせ返り、また灰が辺りに散らばった。それを《クローク》はまた集めようとしている。
憐れな……。
「……確認したけど、名前が勇者の『クローク』になってるな。しかもステータスが激減してる。今なら小突いただけで死にそうだ。……どうします? アタシは先輩に任せますよ?」
ゼスプが死にかけて、ドラゴムさんの毛皮に潜り込んでしまった今、この場の決定権を持っているのは先輩だ。
おそらく『傲慢』の能力は解放された。だから、目の前で灰をかき集めているコイツは本当の意味で用無しだろう。
しかしながら、最初の『メテオ・フォール』で死んでしまったPL達にはコイツを一発ぶん殴ってやりたい奴もいるはずだ。
ケルティに関しても、ただでは殺さないと言っていたので、このまま殺すという選択肢はあり得ない。
先輩も悩んでいるようで、腕を組んで唸っていたが、ちらりとケルティを見て数回頷いた。どうやら、妙案が浮かんだらしい。
「ケルティ、君に預けようと思う。僕としてはサンドバッグとかに利用するといいと思うな。色んな意味で好きにしちゃっていいよ?」
妙案……なのかな?
そんな疑問をよそに、先輩はヒョイっとクロークを持ち上げると、ケルティに差し出した。
持ち上げられたクロークは目に生気が宿っておらず、先程と同じように呻き声を漏らしていた。抵抗する素振りも全く見られない。
「んー……こんな姿になったら、これ以上酷い目に合わせようとは思えないんだけどなぁ……。あ、そうだ。みーちゃん、ちょっと耳かして……」
どうやらケルティにも何か案があるようだが、嫌な予感しかしない。
その証拠に耳打ちされている先輩の顔が、悪いことを考えているかのように、楽しそうなものに変わっていった。
「うん、いいよ。それでいこう。じゃあ、帰ったら楽しみにしていてね?」
本当に憐れだな……クローク……。生きていたら、少しは優しくしてあげよう……。
「さて……、みんなお疲れ様! これで僕たちの戦争は終了だ! クランに帰って、打ち上げをしようじゃないか! 今日はばか騒ぎしよーぜ!」
先輩は俺達に振り返り、胸を張ってそう宣言した。
とりあえずは一段落ついたのだ。労をねぎらう事は悪いことでは無いだろう。……それじゃあ、先にクランに帰っていった奴等に宴会の準備を……あれ?
おかしいぞ?
俺はハッとして、この戦場に残っているメンバーの顔を見渡す。残っていたのは最初の攻撃を凌いだ面子だけのようだ。死んでしまったメンバーは誰もいない。
そして、クランで復活し、戻ってくるだろうと期待していた援軍も誰一人として来ていない。
そんなバカな。
ミラアの移動能力があればすぐにでも、とは言えないが、一人くらいなら来ていても良いはずだ。……なのに、なんで誰も戻ってきていないんだ?
「どうしたの、ツキトくん? 顔色が悪いよ? 何か状態異常でももらった?」
心配した様子で先輩が俺の顔を見上げている。
俺は今感じているこの違和感を先輩に伝えようかどうかを迷っていた。
クランで何かあったのではないかという考えもあったが、帰った面子を考えても相当な事が起きなければ……!?
待て……なんでだ?
なんで、リリア信者であるヒビキが死んでいるんだ!? アイツも『リリアの祝福』は使えるはずなのに!
死ぬ訳がないPLが死に、戦いに参加していないという事に気付いたとき、俺達の目の前にミラアが現れた。
その様子は焦っているようであり、着ている服がボロボロになっている。
「よし……、こちらは終わったようだな。それならば一刻も早く戻ってもらうぞ。……あちらも押され始めてしまったからな」
は? どいうことだよ? なんでお前しかこっちに来ていないんだ!?
俺がミラアに叫ぶと、チップもハッとして口を開いた。どうやら、誰も戻ってきていない事に気付いたらしい。
「そ、そうだ! なんで他の奴等は戻ってないんだ!? 何の報告も無いし……どうなっている!?」
ミラアは一度大きく息を吸うと、重々しく口を開いた。
「『シリウス』が……キーレスが邪神の討伐に失敗した。全滅はしていないが、戦線が壊滅するのは時間の問題だろう。今はヒビキが指揮をとっている」
……!
ヒビキが……?
「そうだ。クランに戻った全員が戦っているが……それでも防戦一方だ。……全員がお前達の援軍を待っているぞ?」
そう言って、ミラアが右腕を上げると足下に魔方陣が展開された。彼女の能力である指定場所への移動魔法だろう。
「行って度肝を抜かすなよ……?」
そう言ってニヤリと笑うミラアにより、俺達は再び戦場に送られるのだった。
・次回!
がんばれ『紳士隊』!
トラウマメーカーズにの戦いに『シリウス』達のSAN値は耐えられるのか……!?