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最終手段

 結論から言ってしまおう。


 傲慢の《クローク》は━━倒すことのできない敵だった。




 俺の大鎌が《クローク》の両足を薙ぎ払う。

 支えを無くした体は地面を転がっていき、仰向けになって停止した。

 俺は倒れている《クローク》に接近し、その両腕を切り落とした。


 これで、すぐに動くことはできないだろう。


「はははははは! 何をしても無駄だってわからないのか? ……っぐ」


 《クローク》は高笑いをすると、自分の舌を噛みきり自害した。そして、その姿が消える。……クソっ! シャドウに移るぞ! 警戒しろ!


 後方で戦っているクランメンバーに呼び掛けると、今までシャドウと接近戦をしていた面子が敵から距離をとった。


 すると、シャドウの一体の黒いからだが色彩を持ち始め、《クローク》の姿に変る。


 そして、先程と同じように、俺に向かって飛びかかってきた。


 さっきからこれの繰り返しだ。

 こちらが殺せばすぐにシャドウの体から復活する。しかも、復活した際には更にシャドウを増やしてくる。


 なので、俺と先輩が囮になって《クローク》を引き付けていた。両手足を削ぎ落とし、自由を奪ったつもりだったが……。

 まさか自分で死ぬとは思わなかった。


「無駄だって言っているだろう!? 大人しくお前達も死ぬといい!」


 《クローク》が叫びながら俺に剣を振り下ろす。鋭さを増した一撃を避け、俺は距離を置いた。


 反撃をしたいが、それでは敵の思惑通りである。今は黙ってシャドウがいなくなるタイミング待つしかない……。


「ツキトくん、僕も降りてシャドウの掃討に参加するよ。……任せても大丈夫だよね?」


 先輩は肩から降りると、俺を見上げてそう言った。……はい。よろしくお願いします。


 ちらりとシャドウと戦っているメンバー達に目をやる。

 大分消耗しているらしく、先程よりも押されている様に見えた。しかし、シャドウの数は増えてはいないようなので、おそらく自害したときには増えないのだろう。


 先輩が駆けて行くのを見送りながら、俺はクロークに接近する。自殺してもメリットが無いのなら、戦いつつ引き留めておこう。


「なんだ? そんな殺す気のない攻撃でぼくを止められると思っているのか!?」


 そして、《クローク》が煽ってきた。畜生、この勇者ウザいぞ。


 俺は挑発に乗って大鎌を振り回す。

 殺しはしない。武器を持った腕を切り落とせば、こちらが立ち回りやすくなるだろう。……死ねおらぁ!


 だが、《クローク》は大きく飛び退いて攻撃を避けた。てか避けてくれて良かった。いつもの癖で殺そうとしちまった。


「ツキト! 殺すなよ! お前のせいでどんだけ強化されたと思っているんだよ!」


 チップがワープしてきて俺にキレた。すいませんね。つい癖で……。


 これまでの戦いで気付いたのだが、《クローク》は殺されるか、こちらの味方を殺すと、ステータスを上げる能力がある。


 殺せば能力を上げ、こちらの味方を殺し、更に能力を上げる。そんな悪循環に俺達は襲われていた。


 そんな厄介な相手に対し、チップが舌打ちをして数発の弾丸を撃ち込んだ。

 弾丸は《クローク》の持っている剣に向かって飛んでいった。


「くっ……!」


 《クローク》は顔をしかめながら、弾丸を剣で防ぐ。この戦いで、初めて苦しそうな表情を見せた彼に俺は違和感を覚えた。


 というかチップ、お前こっちに来て大丈夫なのか!?


「みー先輩が来たから大丈夫だ! それにアタシが近くにいればシャドウが殲滅できたタイミングがわかるだろ!」


 成る程な!


 俺は拳銃を取り出して、《クローク》に向けて数発撃ち込んだ。しかし、最低限の動きによってそれを避けてしまう。


 ……なんだ? 銃弾が弱点じゃないのか?


 じゃあさっきの反応はいったい……?


「なめるなよ! そんな豆鉄砲が……!」


 《クローク》は俺に向かい剣を向けるが、そこにチップの銃弾が正確に剣に向かって撃ち込まれた。


 そのおかげで攻撃が逸れ、《クローク》の体勢が崩れる。


「準備しろ! みー先輩がもう少しでシャドウを根絶やしにするぞ! お前が殺せ!」


 さすが先輩である。もう流石としか言いようがない。安心感が違う。


 俺は大鎌を構え、大きく振りかぶり、狙いをその首に定め、チップの合図を待つ。

 だが、その前に先輩がいる場所から魔力の竜巻が巻き上がった。


 俺はそれを合図と受け取った。


「いまぁ!」


 大鎌が振り下ろされた後にチップの声が響いた。


 狙いは逸れず、刃が光を反射させながら《クローク》の首元に迫る。


 咄嗟に体をひねり、避けようとするが、それを許さないと言う様にチップの弾丸がその両肩に着弾した。


「しまっ」


 刃は断末魔さえ切り裂き、《クローク》の首を切断した。

 そして、切り落とされた頭部がコロコロと転がっていき、ピタリと動きを止めると、破裂してミンチになった。


 地面に血溜まりができた事を確認して、俺はふぅ……と、安心して溜め息をつく。……これでまた死体が消えたらどうしようかと思ったぞ。


「やったな! これで『傲慢』撃破だ! イベントクリアー!」


 《クローク》の死亡をその目で見ていたチップが、嬉しそうにガッツポーズをとった。


 おう、お疲れさん。お前のステータス確認の能力が無かったら、能力に気付けなくてやばかっただろうな……。多分負けてたわ……。


「おっ! アタシの事褒めてくれるとか珍しいじゃん! みー先輩に怒られても知らねぇぞ? ほら、こっち見てる」


 チップが指を差した方向には、こちらを見つめている先輩がいた。

 流石にあれくらいでは怒らないだろうと思っていると、先輩はぎょっとした顔する。……え、もしかしてアウトですか?


 そして、一瞬その姿が消えると、先輩は俺の目の前に瞬間移動していた。そして、その口が開く。



 避けて、と。



 瞬間、俺の胸を貫通し、剣が現れた。


 死の前兆である視点変更が発動し、《クローク》が喜びに染まった顔で、俺を突き刺している姿が見えた。


 そして、剣がずるりと背中から抜けると、俺の身体は地面に倒れ込んだ。……まずい、死ぬことだけは阻止しないと……!


 身体が弾け、残骸を飛び散らせる前に、俺は『カルリラの再契約』を発動した。0を下回っていたHPが1に回復し、俺の視点が元に戻る。

 『契約』を使わなかった事が幸いした。


 俺は残った力を振り絞り、先輩に向けて手を伸ばした。


「!? チップちゃん! ツキトくんを連れて下がって! 『マジック・レーザー』!」


 俺が死んでいない事に気付いた先輩はクロークに向け、魔法を放った。囮になるつもりなのだろう。


「わ、わかりました! ツキト……!」


 チップが俺の腕を掴むと同時に目の前の景色が変わった。遠くでは、人型に変身した先輩が《クローク》とシャドウ達を相手にして立ち回っている。……俺もいかなくちゃ。


 しかし、いつの間にか俺には『詠唱不可』のデバフがかかっていた。前の戦いの意趣返しと言ったところだろう。移動する前にやられたのかもしれない。


 戦闘に参加し、先輩を守らなければいけないのにHPを回復する手段が……。


「ツキト、回復するまではアタシとみー先輩で何とかする。だから休んでいてくれ! お前の分まで戦ってやる!」


 そう言い残し、チップは先輩の元に移動した。


 先程シャドウと戦っていた組も先輩に加勢している。……しかし、さっきと同じように戦っても結果はさっきと変わらないだろう。


 俺の考えが合っているのなら、アイツの弱点はわかった。だからHPさえ回復してくれれば、すぐにでもアイツを仕留める事ができる。


 回復さえできれば……。



 ……。


 そうだな。


 切り札を使うときがきたらしい。


 俺はウィンドウを開き、アイテムボックスを表示する。……これだけは絶対に使わないと心に決めていたのだが……仕方がない。緊急事態だ。


 そう決心して取り出したのは、一本の小瓶。


 何回か手放したが、結局俺の手元に戻ってきてしまった、曰く付きのアイテム。


 きっと使った後にはろくでもない事が確定しているが、俺に残された手段はこれしかない。


 ……という訳で。




 いただきます、リリア様。




『え? なんでここで私に……って、それは……』


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 《クローク》は再び追い詰められているようだった。


 シャドウは再び全滅し、残っているクランメンバー全員で彼を追い詰めていた。特に、先輩は常に一定の距離を保ち攻撃を加え続けている。


「よくもツキトくんを……許さないぞ! 《クローク》!」


 鬼気迫る先輩を前に、《クローク》は不適な表情を見せた。


「許さない? 『魔王』の癖に優しい言葉を使うじゃないか? ……それなら殺せばいい! その程度じゃぼくは死なないからなぁ!」


 そう言って《クローク》は両手を広げた。

 どうみても罠であることは確実だ。しかし、先輩はそれをわかっていながら拳を握る。


「それじゃあ望みどおり殺してやる! 何度でも!」


 拳は打ち出された。


 当たれば確実に《クローク》は絶命し、先程のように復活するだろう。

 《クローク》は倒す事ができない敵なのだ。きっと、何か別の倒しかたがあるはずなのだ。だから……。


 そんなに焦っちゃダメですよ、先輩。


「え……? どうして……?」


「ば、バカな!? 魔法を使えないお前がなんで……!?」


 俺は先輩と《クローク》の間に割り込むようにして、その拳を止めていた。ギリギリではあったが、なんとか間に合った様だ。


「ツキト! お前、怪我は……」


 ん? いや、お前の能力ならステータス見れるだろ。確認すればいいだろ。……ちょっと凄い事になってるけど。


 チップが驚いて聞いてきたので、俺は軽い感じでそう答えた。まぁさっきまで死にかけだった人間がピンピンしていたら不思議に思うのも無理はない。


「ツキトくん……。もしかして……使ったの? 絶対に使わないって言ってたのに……」


 先輩の俺を見つめる目線が痛い。……緊急事態でしたから。

 でも凄かったですよ? ステータスまで上がりましたからね。本当に最高の薬でしたよ。



 『リリアの聖水』は。



 俺は最終手段として、常にアーティファクトのポーションである『リリアの聖水』を常備していた。


 HPの全回復に加え、信仰スキルのレベルを上げるこのポーションは、前々から俺の切り札となりうると思っていたのだ。


 しかし、その製造方法からできることなら使いたく無かった。今もリリア様の『あわわわわわ……』という声が聞こえている位なので、飲まれた本人も気が気でないらしい。


 しかし、おかげで俺は復帰することができた。


 ……さて、《クローク》。


 さっきの礼をしなくちゃいけないな。


 俺はニタリと笑顔を作って、大鎌を構えた。どうやら、俺が強化されていることに気付いたようで、思わず自分の弱点を隠す。


 《クローク》は、その身を守るはずの剣を、庇うようにして俺を見つめていた。


 ああ、やっぱりそうか。そっちが邪神の依り代なんだな。まんまと騙されちまった。そのせいで恥かいちまったよ。どうしてくれるんだ? ああ?


 俺が迫ると、《クローク》は怯えた表情を見せた。


 さて、こっからが本番だ。せいぜいあがいて見せろよ?



 勇者様。


・リリアの聖水

 飲めばHP全快、デバフ解除、各種ステータス、信仰スキルレベルアップの効果をもたらす、聖なる飲み薬。『神殿崩壊』を使ったリリア様の足下に精製されるが、これは外に放出されたエネルギーが凝縮された結果、出来上がっただけなので、決してそう言った意味での聖水ではない。わたしも飲んだことがあるからわかる。結構甘い。

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