シャドウ
もしも、敵の魔法使いが『メテオ・フォール』を使ってきたらどうするか。
今回の戦争に向け、準備を進めているなかで、誰かがそんな疑問を口にした。
『メテオ・フォール』は強力な魔法だ。特に、広範囲に必中である魔法の攻撃ができるという点が強い。
しかも、威力も他の魔法と比べると段違いであり、最強のまほうと言っても過言ではないだろう。
だが、俺達の考えた答えは━━誰も使わない、ということだった。
理由はその魔法のデメリットにある。
『メテオ・フォール』の効果範囲は敵、味方、自分……。つまり、この魔法は自爆技なのだ。
今回の戦争では味方が少なくなると負けになるルールだったので、使うと逆に不利になってしまう。
だから、俺達はこの魔法は今回の戦争では使われないだろうと思っていたのだ。……先輩は使いたそうにしていたが。
結果、その考えは間違ってはいなかった様で、俺達が戦ってきた敵クラン達は『メテオ・フォール』を使う事はなかった。
敵さんもバカでは無いらしい。
しかし、使わなかった理由は、味方に被害が出てしまうから、だけである。
敵の数が多ければ多いほど、『メテオ・フォール』は効果を発揮するだろう。強力な、回避不能の、全体攻撃が、集団戦で役に立たない訳がない。
そういった理由で何の制限も無い集団戦において、選択される魔法は『メテオ・フォール』一択だろう。
一回使えば、かなりの敵を倒すことができる。味方も対策をすれば、生き残る事ができるかもしれないので、かなり有用な手だ。
そして、味方が居らず、敵が複数であるのならば……その魔法を使うことになんの問題もないことだろう。
そう、《クローク》の様に……。
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魔方陣から隕石が降り注ぐ。
俺と先輩は『リリアの祝福』を使い、攻撃を防御するが、砂煙が舞い上がり視界を奪われてしまった。
ビルドーの魔法への防御は発動していた。ゼスプの防御魔法も発動し、周囲にバフがかかっていた。
しかし、今どうなっているかがわからない。
《クローク》の『メテオ・フォール』がどれ程の威力だったのかはわからないが、被害はきっと大きいだろう。
それに、『傲慢』の能力もわかっていない。
これまでの邪神の能力を考えると、先程自殺した兵士達が関係しているはずなのだが……。
何故、自殺させたのかがわからない。
「ツキトくん! 砂煙が晴れるよ!」
先輩の声にハッとして、俺は振り替えって陣地を確認する。
そして、絶句した。
ほとんどのクランメンバーの姿が消えていたのだ。代わりに地面には、隕石にできたクレーターと血溜まりがあった。
生き残っていても、まともに立っているPLは全くと言っていいほどにいない。
ドラゴムさんも地面に倒れていて、近くにいたはずのゼスプとチップ、ケルティの3名の姿は無くなっていた。……ドラゴムさん! 大丈夫ですか!?
俺は慌ててドラゴムさんに駆け寄った。
この結果は予想外だった。
こんなに呆気なく、あの3人がやられるとは思っていたのだ。
敵は《クローク》一人だが、この光景から考えて、なんの支援も無しに勝てる相手じゃない。
……どうする?
「……ふう! ビックリしたわぁ!」
俺の心配をよそに、ドラゴムさんは何事も無かったかの様に立ち上がった。そして、自分の毛皮に腕を突っ込むと、何かを取り出した。
ゼスプだった。
続いてチップとケルティも引きずり出される。……どうやら、ドラゴムさんの毛皮に一時避難していたようだ。
「咄嗟の判断だったけど、上手くいって良かった……。ドラゴム、大丈夫そうかい?」
「ええ! いきなり毛皮の中に潜り込まれてビックリしたけど、あの魔法から避難するためだったのね」
いや、現実逃避でもふりに行っただけではないですかね?
適当に言ってみたが、目を逸らされたのでおそらくそうなのだろう。この緊急時に何を考えているんだ、お前は。
「誤解だ! って、そんな事よりも警戒した方がいい。……チップ! 《クローク》の様子は? これからは生き残ったメンバーで戦うしかない!」
なんかまともな事を言い始めたぞ?
だが、言っている事は正しいので、俺は《クローク》がいた場所に向きなおり、武器を構えた。
まだ砂煙が完全に晴れていないので、その姿は見えないが、嫌な予感がひしひしと伝わってくる。……チップ、まだ出ないか!?
「待て……でた! 《クローク》の能力は……!? ステータスは女神達と同じ位だ! 全員でかかれば勝てない相手じゃない! ……けど、アイツ増え始めたぞ?」
は? 増えた?
どういうことだよ……!?
チップの話を聞いていると、砂煙が徐々に晴れていき、目を疑うような光景が現れた。
《クローク》の回りに黒い人の影の様なものが十数体立っている。それは《クローク》と同じシルエットをしていた。
まさか……あれが『傲慢』の能力なのだろうか?
「シャドウって名前の敵みたいだ……ステータスは《クローク》より低いけど、十分強い! ……来るぞ!」
《クローク》が片腕をこちらに向け突き出した。
それに合わせて、シャドウ達が剣を抜き、こちらに突撃してくる。……ゼスプ!回復魔法だ! あの数は俺達だけじゃキツい!
「ああ! 『ブレッシング・サークル』!」
魔法が発動すると同時に、後方から数名の生き残った愛好会を引き連れ、チャイム君が駆け抜けていった。
「農場長! ザコどもは我々にお任せを! 足止めくらいはして見せましょう! ……!」
シャドウがチャイム君に襲いかかる。
それを二本の小刀でいなすと、チャイム君は武器を持ったシャドウの腕を切り落とした。
違うシャドウ達が仇討ちをするように、彼に切りかかるが、愛好会メンバーがその攻撃を防ぐ。
しかし、シャドウ達は徐々に動きを加速させて行く。このままでは押しきられてしまうだろう。足止めできる時間は少ない。
俺はそう判断し、《クローク》に向かって駆け出す。
愛好会達が体を張っているのだ。その行動には答えなければならない。
「ツキト! 俺達もシャドウを抑える! 《クローク》は任せた」
ゼスプの声が俺の背中を押した。
了解! 先輩! 支援お願いしました!
「おっけー! 『マジック・アロー』!」
肩から先輩の魔法が射出され、《クローク》に向かって飛んでいった。
先輩は連打で魔法を打ち込み続けている。
《クローク》もこちらにニタリと歪めた顔をこちらに向けた。
「来たか! 『死神』!」
そう叫び、《クローク》は剣を構えこちらに突っ込んできた。
俺は迷うこと無く『パスファの密約』を発動する。……敵が一人ならば、これでおしまいだ。時を止めちゃいけないなんて事は無いよな?
空中で停止している《クローク》に向かって大鎌を振り下ろした。
防御が高いらしく、一撃で切り殺す事はできなかった。
なので、筋や健を切るように大鎌を振り回す。
そして、再び時間が動き出すと、《クローク》は糸の切れた人形の様に、地面に転がっていった。……よう? 前の時と大差ねぇんじゃ無いか? 邪神の力を手に入れてそんなもんかい?
「あは……、あはははははははは!! 強い! 強いなぁ……。けれども……」
俺が煽ると、《クローク》は表情を変えずに口を開いた。しかも、まるで効いていないような様子だ。……先輩!
「『マジック・レーザー』!」
魔法が《クローク》に直撃する。
先輩の魔法は強力だ。当たればただでは済まないだろうし、先程の俺からのダメージもある。死は免れない。
その想像通り、《クローク》の体は消し飛んだ。
だが、俺にはその目の前の光景にゾッとするものを感じた。
何故なら、《クローク》はミンチになったり、灰になるのでは無く……。
全く何も残さず消えてしまったのだ。
そして、シャドウと戦っている愛好会から叫び声が聞こえた。
「ツキトくん! シャドウが……!」
バッと顔を向けると、チャイム君と《クローク》が切り合っている。そして、《クローク》の影からは、新しいシャドウが生まれて来ていた。
愛好会の数が減っている。どうやらすでに何名かやられてしまっているのだろう。
「チャイム! どいて!」
そこにケルティの支援が入った。しかし、《クローク》はそれを予見していたかのように身を翻し、チャイム君の首を切り落としつつ回避した。……チャイム君!
バカな……さっきとは動きが全く違う。こんな速くも無かったし、強くも無かったはずだ。なぜ……。
俺がその様子に驚いていると、《クローク》は自分の戦いに満足するように恍惚の表情を浮かべ叫んだ。
「これが『傲慢』の力だ! お前達が死ねば死ぬほど、殺せば殺すほど強くなれる! さぁ、お前達の命を寄越せぇ!」
《クローク》の足元からシャドウが吹き出した。きっと、コイツらが本当の『傲慢』の配下達なのだろう。
「……ツキトくん。どうやら簡単には終わらないみたいだね……!」
ええ……、そうみたいですね。
勇者の影がこちらに迫ってきた。
味方は少なく、復帰するのも時間がかかるだろう。俺と先輩がやるしかないのだ。
俺は舌打ちを一つして、シャドウに大鎌を振り下ろした。