がしょーん、がしょーん
人間史上主義国家、ザガード。
様々な軍事施設が立ち並ぶ、その帝都に異形の生物が現れた。
それは宇宙外生命体がベースとなっている様で、機械化されたメタリックな触手がうねうねと蠢いている。
更に、触手の中心には大きな一つ目と、歯茎を剥き出しにした大きな口が見えた。
大きさは15メートル前後と言ったところだろう。いつもより控えめな大きさである。……ああ、うん。もちろんタビノスケだよ。あの野郎、息をするように『ギフト』を使いやがって……。
しかも、そのあと狭いからって街中に這い出して来るとか……、人の迷惑を考えてくれよ……。
『ツキト殿~……殺して欲しいでござるぅ~……。この身体、意外に不便でござるよぉ……』
多少大きさを自重したおかげで、自我を保っているらしいタビノスケが俺に無茶な要求をしてきた。
やめろ。俺の名前を出すな。新しい余罪が増えるだろうが。今回ばかりは俺は悪くないからな……。
「いや、どう考えてもツキトくんがタビくんに話を振ったからじゃん。……でも今回は遅かれ早かれ、こうなっていたかもね……。おーい、タビく~ん、自力で戻れないの~?」
先輩がタビノスケに向かって叫ぶと、周りの建物を破壊しながら振り返った。一挙一動が街の破壊に繋がる……まさに災害である。
『みーさん殿ぉ……。機械と身体が癒着して、『ギフト』の効果が終わっても元に戻れないのでござる。こうなったら、一回死ぬのが一番早いでござぁ……』
ござぁ……。
というか、なんでこんな事になってんだよ?
『シリウス』のマッドな方々の仕業だと俺は思っているんですけれど、そちらからは何かありますか、キーレスさん?
バケツアーマーを着こんだキーレスさんががしょーん、がしょーんと音を出して俺の隣に立った。そして、深いため息をつく。
『はぁぁ……。話を聞いたら、うちの『憤怒』持ちが巨大化させたらしくてね……。巨大化してから機械化したんだってさ……』
あ、じゃあ、アイツちゃんと言いつけを守っていたんですね。……ってどうしたんですか? 先輩?
キーレスさんの話を聞いた先輩は、興味深そうに身を乗り出していた。
「ねぇねぇ。どのくらい強化されたか報告は来ている? 物によっては実戦投入を考えたいんだけど?」
そういえば、機械化の強化に興味があったんでしたっけ? というか、少しはタビノスケの身を案じてくださいな……。
「タビノスケ……そのまま王城に突っ込めよ。もしかしたら、イベントを攻略する手間が省けるかもしれない。良い機会だと思う」
ゼスプや。お前も無茶を言うんじゃない。自分の意思とは無関係に、機械化怪人に改造された気持ちが、お前にわかるのかよ?
あんな面白生物に改造された気持ちがよぉ? ……なんか言ってやれ、タビノスケェ!
『機械化怪人の面白生物じゃないでござる! 地味に一番辛辣でござるよ、ツキト殿!』
あ、すまん。
……にしても、どうしたものか。そりぁあ殺すのが一番なんだろうけれど、周りに何も知らないPLやNPCの方々が騒ぎを聞き付けて集まって来ているんだよなぁ……。
どうやら彼らからは新型兵器として認識されているみたいだ。タビノスケは色々ところを観察されて、恥ずかしそうにしている。キモイ。
「そうねぇ……。もういっそのこと、目撃者を全員消し飛ばすっていうのはどうかしら? その気になれば深淵属性のブレスも出せるけど……」
ドラゴムさんがとんでも無いことを言い始めた。……ドラゴムさん、NPCの皆さんを消滅させようとするのはやめましょう。それ炎上案件ですので。
こんな倫理感が抜け落ちたゲームだが、NPCのAIが優秀すぎるために情が移ったPL達の提案で、深淵属性での攻撃はタブーになっている。ふざけて消滅させたPLは、大抵叩かれて掲示板に晒されるらしい。
なので、流石にドラゴムさんにそんな事をさせるのはちょっと……。
『そうです。これはこちらの責任ですし、なんとか処理しますから。その為のバケツです』
キーレスさんはグッとサムズアップをして、余裕そうな動作をする。まぁ、見た目がバケツロボなので面白おかしい姿なのだが。
『と、いう訳で……行くぞ触手君! 悪いが死んでもらう! とぅわぁ!』
そして意気揚々とタビノスケに飛びかかって行って、機械化した触手にペシっと弾かれてしまった。……ちょっと~?
建物にぶつかったキーレスさんはふらふらと起き上がり、文句を言った。
『だぁあ!? 何をするんだ触手君!? 君、死んでも機械化を解きたいんだろ!? どうして抵抗するんだ!』
『え? ……ち、違うのでござる! 何故か身体が勝手に動いてしまって……。な、なんで?』
おそらく、タビノスケも何かされてしまったのだろう。近付く敵を自動で迎撃するとかそんな感じだろうか?
「自動反撃かぁ。便利な能力だね。……ツキトくん、やっぱり機械化に興味が出てきたんじゃないかな? 正直に言ってくれていいんだよ? ねぇ~?」
先輩? そんなに可愛くすり寄って来ても駄目ですよ? 駄目なものは駄目ですからね? ……ドラゴムさん、何か言ってあげてください。
どうしても、俺の事を改造したい先輩を説得するには、俺一人の力では足りないらしい。なので、どうかドラゴムさんのお言葉を……。
「みーちゃん……。あざとさが足りないわ。抱き付いて上目遣いで見つめるくらいやらないと。色んな攻め方を考えてみて……! ツキト君のハートを掴むのよ……!」
借りたかったが、どうやらドラゴムさんは完全に先輩の味方らしい。なにやら師匠みたいな事を言っている。
先輩は肩から飛び降りると、姿を変えた。そして、言われた通りに俺に抱きつくと、大きな目で俺の事を見つめてくる。
「……だめ?」
ついでにクイっ、クイっと小さな胸を俺に押し付けてきた。……先輩、そんなことしても困るんですよ。そんな軽い気持ちで、できるのものじゃないんです、人体改造なんて。……ですから。
一回だけ、ですよ?
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「結局、どういう事になったのですか?」
チャイム君は畑に野菜の種を蒔きながら、そう質問してきた。
俺は今、駄目っ子チップ愛好会の皆さんと農業をしていた。戦争中でも腹は減るので、しっかりと食料と資金は確保していかなければならない。
がしょーん。がしょーん。
ああ、とりあえずタビノスケは先輩がぶっ壊して、元の姿に戻したよ。街の被害は思ったよりも無かったかな? こっちにも苦情は来ていないだろ?
俺もチャイム君に並んで種を撒いている。頭の上では先輩が丸まって、気持ち良さそうに寝息を立てていた。日向ぼっこ中だ。
「ええ。みーさんが暴れているという話はありましたが、大した騒ぎにはなりませんでした。無駄な騒ぎを起こそうとした者は駆除しましたのでご安心を、農場長」
最近の愛好会さん達は戦争モードということもあり、特殊部隊みたいな感じになっている。チップに良いところを見せたくてたまらない様子だ。
本当にいつも悪いねぇ。……チップは何か言ってたかい?
「ふっ……全員『やり過ぎだ!』って怒られてしまいました。あの子は立派に成長しています。俺達はそれが誇らしい……。そして犬耳と尻尾が可愛らしい……」
チャイム君は目を細めて満足そうに笑っていた。……いや、犬耳も尻尾もお前に搭載されているけどね? コボルトだろお前。
「何を言っているのです。他人の妹は萌えるけど、自分の妹には萌えないでしょう? それと同じですよ」
あー、確かに。他人の弟は怖くないけど、自分の弟は恐ろしいもんな。隣の芝は青いって事ね。結構納得の理論だわ。
がしょーん。がしょーん。
そういえば、農作業の手伝いお願いして、二つ返事でやってもらっているけど……時間大丈夫だった? なんかやることあったら申し訳無かったんだけど……。
「? 我々は農場長の手伝いをするようにと、言われていたのですが……。クランリーダーから何か聞いていませんでしたか?」
……成る程、ゼスプが根回ししてくれたのか。
実はね、ちょっとお金が必要になっちゃってさ。各部署で資金を貯めなくちゃいけなくなってねぇ……。
「資金を……? 今になってですか? クランの共有金庫はどうなっているのです? 相当な資金があったはずでは?」
ああ……うん……。あったよ? あったんだよ確かに……。
賠償金で底を突いたんだけどね……。
チャイム君は目を丸くして口をあんぐりと開けている。
「え……? 嘘でしょう? 何があったんです?」
『アーマーズ』が思ったよりも高かったっていうのとねぇ……、タビノスケが余計な出費を出しちゃってねぇ……。
戦場で破壊した『アーマーズ』の弁償は俺とゼスプの所持金でなんとかなった。キーレスさんの専用機は自分で出すと言っていたので、思ったよりも費用がかからなかったと言ってもいい。
では何に費用がかかったのかというと……、タビノスケが外に出る時に破壊した兵器や武器、予備の『アーマーズ』達である。
『シリウス』のマッドサイエンティスト達は地下の奥深くで研究をしていたらしく、余計な被害が出てしまったようだ。……ノリで動くもんじゃ無いな、ホント。
「いやいや、タビノスケがそうなった理由は奴等の自業自得では? 我々に支払い義務は無いでしょう。やはり、痛い目を見ないとわからないようですな……」
いや、違うのよ……。タビノスケが道に迷っちゃって、施設のあちこちを破壊してしちゃって……。アイツら研究者達に止められたのに、ジッとしてくれないんだもの……。
俺は肩を落として、ため息をつく。がしょーん。がしょーん。
「つまりタビノスケが悪いと……。因みに、アイツはどこへ? 見ていませんが……?」
ああ、アイツは鉱山送りになったよ……。山一つを掘り上げるまで帰って来れないってさ。
すまんなタビノスケ……。帰って来たときには、りんりんにライブをやってもらおうな……。
「そんな事が……。ところで農場長、その姿も返済に関係が?」
ああこれね。
先輩のお願いでね、俺もサイボーグになってみたんだよ。それで、ちょっとだけ先輩からも返済金を出してもらったんだよね。ははは……。
そう言って俺は力無く笑った。
そんな俺をチャイム君は不思議そうな顔で見ている。
「……いや、農場長……。それはサイボーグではなく……」
がしょーん。がしょーん。
「バケツでは……?」
俺の今の姿なのだが、ひっくり返したバケツから顔だけを覗かせていて、四肢が安っぽい感じのロボットアームみたいな感じになっている。よく伸びる腕と脚だった。
こんな姿でも、悔しいながらステータスが上がっているので、サイボーグ化には意義がある、ということはわかるのだが……。
「それ……。戦えるんですか……?」
……大鎌、持てないんだよねぇ……。
俺の場合は失敗だったので、先輩の日向ぼっこが終わったら処分してもらう予定だった。だが、いまだに先輩はよく眠っている。
早く起きてくれないかなぁ……。
他に出来ることもなかったので、仕方がない無く、俺はチャイム君達と野菜作りに精を出すのだった……。
・がしょーん
程度の低いポンコツロボットやバケツ、サイボーグ化に失敗した身体からはこんな感じの気の抜けた音が出るようになる。性能は大差ない……はず。
・サイボーグ化
機械化はいいぞ……! 技術で身体を強くできるし、身体が疲れないからいくらでも修行できる! ……ん? バケツ? ……悪くは無いな! byキキョウ