ラスボス
話し合いは順調に終わったらしい。
こちらからの要望である交易ルートも確保できた様で、これから忙しくなるよ、とゼスプが俺の肩を叩いてきた。
それから、人員の貸し借りについても話がついたそうで、鍛冶ができる人員をお互いに差し出すことにったらしい。
なんでも『シリウス』には銃火器を生産する事のできる『プレゼント』を持ったPLがいるそうで、こちらが使っている物と比べると質が大分高いそうだ。
そして、こちらからはサンゾーさんとタビノスケを寄越してほしいとの事だった……って、なんでタビノスケを?
俺が不思議に思って質問すると、キーレスさんは困ったような顔をして、頭を抱える。
「……うちの研究者組がね。是非あの化け物を機械化したいって言って聞かないんだよ……。サイボーグ化は希望者だけって言ってるのに……はぁ……」
エイリアンのサイボーグ……。これ以上属性が増えると、あいつの印象が強くなって、クランのイメージが大変な事になるんだよなぁ。
今でさえ、悪の組織疑惑があるのに、巨大化に加えて機械化までしたらもう言い訳できない……。
というか、マッドサイエンティスト部隊、あるんですね。
「いやいや、結果そうなっただけだから。誤解だから。気が付いたらロボになってたとかもあったけど、彼らはマトモナヤツラダカラダイジョ……ピー……ガガガガ……」
どうやらマッドサイエンティスト達に何かされてしまっているらしい。キーレスさんがバグった。……もしかしてその研究者達、こっちの国出身のPLだったりしません? というか大丈夫です? おーい?
呼び掛けてみるがキーレスさんはノイズを出すだけで反応してくれない。どうやら、何かの状態異常らしい。もしくはRP。
「えい」
どうしたものかと思っていると、先輩がキーレスさんの後頭部にねこぱんちを繰り出した。……先輩、キーレスさんは壊れた家電じゃありませんよ?
「大差無いって。というか、絶対ふざけているだけしょ。大体、こういうのは叩くのが一番早いって」
いや、現在進行形でバグっているように見えるんですけど……。
「ガガガガ…………はっ!? す、すまない。何故か最近、いきなり意識を失う時があってね。それで……なんだったかな?」
残念ながらキーレスさんは家電レベルだったようだ。
「あー……キーレスさん。オレ達のクランでサイボーグ化したいメンバーがいたら、紹介はします。ですので強制で誰かを、っていうのは……」
ゼスプが申し訳なさそうに、タビノスケ改造計画を拒否してしまった。俺の中では面白さをとるか、クランの対面をとるのか非常に悩ましいところではあるのだが……。
「ああ。勿論だよ、ゼスプ君。流石にそのくらいの常識は持ち合わせているさ。ははは」
……っち。駄目か。
そういえば、機械化した後に元の身体に戻れるんですか? 気軽に元に戻れるのなら、試してみたいって言い出すやつもいそうですけど。
「元々種族がサイボーグや機械じゃないのなら、死ねば元に戻るよ。だから、気軽と言えば気軽かな?」
……気軽かなぁ?
「身体の改造……。ちょっと怖いわねぇ。強くなれるのは理解できるのだけれど、失敗した時のリスクを考えると……ちょっと。皆にはあんまりしてほしくは無いわぁ……」
さすがドラゴムさんだ。我がクランにおける最後の良心が彼女だと、俺は断言できる。この人がクランのイメージ回復の最後の希望だろう。……やっぱあの動画を大々的に宣伝するしかないか。いや、駄目だわ。違うイメージが付くわ。
どうしたものかと悩んでいると、先輩がこちらをじっと見つめている事に気付いた。なんとなく、目がキラキラしている気がする。
「ねぇ、ツキトくん。……機械の身体って興味ないかい?」
正直ビビった。
……先輩、方向性は大事ですよ? 俺の事を機械化してどうするんですか? 今でさえ死神属性が付きまとっているというのに、更に機械属性まで付くのはちょっと……。
「どれくらい強くなるのか興味があるんだよ~。一回改造したらちゃんと殺してあげるからさ~」
違う。そうじゃない。
俺が欲しい物は、そんな物ではないんです。先輩。出来ることなら、優しさをください……。
「ツキト……一回くらいやってあげれば? そうすればみーさんも満足するだろうし」
ゼスプ、この野郎。俺を犠牲にしようとするんじゃねーよ。どうせ自分に被害が出ると思ったんだろお前。
絶対に機械化なんてしないからな。なんでわざわざ死ぬ様な真似しなきゃいけないんだよ。
それに『シリウス』が欲しがってるのはタビノスケだからな? ちょっと待ってろよ? 今アイツにチャットを送ってやるから。まぁ、多分断られると思うけどな。あんまり期待すんなよ? ……って、もう返信きた。
『タビノスケ 良いでござるよ? すぐ元の身体に戻れるのなら、別に構わんでござる』
…………機械化怪人ゲットぉ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「行ってくるでござるぅ~」
おう、簡単に巨大化するなよ~。
『シリウス』にやって来たタビノスケは、台車に乗せられて運ばれて行ってしまった。最後まで楽しそうに触手を振っていた彼の運命は、いったいどうなってしまうのだろうか?
運んで行ったマッドサイエンティストは「興味深い被献体だ……。どのくらい機械化に耐えれるだろうか……?」とか言っていたので、ろくな目に合わないだろう。
ごめんな……。
「よかったのかい?」
キーレスさんは怪訝そうな顔をしていた。……まぁ、大丈夫ですよ。本人からも許可をもらいましたし。あと、タビノスケですしね……。
「まぁ、タビくんだし……」
「タビノスケだしなぁ……」
「タビノスケ君ですもの、多分大丈夫よねぇ……」
「それでいいのかい? ま、まぁ、余程の事が無い限り問題は起きないから安心してくれ。……ところで、今回のイベント、クリアできると思うかい?」
キーレスさんは真面目な顔をして、俺達に問いかける。……さぁ? やってみるまではわかんないですね。なんでそんな質問を?
「……今まで討伐された邪神達。その内の『暴食』と『怠惰』を君達が倒したという事は知っている。私達も夢見の扉で追体験はしたが……実際に戦った感想を聞きたい」
成る程。
つまりは邪神の情報が欲しいということか。確かに、夢見の扉の追体験クエストで戦える邪神と、実際に体験した邪神のクエストは大分違っていた。
夢見の扉の方はいきなり戦闘から始まり、討伐が目的のクエストになっているが、元となったクエストはもっと面倒だったり、イベントが挟まったりしていた。
特に、『憤怒』のクエストは女神様が助けに来てくれて、イベント進行で倒す事ができた。だから……。
「正直に言うと、比べても意味無いと思うな。僕達も戦う相手がどのくらい強いかは気になるけど、今までの邪神はそれぞれが変わった能力を持っていた。……けれど、一応断言できる共通点がある」
!?
俺としては、個体毎に能力も強さも違っていたので、アイツらには個別の対策が必要だと感じていた。
けれども、先輩はそうではないと言う。
「『魔王』ちゃん。なにか心当たりがあるのかい?」
キーレスさんの言葉に先輩はコクりと頷いた。
「奴等の能力は全て……『配下』の生物に関係するものなんだ」
?
えっと……つまり、自分意外の仲間に影響を与えるって事なんですかね?
「そうか……。『暴食』は仲間を食べることで強くなり、『怠惰』は自分の代わりに仲間を強化できる。『憤怒』の能力も元々は配下の生物を暴走させる為に使うものだ。タビノスケ達は自分に使っているけれど……」
ゼスプは納得したように呟いた。
確かに、言われてみれば『暴食』には美食ギルドの仲間が、『怠惰』には自分の子が、『憤怒』はフェルシーから奪ったニャック達が、それぞれ配下としてついていた。
女神様達の話を聞いた限りだと、『色欲』の邪神も様々な種族を配下にしていたそうだ。
しかも、『強欲』の邪神であるリリア様も、女神様に力を与えたということも言っていた。……『プレゼント』も女神様の力の一端だって言うし。
邪神の能力が他者に影響を与える物ということは、間違いないだろう。
「じゃあ、私達が次に戦う邪神さん達も、仲間を引き連れて現れるのかしら? ……そういえば、邪神さん達はそれぞれの国の王様に取り憑いているのよね? それって……」
あ……。
ドラゴムさんの言葉で、俺は事の重大さを理解した。
邪神は配下の力を増幅させる能力を持っている。きっと、それは配下が多ければ多いほど効果的に機能するだろう。
そして、奴等が取り憑いている相手は……。
軍隊を保有する国の王だ。
「ちょっと……不味いんじゃないかしら?」
なんか、ちょっとどころじゃなく、ヤバい気がするんですけど……。
「いや……楽しくなってきたじゃないか。やはり強い敵と戦えるとなると、気分が上がるね!」
俺とドラゴムさんが不安になっていると、キーレスさんは楽しそうに笑っていた。
「そうだねぇ。どっちにしろ倒さないと新しい『ギフト』は手に入らないし……全員纏めてぶっ倒すだけだね」
先輩も楽しそうである。
けれども、そのとおりだと思う。
そんな奴等と戦うイベントなのは、最初から決まっていたのだから、腹を括るしかねぇ。
「ところで……、勇者と言われているクロークはどうなるんです? 放っておけば、両国の王を殺してくれるわけじゃないでしょう? ……前作PLの二人に聞きたい」
そういや、クローク君ってのもいたな。前作では主人公の様なものって言ってましたけど……。どんな感じだったんですかね?
俺の言葉に、先輩は首を傾げ、キーレスさんは不思議そうな顔をしている。
「あれ? 言っていなかったかな? ……アイツは前作のラスボスだよ。そりゃ、両国の王を殺したんだから重罪だよね」
……。
ラスボス? あれが?
多分爆発に巻き込まれて死にましたよ?
「あ、クロークなら生き返っているよ。ちゃんと戦争に参加しているようだね。一応は前回のストーリー道理に進んでいる。きっと、このイベントの最後に、強くなったクロークと戦えるはずさ。……強くなった、ね……」
「本当にねぇ……」
ふふふ……とキーレスさんと先輩が笑う。……あーなるほど、そんなにラスボスと戦うのが楽しみなんですね。わかります。
「ラスボス……だったんですか。それでは、このゲームはもう少しで……」
いや、終わりはしないだろ。なに残念そうにしてんだよ、ゼスプ。
強いて言うのなら、前作に……前作PL達にやっとの事で追い付いたってところだ。これからが本番……って事で良いですかね?
そう言うと、先輩とキーレスさんはニヤリと口元を歪ませる。
「……いや、駄目だな『死神』君。私達前作PLは、クロークを倒すまでをこう言うんだ」
キーレスさんはちらりと先輩に視線を向けた。
先輩は楽しそうに頷くと、ゆっくりと口を開く。
「『チュートリアル』……って言うんだよ」
予想外の言葉に俺達の目は点になった。
どうやら、俺達のゲームは本番どころか、始まったばかりだったらしい……。
・巨大化
『憤怒』の能力発動まで、あと1分……。