表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/123

浮気者の称号を貴方に……

 つまりは全て先輩が狙いだったと……。


 目の前にはリーダーの魔人、ゼスプがテーブルを挟んで座っていた。


「……そうだ。オレは、いや、オレ達のクランには『リリアの祝福』をやり尽くした人材がどうしても必要だったんだ……」


 先程の部屋で会話した時とはまるで別人のようだった。

 あんなにもギラギラと輝いていた目は、しょぼくれてしまっているように見え、あのときの威圧感は感じない。


「オレ達はβからのプレイヤーだ。あのときは普通のMMOのやり方で良かった。クランを組んで、攻略法を探して、皆で騒いで……、フルダイブでリアリティが出たとは言っても、そこは今までのMMOと変わらなかったしね……。……ところで」


 ゼスプは俺の事を眉間にシワを寄せて見つめてきた。

 非常に困惑している顔だ。


 なんだ、何が言いたい?


「なんで、君は椅子に縛られてるんだ?」


 俺は先輩から、捕獲の魔法『スパイダーネット』で、粘着性の糸により体全体を糸で巻かれ、椅子に固定されていた。


 ……なんでだろうね?



 あの戦闘の後、俺達は簡単な説明をドラゴムさんから受けた。

 先程のゼプスやドラゴムさんの立ち振舞いは殆どが茶番、先輩をクランに誘うための演技だった。


 予想外だったのはあの弓兵が暴走したことだ。俺達のパーティーと敵対状態になってしまい、交渉の場が崩壊した結果が、これである。

 あわよくば俺だけを殺し、その後、無力であろう先輩を説得しようとしていたらしい。何故か、俺は危険人物として扱われていたそうだ。失礼な。


 しかし、その事についてはドラゴムさんから何度も謝罪をされたので不問とする。


 ちなみに、ドラゴムさんは最初に威圧感を与える為にアイテムで姿を変えていて、あんなにも厳つい姿と声だったそうな。実際、あの後の話し方は丁寧なもので、ついでに女性の方だった。


 謝罪と説明が殆ど終わり、打ち解けてきた辺りで、ゼスプが再度ログインしてきたので、こうして対話の席を作ったわけなのだが……。

 俺だけ、「危険だから」という理由で、この様に拘束されていた。


 ……あれ、俺も被害者側の筈なんだけど? おかしいな?


「君が良いのならこのまま話を進めたいのだけれど……」


 ……この状況は他でもない先輩が作った状況だ、それを無視する事はできない。

 しかも、先輩は訳あって留守にしている。


 このままで話をしようじゃないか。

 だが、俺を殺したら何度でも首を落としに、お前を地の果てまで追いかける所存だ。覚悟するがいい。


「そ、そうかい? ええと、βまでは良かったって話で良かったかな」


 おう、そうだよ。


「……最初の問題はビギニスートの消滅だった。オレ達のクランは、あそこで最初の全滅を味わったんだ」


 ビギニスートで起きた、リリア狂信者による『聖母のリリア』降臨。からの『神殿崩壊』による『最初の街』消滅……。

 『リリア』をプレイしたことが無いPLは殆どが巻き添えを食い、ミンチと化したらしい。……あれを予見しろというのも無理な話だが。


「しかも、再ログインしたら、PLが残骸を漁ってるし……。人の肉を食っている光景を見てオレ達は驚愕したよ。奴らは人間では無く、化け物なんだと本気で思ったほどだ……」


 あー……、それは俺も思ってる、よく先輩は人肉食べれるなって。


「うん、同感だよ。その事件の後、オレ達は次の街『コルクテッド』に向かったんだ……。こんなところじゃ何もできない、すぐに拠点を作るべきだと」


 コルクテッド?

 先輩曰く、魔境の街って話だと聞いていたが、違ったのか?


「魔境、か……。その情報を知っていれば、オレ達もあんなところに行かなかったのに……、βでは違ったのに……」


 ゼスプの顔がみるみる暗くなっていく。

 聞かなくても結果がわかるようだ。


「あそこにはね、モンスターを実験と称して召喚しまくる高レベルNPCがいるんだ……。殆どは自分で処理するけれど、何匹かは取り逃がしてしまうみたいでね……。町のNPCとモンスターが戦争してたよ……」


 街、滅びなかったんだな。


「いや、戦闘の余波に巻き込まれてオレ達ごと滅んだ……。歴戦のPLは死体漁りしてたけどね……」


 流石歴戦のPL様だ。倫理観が人間として終わっていらっしゃる。基本的に、他PLとNPCは動くアイテムボックスとして見てるからな。あの方々は。


「みーさんは……?」


 先輩もだよ?

 資金稼ぎをするなら、商店の店主にモンスターをけしかけて殺せ、って言ってるお方だぞ?


「うわぁ……。しかもそれ、犯罪にならないやつじゃないか……。そういえば、オレの残骸は何処に……?」


 ……先輩は頭に『死んだ』が付いた人間は食料として見てるから。


 そう言うとゼスプの顔から血の気が引いた。すまんね、もうお前の体は先輩の腹の中なんだ。


「聞かなかった事にする……。そ、それで結局、βで一緒にやってた奴らの殆どは、今はクランを離れて好き勝手やってる……。残ったのは、オレとドラゴムとチップだけだった」


 チップ?

 ……ああ、あの弓兵か。


 βからつるんでいたのに、なんで出ていったんだ? 複数人の方が効率が良いこともあるだろうに……。


「オレだってそう思ったさ! ……けれど、みーさんが言った通り、このゲームはRPを楽しんだ方が面白いんだよ。皆『リリア』経験者に感化されて自分の好きなようにやるようになってしまった! 盗賊、商人、娼婦、リリア狂信者、ナイト……、皆、新しい事をやりに出ていったよ……。組織として終わっている……」


 なんかヤバイの混じって無かった?


 ……けれども、お前の言いたい事はわかった。

 『リリア』経験者に対抗するためには、同じ『リリア』経験者をクランにいれるしかない、と。


 なるほど、化け物には化け物をぶつける理論だ。……更に酷いことになりそうな気がするのは俺だけかな?


「経験者を勧誘しようと決めた時、チップが君達の事を教えてくれた。廃人御用達の『こねこ』を使っているPLが、新人と思われるPLに教育しながら冒険をしていると」


 ……おい。

 お前らどっから見ていた?


「君たちはビギニスートで生き残ってたから、悪い意味で目立っていたんだ。パーティーを組んでいて、かつ生き残ったPLは殆どいなかったからね。後はチップに尾行してもらって勧誘の機会を伺っていた」


 それでもおかしくないか?

 一応俺達もノンストップでサアリドに到着したつもりだが、お前らはコルクテッドにも寄ってたんだろ?

 お前らはどうやって先にサアリドに到着したんだ?


「実はビギニスートからサアリドに向けての馬車が出ている。君達が通った道とは別の街道だ。君達の通ったルートは遠回りなんだよ、あの道には何も無いし。」


 コルクテッドからサアリドの街道の間にあった、廃墟と化した教会。なぜ封鎖されたままだったのか疑問だったが、理由がわかった。

 βで何も無いのがわかっていたから誰も通らなかったのか。

 つまりPLでカルリラ信者の第一号は俺の可能性が高いということになる。

 やったぜ。


『お腹が空きました。捧げ物がくればご飯の仕度しなくてもいいんですけど……。誰かご飯くださーい……』


 ついでに神託も降りてきた。

 すいません、今身動きが出来ないんですよ。


「……これがオレ達『魔女への鉄槌』の現状とみーさんをスカウトしたい理由だ。……何か質問は?」


 んー……、質問と言うよりかは疑問なんだけどさ。なんで、そんな目にあってもこのゲーム続けたいの? もっと常識が通じるゲームやればいいじゃん。


 そう質問すると、ゼスプは少し考え込んでから口を開いた。


「せっかく買った物だから……っていうのもあるけど……、それが俺のやりたいRPだから、なんだと思う。クランマスターとして、イベントに参加して、皆で遊びたかったんだ」


 それだけ?


「そうだ。それに、一度やろうとしたことを、放り投げるのも嫌だしね……。せめて、やりつくしたと思ってからやめるよ。まだこのゲームは始まったばかりだし」


 そうか……。


 それも一種のRPだ。

 俺達に邪魔をする権利は無い。

 しかしながらそれに付き合う必要も俺達には無い。


 この件については全部先輩が決めることだ。俺はこれ以上何も言う事は無いな。

 強いて言うのなら━━━━、お前も仲間に帰って来て欲しくて必死だった、っていうことはわかる。

 ……大変だったな。


 俺がそう言うと、ゼスプは深々と俺に頭を下げた。


「ありがとう……。そして、すまなかった」


 やはりゼスプも強引だと思ったところはあったのだろう。その謝罪の言葉に嘘はないと感じた。


 別に気にしてねーよ。強制イベントに巻き込まれたと思って諦めるさ。だからお前も気にすんなよ。


「ああ……、本当にすまない。いつになるかはわからないが、必ずお詫びを……」


 それじゃあ、俺を解放してくれると嬉しいんだけど。


 そう言うと、ゼスプの顔が曇る。


 おう、そこは「はい、喜んで!」だろうが。


「え……、どうせ暴れるでしょ? せめてみーさんが帰って来るまではそのままでいいかな? 実のところ、鎌で切られたの目茶苦茶怖かったんだけど……」


 暴れねーよ。

 犯罪者になる直前だから悪行なんてできるわけが無いだろ。

 ちょっとカルリラ様に捧げ物をしに行くだけだよ、お腹が空いているらしいから。ほら、さっさとナイフかなんかで糸を切りやがれ。ぶっ殺すぞ。


「うわっ……、カルリラ信者なの、君? リリア信者の次にやベー奴らがカルリラ信者って言うじゃないか……。やっぱりみーさんが来るまで放置が一番の安全じゃないか……」


 あぁ?

 農家がメインのカルリラ信者がそんなヤバイのわけないだろ?

 訳を言え、訳を。


「いや、wikiには戦闘向けって書いてたし……、しかもさっき殺すって……」


 本気にすんなよ。仲良くしようじゃんか? まぁ、ここから解放された時の行動がどうなるかは、お前次第だがなぁ……! くくく……。


「ハイハイ、そんな態度だから警戒されるんだよ、ツキト君」


 声の聞こえた方を見ると、そこには白いフワフワの毛皮を蓄えた美しいドラゴンと、その背中に乗った黒いこねこ、先輩がいた。


「ゼスプ、今帰ったわ。ツキトさんには納得してもらえた?」


 白いドラゴンは朗らかな顔をしており、フワフワの毛皮を揺らしながらそう言った。

 体長は2メートル程、四つ足で歩行していて、背中の翼は小さく、飛べそうな物ではない。

 この大型の哀願動物を思わせるドラゴンが、ドラゴムさんの元々の姿だそうだ。


「取り敢えず、今回の件についてはみーさんに任せる、と言うことになった。……みーさん、申し訳ありませんでした。話はドラゴムから聞いているとは思いますが……」


「うん、悪いけどその話は後。今はツキト君の『プレゼント』についてだ。ドラゴム、高度鑑定のスクロールを」


 頭を下げるゼスプを気にしないようすで、先輩は話を進める。

 ドラゴムは上半身を起き上がらせると前足で器用に二巻の巻物を取り出した。


「さて、ツキト君」


 先輩はドラゴムさんの上からテーブルの上に飛び降り、俺を見るようにちょこんと座った。


「さっきの戦闘、君の攻撃力は明らかにおかしかった。ニャックを一撃で倒せるのは何も疑問を抱かなかったけれど、PLをあんなに簡単に倒せるとは僕は思えない」


 ……まぁ、それは確かに。

 いきなり動きが軽くなりましたし……。


「考えた結果、その『プレゼント』が原因だと思うんだ。もしかしたら、その指輪は思っていたよりも凄い物なのかもしれない」


 なんと!


 まさかのチートアイテム疑惑浮上に俺の期待は上がる。

 更にこの指輪の細部の情報が気になってきた……。


「と、いうわけで、魔法店に行って高度鑑定のスクロールを買ってきたのだけれど、君の『プレゼント』を調べたいと思う。いいかな?」


 本当ですか!?

 って、そういえば、なんで俺は縛られているのです?

 そろそろ解放して欲しいんですけど……。


「あーごめんごめん、なんか君を放っておいたらゼスプ君を切り殺しそうだったし。あと、君の筋力なら多分振りほどけるよ」


 え?

 ……よいしょっと。


 俺が力を込めると、体にまとわりついていた蜘蛛の糸は弾けて霧散した。

 おお、力業でなんとかなるのか。


 ……取り敢えず、鎌を装備しまして。


「ひっ……!」


 目の前にいたゼスプが顔を真っ青にしてドラゴムさんの毛皮の中に隠れた。

 毛皮の中で震えているゼプスの頭をドラゴムさんがよしよしと撫でている。羨ましい。


 なんだよ、ちょっとしたジョークだってば。


 そう言って、俺はにこやかな顔でゼスプを見つめる。


「ツキト君!」


 先輩がじっと俺の事を睨み付けてきた、かわいい。


 すいません、ちょっとふざけただけです。

 ところで俺の指輪の鑑定ですよね?

 それについては是非ともよろしくお願いします。


「うん、僕も気になっていたからね。……さっきふざけた罰として、ここにいる全員に公開させて貰うよ?」


 む、……まぁいいでしょう。俺もふざけすぎましたし。

 先輩がスクロールを広げると、白紙だった巻物に文字が浮かび上がってくる。


『◎祭壇の指輪

 これは装備する事ができる

 装備すると神の声を聴くことができる

 これは小型の祭壇だ

 これは強い魔法への耐性がある

 この装備は外す事が出来ない

 ・説明

 女神達との距離を縮める為の指輪。

 これ一つでどこでも女神達に祈りを捧げることができる優れもの。

 女神達が見定めた者にのみ贈られる。』


 ……?

 どうなんです?


「なんか……、ツキト君の『プレゼント』はパッとしませんね。でも、どこでもお祈りが捧げられるのは便利ですねぇ」


 ドラゴムさんが巻物を上から覗き込んでいた。

 意外にはっきりと物を言う人だな。

 無意識に人の気にしていたことを突っついて来るとは悪い竜だ、……もふってやろうか?

 そのもふもふと腹肉を無茶苦茶にしてやろうか?


「はいセクハラしなーい。あおらなーい。駄目だよ、君達、仲良くしなきゃ。後、装備については便利ではあるね。魔法への耐性は珍しいし、それに有用だ」


 なるほど、さっきの魔法が全然効かなかったのはこいつのおかげか。悪くはないな。

 このゲームの魔法は必中らしいし、対策があるのは助かる。


「……けれども、この指輪だけじゃさっきのような芸当は出来ない。もうひとつも鑑定してみよう」


 先輩はもうひとつの巻物も広げた。

 どの様な事が書かれているのか気になったが、出てきた情報量は先程のものと比べるとやや少ない。……おや?


『◎浮気者の指輪

 これは装備する事できる

 装備すると全ての女神達を同時に信仰できる

 装備すると貴方の信仰は誰よりも深まる

 この装備は外す事が出来ない

 ・説明

 「私が、本命ですよね?」~輪廻のカルリラより~』


 その記載された内容をみて、俺は顔をしかめる。


 ええ……、浮気者って……。

 言いがかりもいいとこ……。


 はっ!


「ツキト君……」


 先輩がまるでゴミ虫を見るような目で俺を見ている。

 違うんです、先輩。

 俺はカルリラ様が一番なんです、本当です。


「君さ……、女神様達をどういう目で見てたんだい?」


 あんなに怯えていたゼスプが、毛皮から顔を出してこちらを見ていた。


 ほう、もうそんな口を聞けるまで回復したのか。やはり、一度殺された位では足りんと見える。


「ツキトさん。浮気をするような悪い人は、後ろから刺されてしまいますから、気を付けてくださいね……?」


 ドラゴムさんから悪意の無い、優しさのこもった声が投げ掛けられる。違うんです、そんなつもりは無いのです……!


 そんなことより、カルリラ様の本命云々が恐ろし過ぎる……!

 違う女神も信仰しようとしたら、首チョンパされてしまうのでは無いのか!?

 いや、そんな事はない!

 信者が減らないなら大丈夫ってカルリラ様も言っていたし!

 ねぇ!? そうなんですよね! カルリラ様!? 何か言って!?


『えっと……、こういう時は……。あ、思い出しました! 包丁を研いでおかないといけませんよね……』


 ……お料理が得意なカルリラ様はとても素敵な女神様だなって、ぼくはおもいました。

 鎌じゃなくて包丁を用意する理由はそれしかない……はずだ。


 他の女神達を同時に信仰できる。

 しかし、それはただの権利であり、その権利を使えるかどうかは女神次第のようだ……。

 やるならば、刺される覚悟を持つしかない。

 カルリラ様の楽しそうな声と、何かを研ぐ様な音を聞きながら、俺はこれからの冒険に不安を感じていた。

・スパイダーネット

 本来は床に仕掛ける罠の魔法。相手の動きを遅くする効果がある。空を飛んでいる敵には翼に仕掛けると有効。


・プレゼント

 装備したり、使うだけでは本来の性能を発揮できない。使い方をしっかりと理解し使用することができなければデメリットの方が大きい。


・浮気者

 信仰先をコロコロと変える者。最初はカルリラ目的だったのに、リリア様も可愛いとか……。才能は十分にある。


・包丁

 隣の幼なじみから、血の繋がらない妹、同居中の恋人まで、どんな女の子にも似合うマストアイテム。何故か、持つと戦闘能力が飛躍的に上がる存在が多い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ