おいでよ、修行部屋!(ハード)
「それじゃあ修行しようか」
『シリウス』との戦いに勝利した俺はクランに強制送還された。そして、先輩に捕まってしまった。
説明としては、俺を短時間で強化するとの事だったのだが、連れられてきた部屋は少しおかしい場所だった。
なんせ、入り口が先輩の部屋のベッドで隠されていたのだ。いわゆる隠し部屋である。
そういえば、通常の修行部屋ではあまり先輩の姿を見たことがない。本人は毎日修行していると言っているのにも関わらず。
なので、こっそりと鍛えているんだろうなぁ、とは思っていたが、まさかこんな場所があるとは……。
「ここって、完全に僕専用のトレーニングルームだから、他の人に見せたこと無いんだ。……誰も入れる気が無かったから少し汚れているけど……気にしないでね?」
梯子を降りていると、先輩は恥ずかしそうにそう言った。
気にはしないですけど、俺はいったい何をやらされるんですか? 普段の修行よりも効率が良いって言うのなら、喜んでやりますけど……。
強くなることは良いことだ。だからどんなにキツくても先輩の為に頑張ろうと思う。……というか、そう思わないと耐えられない気がする。
梯子を降りると、そこには鉄の扉があった。入ってもいいものかと思っていると、先輩が入るように促してきた。
もうこの時点で嫌な予感がしていたのだが、俺は意を決してゆっくりと扉を開けた。そして閉めた。……見てはいけないものを見た気がする。
「いや、なにしてんのさ? 入れよ?」
え? ……マジですか?
ちらりと見た光景だが、中々信じられないものだった。部屋が汚れているとかそういうレベルじゃなく、宗教的な物を感じた。……いや、待てよ? 俺は幻覚を見たんじゃないのか? きっと、疲れていていたんだ。そうでなければ、あんな物がある部屋を他人に見せようとはしない。
俺はそう言い聞かせ、ゆっくりと扉を開き、部屋の中を見渡す。
壁には松明が何本か並べられていた。部屋の床は何かの体液によって汚れていて、お世辞にも綺麗とは言えない。そして、部屋の中央には天井から垂れ下がったロープ……。
その先には大きなゴキブ……黒い悪魔が吊るされていた。
俺は叫んだ。
体長2メートルはありそうな黒い悪魔がロープで吊るされ、松明の光で照らせれているという光景に、俺のSAN値はガリゴリと削れていく。
やっぱり見間違いじゃなかった!? 先輩! アナタ何てものをペットにしてるんですか! というか、いったい俺に何をやらせる気なんです!?
「ペットではないよ~。NPCの黒い悪魔には面白い特性があってさぁ、……ちょっとまってね?」
先輩は俺の肩から飛び降りると、美少女モードに変化した。そして、壁に設置していた松明を手に持ち、部屋の中央に吊るされている物に近寄って行く。
先輩は何も言わずに松明で悪魔を炙り始めた。
どっからどう見ても、何かの儀式である。……イヤァァァァァ!? 何してるんですか!? そんなもん火で炙って、食べる気ですか!? 駄目ですよ!
「食べるわけないじゃん。猫じゃあるまいし。まぁ、見てなよ……それと、武器の準備をしておいてね。多分襲われるから」
襲われる?
俺は先輩に言われた通りに武器を構えた。
何が起きるのかビクビクしていると、悪魔からボトリと何かが落ちる。嫌な予感しかしない。
俺は注意をその落ちてきた物体に注意を向ける。黒い楕円形のそれはビクビクと脈動していた。
それがなんなのか。
俺が気づいたときには、そこから1メートル程の小悪魔達が3、4匹現れていた。……質量保存の法則ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
叫びながら大鎌を振るい、俺は小悪魔達を切り裂いて殺した。
なんだろう。弟に寄生されて、1分の1スケールの人形を産んだ時もだったけど、この世界には質量保存の法則が存在しないのだろうか? まぁゲームだからって事で全て解決するんだけどさ。そのせいでかなりグロい事になっているんだけど……。
「コイツらね、こうやって攻撃すると、卵を産むんだよ。その卵はすぐに孵化して敵対NPCになるんだよね。孵化した奴等を倒していけば延々と敵と戦えるよ! 経験値稼ぎ放題だね! 後、うまくいけば今死んだやつらも……うん、産んでるね」
は……?
床を見ると、先程よりは小さいが、同じ形をした卵が落ちていた。そして、これまた同じように脈動している。
「あ! こっちもまた産みそうだね! がんばれっ、がんばれっ!」
また新しく生まれた卵を見て、これから何をするのか察してしまった。
きっと、俺は本体の黒い悪魔が死ぬまで戦い続ける事になるのだろう。そして、倒せば倒すほど、奴等は数を増やし俺に襲いかかってくる。
つまり、消耗戦と言うことになるな……。
「あ、ちなみに本体ちゃんは僕が回復するから、絶対に死なせないから! という事で、今夜は……寝かせないよ?」
消耗戦なんて生易しいものじゃなかった。
しかも、休憩を許す気も無いのだろう。先輩はずっと悪魔を火で炙り、更に卵を産ませようとしている。
ゴキブリはあっという間に部屋中を埋め尽くした。……あ、ゴキブリって言っちゃったよ。というか、悪魔って言って現実逃避するにはこの光景は刺激が強すぎるんだよ。ちくしょー。
「あ、もちろん攻撃魔法は禁止だから。きみのメインは鎌での攻撃なんだから、頑張って倒してね。首刈り放題だよ。やったね!」
先輩は楽しそうに笑っているが、こちらとしては発狂寸前だ。違う種類の笑いが出てきそうである。
だが、もうやるしかない。
というか、やらなければ俺はコイツらに美味しくいただかれてしまう。もう暴れまくって、一匹づつ潰していくしかねぇ。
……行くぞゴラァァァァァァァァァァァ!!
その後、時間の許す限り、俺は害虫駆除のお仕事に精を出した。なんか、めっちゃレベルが上がったのだが、俺のSAN値はごっそり持ってかれてしまった。
大事なものを失ってしまった様な気がする……。
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次の日。
陣地戦を楽にこなした俺達は、『シリウス』本部の会議室にお呼ばれされていた。
まぁ、同盟を結ぶのに先日の戦いの勝敗で遺恨が残るのは良くないから、和解しましょう、って話だった。
……が、それは建前で。
実際は戦闘用『アーマーズ』がごっそり減ってしまったので資金援助をお願いしたいという事らしい。……一機もらってもいいですかね?
地下工場を見学し終わって、やっぱり一機欲しくなった俺は、キーレスさんにおねだりした。ゼスプと先輩が呆れた顔をしている。
「いやぁ、悪いんだけど、『アーマーズ』はサイボーグじゃないと動かせなくてね。『死神』君には無用の長物になってしまうよ。あれは神経に直接コードを接続して動かしてるんだ。……格好いいだろ?」
俺のお願いにキーレスさんはニヤっと笑って答えた。
ちなみに、キーレスさんはこの間の戦闘については、特に不満は無かったらしい。
久しぶりに本気で戦えて大変満足したそうだ。
「けれども、指揮官機も戦闘用アーマーも壊しちゃったからなぁ。うちのNo.2からガッツリ怒られてしまったよ。参ったね」
そう言ってキーレスさんは肩を竦めた。相当やられてしまったらしい。……そのガッツリ怒ったというNo.2さんはというと。
「はぁ……ふかふかです……」
「あらあら、そんなにもふもふしたかったの? ふふふ……」
ドラゴムさんに抱き付いていた。『シリウス』の会議で進行役を勤めていた女性である。
そういえば、ドラゴムさんの動画を見て喜んでいたな。どうやら一目惚れしてしまったらしい。
と、そんな和やかな光景に目を奪われていると、先輩が口を開いた。
「とりあえずさぁ、今後の話をしようぜ? キーレス達の要望は、こっちの攻略ルートの開示と、資金援助。それと王城襲撃のタイミングを合わせる事だったっけ?」
先輩は会議室の机の上でちょこんとお座りしている。こねこモードだ。
「前にお願いされたことについては、別に構わないんだけどさぁ。資金援助についてはちょっとなぁ……。すこし僕らの負担が多くない?」
そう言って先輩は机をぺしぺしと叩いた。もちろん、全力ではない。
「確かに。『魔王』ちゃんの言うとおりだ。……けれど、ガチでやろうと言ったのは君だよ? その結果で私達に損害が出たのだから、その弁償はしてほしいな?」
キーレスさんはにこやかに先輩に笑いかけた。先輩としては代わりに何かを要求しようとしたみたいだが、失敗してしまったようだ。
先輩、資金援助につきましては俺が出しときますよ。戦争吹っ掛けたのもこっちですし、『アーマーズ』をぶっ壊したのも俺達ですしね。賠償金って事で払いますよ。
実のところ、NPC相手に商売やって荒稼ぎしているので、俺はちょっとした小金持ちである。
「え~……そりゃ先に戦おうって言ったのは僕だから、責任はこっちにあると思うけど……。うまくいけばアーティファクトとかねだれると思ったのに……」
先輩は強かであった。
「もちろん、資金援助してくれたら、代わりに何かこちらから差し出すよ。例えば……銃や兵器の作成レシピとかね。そっちの国では出回ってないだろう?」
しかし、キーレスさんもそれはわかっているようで、ちゃんとお礼を用意してくれているようだった。
だが、先輩は納得出来ていないようで、眉間に皺を寄せている。
「みーさん。オレとしては、こっちの国のクランと繋がりを持つことができるのは、とてもいいことだと思います。交易の範囲も広がりますし、ここは投資という事でお金を出しませんか?」
そう言ったゼスプの案は悪いものではない。というか、半分脅しみたいなものだと感じた。
トップクランのリーダーである、キーレスさんの目の前でその案を言うということは、その時になったらちゃんと協力しろよ?と、言っている事と同じだろう。意外に悪どいな、ゼスプ……。
「オレもお金くらいなら出しますから、まずは話を進めましょう。攻略ルートの確認や日程の調整、人員の貸し借り等、話したいことは多いでしょうから」
「まぁ、ゼスプがそう言うなら……。あ、僕はお金出さないからね」
先輩は渋々納得したようだった。……これでへそ曲げて、いきなり帰るとか言わなくてよかった。もし帰っていたらまたゴキブリ部屋に監禁されていただろうし。
帰ったらまたやるのかなぁ……?
先輩達が話し合っている間、俺とドラゴムさんは待機していた。
一応代表ということで付いてきたけれど、トップ同士の話し合いがメインなので特にやることもない。誰かが強襲してくるわけでも無いし。……暇ですねぇ。
「そうねぇ……。あ、そういえば、みーちゃんとは仲良くしてる? 最近はよく、部屋に遊びに行っているって聞いていたけれど?」
……ああ、修行部屋の話かな? 昨日はマジで帰してもらえなかったし……。
そうですね。最近は先輩もだいぶ大胆になってきまして……。昨日はどうなってしまうかと思いましたよ。
俺がそう言うと、ドラゴムさんは驚いたようにギョッと目を見開いた。……どうしたんです?
「えっと……どんな事をしていたのか聞いてもいいのかしら……?」
いやぁ……、あんまり言いたくないんですよね……。
あの光景を説明するのはちょっとな……。あんまり聞いてきてもいい気分になる様なもんでも無いし。
「そ、そうよね! ごめんなさい、聞いて良い内容じゃなかったわね! ……何聞いてるのかしら、私ったら……」
ドラゴムさんはそういいながら恥ずかしそうに顔を隠した。……どうしたんだろ?
別に構いませんよ? 内容はどうあれ皆やっている事ですし。そんな恥ずかしいことでも……。
「皆やっていること!? そ、そんな、私が知らない間にそんな事になっていたなんて……」
まぁ、今回は先輩がいつもやっていることを俺がやってみた感じでしたね。
かなり大変でしたよ。先輩も今日は帰さないとかノリノリでしたし、いくら殺っても先輩は満足してくれませんでしたから。
「い、いくらヤっても満足してくれなかったの!? もしかして、一晩中シてたの!? アナタ達!?」
そうなんですよ。
戦場から帰ったらすぐに部屋に連れ込まれまして、すごいものを見せられました。
「すごいもの!? ……わ、若いって凄いわね。で、でも、どんなに攻められてもツキトくんは男の子なんだから、みーちゃんには優しくしてあげないと駄目よ? わかってる?」
ははは、それはわかってますよ。
先輩の修行が厳しいのはいつもの事ですから。俺も嫌な訳じゃ無いですし……。
「修行!? そ……そう、そんなに大変な事をしているのね……」
……あれ? なんだか、さっきからドラゴムさん、やたらオーバーリアクションじゃない? 俺何か変なこと言ったかな?
困惑していると、ドラゴムさんは俺の肩をポンポンと優しく叩く。その目からは憐れみの情が感じられた。
「ツキトくん……、アナタは最後までみーちゃんに付き合ってあげてね? 途中で逃げ出しては駄目よ……?」
いや、ちゃんと修行しろということだった。……はい、わかりました。俺、頑張りますね。
どうやら、ドラゴムさんの様子がおかしかったのは俺の気のせいだったらしい。……しかし、ドラゴムさんにも発破をかけられるとは思わなかった。こうなったら逃げることはできないだろう。
あーあ、帰ったらゴキ部屋かぁ……。
俺はあの光景を思いだし、静かにため息をつくのだった……。
・気のせいだったらしい
ホントに? なんか誤解されてない?