ねこぱんち
外骨格によって強化されたキーレスさんに、俺は連続して大鎌を振り下ろしていく。
一撃で腕を切り落とすような事はできないが、確実にそのアーマーに対してダメージを蓄積させていた。
「激しいな……! しかし、私にも意地というものがあってね……、やすやすとはやられんよ!」
キーレスさんは俺の攻撃を掻い潜り、右手に持った大剣を横から薙ぎ払う様に振るってきた。……先輩!
「オッケー! 『ライトニング・レーザー』!」
迫り来る大剣を後方に飛んで回避すると同時に、先輩の魔法が炸裂する。構築された魔方陣から雷が発生し、極太の光の束となってキーレスさんを襲った。
電撃属性の攻撃によって痺れてしまったらしく、その動きが止まった。……今だ。
発動! 『パスファの密約』!
俺以外の時が停止した。
先輩の動きも、遠くでドンパチやっている仲間達の攻撃も、膝から崩れ落ちるキーレスさんまで、全員がピタリと止まっていた。
俺はすぐさまキーレスさんの元に移動し、大鎌を大きく振り上げる。全身を外骨格によって覆っている訳では無いようで、首の周りの肌が露出している。……刈り取ってくれと言ってる様なもんだな。
死ねぇ!
ニヤリと笑顔を浮かべながら、俺は大鎌を振り下ろした。
が、その一撃は大剣によって防がれた。……は? 『密約』の効果切れた? いや、早すぎるでしょ!?
「時間停止は予想していたよ。……悪いがこう見えて、パスファ様の信者でね !」
キーレスさんはしてやったり、という顔をして俺を見ていた。その見た目は完全にキキョウ様の信者だろ、と言ってやりたかったのだが、ジャコンという弾丸が装填された音で俺はハッとする。
不味い、『リリアの祝福』を……。
「油断大敵だ! 『死神』君!」
神技の発動は間に合わなかった。
キーレスさんの左腕のマシンガンが高速で弾丸を射出し、こちらに向かって飛んで来る。
絶対防御の神技である『リリアの祝福』が発動する前に、かなりの数の弾丸が俺の右脚に着弾した。
脚が吹き飛ばされてしまい、バランスを失った事で、俺は地面に倒れ込んでしまう。……クソっ、ちょっとヤバイかも……。
「すまない。これでも私はクランのトップなのでね。そうやすやすと負けるわけにもいかないんだ。……趣味が合う君を殺すのは、ちょっと気が引けるが」
キーレスさんはそう言って、改めてマシンガンの銃口を俺に向ける。『祝福』の効果が切れれば、さっきと同じように銃弾が俺の身体を抉りとってしまうだろう。
いやぁ……強いですね。
まさか、こうなるとは思いませんでしたよ……と、『リジェネレーション』。
俺は魔法を発動し、右脚の再生を試みる。すると、徐々にではあるが、吹き飛ばされてしまった右脚再構築されていく。
しかし、その速度は悲しい程に遅い。
「……君自身も魔法を使えるのか。そうか、最初の『グレーシーの追約』による攻撃は君だったのか」
キーレスさんは感心した様子だ。悪い気はしない。
「全ての神技を使用できる……か。素晴らしい能力だ。普通のPLなら太刀打ちできないのも納得できる」
もう少しで『祝福』の効果は切れる。しかし、脚の再生はまだ膝の部分までしか終わっていなかった。……不味いな。キーレスさん、ぶっちゃけ俺には打つ手が無いんですけど……見逃してくれません? 負けたら先輩に怒られちゃうんで。
俺が命乞いをすると、キーレスさんはにっこりと笑った。
「駄目だよ。これ戦争だし」
どうやら、戦争というものは人を変えてしまう様だ。悲しい。
「ふふっ、悪いがその効果が切れたら止めを差させて……待て。君……『魔王』ちゃんはどうした!?」
キーレスさんは俺の肩の上に先輩が居ないことに気付いてしまったらしい。……先輩! 今ですよ!
「発動、『パスファの密約』」
再び時が止まる。
だが、今度は俺の時間も停止していた。
「……まったく、ツキトくんは僕がいなきゃやっぱりダメなんだから。ま、こうやって隙を作ってくれたのは助かるけどね」
美少女モードの先輩がそう言いながらキーレスさんの側に立つ。
「悪いねキーレス。時を止められるのは僕もなんだよ。そしてこれは久々の発動でね。暫く動けないと思っていいよ?」
にこり、先輩は天使のような笑顔を浮かべた。本当に可愛いのだが、キーレスさんにとっては悪魔の様な顔に、見えていることだろう。
「君を仕留めるのは魔法で……、と言いたいんだけど、そこまでの防御力を誇るその装備に魔法は効かなそうだ……ねっ!」
先輩の正拳突きが放たれた。
その華奢な見た目からは想像できない速さで繰り出された拳は、一撃でキーレスさんの装甲を凹ませる。
一撃では壊せそうにないが、繰り返せば破壊するのは難しく無さそうに見えた。
そして今は時間停止中だ。……先輩! ラッシュです! ラッシュしてください! オラァ!って感じで!
俺は某マンガのワンシーンを思いだし、心の中でそう叫んだ。完全にあの状況を再現できる事に、俺のテンションは上がっていたのだ。
「やっぱり、格闘スキルはいいよね。防御無視ができて」
先輩は満足そうな顔をしていた。やはり、最強の武器は己の肉体という事らしい。
「攻撃が通用することもわかったし……ミンチに、なろうか」
俺の期待に先輩は行動で答えてくれる。
先輩は楽しそうにキーレスさんへラッシュを繰り出し、次々と装甲を破壊していった。
ついでに、左腕が変形したマシンガンもボコボコにタコ殴りにして銃身をねじ曲げ、使い物にならなくしてしまう。
そうやって、外骨格を壊していく先輩はとてもとても楽しそうで、俺はほっこりした。
そうしていると、先輩は動きを止め、手を貫手の構えに変えた。そのままそれを、キーレスさんの腹部に向け繰り出し……、
サイボーグの身体を、腕で貫いてしまった。
先輩のサービス精神に、俺は感動していると、再び時間が動き出す。……やりましたね! 先輩!
俺の呼び声に先輩は、キーレスさんの腹から腕を抜き取り、笑顔で答える。その姿は返り血で真っ赤になっていた。
「どうだ! 魔法だけが取り柄って訳じゃ無いもんね! ……て、なに油断しているのさ、きみ。もっと上手い戦い方があっただろ?」
先輩に怒られてしまった。
すいません……。まぁ、俺がやられても先輩なら何とかできる気がしましたし。というか、上手いこと囮になることができましたから、結果オーライって事で……良いですかね?
「駄目だよ! 僕を守るとか言ってた癖に、先に死んでどうするのさ! ……これ終わったら、少しキツイ修行してもらうから」
そう言って先輩はそっぽを向いてしまった。……というか、何時もよりキツイ修行ってなんだろう。普段から頭おかしいって言われるような事してるのに……。
俺は不安になった。
「そんな事より、早く立って。……仕留め切れなかったみたいだ」
!?
俺は右脚が再生した事を確認し、大鎌を構えつつ立ち上がる。
そして、倒れているキーレスさんに飛びかかり、大鎌を振り下ろした。
「っく……!」
しかし、キーレスさんも力を振り絞り俺の攻撃を避ける。……まだ死んでなかったんですねぇ。介錯してあげますからじっとしててくださいよ。
俺はニタリと笑みを浮かべた。
キーレスさんは大剣を杖のようにして立ち上がり、こちらに睨みをきかせてくる。
「丈夫なのが取り柄でね……! それに勝負はついていないぞ……! さぁ、最後まで楽しんで……!」
そう強がりを言うキーレスさんの姿は、すでに動ける状態では無いことは一目瞭然だった。これならすぐにでも殺せるだろう。
彼が未だに諦めず、俺達に立ち向かうのは、彼のプライドや職務から来ているものなのかもしれない。彼は負けることを許されていないのだ。
しかし……。
残念ですが……キーレスさん。悪いんですけど、もう終わりです。時間をかけすぎたみたいですね。
「何を言っている! 私はまだ……!」
俺の目の前にウィンドウが表れた。
そこには俺達の陣営が勝利をしたことと、新たな陣地を獲得したという事が記載されている。おそらく、俺達がやりあっているうちに、ゼスプ達が上手いことやったのだろう。
そう。別に俺が勝とうが死のうが、今日に関してはどうでもいいことなのだ。だって……。
戦争なんですよ、これ。すいませんね、キーレスさん。
そう言って、俺はクランへと強制転移させられた。
転移させられる中で、最後に見たキーレスさんの顔は、怒りに燃えたような恐ろしいものではなく……。
すべてを出しきった、満足げな顔だった。
・パスファ信者
不動の人気No.1の女神様の信者達はいろんな種族がいる。見た目で騙されてはいけないのだ。……なんかみんな『密約』目的な気もするけど気にしちゃいけない。