クラン『シリウス』
『シリウス』のリーダー、指揮官さん。
名前は『キーレス』というそうで、立派なガタイとダンディーな口髭が特徴的なオッサンキャラである。
種族はサイボーグであり、半分機械の半分生身の身体をしているようだ。戦うときには左腕が変形するらしい。……ロマンを感じる。
さて、そんなキーレスさんが今日うちのクランに遊びに来た理由なのだが、それはもちろん飲みに……、
「我々は貴様ら『魔王』一派に対し、これまでの破壊行為の理由を聞きに来た。それに、あの我々を挑発するようなあの行為……どういう事か説明していただきたい」
……ですよね~。もっと真面目な理由ですよね~。
キーレスさんには、タビノスケが座っていた席についてもらっていた。もちろんサービスとしてビールを出したのだが、一切口をつけようとしない。……相変わらず固いですね、もっとゆるく行きましょうよ。
「君が『死神』か……。悪いが、私はザガードのクランの代表としてこの場に来ている。それに、君の様な危険人物を前にして、緊張するなというのが無理な話だ」
ぎろりとキーレスさんは俺の事を睨んだ。
どうやら、どうあがいても俺は危険人物らしい。悲しみが俺を包み込んだ。
そうやって俺が悲しみにくれていると、テーブルの上の先輩がキーレスさんを見上げて口を開く。
「わざわざ来てもらって悪いんだけどさぁ、僕らがやった破壊行為の理由は伝えたはずだぜ? あんな兵器を使われたら、こっちに勝ち目無いもん」
「……なるほど、それだけか。ならば、何故各街を破壊した? 兵器を破壊したのならば、あそこまでする理由はないだろう」
鋭い目線が先輩に移った。
しかし、先輩はそれにまったく動揺していないようで、目を細め、笑っている様な顔をする。
「それも、さっき君が言った通りさ。……挑発だよ。そっちの人達と、全力で戦いたいたかったからね。それに、僕が運営と癒着しているとか、おかしな噂があったらしいじゃないか。……それに便乗しただけの、ちょっとしたおふざけだよ」
「…………」
キーレスさんは更に厳しい表情をしている。……そろそろ不味いか?
俺はこっそりと拳銃を手にする。ちょうどテーブルの下は他のサイボーグ達の死角になっていた。
少しでも敵意を見せたのなら、その眉間をぶち抜いてやる……。
「……そうか」
そう呟き、キーレスさんは動く。
機械化された腕をテーブルの上にだし……、
ジョッキを持つと、ゴッゴッと喉を鳴らしながらその中身を全て飲み干した。良い飲みっぷりである。
そして、コトンと控えめな音を出してテーブルの上にジョッキを置くと、表情を柔らかくしてため息をついた。
「はぁ……、じゃあ仕方がない。すまない、もう一杯もらっても良いだろうか?」
あ、はい。
俺は驚きながらも、言われた通りに新しいビールを注文した。……え? どういう事?
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「実は……何を隠そう私も前作PLなのだ。だから、別に君達がやった事を責めたかった訳では無いさ。兵器に頼っていたのは事実だし、壊される方が悪いからな。いや、警戒していたが、最低限の常識はあるようで安心した」
キーレスさんはだいぶ落ち着いた様子をしている。連れて来たサイボーグ達も武装を解いて、俺達の宴会に参加している様だった。……ええっと、一応代表という話でしたが、大丈夫ですかね?
「ん? ああ、その話か。……ザガードは前作PLが少なく、ああいう常軌を逸した行動をしようと思うPLが少ない。だから、あの程度で大騒ぎしているだけだよ。まったく……フェルシーに吹き飛ばされたのを忘れたのかね……?」
そう言うと、眉間に皺を寄せながらキーレスさんは酒を煽った。きっと、この人もいろいろ溜まっているのだろう。大変だなぁ……。
「っぷは……。しかも、このクランにスパイを送り込んだから殺されたのだと、他のクランが難癖を付けてきてね。仕方なく、私が責任を取るという名目で、君達に一言申しに来たんだ」
いやぁ、すいませんね、うちのミラアが迷惑かけまして。……あ、どうです? あそこに縛られているので、ストレス解消に射っていきません?
俺はロビーの柱にくくりつけられたミラアを指差した。顔をずた袋で覆っているので、パッと見では誰かはわからない。
「いや、ツキトくん……。ミラアに何させてんのさ……」
先輩は誰かわかったらしく、呆れた顔をした。……いや、俺がやれって言った訳じゃ無いんですよ? アイツが自ら志願してあそこに居るだけで、『私で楽しむといい』って言ったのはミラアですし……。
「え? あれは、ミラアなのか? 私はてっきり君達に惨殺されたとばかり……。え、しかも自分からあの状態に? うわぁ……」
キーレスさんはドン引きしている。どうやら比較的まともな方の様だ。
アイツ、俺達に怒られるためにスパイやってたんですよ。いや、本当にすいませんね……。よかったら攻撃してあげてください。きっと喜ぶと思うので。
「私は常識を捨てきれない人間でね……。遠慮させてもらうよ。ところで少し聞きたいのだが……君達は今回のイベント、どう考えているかね?」
どう……と言いますと?
「ツキトくん、邪神についての話じゃないかな? 『嫉妬』と『傲慢』が潜伏してるって話だっけ?」
俺はすぐには思い付かなかったが、先輩は違った様だ。……ああ、それですか。それについては怪しそうな奴を全部殺していけば問題無いかと、というか皆殺しで。
俺と先輩がそんな話をしていると、キーレスさんは驚いた顔をしていた。
「成る程……どの邪神が潜んでいるのかもわかっているのか……。というか『死神』君。それは少し、乱暴過ぎる発想では無いかな? 君も前作PLかい?」
いえ。俺は前作は遊んでないですよ? でも、その方が早いじゃないですか。どうせ邪神も調子のってホイホイ出てきますよ。ははは。
と、笑っていると、先輩が目をじとっとしてこちらを見ていた。
「たまに雑になることがあるよね、きみって。そういうところは良くないと思うんだけど」
そして怒られた。……すいませんでした。次からは、ちゃんと確認してから殺します。
俺は素直に頭を下げた。
「完全な主従関係を築いているのだな……。と、話を戻させて貰うが、こちらの国ではとある噂が出ていてな、……このアミレイドの国王に変化が起きているというものだ。何か知らないか?」
この国の国王に?
俺は国王と会った事が無い。
確か、国王に報酬を出すように求めるクエストをゼスプ達がやっていたはずだ。
俺達の集団戦がクソな事を、嫌と言うほど痛感させられたイベントだったらしいのだが……。
残念ながら、俺と先輩は『怠惰』の邪神を倒す為にビギニスートを訪れていたので、そのクエストには参加していなかった。
「悪いけど、僕もわからないかな。……もしかして、前作とキャラが違っているとか? ザガードが和平条約を破って攻め込んできた、っていうのは前のストーリー通りじゃない?」
そうなんです? ……と言うか、ザガードの皆さん噂好きですね。
「確かにストーリー通りではあるが……。後、この情報はこの国に配置したPLから聞いたものだが? 街のNPCが話していたとか……。君達は何か聞いていないかい?」
……。
最近の俺は修行や女神様関連のゴタゴタでまったくNPCと会話をしていなかった。しいて言うのなら、焼きそば屋のニャックに愚痴を聞いてもらったくらいである。……先輩は何か聞いていました?
「チップちゃんから斥候班の集めたザガードの情報しか見てなかったから全然だね。僕も引き込もって修行してる事の方がおおいし……」
どうやら先輩もよく知らないようだ。
そんな俺達を見てキーレスさんは納得したように頷いた。
「君達は誰に邪神が取り憑いているか気にしていないのはわかった。……だからこそ、話を聞いてくれないだろうか? 我々は誰に邪神が取り憑いているのか検討がついている」
……なんと。
俺は素直に驚いた。元『追い詰めカメラ』の広報班と斥候班に頼んで情報収集をしていたのだが、結局邪神の居場所はわからなかった。だからこそ、疑問に思うのは……。
「質問いいかい? ……どうやってその情報を? 入手先が気になるんだけど?」
先輩も同じ事を考えていたようだ。やはり、情報の出所が気になる。アイツらが手に入れられなかった情報を、いったいどうやって手にいれたのだろうか?
「……前作の戦争の終わり方を覚えているか? 勇者が二人の王を殺し、ほぼ無理矢理戦争を終わらせただろう?」
「そういえば、そうだったね……。けれども、それがどうしたのさ? こっちの王の様子がおかしいって言っていたけれど、ソイツが邪神だとでも言いたいのかい?」
勇者……ああ、クローク君か。
バインセンジで戦ったけれど、アイツそんなキーパーソンだったんですか?
「ん? 戦ったのか? ……クロークは前作では主人公のようなものだったからね。アイツが活躍しているということは、戦争のストーリーも変わっていないのだろう」
へー。そうだったんですねぇ。……?
と、俺はあることに気付く。
戦争のストーリーが変わっていないのなら、このゲームの戦争も両国の王が死んで終わりになるだろう。
そしてこの戦争は、復活した邪神が引き起こしたとカルリラ様から聞いていた。つまり……。
邪神はそれぞれの国のトップに取り憑いている、って事なんですかね?
俺がそう言うと、キーレスさんは、そうだ、と肯定する。
「少なくとも、我々はそう仮説を立てた。まだ調査が足りていないから断言はできんがね」
……いや、待ってください。
自分でも納得しかけていたが、あることを思いだし、俺は今までの意見を否定する。
俺は女神様から、邪神はザガードで復活し、戦争を起こしたと聞いていました。
ですから、こちらの国の王の様子がおかしくても、決めつけるのは早いのでは?
まだ調査もできていないのなら尚更だ。不確定な情報を信じる事はできない。しかし……。
「そうとも言えない」
そう言って、先輩は静かに首を振った。
「ツキトくん、この二つの国の戦争は百年以上続くものだ。今までは休戦状態だったけどね。……そんな長い歴史の中で、取り憑き先が変わっていても何もおかしくは無い……そうじゃないかい?」
成る程。
確かにカルリラ様も、この二つの邪神はそれぞれの野望を持っている、厄介な存在というような事を言っていた。
それくらい計画的でもおかしくは無いだろう。……戦争を再開するために、こっちの王様に取り憑いたってところですかね?
「私もその考えだ。……それで、私がここに来た本当の目的を明かそうと思う」
その言葉で先輩は身構えた。俺もすぐに射撃ができるよう拳銃を取り出す。
……が、キーレスさんは柔らかく笑いながら首を振った。
「いやいや、そうやって警戒されると困る。私は同盟を結びに来たのだから」
同盟……だって?
「そうだ。……おそらくだが、片方の邪神を倒してもこのイベントは終わらない。だが、俺達は自分の国の陣地には攻撃できない。……つまり」
……貴方達の進行を邪魔するなと?
俺の言葉に、キーレスさんはコクりと頷いた。
「そして、できるなら同じタイミングで邪神に攻撃し、『嫉妬』と『傲慢』の邪神を仕留めたい。……その為にはこの国のクランの協力がいる」
その理由は? 別々のタイミングでも大丈夫じゃ無いのか?
そう聞くと、キーレスさんは険しい顔をする。
「……これは私の心配すぎかも知れないのだが、片方だけ倒すと何かデメリットがあるのでは無いか、と警戒してしまってね。おそらく、杞憂だと思うのだが……」
そうですか……。
俺は口元に手を当てて考える。……正直、悪い話では無いと考えていた。今までは2柱の邪神を俺達だけで相手にしなくてはいけないのかと考えていたが、これが1柱で良いとなるとグッと勝率が上がる。
俺としては願ったり叶ったりだが……。
「悪いけど、僕は全力でやりたいんだよ。そんな手を抜くような事はゴメンだね」
やっぱり先輩としては納得できないようだ。……すいません、キーレスさん。先輩が納得できないのなら、俺も良しとは言えません。
そんな先輩の答えに、キーレスさんは目を伏せた。
「そう、か……。いや、悪かったね。けれども、全力で戦いたいというのはおかしいことじゃない。仕方ない、違うクランにお願いを……」
「そう、僕は全力で……君達と戦いたい」
先輩は真っ直ぐに、驚いた顔をしたキーレスさんを見つめている。
「『シリウス』はトップクランだって聞いたよ? そんな君達とは、戦いたいと思っていたんだ。けどこのルールじゃ、いつ戦えるかもわからなかったからね、君がこうやって交渉に来てくれてよかった」
そう言うと、先輩はテーブルから降りて美少女モードに変化する。そして腕を組んでふんぞり返った。
「僕だって、邪神の『ギフト』は欲しい。だから君の提案には乗ろうと思う。でも、やっぱり君達とは戦いたい。……という訳で」
そう言って先輩はニヤッと笑った。可愛い。
「ガチでやろうぜ? 同盟組むかどうかはそれから決めよう!」
先輩の大胆な宣戦布告に、キーレスさんは目を見開いていたが、一度深呼吸をすると、キッと先輩を睨み付けた。
「面白い……受けて立つ!」
そして、お互いは力強く握手を交わすのであった。
バキッ!
「あ、ゴメン」
キーレスさんの手は大きかったので、先輩は両手でその機械の左手を握ったのだが、力を入れすぎたのか壊してしまった。
「え? …………す、すまない『死神』君。何が起きたのか説明してもらっても良いだろうか? 『プレゼント』? それとも『ギフト』? ……純粋な力って事はないよな?」
そして、キーレスさんは目の前の少女が自分の身体を破壊した事に思いっきり慌てている。……すいませんね。こんなに可愛くても、やっぱり魔王なんですよ。この人。
俺は驚いてフリーズしているキーレスさんの肩を叩き、頑張ってくださいね、と優しく応援するのだった……。
・噂
街の市民はみんな噂好き。ちゃんと自分で情報収集をしないと、いつか足を掬われるぞ~?
・お酒飲みに来なかったですね?
いや、流石に見境無く突撃するわけじゃないし……。