クラン『魔女への鉄槌』
『サアリド』は防護壁に囲まれた街で、冒険者の街と言われている。
その理由はイベントの多さから、効率的にゲームを進行する事が出来るため、必然的にPLがこの街を拠点にするからだ。
特に、盗賊団の討伐や、傭兵募集、戦争における防衛等、ファンタジーらしいクエストも多く、RPを楽しむにも向いている街となっている。
だからこそ、この街に拠点を置く者は多く、大量のPLが集まって来ることは間違いないだろう。
その中で、街の平和を保つために自治集団が出来上がる事があるかもしれない。
━━━━と言うのが先輩の話だった。
自由が売りのこのゲームで、他人の自由を縛り始める事などあり得るのだろうか?
そう思い話半分位に聞いていたのだが……、先輩の読みは当たっていた。
めんどくさい話だ。
「さて……、我々のクランへようこそ。何故君達が呼ばれたのかわかっているね?」
サアリドにある貸し物件の広い一室、そこに連れて来られた俺達は、クラン『魔女への鉄槌』のリーダーと対面していた。
目の前のリーダーを名乗るローブを着た男は、肌が青く頭には2本の角が生えている。恐らくは『魔族』と呼ばれる種族だとなのだろう。
顔は整っているが、その目はギラギラと輝き、ただならぬ野心を持っている事を感じさせた。
壁際にはここまでの案内をしたドラゴンの『ドラゴム』と、その右にどこかで見たような弓を背負った弓兵風の女性PLがいる。
あまりにも人が居ないのは俺達への配慮なのか、ただ単に出払っているのか、それとも物影に潜んでいるのか、俺にはわからなかった。
「ええ。話は聞きましたよ? 僕らが迷惑行為をしているとかなんとか」
先輩はいつも通りに、いや、いつもよりも強い口調でリーダーに対し答えを返す。
「ぴーけー? でしたっけ? 申し訳ないけど、僕もツキト君もそんなよく分からない事をした覚えは無いね。因縁をつけるならもう少し上手にやりなよ?」
完全に敵対心を剥き出しにしていらっしゃる。PLとの問題は作らないようにと言っていたのが嘘のようだ。
しかしながら、つまりはそういう事なのだと判断し、俺も口を開く。
悪いですけれど、俺も同じ意見です。
クラン? と言うものは良くわかりませんが、貴方方に御迷惑をかけた覚えはありませんよ?
俺達の言葉を聞いて、リーダーの男は顔をしかめつつドラゴムを見た。
部屋のなかが窮屈そうなドラゴンは俺達に近付き、不思議そうに問いかけた。
「……あーごめん、みーさんとツキト。私が言った『PK』の言葉の意味はわかっているか?」
俺と先輩はお互い目で確認した後、
「だからなにそれ? サッカーでもしてたの?」
Pがプレイヤーなのはわかるんですがねぇ……?
という、この場にいる理由が何もわかっていない、ということを伝える。恐らくは、MMOの専門用語なのだろうが、俺と先輩はMMOをやったことが無いから、よく意味がわからない。
すいませんね、ホント。教えてもらえると助かります。
俺達の答えにドラゴンは納得したように大きなため息を吐いた。
「ぁー……、なんかごめんね。『PK』というのはプレイヤーキルの事だ。PLを倒しドロップ品を盗む行為だな」
ドロップ品を盗む……。
心当たりしかないな……。
やべー……。こんなところでまともな思考をもったPL出会うとは……。クソ、この『リリアの祝福』PLは狂った倫理感を持っているんじゃ無いのか……!
「こ、心当たりしかないの!? そっちのこねこも……か?」
ドラゴンは若干俺を見て引いている。
「はっ、僕は無いね。僕らはPLを直接殺した事は無い。ただ、PLが事故や魔物と戦って死んでいるのを見たら、ドロップ品をもらっていただけさ。何か問題が?」
ドロップしたアイテムは10分そこらで消えてしまう。
だから俺達が貰ってしまっても問題は無いはずだ。
死んでしまったPLが拠点から復活して、自分の残骸を回収するには時間が足りない。
どうせ消えるなら有効活用するべきだ。
「それが問題だと言っているんだ!」
先輩の言葉を聞いてリーダーの男が叫ぶ。
「お前達はPLがモンスターに襲われているのを傍観していたんだろう!? PLが死んだ後は、モンスターを掃討し、ドロップアイテムを全て回収したと聞いている! これは『MPK』とも取れる行為だぞ!」
その言葉は迫真に迫るものだ。
しかし……。
ドラゴンさんや、『MPK』って何?
こそっと呟くと、ドラゴムも小さな声で耳打ちをしてきた。
「モンスタープレイヤーキル……。モンスターをPLに襲わせて、間接的にPKをする行為だよ……」
成る程、有難うございます。ところでドラゴムさんや、口調がおかしくなっていますがRP中です?
「え、えぇ!? ……そんなことは無い。私は見た通りのドラゴンだ、決してキャラを作っているわけでは無い。決して」
そうなんです? 確かに見た目はゴツいですけど、このゲーム見た目は割と自由ですし……。
「うぅ……、こっちにも事情があるから……、話だけでも聞いてくれると……」
「ドラゴム!」
リーダーが叫ぶと、ドラゴムは最初にいた位置へと戻ってしまった。苦労人の目をしていらっしゃる。
「はーい、質問いいかなぁ? リーダー君?」
先輩は空気を読まずに、感情を隠さないリーダーに言葉を投げ掛ける。
「PK、PKうるさいけどさ、それって駄目な事なの? 欲しい物があったら殺して奪えば良いじゃんか? そういうRPをしちゃ駄目なの?」
━━━━。
この場の空気が凍った。
ドラゴムも、側にいる弓兵も、リーダーでさえ、キョトンとした顔のこねこから目を離せないようだった。
「……そんな事は無いはずだ。犯罪者のRPをしてもいいんだよ。苦労する面もあるだろうけれど、好き勝手できるのは楽しいものさ」
確かに。
先輩は何も間違った事は言っていない。
目的が曖昧なゲームだからこそ、自分の好きなように生きることができるのだ。
それがどんなものであれ、本人がそれをしたいのなら、そのRPをするべきだ。
「しかも、その見殺しにした話ってさ、そこの弓兵のPLの話でしょ?」
……ああ、良く見たらあいつはニャックに返り討ちに合っていた弓兵じゃないか、いつの間に追い越されたんだ?
「ナンセンスなんだよねー。自分の実力も知らないでフィールドに出てさ。結果は雑魚にちょっかいだして返り討ち。近くにいた僕達は見ているだけで何もしなかった、だから死んだんだ。なんて……」
先輩は心底呆れた様子だ。
それはそうか。
力が無いなら他人に頼るべき。というのは、最弱種族『こねこ』の先輩を見ればわかる事。
そこの弓兵も、仲間と一緒に行動すれば結果は違っていたかも知れない。
「このゲームは全力でRPを楽しむゲームなんだよ。誰にも負けない、仲間に慕われる、そんなクッソありふれた英雄RPをしたいんなら、ドラ○エとかF○でもやってろ。ばーか」
その言葉の瞬間。
「クソ猫ぉぉぉぉおおおお!!」
凍りついていた空気が砕けた。
今まで黙っていた弓兵が、悲鳴にもにた絶叫を発しながら動く。
目にも止まらぬ動作で弓を構えると、俺達に向かい矢を放った。それは真っ直ぐな軌道を描き、俺の脇腹をかすめ、後方へと飛んでいった。
「『ショックアロー』!」
先輩の反撃は速かった。
そして、魔法が肩から射出されたのを感じたのとほぼ同時に、俺は弓兵へと緊迫しようと足に力を込める。
傷は大したことはなく、若干服に血が滲む程度ですみ、戦闘には支障はない。
先輩の魔法は弓兵に向かい追尾するように飛んで行き、耳を引き裂く様な鋭い炸裂音と共に着弾した。
弓兵はあのときのニャックのように朦朧とし弓を取り落とた。
しかし、すぐに体勢を立て直し落ちた弓を手にかけ、こちらを睨み付ける。
だが、その隙は俺が大鎌を構えるには充分な時間だった。
「っ! ちょっと!? 落ち着いて!」
ドラゴムが少し遅れて、弓兵と俺達の間に割り込むが、俺は既に大鎌を振り下ろしていた。
体ごと刃を回転させるように斜めに大鎌を振り抜く。
「あぁああ!?」
ドラゴムの腕が飛び、切り口からは血が溢れ出る。
いきなり割ってこられ少し驚いたが、大鎌の勢いは死ぬことが無く、弓兵の肩へと刃は導かれ━━━━。
音もなく、胴体を通り抜けた。
弓兵は何が起きたのかわからないのか、死ぬまで目を白黒させて、口をぱくぱくと開閉させていた。
結果、ドラゴンの腕は床へと落下し、弓兵は血を吹き出させ、弾けとぶ。
違う。全く、違う。
ドラゴムの叫び声と、弾けた弓兵の血を全身に浴びて、俺はそんな事を考えていた。
あのとき、ニャックと戦った時とは体の動きが驚くほどに軽くなっていた。
体が勝手に動き、最適な動きをしている。
それに鎌の切れ味も全く違う。
今までは切り潰すような感覚で振るっていた大鎌は、まるで刃が水を通り抜けたのかと錯覚する程にすんなりと、相手の体を通っていった。
何が、起きているんだ?
「っ! 後ろ!」
!?
その言葉に反応できず、俺は背中に強い衝撃を受ける。
痛みに顔をしかめるが、それを耐え、リーダーに向き直った。
リーダーはこちらに向け、手をつき出すように構えている。
武器を構えていないところを見ると、あいつも先輩と同じ魔術士のようだ。
けれども関係ない。
この程度の威力で、何の効果も無いのなら、俺は何発でも耐えられる。
「っ! ま、『マジックアロー』!『マジックアロー』!『マジックアロー』!!」
リーダーの魔法が3発、正面から飛んで来る。
それを俺は、避けることをせず、恐れることもなく、全て受けきり、リーダーに向かって飛び込んだ。
痛みは感じていたが、俺のHPは全く削れてはいない。
俺は続けざまに襲いかかる魔法の連擊を受け止めながら相手の懐へ向かう。
その行為にリーダーの顔は信じられないと言うように、青く染まった。
「う、嘘だろっ!? くっ、『リフレクト』っ発動!」
リーダーは懐から一冊の魔導書を目の前で開いた。
するとリーダーの周囲を取り囲むように、半透明なバリヤーが現れる。
だが、それがどうしたというのか。
それがあれば俺が止まるとでも思ったのか?
馬鹿らしい。
俺は踏み込みながら大鎌を大きく振るい、リーダーの体を袈裟懸けに切り裂いた。
少し遅れて、その傷口から血が吹き出し、辺りを鮮血で濡らす。
どうした?
致命傷に見えるが、気のせいか?
リーダーは俺を見て大きく目を見開くと、苦しそうに、口からぼだぼだと血を吐き出しながら、震えた声を漏らした。
「……な、んで。死な……ない?」
その言葉を最後に、目の前で人の体が飛び散りミンチと化した。最後には残ったアイテム袋が転がっているのみだった。
他の仲間が潜伏していると思っていたが、辺りには他の気配は感じない。
これで終わりなのだろうか?
「……降参です。 もう、やめてください……」
その声にゆっくりと振り向くと、ドラゴムが残った片腕で、切られた腕を押さえながら、床に膝をつけていた。血を流しすぎたせいなのかその呼吸は荒い。
横にいた弓兵もミンチと化しており、残っているのは目の前のドラゴンだけだ。
「……ツキト君、相手には交戦の意思はない、と思う。ずっと監視していたけど最後まであそこから動く事はなかった。けど……、いや、どうするかは君に任せるよ」
先輩はドラゴムに聞こえないように耳元でささやいた。その考えはわかる、ここで殺してしまった方がいいという事だろう。
圧倒的な力の差を見せつければ、しばらくは俺達に関わろうとはしないはずだ。ついでにアイテムも貰える。
けれども、俺は目の前で傷ついているドラゴンを見て、これ以上危害を与える気が起きなかった。
……別にどうしようとも思いませんね。
強いていうなら回復してあげてくれませんか? ドラゴムは何もしていませんし……。
先輩は俺の言葉に対し、少し不満なようだったが、肩から飛び降りると渋々ドラゴムの元に歩いていく。
「何をするつもりなの……?」
その怯えるような言葉に、先輩は舌打ちをした。
……にしても、これが元の口調なんだろうけど、見た目がゴツいドラゴンのせいで笑いそうになる。やめて、まじでやめて。
「……ツキト君に感謝しろよ? ……『リジェネレート』」
先輩が魔法を使うとドラゴムは光に包まれる。
そして、切り落とされた左腕が徐々に元のように再生して行く。
それと同時に出血も収まっていた。
どうやら自然回復を強化する魔法のようだ。これで出血死は免れるだろう。
魔法を使った後の先輩は、ちょっとだけ不機嫌そうな顔をして俺の肩の上に戻った。
ありがとうございます、先輩。
「……っ、申し訳ありません。許してほしいとは言えませんが、理由を聞いてくださいませんか? 本当はこうなるはずでは無かったのです……」
そして、ドラゴムは重たい口を開いた。
すいません、その前に姿を変えてもらって良いですかね?
もう笑うの我慢するの限界なのですが。
・ショックアロー
衝撃属性の単体への攻撃魔術。アロー系はコスパがよく、鍛えやすい。
・ドラゴン
最強種族候補。魔法が苦手だが、ブレスを使うことができ、身体能力も高い。
・勇者
まぁ、便利屋さん。褒めると調子に乗る。モンスターしか殺さないという欠点があるので、取り扱い注意。